13. 棒使いと雷使い
広間に大の大人が大の字になって寝転がっている。
さらに、二人は互いにボロボロで気を失っている。
そして、この空間には二人の他にもはや数えること自体が億劫な量のエレセントが事切れて転がっていた。
二人が寝転がっている場所の被害から見るに、この場では相当な戦闘があったことが見受けられる。
だが、寝転がっている二人は共に微笑を浮かべていた。
時は二人が死闘を開始する時まで遡る。
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「【獄雷之暴走】!」
「【地天無動】!」
赤雷を纏ったセグナが撃老へと一直線に突き進む。
雷と同じスピードで進むセグナを、撃老は手元の棒もとい審礼棍を使い受け流す。
セグナはとてつもないスピードで広間の壁に大音量を上げながら突撃する。
「ハッ──!」
セグナが咄嗟に動けないことを利用し、撃老は審礼棍でセグナを叩く。
「ブッ! ベバッ! ごぶ…………!」
右脚、左横腹、左肘、右肺、右手首、左太もも、顔面。
全身余すことなく審礼棍により叩いてゆく。
「【獄雷之】…………!」
獄雷を放とうとセグナが動こうとしても、全て審礼棍に遮られて技は完成しない。
「【地天撃昇】!」
「ゴバッ………………!」
じっくりと闘気が練られた撃老の突きが、セグナの鳩尾に完璧に引き寄せられる。
「【地天爆雷】!」
「グバッ………………!」
先の【地天撃昇】と同じ量の闘気が込められた、上段からの振り下ろしがセグナの後頭部へクリーンヒットする。
「【地天衝動】!」
「ミ゛バッ………………!」
地面へと思いっきり叩きつけられる寸前、アッパーに似た動きで審礼棍が下段から上段へと振るわれる。
「はぁはぁ………………まさか、これぐらいで終わるんじゃねぇだろーな」
闘気を溜めることが前提とされる破壊技を三度も連続で使用したこともあり、撃老は息切れしている。
しかし、セグナが受けたダメージは撃老の疲れの数十倍にも匹敵する。
審礼棍が振るわれる度に余波で周りの地面が抉れるほどには撃老の攻撃は凄まじかった。
「んなわけないだろ! 覚悟しろよ? 殲滅王様の雷見せてやるぜ!」
そう吐き捨てて、セグナは雷を発生させる。
だが先程までの赤雷ではなく、蒼雷、つまり赤雷の力押しではなくなるというわけである。
「【獄雷之旋風】!」
「グビッ………………!」
赤雷が力押しならば蒼雷は速さを用いた戦法。
瞬きの間にすぐに間合いを詰められる。
「【獄雷之連双】!」
「バッ………………!」
蒼雷を纏った拳が連続して撃老の腹へと突き刺さる。
一撃一撃が致命傷。
それほどの威力がセグナの拳にはあった。
「【獄雷之飛翔】!」
「ビバッ………………!」
連続する拳が終わった後には、蒼雷を纏った膝蹴りが撃老の顔面へと食い込む。
小細工を要さなくともセグナの蒼雷は撃老の身体を蝕む。
「ハハッ、どうだ? 効くだろ?」
「………………あぁ、こりゃすげぇな…………」
セグナも撃老の攻撃を受けた後に大技を発動しているため、消費が大きい。
互いに三度ずつ攻撃を加えた。
そうなると、次の行動は一つ。
「【獄雷之暴旋】!」
「【地天愚爆】!」
セグナは赤雷と蒼雷を混ぜ紫雷にし、威力と速さを底上げする。
撃老は審礼棍を地面に斜めに突き刺し、しならせる。
そうすることで、地面がある程度の耐久値を超えた辺りから審礼棍が地面から飛び出してくるという訳だ。
セグナが撃老の審礼棍の間合いに入った瞬間に勝負はついた。
「ゴバッ!」
「グバッ!」
──相打ちという形で
セグナの紫雷は撃老を焼き貫いており、撃老の審礼棍はセグナの顎を確実に砕いていた。
「極力、使いたくなかったが…………【獄雷之治癒】」
セグナの周りを緑雷が囲む。
そのまま、緑雷はセグナの傷を癒していく。
「悪ぃな。俺はいくら攻撃を受けようとも治せんだよ。何時でも全力で相手できるぜ!」
【地天愚爆】によるダメージを【獄雷之治癒】で完全回復させたセグナ。
「マジかよ。まあ、いっか。お前が何しようと、殴り合いに変わりはねぇしな」
撃老は膝を地面から離し戦闘が始まる前よりも、清々しい顔をする。
