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ラストワン~刻印がもたらす神話~  作者: Pー
第二章 第一部【序列争い】
43/262

10. 千時剣聖の強さ

 凶と円の死合、アレンとアストライオスの共闘。


 この二つの戦闘が開始された頃、城門付近でも戦闘が開始されていた。


 千花、時雨、ミリソラシア、千百合、キャンベラの五人に相対するのは千時剣聖(せんじけんせい)ただ一人。


 一見千花たちの方が圧倒的に有利だと思うが、剣聖からでている剣圧は重く、千花たち五人をその場に()い付けていた。


「【生成(コール)】」


 先に動いたのは剣聖だ。


 詳細の分からない【刻印魔法(こくいんまほう)】を使い右手に刀を、左手に小太刀を【生成(コール)】する。


「……? あれぇ〜〜? その腰に刺さってる剣は使わないの〜〜?」


「これは確実に相手を殺すための刀だ。我々が今から行うのは斬り合いだからな。使うわけがない」


 殺し合いと斬り合い。


 五人からしてみればどう言った違いがあるのかも検討がつかない。


 キャンベラは違いを知ってそうだが、剣聖の剣圧の前に喋ることが出来ない。


「安心しろ。今【生成(コール)】したこの二刀の刃は潰してある。斬れることはない。だが、オレも本気で振るっているからな、当たるとのたうち回るほど痛いぞ」


 謎の忠告(?)をして、遂に剣聖が動き出そうする。


「【守護の加護を平等にラ・セント・グロワ・ゼン】!」


 剣聖が動き出す前に時雨が【守護の刻印魔法(こくいんまほう)】による結界を貼る。


「千花は支援、ミリソラシアは援護、千百合とキャンベラが前衛でお願い!」


「了解! 【世界に満ちたるは愛(リー・フィンカス)】!」


 時雨に続き千花も【愛の刻印魔法(こくいんまほう)】を使い、全員に支援をかける。


「分かりました! 【水の怒りを(ハイ・ガイン)】!」


「は〜〜い! 【 次元を超える消失(ヤガァドルド)】〜〜!」


 ミリソラシアが【水の刻印魔法(こくいんまほう)】による斬撃を繰り出す。


 さらに千百合が【消失の刻印魔法(こくいんまほう)】による大鎌を創り出し剣聖を待ち受ける。


「承知した!」


 キャンベラも腰からロングソードを抜き、中段に構える。


 誰がどう見ても最適確な布陣。


 時雨の采配は間違っていない。


 ──相手が千時剣聖(鬼人)でなければだが


「シッ!」


 剣聖は走り出し、一番初めにミリソラシアに狙いを定めた。


「……! 【水の嘆(ハイ・)】……!」


 あまりの速さに、前衛で待ち受けていたキャンベラと千百合は全く反応出来なかった。


 ガキンッ!


