16. 会議の末に
〈アザークラウン世界線〉と〈NEVERヴァード世界線〉の同盟関係の議論は終盤へと差し掛かっていた。
この場の全員で決めたことは二つ。
一つ目、〈アザークラウン世界線〉と〈NEVERヴァード世界線〉は互いに連携し片方が戦争になった場合、もう片方も戦争に参加すること。
二つ目、世界の併合は無し。
武力による支配は言語道断、互いの人としての権利を尊重し合うこと。
そして、もう一つ決めるべき重要な案件があった。
「アレン・ドッペルマンと一之瀬円の裏切りについてだが」
そう告げたアンフェアは一度言葉を切り、会議室を見渡す。
当の本人たちはエレセントとの死闘により、医務室での治療を受けている。
アレンに関してはアストライオスと共に致命傷を複数負っていたため、集中治療へと移っている。
「この議題は余の一存では決められん。故に、人間らしく間接民主制といこう。アレン・ドッペルマンと一之瀬円に裏切り者としての処罰を必要とすると思う者は手を挙げろ」
アンフェアの言葉に従い手を挙げる者は皆無であった。
今回の戦争で起こったことは会議が始まる前に、全員に共有済みだ。
だから、二人が〈アザークラウン世界線〉を裏切った理由は全員が知っていた。
だからこそ、会議に参加している者はアレンと円に対しての処罰はいらないと判断した。
第一に〈アザークラウン世界線〉と〈NEVERヴァード世界線〉は同盟を結んだので、今更裏切りがどうのと、わざわざ議題にあげるまでもない事だが。
「反対意見は無し。これにより、アレン・ドッペルマンと一之瀬円の裏切り行為に対しての処罰はなしとする」
アレンと円に関する議題は終了したが、未だにアンフェアの顔色は優れない。
彼の顔色は悪くなっている一方だ。
「後は、貴様らの処遇をどうするかだ」
アンフェアの目線は真っ直ぐに剣聖と元主を見る。
その目線はシャーシスも捉えたがすぐに外される。
「貴様らは正式に〈アザークラウン世界線〉を裏切ったと公言した訳でもなし、かと言って〈NEVERヴァード世界線〉に属したとも公言しておらん。貴様らは今、どこの世界線にも所属しておらん宙ぶらりんの状態だ。そこの女に到っては〈イントロウクル世界線〉を不正に抜け出したのだから尚更な」
「オレとしてはどうなろうと知ったことではない。オレはオレの為すべきを成す。そこにどのような障害があったとしてもだ」
「私も所属がどうなるかは貴方たちにお任せしますねぇ」
「『皇王』のバーーカ」
剣聖と元主の意見は二人揃って無関心。
己のことだと言うのになんの興味も持っていなかった。
シャーシスは元主に侵犯され先程からアンフェアのことを馬鹿にしかしていない。
「…………まぁよい。貴様らは両方の世界線の所属とする。貴様らの相手をするのは面倒くさい。『魔導王』、それでいいな?」
「それで良いとはこの二人を両方の世界線の所属とすることなのか、この二人が面倒くさいことなのかどっちだ?」
「両方だ愚鈍が!」
虚盧はアンフェアに怒鳴られて少し悲しそうに顔を下げる。
「これでようやく最後の問題に取り掛かることができる」
「……? 最後の問題? なんだい? それは」
『帝王』であるギールにすら知らされていない議題。
「………………うるさい小娘と秀才ぶっている小娘、水の小娘、うるさい小娘擬き、そして騎士の小娘。この五人を人類の護り手に正式に加えようと思ってな」
「「「……!?」」」
アンフェアの発言に事情を知る者は声を詰まらせる。
感情に薄いジェラールですら目を剥いてアンフェアを凝視しているのだ。
彼らの驚愕は驚きに難くない。
だが、最も驚いているのは千花と時雨だろう。
人類の護り手の常識離れした強さと才能を目の当たりにしている二人は自分たちがその中に入るなど考えたこともなかった。
「少し待ってくれるかな。まずさ、騎士の小娘って〈聖ドラグシャフ世界線〉のキャンベラだろう? そんな彼女を〈アザークラウン世界線〉の守護者にしようだなんて、不可能だ」
「他の世界線から守護者を引っ張り抜くなど、長きに渡る歴史でもありえないことだ」