「お前ぇ、圧倒的不利ってこと分かってるか?」
「圧倒的不利? 自分より相手のほうに有利があるなんてよ、いつものことだろ?」
撃老の周りには人外がゴロゴロいる。
那由多や炎、凶に魎。
彼らも並外れた努力により高みに至ったことは理解できる。
しかし、彼らは戦闘の才能があった。
那由多には最強の肉体が。
炎には回復体質が。
凶には覇王の素質が。
魎には猛毒に耐える腕が。
撃老にはなかった。
撃老に許されたことは永遠と努力することだけであった。
彼らを超えるだけの常識外れの努力が。
「アイツらとやり合う時よりかは、気は楽だぜ? なんたってお前ぇは、人外なんだからなぁ!」
「お前さ…………戦闘狂って呼ばれてるだろ」
強者との殴り合いに愉悦を感じる、それが戦闘狂。
撃老は毛色は違えど、戦闘狂であることに変わりはない。
「好きに言ってろ。俺は俺だ!」
その言葉を置き去りに、撃老はセグナへと向かって行った。
「【獄雷之鉄拳】!」
赤雷を纏った鉄拳が撃老の鳩尾へと吸い込まれる。
「【獄雷之疾風】!」
蒼雷を纏った回し蹴りが撃老の首へとぶつかる。
「【獄雷之風拳】!」
紫雷を纏った飛び蹴りが撃老の身体を吹き飛ばす。
「頼む! もう立ち上がるな! 俺にもうお前を殴らせるな!」
セグナの懇願の声が響く。
しかし、撃老はセグナの声に反して立ち上がる。
「はぁはぁはぁはぁ…………この程度で……負けられっかよ…………」
満身創痍。
その言葉を体現したかのように、撃老のダメージ量は蓄積されていた。
「なんで立ち上がれるんだよ! 今すぐ横になりたぐらいキツいだろ!」
「あぁ、そうだな。このまま眠れたらどんなに楽か…………」
「じゃあ!」
セグナの声には期待の色が含まれていた。
「俺はな…………背負ってんだよ……! 魎の想いを!」
魎を倒したのは蝋であってセグナではない。
それでも撃老はボロボロになってしまった友のために己の力を振るう。
「だとしても! このままやり合うとお前! 死ぬぞ!」
「はは…………なら、死ぬギリギリまで追い込むかね………………」
倒れる訳にはいかなかった。
魎のためにも、そして〈アザークラウン世界線〉のためにも。
「…………分かった。お前がその気なら、次で楽にしてやる。二度と立ち上がることが出来ないように!」
そこまで言うと、セグナは今まで見たことのない色の雷、黒雷を腕に纏わせる。
「目覚めよ、俺の最強の一振。迅雷剣イカヅチ」
黒雷を纏った大剣、イカヅチが顕現する。
さの様相は世界に存在する数多の雷神ですら振るうことが叶わなかった剣の如く。
「沈め。友人思いの俺の好敵手。【獄雷之迅闘】!」
黒雷を体全体に纏い、一瞬で間合いを詰める。
そのままイカヅチを横に振るい、撃老を斬る。
「いいや…………沈むのはお前だぜ? 【地天因果】」
撃老は機を待っていた。
セグナの雷は破壊力、殲滅力共に段違い。
普通に戦闘していても緑雷によりダメージなど瞬きの間に治ってしまう。
セグナを倒せるとすれば、撃老の力ではなく本人の、セグナの力を利用すればいい。
撃老の棒術にはそれを可能にできる。
セグナの本気の一撃をわざとその身に受ける。
セグナの雷は撃老の身体に残るはず、ならばその雷を余すことなく審礼棍に纏わすことが出来れば、セグナの力をそのまま返すことが出来る。
それが【地天因果】だ。
「……!? グァ……!?」
イカヅチから発せられる【獄雷之迅闘】はセグナの持てる最高威力の部類に入る。
その攻撃がそっくりそのまま返ってきたのだ、セグナの驚きは相当なものだ。
「おいおい…………もう終わりか? 俺はまだ……生きてるぞ?」
セグナの最高威力の攻撃を正面から受けても、撃老は倒れない。
「うるせぇよ…………お前……頑丈すぎるだろ…………」
セグナもセグナで倒れまいと踏ん張っている。
「これで終わりだ…………」
撃老は最後の力を振るい、審礼棍を構える。
「仕方ねぇな…………付き合ってやるよ…………」
セグナも身体の内に残っている雷を集める。
神代の時より造られた超硬度の棒、黒雷を纏う神器並の大剣。
その二振りが共に構えられる。