 その音の正体は、時雨の結界が剣聖の刀を弾いた音。


「……! 何?」


 一瞬驚きのあまり動きを止めた隙を狙い、キャンベラが斬り掛かる。


「はぁぁあああ!」


 気迫のこもった上段からの斬撃。


 もちろん剣聖はこれに反応し、左手に持っていた小太刀を使いキャンベラのロングソードを受け止める。


 キャンベラの渾身の一振を片手で、それも小太刀で難なく受け止める。


「私も忘れないでね〜〜!」


 右手の刀はミリソラシアに、左手の小太刀はキャンベラに使っている剣聖は、千百合が振るう消失の大鎌に対応する手段がない。


「【生成(コール)】」


 だが、剣聖はミリソラシアに向けていた右手の刀を早々に手放し、新たに創り出した刀で千百合の大鎌を弾こうとする。


 しかし、千百合の大鎌は【消失の刻印魔法(こくいんまほう)】により創り出したものであるため、切り裂くもの全てを消すことができる。


「ぜ〜〜んぶ消しちゃえ〜〜!」


 千百合が大鎌を思いっきり振るう。


 ミリソラシア、千百合、キャンベラの三人に囲まれている剣聖では迫って来る大鎌には対応できない。


真禍極限流しんかきょくげんりゅう(しん)無刀(むとう)】」


 三人に阻まれている剣聖から尋常でない量の剣圧が流れ出る。


 そして剣圧が濃縮され、一振の太刀ができる。


「……!? 嘘でしょ〜〜!」


 剣圧の太刀はそのまま大鎌を斬り、体制を崩した千百合の横を剣聖が通り抜ける。


「今のって〜〜…………」


「真禍極限流の基本の型、【無刀】。その応用技だ。殺気と剣気を混ぜ合わせこの世に存在しない太刀を創り出す、【真・無刀】。人は斬れないが脅しにはなる」


 ──真禍極限流


 真禍極限流は【無刀】を極めた流派である。


【無刀】とは相手がいつ斬られたかを理解させないという意味である。


 真禍極限流の【無刀】は従来の【無刀】を超えた先にある。


【真・無刀】のように剣圧で太刀を創り相手を斬る。


 真禍極限流には様々な【無刀】の極地があるのだ。


 閑話休題(それは一度置いといて)


 千百合の疑問に剣聖が丁寧に答える。


 それは自分の流派に誇りを持つ剣聖の思いだ。


 真禍極限流に少しでも興味を持って欲しいと願っているのだ。


「さて、仕切り直しだ。貴様らの力はよく分かった。もう止まることはない」


 そう言い切り、剣聖はもう一度ミリソラシアへと突き進む。


「……! そう来ると思っていました! 【水の憤怒をハイ・ジェード・サムラフィア】!」


 ミリソラシアが水の歯車を何重にも重ね廻す。


 この歯車は剣聖というより、人を軽く殺せる代物だ。


「……! ミアミア! 殺しちゃダメだって!」


「……!? あぁ! …………ごめんなさい」


「謝って済む問題じゃないってば!」


 手違いで殺してしまいした、なんて通るわけがない。


 殺人に間違いなどあってはならないのだ。


「謝らなくて構わん」


 水の歯車が重なりあっていた場所から聞こえてきた声に全員が身を固くする。


 剣聖は水の歯車を斬り、真っ直ぐにミリソラシアの元へと向かって行く。


「……! ミアミア!」


 千花が【刻印魔法(こくいんまほう)】を放とうとするが、剣聖が刀を振るう方が速かった。


「がはっ…………!」


 右肩、左腹部、左脚、最後に右肺に突きが見舞われる。


「げほっ、げほっ!」


 肺に強烈な突きを受けたミリソラシアはまともに立っていることができず、その場に崩れ落ちる。


 そして、呼吸ができずにミリソラシアは酸欠になり気絶した。


 少しだけ表情が悦んでいたが…………。


「後ろからゴメンね〜〜!」


 ミリソラシアに攻撃をし、がら空きになった背中に千百合が大鎌で切り裂こうとする。


 だが、剣聖は手に持っていた刀を投げつけた。


 この行動により、千百合は一瞬の間だけ投げつけられた刀に注意が向く。


「【生成(コール)】」


 そして右手にもう一度刀を創り、隙ができた千百合に斬り掛かる。


「そっちはダメだよ〜〜! 【消えゆくあなたに(ハァグロリド)】〜〜!」


 千百合の右手から黒き獣の顎が飛び出してくる。


 千百合はわざと隙を創り剣聖を誘い出したのだ。


「真禍極限流【(げん)無刀(むとう)】」


 袈裟斬り狙いの右側からの大振り。


 千百合はそう認識した。


 故に、黒き獣の顎を刀に向けた。


 しかし、結界は予想だにしないものであった。


 次の瞬間には剣聖の刀の向きと振る方向は降った時と逆向きになっていた。


【幻・無刀】は袈裟斬りに振るう瞬間に手首を使い刀を回し、刀の位置を変える。


 後は同じ軌道を元に戻れば、相手の虚を突き袈裟斬りが可能となる。


「痛ッ!」


 真剣ではないとしても、斬られれば打撲の痛みが大きい。


「フッ!」


 そのまま千百合の懐に入り込み小回りのきく小太刀で左脚と右脚、鳩尾を突き千百合を戦闘不能に追い込む。


「いった〜〜い…………」


 それきり、千百合から言葉が発せられることはなかった。


「…………強いな、貴方は」


 キャンベラが剣聖の剣に誉れを言う。


 その目には僅かな尊敬の念が込められていた。


「……? 何を今更」


 だが、剣聖は当たり前のことを聞かれたかのように平然と受け取る。


「貴方には私が本気でないと勝てないようだ」


 そういうと、キャンベラは息を吐く。


降竜秘奥(こうりゅうひおう)光竜(こうりゅう)”」


 キャンベラの背中から光の翼が生える。


 さらに、キャンベラの目は竜眼と呼ばれる眼に進化している。


 薄く神聖な光の膜がキャンベラを覆う。


「降竜秘奥とは、ヴァルディード教が生み出した、竜をその身に宿すことの出来る力。今私がこの身に降ろしたのは“光竜”、光を司る竜だ。光は自然界で頂点に位置する。分かるな? 今の私は手加減が出来ない。……負けを認め、我々から手を引いてくれ」


