1. プロローグ
暗闇のなか佇むものが一人。
「ふ〜ん。お父様負けちゃったんだ」
そう朗らかに語る者の声色には父が負けたことになんの関心も持っていなかった。
「まぁ、でもしょうがないよね。相手はあの序列三位の三大王だもの。監視に向かわせてた使い魔も戦闘の余波で全部やられちゃったし」
声の主はとても楽しそうに話す。
戦争をチェスかなにかと勘違いしているのではないか。
「ん? あぁ、〈イントロウクル世界線〉は全部壊れちゃったよ。最後の最後にお父様がやらかしてくれたからね」
暗闇のなかにいたのは女性一人ではなく、もう一人シルエットしか見えないが一人確かにいる。
「分かってるって。私が生き残れたのは貴方のおかげ。そのお礼に貴方のお願いを叶えたらいいんでしょ?」
女性がもう一人の何者かに答えている。
「大丈夫だって。もう手は回してあるよ」
暗闇のなかで何者かが頷き、去っていった。
「さ〜て、私もそろそろ戻ろっかな。最後まで何が起こるかわからないからね〜」
そう言いながら謎の女性は何者かと反対方向に進んで行った。
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「おっはよ〜!」
「おはよ〜〜時雨ちゃ〜〜ん」
「おはようございます。時雨様」
「えぇ、おはよう」
四人の声が朝の住宅街に木霊する。
「でもやっぱり新鮮だね〜、皆で登校するのは」
〈イントロウクル世界線〉との戦争から二週間がたった。
アンフェアたちからの連絡がないため、四人はここ最近のルーティーンとかした学校への登校をしている。
「二人ともこっち世界には慣れた?」
「はい! お二人に丁寧に教えてもらったので大丈夫です!」
千百合とミリソラシアはこの世界についての社会常識がないため、二日かけて千花と時雨が教えたのだ。
「ん〜〜、でも〜〜一つだけ不満があるかな〜〜」
「……何かしら?」
「制服の胸のあたりがとてもキツいのよ〜〜」
「…………(ブチッ)」
千百合が真面目なトーンで話始めるが、大して関係のない話であった。
それもわざと時雨を見ながら話すのだ。
時雨が少し羨ましがっていたのを知っておきながらだ。
「それならその下品な胸、私が引きちぎってあげるわ」
「や〜〜ん! 時雨ちゃん怖〜〜い! え……ほんとにやらないよね〜〜?」
時雨のあまりにも低い低音に千百合が恐怖を感じた。
「そんなに怯えなくても大丈夫よ。冗談なのだから」
「だよね〜〜…………」
「引きちぎりはしないわ。ただ切り刻むことに変えたから」
「それもやめて〜〜!」
時雨と千百合の百合百合しい攻防に千花は心に何かが満たされる感覚があった。
「主様、私の胸もちぎってくださいよ」
突然、横からミリソラシアが声をかける。
因みに、ミリソラシアの一人称が妾から私に変わっているのは現代社会において妾は少し上から目線だろう、ということで強制的に変えられた。
「ミアミア、次外でそんなこと言ったら夕飯抜くよ?」
「すいません。もう言いません。許してください」
ミリソラシアの返答の速さは、経験からくる本物の恐怖(空腹)か……。
ミリソラシアの特殊な性癖は他人に見られると、即お巡りさんのお世話になるのでストップがかかった。
「わかったならよろしい。家帰ったらいじめてあげるからね」
「はい! 楽しみにしてます!」
千花もほどほどに意味不明な発言をしながら学校へと進んでいく。
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七限目の授業が終わり四人は家まで帰っている、その道すがら。
「みんな、ちょっと今から買い物付き合ってくれる?」
「……? なにか不足しているものでもあるの?」
「うん。千百合たちの分の服とか足りなくてさ」
「千花のではダメなの?」
「サイズが合わなくてさ」
「…………(ブチッ)」
千花の持っている服では千百合の胸のサイズに合わなかったのだ。
少し加えるのならば、ミリソラシアの胸も千花と比べるとやや大きい。
「時雨ちゃん…………ごめんね〜〜」
「あら? ここに不燃ごみがあるわね」
「ねぇ〜〜、ナチュラルに不燃ごみ扱いしないでくれるかな〜〜?」
千百合は普通に謝っただけであろうが、今の時雨には逆効果だったらしい。
「お二人ともいつ見ても喧嘩してますね…………」