「【獄雷之闘葬】!」
イカヅチの能力を最大限利用し、黒雷を辺りに放電し尽くす。
単純な力攻めだが、互いに疲弊しきったこの状況下では最善策だ。
相手が撃老でなかったら、セグナの選択は間違っていない。
撃老の棒術は相手の攻撃をそのまま返すことが出来る。
相手の攻撃が雷と言う目に見えて審礼棍に蓄積しやすいものならば、尚更。
【獄雷之迅闘】の黒雷を余すことなく吸収した審礼棍が、辺りに散りばめられた細かい黒雷など容易く吸収できる。
黒雷を審礼棍に纏わせながらゆっくりとゆっくりと、だが確実にセグナの元へと近ずいてゆく。
「歯ァ食いしばれよ…………神をも堕とす一撃……生半可に受けたら…………死ぬぜ?」
セグナの黒雷を己の得意分野に応用する。
撃老の我流棒術、その真意は『敵の力は己の力』。
「【地天震撼】!」
黒雷が迸る審礼棍を上段から思いっきり振るう。
審礼棍には黒雷の他にも撃老本人の闘気、殺気、さらに棒使いの技術が上乗せられている。
「そう簡単にやられっかよ! 【獄雷之神燗】!」
セグナも撃老の審礼棍に合わしてカウンターを仕掛ける。
共に“しんかん”の名を冠す技がぶつかり合う。
結果はすぐには出なかった。
だが、ジリジリとセグナのイカヅチが審礼棍を押し返していく。
「最後の雷だ! 受け取れ! 【獄雷之放電】!」
セグナを中心に黒雷が放電される。
【獄雷之放電】はセグナ本人をも巻き込む、所謂自爆技。
ものが焼ける匂いが過ぎ去った後、撃老は遂に地に倒れていた。
「よくやったぜ、あんたは。俺は雷に耐性があるからダメージもほどほどに抑えられてるけど、あんたはもろに食らっちまった。それが敗因だぜ…………だが、『殲滅王』セグナに自爆を使わせた野郎は、お前が初めてだぜ…………。最期に名ぐらい聞いておけば良かったな…………」
セグナが感傷に浸りながら独り呟く。
そのまま、エントランスから立ち去ろうと動き出す。
しかし、セグナを止める要因が背後に現れた。
「俺は九龍撃老。世界最強の棒術士だ」
ボロボロになりながら、血反吐を吐きながら、内蔵が焼かれながらも撃老は立ち上がった。
そして、審礼棍を構え次の動作に移ろうする。
「……九龍撃老…………覚えとこう。俺に勝った強者として」
セグナは既に己の全力を出した。
自爆という奥の手まで使って。
しかし撃老はセグナの奥の手すらも耐え、今確実にセグナを倒そうと構えている。
勝敗は明白。
撃老が勝ち、セグナが負ける。
だが、二人の決着がつくことはなかった。
奴が、エレセント・エーデルが乱入することによって。
「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。つまらない」
その声を筆頭にエントランスの大扉を突き破り幾人ものエレセントが二人を囲む。
「死に損ないすぎて楽しくな〜〜〜〜い!」
「それなそれなそれなそれなそれなそれなそれな!」
「それそれそれそれそれそれそれそれそれそれ!」
「そそそそそそそそそそそそそそそそそそそそそ!」
狂気の賛同が大広間に響き渡る。
エレセントたちは何度も何度も賛同する。
「…………マジかよ………………」
エレセントたちに囲まれてセグナは諦めたように呟く。
だが、撃老はセグナとは正反対であった。
「雷野郎、とりあえず休戦といこうや。無遠慮な乱入者共を一掃してから、再戦だ」
「……!? 九龍撃老!? お前はこの量の化け物共を相手取れるってのか!?」
セグナは心底驚愕する。
撃老もエレセントの強さは理解しているはずだ。
セグナは理解し受け入れてしまった。
だからこそセグナには撃老の考えが理解出来なかった。
「まぁ十中八九無理だろうな」
「……!? なら、どうして!」
「無理だから終わるのか? 無理だから諦めるのか? 無理だからこの場で散るのか?」
撃老はセグナに問いかける。
このまま終わるのか、諦めるのか、散るのかを。
「ここで全て投げ出して散ってもいい。それも一つの選択、一つの道だろうよ。…………だがな、ここで全部辞めちまったら、ここまで血反吐撒き散らして耐えてきた昔の俺はどうなっちまうんだ? アホみてぇに努力してきた俺にどんな顔して向き合えばいいんだ?」