 キャンベラの言う通り、彼女の纏う剣圧と殺気は降竜秘奥を使用している現在の方が段違いに強い。


 五代元素である地、水、火、風、空、この五つに当てはまらない光の力、それは圧倒的な破壊力を持っているに等しい。


「……確かに今の貴様は強い。つい先程までの十数倍の力がある。オレが下手に怪我をしないようための忠告、オレが武人だとわかっていてわざと敗北を認めさせるその心意気…………」


 剣聖にとっては屈辱以外の何ものでもなかった。


 数十年の月日でも、片時として剣を忘れなかった彼の憤りは想像にかたくない。


「貴様のような根っからの騎士様は知らんだろう。日ノ本の志士というのはな…………」


 剣聖は一度ここで言葉を切る。


 己の中で“ある人”のイメージを固め、言葉を紡ぐ。


「壁が高いほど超えたくなるものなのだ!」


 剣聖が憧れる否、もはや崇拝の対象ですらある人物。


 その人は気が遠くなるような時間を己の武の鍛錬にのみ、心身を注いだ。


 剣聖は“その人”のようなただの“強さ”とは別の“強さ”を目指している。


「どうやら無駄のようだ。忠告はした。恨むのなら己の慢心を恨めよ、千時剣聖!」


 キャンベラはそのまま()()()()()


「……!?」


 次の瞬間には剣聖は遥か先の城壁に突き刺さっていた。


 すんでのところで防御をとったが、あまりの威力に吹き飛んでしまった。


 ──光竜の力である光の加護


 それを得たキャンベラの動きは全て光の影響を受けるのだ。


 走れば光の速度がでる、剣を振るえば光の速度で振るうことが出来る、その眼は光の速度であっても捉えることができる。


「ごほッ!」


 光の突進を生き延びた剣聖はダメージが内蔵にまで届いていて、相当量の吐血をする。


「分かっただろう。光竜の加護を得た私には勝てない」


 剣聖にとって最も聞きたくない言葉であった。


 その言葉をキャンベラは現実だと言い放つ。


「…………一つ聞く、その力は鍛錬すれば誰にでも使えるのか?」


 この状況ではあまりにも場違いな質問。


「……? いや、降竜秘奥は一部の者にしか出来ないが?」


 キャンベラは場にそぐわない質問をした剣聖を訝しげに思いながら答える。


「……チッ。貴様も才能持ちか?」


 剣聖の剣圧がさらに濃くなる。


 剣圧の中に含まれる感情は一つ、怒りだ。


「才能がある者は凡人が刻む道を軽く超える。我々の努力も知らずにな……!」


 常人から見たら剣聖の強さも異常だろう。


 だがそれは剣聖の努力の結晶だ。


 日々鍛錬し、ようやく辿り着く境地。


 しかし、才能のある者は少しの時間で努力を超える。


「オレは諦めんぞ…………! 貴様らがどのような頂きにいようとも、オレはそれを超えてみせる……!」


 剣聖は立ち上がる。


 傍目には完全な致命傷、それでも、剣聖は諦めない。


「【生成(コール)(ザロ)】!」


 右手に新たな刀を生成する。


 その刀は禍々しく、地獄の鬼が持っていたとしても不思議はない。


 波紋は緩やかに波打っていて美しいが、その美しさが逆にこの刀の異常さを際立たせている。


 何よりも異形なのが、この刀の柄が刃の反りと反対に反っているということだ。


 刀の反りと反対に柄が反っている。


 それはつまり、変幻自在な刃の運び方ができるということ。


 真禍極限流の【無刀】との相性はとても良い。


妖刀(ようとう)鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)。こいつは先の二本と違い真剣だ」


 刃の大きさ、細さは通常の刀と何ら変わらない。


 だが、鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)に込められた怨念は並大抵のものではない。


「…………その怨恨は貴君の【刻印魔法(こくいんまほう)】によるものか?」


「あぁ、オレの【(つるぎ)刻印魔法(こくいんまほう)】の第二段階、剣の生成の応用術だ」


【剣の刻印魔法(こくいんまほう)