ギールの現実味を帯びた返答が会議室へと木霊する。
虚盧の意見もギールに似ている。
「不可能? ギール、余は誰だ?」
「……? そんなのアンフェアに決まってるじゃないか」
「そうだ。その通りだ。余はアンフェア。アンフェアだ。故に余に不可能はない」
大暴論にも程遠い。
なんの根拠も持たないアンフェアの言葉には、人を納得できる何かがあった。
本当にできるかも分からないことを、完璧にこなしてしまうと、錯覚させるだけの力があった。
「〈聖ドラグシャフ世界線〉の件は片付けなくてはならないが、他の四人にはこういった据がない。人類の護り手に組みするかどうか、しっかりと悩み抜き考えるといい」
アンフェアのこの言葉を最後にして〈アザークラウン世界線〉と〈NEVERヴァード世界線〉の合同会議は終了した。
アンフェアとギール、虚盧とアテムは同盟についての細部を決めるためそのまま会議室に残っている。
「…………千百合たちのとこ、行こっか」
「えぇ、そうね」
会議が終わり各々解散する中、千花と時雨は医務室にて治療を受けている千百合とミリソラシア、キャンベラの元へと向かった。
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空中庭園第七層、医務室のある階層に二人は来ていた。
「えっと……医務室ってどこだっけ?」
「この辺りだとは思うのだけれど…………」
なにせ空中庭園は日本の空母を何隻も横に並べてようやく足りる程、大きいのだ。
地図のない状態で先に進めば迷子になること間違いなしなのだ。
「おお! 千花に時雨ではないか!」
第七層に響き渡る大音声。
千花と時雨に向かってくる大きな影。
「……! 神楽坂さん!」
そう、医務室で治療を受けていた那由多であった。
那由多は手を振りながら二人の方へと進んできた。
「二人とも無事で良かった! なし崩し的に始まった戦争であったが、よくぞ生き延びた!」
現役の軍人から送られる褒め言葉。
人は褒められると嬉しくなる生き物だが、那由多に褒められると心の奥底かは湧き上がる格別な感情。
政府の重鎮である那由多にはこういう魅力も兼ね備えていた。
「神楽坂さん、あの…………アレンさん……? のことは…………」
自分は早く千百合たちの所へと駆けていきたいだろうに、千花は那由多の心配をする。
「千花は心優しいのぅ…………なに、大したことはない。少し事情を聞き、それで終わりぞ。ドッペルマン中将は、あの人なりに迷って出した結論なのだから、それでよいのだ」
那由多は少し寂しそうに笑う。
アレンが〈アザークラウン世界線〉をひいては、世界政府を裏切るきっかけとなったのは那由多本人なのだから。
「凶も一之瀬円から事情は聞いていた。凶も円との関係に区切りをつけられたようだしな」
〈アザークラウン世界線〉の裏切り者。
同盟関係を結んだ今からは裏切り者とは言われないが、それでも裏切ったという事実は変わらない。
「して二人は千百合たちの見舞いか?」
那由多が話を変え、二人に質問する。
「はい。皆さんにお任せしてれば大丈夫なのはわかってるんですけど…………やっぱり心配しちゃって」
申し訳なさそうに千花は那由多の問へと返答する。
「いや良い。友を思うことは罪ではない。彼女たちも良い友を持ったものだ」
那由多はその言葉を最後に千花たちと別れた。
その背中はとても大きく、父のような抱擁感が感じられた。
「神楽坂さんも回復してて良かったね」
「えぇ。けれど、あの神楽坂さんにダメージを与えるほど〈NEVERヴァード世界線〉の人は強かったのね」
「本当にみんな凄すぎるよ…………」
〈アザークラウン世界線〉と〈NEVERヴァード世界線〉の強者たちに千花と時雨は素直な賞賛を送る。
二人は那由多と別れ、本格的に空中庭園、いや空中迷路へと歩を進めていた。
と言っても、那由多が歩いてきた方向へと進んだだけだが…………
二人が那由多の歩いて来た道を辿っていると、空中庭園には似合わないとても近代的な、いや明らかに自動ドアに似た扉が見えてくる。