「う〜ん、どっちかって言ったら千百合が一方的にやられてるだけのような…………」
そんなやり取りをしながら、四人は買い物を楽しんだ。
夕焼けから夜の帳が降りるまでの中途半端な時間、四人は今度こそ帰宅していた。
「今日も楽しかったです!」
ミリソラシアの満面の笑みが光る。
「すごいよね〜〜、ミリソラシアちゃんこの笑顔があんな気持ち悪い笑顔に変わるんだよ〜〜」
「千百合、それは言ってはならないことよ」
「お二人とも酷すぎません!?」
行きと同じような会話をしながら歩いていると四人に声がかかった。
「ねぇねぇそこの女の子たち、一緒に遊ばない?」
そう、世にいうナンパである。
相手の人数は十数人程度。
だが、その全員が並の大学生をはるかに超えるがたいの良さを誇っていた。
運動系のサークルにでも入ってそうなほど、がたいが良い。
「うわっ! ほんとにこんなことする人たちいるんだ」
千花の本音が結構大きい声量て響く。
「あぁ? お前今なんった? ガキが調子こいてんじゃねぇぞ?」
相手の大学生は脅しをかけるが、千花たちの反応はまちまちであった。
「えぇと…………ごめんなさい。私急いでるんで」
「そうね〜〜、もうちょっとかっこよくなってから来てね〜〜」
千花は相手の気に触れないように婉曲に言っているが、千百合がわざと相手の神経を逆撫でする。
「はぁ……。千百合様、今主様があの方たちに諦めるように説得なさってたんですよ? なんでそんな相手を煽ること言うんですか?」
「だって〜〜、私たちと遊ぼうとか思ってるんだよ〜〜。邪魔じゃな〜〜い?」
「確かにその通りですけど。それを言っては話が続かないじゃないですか。あの人たちどう見てもバカっぽいですし」
千百合よりも自然に罵倒するミリソラシア。
相手の大学生たちの額に青筋がミリミリと刻まれていく。
「…………。どうでもいいから早く行きましょう。そんな底辺の哺乳類に構っていても時間の無駄よ」
今まで我関せずを貫いてきた時雨がバッサリといいのける。
「……!? てめぇらふざけてんのか!? いいぜ、お前らの立場ってもんを教えてやる!」
大学生たちが凄むが千花たちはまったくと言っていいほど怯えない。
「えっと…………もう帰っていいですか?」
怯えるどころか、帰っていいかの許可まで求める始末。
だがそれもそのはず、真の戦争を目の当たりにした彼女たちがそこら辺のナンパ野郎共にビビるわけがないのだ。
「こいつ…………! 殺す!」
大学生たちの一人が千花に殴りかかろうとする。
それを見て、周りの大学生たちも千花たちに襲おうと動く。
「阿呆どもが。お前ら程度が勝てるほどコイツらは弱くないぞ」
大学生たちが千花たちに襲いかかる寸前に声が聞こえた。
「あ? んだお前ぇ? ヒーロー気取りか?」
「ヒーロー…………私たちとは似ても似つかない存在ですねぇ」
そこに立っていたのは二人の男であった。
彼らは千花たちと同じような制服を着ていた。
つまり、初万高等学校の生徒であった。
「お前ら同じ学校か? もしかしてこん中に彼女とかいるわけ? 尚更そそるじゃねぇか!」
下卑た笑い声が大学生たちから立ち上る。
「全員下衆か。まぁその方がやりやすい」
「えぇ、まったくその通りですねぇ。えぇ」
だが、二人の高校生は大学生たちに勝るつもりでいる。
「おいおい…………お前ら算数って知ってるか? たった二人でこの人数相手にできると思ってんのか?」
大学生は見え透いた挑発をする。
しかし、彼らは大学生に取り繕うこともなく、言い切る。
「逆に言うぞ、たかだかその人数でオレの相手が務まるとでも思っているのか?」
「……! ぶっ殺してやる!」
最初に声をかけた高校生が大学生に挑発し返す。
挑発を受けた大学生は全員で男子高校生に襲いかかる。
「……! 危ない!」
「仕方ないわね〜〜、【消えなさ】」
「ちょっと! なに消そうとしてるんですか!?」
「ミアちゃん〜〜! 邪魔しないで〜〜!」
思わず刻印魔法を使おうとする千百合をミリソラシアが必死に止める。
歪ならまだしも、人間相手に刻印魔法は使うものではない。
「慌てるな。この程度造作もない」
そう言って男子高校生は一番最初に殴りかかってきた大学生の拳を避け、そのまま手首を外す。
そのまま腕をもち後ろから続いてきた大学生の集団にぶつける。