 千花の愛、時雨の守護、千百合の消失、ミリソラシアの水に続く新たな【刻印魔法(こくいんまほう)】。


「第一段階は剣の生成かしら…………?」


 横からことの成行を見守っていた時雨が剣聖の【刻印魔法(こくいんまほう)】の効果について疑問を口にする。


「オレの【刻印魔法(こくいんまほう)】などこの際どうでも良い。今は貴様を斬ることを最優先とする」


 キャンベラを斬ることに集中している剣聖は時雨の疑問に答えようとしない。


「その面妖な刀で今の私に勝てるのか?」


 わざと煽るようにキャンベラが言葉を紡ぐ。


 降竜秘奥を使用しているキャンベラでさえ、今の剣聖の剣圧には不安を覚える。


「勝つに決まっているだろう」


 その言葉を皮切りに二人の死合は始まった。


 光竜のスピードを思いっきり使いキャンベラがロングソードを振るう。


 だが、剣聖は見切っていたのかキャンベラの剣を少しの動作で避け、返し刀でキャンベラの右横腹を斬る。


「フ──ッ!」


 斬られたとしてもキャンベラは止まらずに剣聖にロングソードを振るう。


 しかし剣聖はそれすらも見切っていたのか、斜めに斬るよう振るわれたロングソードを腰を後ろに引くことで回避。


「真禍極限流【(とつ)無刀(むとう)】!」


 キャンベラのロングソードを回避した剣聖は鬼哭啾啾で腹を突く初動を見せる。


「……!?」


 この状態で反撃に移ると思わなかったのか、キャンベラは防御に意識を向けていなかった。


 キャンベラは完璧に虚を突かれた形になってしまった。


「【光の竜鱗(りゅうりん)】!」


 ギリギリのところでけの狙いに気づいたことが幸をなし、光でできた鱗を鬼哭啾啾が突くだろうと予想する場所に生み出す。


「が……はぁ…………ッ!?」


 だが、剣聖の鬼哭啾啾の軌道は思いもよらないところに動く。


 なんと、キャンベラの体を深く袈裟斬りにしたのだ。


 左肩から右横腹までを大きく斬られてしまった。


 あまりの痛みにキャンベラは立ち上がることができない。


「鬼哭啾啾は怨念の詰まった刀だ。その怨念は貴様の骨の髄まで蝕む」


【突・無刀】は突く動作のまま体を大きく捻り、空中で一回転させてからそのまま相手を袈裟斬りにするという、大胆な技だ。


 回転する初動を見切ることが出来れば、対処など容易な技。


 しかし、キャンベラは剣聖の剣圧の前に無意識に焦ってしまい回転する初動を見られなかった。


 それに加え剣聖もギリギリまで回転を抑え、瞬間的に回転をなし目にも止まらなぬ速さで袈裟斬りに及んだ。


「慢心、驕り、貴様ら騎士というものはつくづく学ばんな」


 鬼哭啾啾の怨念、出血量、この二つがキャンベラを立ち上がらせない。


 剣聖はそのままキャンベラの首へと鬼哭啾啾を刃を突き立てる。


「…………不本意だが、貴様も強制送還対象だ。命までは奪わんが、少しの間眠っていろ」


「……ッ」


 そう言うと目にも止まらぬ速さで鬼哭啾啾を裏返し、峰でキャンベラの首を打ち昏倒させる。


「……さて、どうする? 貴様ら二人ではオレには勝てんぞ?」


 剣聖が千花と時雨に話しかける。


「…………えぇ、その通りです」


 認めることは癪だが、剣聖の強さは一級だ。


 前衛で戦うことの出来ない千花と時雨ではどうすることも出来ない。


「千時先輩強すぎです…………」


 千花も剣聖の強さに恐怖を抱く。


 剣聖の心の奥に眠る強さへの渇望。


 千花はそれが文字通り“視える”。


「狭間までは数分の距離だ。そこらに倒れている者を連れてさっさと着いてこい」


 千百合、ミリソラシア、キャンベラの三人を瞬く間に倒したというのに剣聖は疲れを感じさせない動きで歩こうとする。


 その時、剣聖の目が(あか)く光った。


 剣聖の鋭い眼光と合わせて鬼のような雰囲気だ。


「何が来る…………? ……!」


 剣聖が動きを止め、周囲に気を張り巡らせているとガラスが割れる音と共に何かが剣聖の目の前を通り過ぎて行った。


「よわよわよわ弱いぃぃぃぃぃぃぃ!」


 狂気に囚われた男、エレセント・エーデルだ。


 両肩には麻袋を二つほど担いでいる。