「なんでここだけ…………?」
「最先端の技術を取り入れた結果と思っておきましょう」
時雨は現実逃避に移行する。
そのまま扉に近づくとウィィンと、音を立てて扉真っ二つに割れて開く。
「自動ドアじゃん!」
千花の叫びが無駄に近代的な空間に虚しく響いて消えてゆく。
「行くわよ、千花。あの人たちの考えることなんてどうでもいいじゃない」
サラりと酷いことを吐き捨てながら時雨は先へと進んで行く。
自動ドアの向こう側は両側に病院の扉のように横にスライドさせる扉がズラリと並んでいる。
一番奥などぼんやりと輪郭が見える程には廊下は長かった。
しばらく二人は医務室に行くまでの廊下を歩いていた。
すると、右側の病室から何やら話し声が聞こえてきた。
扉を少し横にスライドさせて隙間から中の様子を伺う、不審者二人。
「ミアちゃんのこれ〜〜、大きくない〜〜?」
「ちょっ……! どこ触ってるんですか!?」
「え〜〜? もっと触ってた〜〜い!」
「いやです! なんで千百合様に触られなきゃいけないんですか!?」
「なんでって〜〜、そんなの〜〜、目の前にあるからじゃな〜〜い?」
「意識戻した途端発情しないでもらえます!?」
なんと、部屋の中には手術着に着替えている千百合とミリソラシアがくんずほぐれつ抱き合っていた。
ミリソラシアが一方的に胸についている巨大兵器をいやらしく触られているだけだが。
「千百合さんはダメです! 私の貞操は主様のために残しておかなければならないのです!」
超ドヤ顔でミリソラシアはキメる!
隙間から覗いていた不審者一名が崩れ落ちた!
「でも〜〜、千花ちゃんとか〜〜時雨ちゃんよりも〜〜、私の方がお胸あるでしょ〜〜?」
ニヤニヤしながら間延びした声で千百合は言い切る!
隙間から覗いていた不審者一名が怒りのオーラを放つ!
「っていうか、千百合さん凄いテクニックですね……」
「そうでしょ〜〜? 私たち〜〜、今時雨ちゃんのお家に泊まらせてもらってるよね〜〜?」
「はい。主様のお家は何やらダメみたいで…………夜這いしたかった…………」
「ミアちゃんの性癖はこの際置いておきましょ〜〜う。…………実は〜〜、私〜〜時雨ちゃんの体使って〜〜、腕を磨いてたのよね〜〜」
「……!?」
衝撃の事実。
真夜中、睡眠に移行していた無防備な時雨の元へと音もなく近ずいて、目を光らせている千百合の姿がありありと想像できる。
それを詳しく想像してしまった時雨は驚きのあまり、先程までの怒りを全て忘れてしまう。
「でも〜〜、私は炎くん一筋だからミアちゃんの体触っても意味ないんだけどね〜〜」
「なら触らないでもらえます!?」
千百合とミリソラシアの二人は(ミリソラシアが一方的に襲われているだけだが)百合百合しい空間を創造した。
「ねぇ…………いいよね? アレ、壊しちゃってもいいよね?」
「えぇ、大して問題はないはずよ。あんな汚物、さっさと洗い流してしまいましょう」
遂に無表情になった不審者二人は病室の中に突撃することを決める。
「何をしている? 病室に入りたいのであればさっさと入れ」
「「ふぇ!?」」
病室へと突入しようと決意を固めた二人は、背後からかけられた声に不意を突かれ前のめりになって病室へと突撃してしまう。
「え!? なになに〜〜!?」
「……!? 主様!? 時雨様!?」
百合百合しい空間に話題の渦中にいた本人二人が突然現れたのだ。
相当な驚きにであっただろう。
「バレちゃったら仕方ない! 行くよ、時雨!」
「えぇ、生まれてきたことを後悔させてあげる」
やけくそ気味に叫びながら、千花と時雨は真っ直ぐに二人に向かって行った。
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千百合とミリソラシアが怒りに満ちた二人にボッコボコにされた後、千花と時雨の意識は剣聖に向かった。
因みに千百合とミリソラシアは不審者二人の猛攻に完全に意識を刈り取られていた。
ミリソラシアはなんだか嬉しそうだが。
「えっと……なんで千時先輩が?」