崩れかけている先頭集団の一人に蹴りをかまし、数人を倒れさせその全員の急所を蹴り、意識を堕とす。
「これで終わりか? 随分と大口叩いていて気がするが?」
「てめぇ!」
残りの大学生全員に挑発をしかけ襲いかかってくるように仕向ける。
大学生が男子高校生に突っ込む同じ瞬間、男子高校生も彼らの方に突き進んで行った。
男子高校生はぶつかるギリギリで地面を蹴り、上空に飛び上がり大学生たちの後方に着地する。
ここからはワンサイドゲーム。
後ろから一人の足首を砕き、さらにもう一人には後ろから首を引っ張り後頭部を自分の膝に当て昏倒させ、あとの大学生たちには背骨の各部位に拳を叩き込み、文字通り二度と立ち上がれないようにする。
「弱いですねぇ」
「はっ。この程度やれずしてどうする」
たった一人でガタイも歳も上の大学生に圧勝した男子高校生は何食わぬ顔で立ち去ろうとする。
「少し待ってください。なにかお礼をさせてください」
時雨が男子高校生二人に声をかける。
「……? いや、いい。大したことをした訳じゃない」
「そう言われましても、私たちがお礼をしたいのです。ご同席願います」
「ものすごく強引ですねぇ」
「どこか場所は…………」
「あそことかどうでしょう!」
ミリソラシアが指さした場所はよくあるファーストフード店。
「そうね、そこがいいわ。では、少しお話しましょう」
そう言った時雨は二人の返事を聞かずに店へと向かって行った。
「…………凄まじい行動力だな」
呆れ半分、関心半分な声が響いた。
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「少し遅くなりましたが、助けて頂きありがとうございました」
全員がテーブルに付き店員さんへと注文が済んだ頃、時雨が第一声を発する。
「ありがとうございました!」
「少し危なかったから〜〜、助かったわ〜〜」
「わざわざあのように倒して頂き、誠にありがとうございます」
時雨に続き千花たち三人も頭を下げる。
「なかなかに個性的ですねぇ」
「面子がだろ? 確かに派手なヤツから地味なヤツまでよく四人でこれほどまでに個性を出せるものだ」
向かっている男子高校生二人はだいぶズレた感想をこぼす。
「では、遅れましたが自己紹介を。私は初万高等学校二年二組の華彩時雨です」
「えっと……二年二組の栖本千花です」
「同じ〜〜く二組の栖本千百合で〜〜す」
「皆様と変わらず二組の水無月ミアです」
因みに、こっちの世界では苗字がない千百合は千花と同じ苗字を名乗り、ミリソラシアは自分で苗字と名前を作り名乗っている。
「これはこれは、ご丁寧に。私は初万高等学校三年一組の多王元主ですねぇ」
「同じく三年一組の千時剣聖だ」
多王元主と名乗った男子高校生はミリソラシアよりもくすんだ青色の髪をしており、それ以外は平均男性よりも少し痩せているほど。
身長は約百六十五センチ程度。
少し目元に怪しい雰囲気を漂わせている。
千時剣聖と名乗った方は、見るもの全てを切り刻むかのような眼光に眉間に少しばかりシワがよっている。
髪色は赤みがかった黒色で、髪全体を上げている。
身長は約百七十センチ程度。
彼の場合、近づくもの全てに緊張感を与える雰囲気が醸しでている。
「……! 多王先輩に千時先輩!?」
「知ってるの〜〜?」
時雨が驚きに満ちた声で二人の名前を呼ぶ。
それに千百合が疑問を挟む。
「多王先輩は様々な作文コンクールに入選されていて、この前には内閣総理大臣から直々に賞を授与されていたのよ。千時先輩は数多くの剣道大会で優勝されてらっしゃるの。お二人は初万高等学校の顔と言っても過言ではないわ」
時雨がとても早口で捲し立てる。
その様子は興奮気味で小さな子どもがヒーローに会った時のように。
「それにしても、お前らはあの雑魚共と相対していた時まったくと言っていいほどに恐怖がなかった。普通は暴漢に囲まれた時は恐怖するものだ。何故だ?」
剣聖の眼光が四人を射抜く。
その鋭さは〈イントロウクル世界線〉の戦争を生き残った四人ですら萎縮してしまうほどだった。
「……う、それは…………」
千花がわかりやすいほどに動揺する。
なにかあったと言っているようなものである。
「……ごめんなさい! 言えないです。いくら助けてもらったとしてもこれだけは言えません」
千花が怯えながらも、キッパリと拒絶する。