「華彩! 結界を最高硬度に保て! 狭間は城の地下にある、結界を保ちながら走って行け!」


 剣聖の焦燥の声が木霊する。


 彼の顔には脂汗が浮かんでおり、目の前のエレセントの登場に焦っている。


「ぐふぁ! お前おまおまえ、強い強い強い強い! 俺っちが殺す価値があるゅ!」


 エレセントは剣聖に狙いを定める。


 剣聖にとっては迷惑だが、千花たちが逃げる時間を稼ぐにはもってこいだ。


「千時先輩!」


 エレセントの危険性が『視えて』いる千花は、剣聖がエレセントに勝てるかが分からない。


「グダグダするな! 早く行け!」


 剣聖の殺意のこもった一喝が千花を突き動かす。


 千花は“視えた”のだ。


 剣聖がエレセントに負ける気がないことを。


「千時先輩! 頑張ってください!」


 そう言って千花は近くにいた千百合を担いで走っていった。


 時雨はミリソラシアとキャンベラの二人を城の内部まで運んでいた。


「おまーーえ、やさーーしーーーーなぁ!」


 二人が去って行った後、エレセントが剣聖へと話し掛ける。


「断じて優しさなどではない。後輩の前で無様な姿が見せられない。ただ己のプライドを保っただけだ」


 そう吐き捨てる剣聖の顔には哀愁が漂っていた。


 だがそれもすぐに消え、いつもの鋭い眼光が戻っていた。


「そーーれでーーもーー、こいつらよりかはァァァ、強いんじゃじゃじゃにぇ?」


 妙に間延びした声で麻袋を無造作に放る。


 麻袋からは()()が二人出てきた。


 一人は右目を潰されていて、右半身が酷く欠落している。


 もう一人は両腕が千切られており、もはや普通の生活をすることも叶わないだろう。


 だが、恐るべきことに二人はまだ息があった。


 エレセントはわざと殺さずに麻袋に詰めたのだ。


「…………アレン・ドッペルマン中将」


 そう、両腕の千切られている者はアレンであった。


 剣聖は知らないが、もう一人の者はアストライオスだ。


「こいつらよわーーかっった! 俺っち強いやつ殺したいたいたいたい!」


 アストライオスもアレンも強者だが、エレセントは二人を軽く超えている。


 二人を同時に相手にし、傷一つついていないのがその証拠だ。


「俺っちはつよーーーーいんだぞぶぅ…………!」


 さらに言葉を紡ごうとしたエレセントに殺意を完全に消し、意識の範囲から消えた剣聖が間合いを詰め首を飛ばす。


「真禍極限流【(さつ)無刀(むとう)】。殺意のない斬撃を躱すことなど何人であっても不可能だ」


 殺意を完璧に消すことは一流の武士であっても容易にできる技ではない。


「さて、奴らを追いかけるとす…………!」


 千花たちを追おうとエレセントに背を向けた剣聖だが、背後に凄まじい殺気を感じ後ろを振り向かずに鬼哭啾啾を背後に回す。


 剣聖の勘が完璧に当たり、背後に回した鬼哭啾啾がカキンッ、と鉄と鉄がぶつかる音をだした。


「バーーカ! 俺っちは首飛ばしただけじゃあああああ死なないんだよぉぉ!」


 首と胴体が繋がっていないにも関わらず、エレセントの胴体は確実に剣聖の心臓を貫こうとしていた。


「ならば…………完全に切り刻んでやろう!」


 鬼哭啾啾の柄の反りを利用し簡易的な、てこの原理を使い後ろ手に鬼哭啾啾を振るう。


 その場で半回転し、回転の勢いを鬼哭啾啾に乗せ威力が底上げされた。


 もちろん、エレセントの体は真っ二つに斬られる。


 だが、剣聖はそれで終わらない。


 逆袈裟(さかげさ)逆風(さかかぜ)刺突(つき)の三連続斬りでエレセントの体を切り刻む。


「…………はやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはやはや速すぎるぅ!」


 狂ったように叫ぶエレセント。


 その顔は今から自分が死ぬ恐怖など微塵もなく、ただ純粋な笑顔があった。


「…………貴様を見ていると気分が悪くなる。さっさと散れ」


 そう吐き捨てると、剣聖は転がっている首に刺突を繰り出した。


 しかし、剣聖の意識はここで途切れた。


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