「元主がシャーシス・ディアスに夢中だからな。暇だから空中庭園を散策していたら貴様らを見つけて、そのまま跡をつけてきた」
「……いつからですか?」
「貴様らがあの武人と別れてからだ」
「そこから!?」
あの武人とは那由多のことだろう。
もしそうなら二人は相当な時間、剣聖に後ろから着いてこられたことになる。
「そんなに歩いたら声掛けるでしょ!?」
「知らん。オレの意思はオレが決める。なぜなら天上天下唯我独尊だからだ」
「意味わかんない!?」
剣聖の謎理論により、千花と時雨の意思は完全否定された。
「うるさ〜〜い。ちょっと静かにしてよ〜〜」
数分前に意識を刈り取られた千百合とミリソラシアが意識を戻し、現実世界へと戻ってくる。
「あっ! 千時先輩!」
「水無月に栖本の大きい方、目覚めか? あの騎士擬きはどこにいる?」
「騎士擬きって…………キャンベラ様のことですよね? 彼女なら傷が深かったので集中治療室へいますよ」
「軟弱な」
「誰のせいですか!?」
この病室に千花、時雨、千百合、ミリソラシアの四人は揃っている。
しかし、キャンベラがいないことには全員の調子は元に戻らない。
「おい! 騎士団長はどこにいるのですか!」
静寂に支配されていた病室に何者かが入ってくる。
その者は神父のような服を着た金髪碧眼の男、〈聖ドラグシャフ世界線〉王代理『知識』のミレート=ランテルであった。
彼は撃老に間違って殴り飛ばされてしまい、今の今まで意識を失っていたのだ。
「我々は〈アザークラウン世界線〉より脱出します。今すぐ騎士団長をだしてもらいましょう」
「あの……キャンベラは今、治療中なのでもう少し待ってもらえませんか?」
「愚民が。私は貴女のような売春婦に話しかけていません。〈イントロウクル世界線〉の王女であったミリソラシアさんにお話しているのです」
相も変わらずミレートの千花たちに対する接し方は酷いものであった。
「私は王代理なのですよ? 貴女方とは住んでいる世界そのものが違うのです。わかったならそれ相応の態度があるでしょう。私にこうべを垂れるのです。さぁ、早く」
この場にアンフェアやギールといった王を筆頭に人類の護り手の面々がいないことをいいことにミレートはどんどん増長していく。
「〈聖ドラグシャフ世界線〉は序列二位。貴女方〈アザークラウン世界線〉よりも序列は上なのです。私が一言王に申し出るだけで貴女方は滅びの運命を辿るのです」
ミレートはおよそ神父とは思えない脅しをかけてくる。
下に見られているがミリソラシアは反論することが出来ず固まっている。
「…………千花、千百合、ここは従いましょう」
「……そうだよね…………私たちのせいでこれ以上アンフェアさんたちに迷惑はかけれないもん」
「そう思ってても〜〜、嫌だわ〜〜」
小声で話し合いながらも、結論は従うことしか出来なかった。
ミレートは人格が悪くとも〈聖ドラグシャフ世界線〉の王代理なのだ。
三人がミレートの前で頭を下げようと動いたところ、遂に動き出す男がいた。
「止せ」
その男──剣聖は腰に持っていた刀で三人の動きを制する。
「……? 貴方は誰ですかね? 私の命令が聞けないのですか?」
「(千時先輩! 一体どうするの?)」
ミレートは目にめえて機嫌が悪くなる。
「命令? 貴様程度の命令でこのオレが動くとでも思っているのか?」
空気が凍った。
一人の鬼人が放った一言はとても重い意味があった。
「オレを動かせるのは天下でただ一人、千時剣聖だけだ」
剣聖は言い切った。
その自信の源は一体どこにあるというのか。
「ふむ…………! どうやら聞こえなかったようですね…………もう一度お願いしてもよろしいでしょうか?」
ミレートの額にはピキピキと青筋が浮かんでいく。
「貴様程度の雑魚には骸が似合いだ、愚図野郎」
剣聖はそう吐き捨てる。
世界を歪ませる鬼の殺気を放ちながら。
「立場を教えてあげましょう、小僧!」
売り言葉に買い言葉。
ミレートは懐から聖書らしき本を取り出し、剣聖と対峙する。
〈NEVERヴァード世界線〉との戦争は収束した。
しかし、新たな火種が撒かれかけていた。