「…………そうか。ならばいい。絶対に聞きたいという訳ではない。ただ…………」
「……ただ? 何かしら〜〜?」
剣聖がなにか言おうとして口篭る。
それを見逃さず、千百合が問う。
「ふ〜ん。言った方が良いと思いますねぇ」
元主が剣聖に言葉を進める。
「…………お前らはあの暴漢共と対したとき、最悪の場合殺すつもりだったろ?」
「……!?」
四人は戦慄した。
剣聖の考えが確実に的をえていたからだ。
千花は【愛の刻印魔法】を、時雨は【守護の刻印魔法】を、千百合は【消失の刻印魔法】を、ミリソラシアは【水の刻印魔法】をそれぞれ使うつもりであったのだ。
「剣の道に身を置いて長いからか、本物の殺気と偽物の殺気の区別がつくようになってな。そこの栖本千百合とやらの殺気は格別であった。オレが止めなければ殺していたな? 何故だ? もしやこれも言えないか?」
流石、剣道の大会を総なめするほどの実力者である。
千百合があの大学生たちを消すつもりだったことを確実に勘づいていた。
「そうかな〜〜? 私はそんな風には思わなかったな〜〜」
千百合は知らない体を貫くつもりだ。
その選択は間違っていない。
仮に事情を話したところで、他の世界線との戦争があったなど信じてもらえるわけがない。
「どうだ? 元主?」
「えぇ、嘘をついてますねぇ」
「なんでそんなことわかるのかな〜〜?」
「根拠はありませんとも。ですが私はわかるのですねぇ。長いこと虚言だらけの場所で育ちましたので、嘘と真実の違いなど根拠もなくわかるのですねぇ。えぇ」
四人は絶句するしかない。
嘘をついているかは疑問に思われることはあっても、嘘をついていると断言できることはないはずなのだ。
「ふん……まぁ、お前らがそこらでのうのうと生きているグズ共とは違うことが分かればそれでいい。では、オレたちはそろそろ暇しよう」
「えぇそうしましょう。ではさようなら」
そう言うと二人は振り返らずに会計をして帰って行った。
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剣聖たちが帰ったあと自分たちが頼んだ料理を少し早く食べ家に帰って行く。
「なんだか凄い人たちでしたね」
「そうね〜〜、特に千時剣聖って人はヤバいわね〜〜」
「……多王先輩の方が怖いと思うのだけれど」
千百合は人を斬り殺しそうな眼光をしていた剣聖に恐怖を感じ、時雨はあらゆる嘘を見破り何を考えているか分からないあの瞳に見られることに恐怖する。
「二人とも怖かったよ」
だが、千花のポツリと呟いた言葉が四人の言いたいことを代弁していた。
「皆、また明日ね。さようなら」
「あっ、時雨、バイバイ! また明日ね!」
「明日を楽しみにしてるわ〜〜」
「時雨様、また明日です」
時雨の家に先に着いてしまったため、時雨は家に帰った。
「さて、私たちも帰ろっか」
その言葉を最後に三人に会話は家に着くまでなかった。
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「どうでした? あの子たちは?」
「あぁ、全員手練だ。敵に回すと厄介だぞ」
「……! おぉ、それはそれは」
彼が厄介だと口にすることは少なく、百数人の敵ですら彼は面倒だと言った。
つまり、彼が厄介だと言うことはそれほど彼女たちが強いということだろう。
「それでは剣聖さんは彼女たちと戦うとどうなりますかねぇ?」
「勝つに決まっているだろう。あくまで厄介だと言っただけだ。アイツらは確かに強いが魔導王レベルではない」
剣聖の口ぶりは他にも自分より強い者を知っているようだった。
「そろそろですねぇ〜。来ましたよ」
「悪いな。遅れちまった」
新しく来た男はガタイがよく身長は百八十センチほどある。
「いえ、大して待ったわけではありませんねぇ」
「そう言ってくれると助かるわ。ほんじゃ無駄話はこれぐらいにして、行くか。俺らの世界線に」
「御意」
「承知しました」
そう言って謎の男に連れられて剣聖と元主は世界線の狭間へと姿を消して行った。
〈イントロウクル世界線〉との戦争は終息したが既に不穏な動きが見えてきた。
〈アザークラウン世界線〉はまだ気づけていなかった。
──世界線で何が起きているかを。
どうもPーです。
二章が始まってまいりました。
これからも彼女たちの道を見守ってやってください。