撃老は挫折しかかったあの時の自分を裏切りたくはなかった。
先の見えない努力をし続けていた過去の撃老を殺さないために、撃老はここで折れるわけにはいかなかった。
「それで? てめぇはここで終わりを受け入れるのか? 答えろ、雷野郎!」
撃老の問いは糾弾に変わる。
「…………終われるわけねぇだろうが……! 俺は『殲滅王』。俺の雷は何もかもを殲滅すんだからよお!」
セグナは立ち上がる。
撃老の不屈の闘志に影響されて。
魔導王蝋虚盧、絶戒王グラリュード・アテム、この二人との幼き頃の誓い。
〈NEVERヴァード世界線〉を最強の世界線にする。
その願いを叶えるためならどんな修練も鍛練もした。
セグナはここで折れるわけにはいかなかった。
「九龍撃老、背中預けてもいいか?」
「当たり前だ。俺との共闘、楽しめよ雷野郎」
出会う場所が違えば二人は生涯の好敵手となっていたことだろう。
それを今、互いに背中を預けあっていることからも伺える。
「俺の名は九龍撃老! 〈アザークラウン世界線〉の人類の護り手、遊撃隊隊長だ!」
「俺はセグナ! 〈NEVERヴァード世界線〉の三大王、殲滅王セグナ様だ!」
互いに誇りである己の名前を大声で名乗り、幾人ものエレセントと視線を合わせる。
「少しは〜〜〜〜〜〜〜〜、楽しめそ?」
一人のエレセントの声を筆頭に何百人ものエレセントが二人に襲いかかる。
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ボロボロになった殲滅王と遊撃隊隊長が幾人ものエレセントに囲まれて寝転がっている。
「ハハッ…………案外、何とかなったな」
「馬鹿野郎。何回も死にかけてた癖によお…………」
「あ? てめぇ何言ってんだ?」
「六人目辺りから涙目になってだろ?」
「……!? あっ!? なんで見てんだよ!?」
「ははははっ! 図星か?」
「てめえ! クソみてぇな性格してんな!」
セグナと撃老の談笑の声が響く。
何事なく話しているが、二人は立ち上がれないほど満身創痍。
数えること自体無意味だと思われる量のエレセントを倒しきった、と思えば話せる体力があるだけマシな方かもしれない。
「それで? これからどうすんだ? 九龍撃老?」
「どうする? 何が?」
「俺との殴り合いに戻るのか、それとも、このエレセント共を掃討するか」
「なるほどね…………」
セグナにはエレセントたちがこの場所だけに来たとは考えられなかった。
他の戦場にもエレセントたちがいれば、味方に加勢しなければならない。
エレセントたちの乱入がなければ、二人の激闘は撃老が制していた。
「今から殴り合いってなると、俺の負けは必須なんだが…………」
エレセントたち相手に身体から雷を絞り出したセグナは、これから撃老を相手にするほどの体力を持っていない。
「今更てめぇとやり合う気なんざハナからねぇよ。転がってるこいつらがどこから湧いてきたのか、そっちの方が今は重要だ」
撃老もまたセグナと同じく、体力という体力がなかった。
セグナの雷をその身に幾度も受け続け、さらにエレセントたちの相手、ここで動けるといった方がおかしい。
「ちなみに聞くが、こいつら〈NEVERヴァード世界線〉の所属じゃねぇだろーな?」
「んなわけねぇだろが。こんな狂人共を俺らが〈NEVERヴァード世界線〉に置くことを許すと思うか?」
「確かにな…………」
〈NEVERヴァード世界線〉にも、ましてや〈アザークラウン世界線〉にもいない。
つまり、エレセント・エーデルは二つの世界線以外の世界線から来たことになる。
「これは結構不味いことになったな…………」
「ふん。めんどくせぇが、やるしかねぇな。うっし!」
愚痴を零しながらも撃老は立ち上がる。
撃老に続きセグナも物理的に重くなった腰を上げる。
「セグナ、だったっけか? 少しの間だが、手ぇ貸してくれるか?」
「勿論だ。頼りにしてるぜ? 九龍撃老」
世界最強の棒使いと雷使いが手を結ぶ瞬間であった。
この二人の決断が、後の〈NEVERヴァード世界線〉と〈アザークラウン世界線〉の歴史を大きく変えることとなる。




