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ラストワン~刻印がもたらす神話~  作者: Pー
第五章 第一部【刻印・抜錨】
230/262

1. プロローグ

 《刻銘》──裁定


 脳内に直接語りかけられる感覚、脳髄に羽虫が蠢く言いようのない不快感。


 ドクンッドクンッ! と地の底から震える胎動がその場にいる者へと逃れることのできない呪縛を与える。


 恐怖を超越してしまえば人間とは、これほどまでに生を放棄できるのかと改めて生物の不可思議に首を傾げる。


 そこは地の果てであり、天の頂上であり、宇宙の深奥。


 眼前で規則正しく波打つ漆黒の塊は、まるで砂鉄が収縮と圧縮を繰り返すように蠢動する。


 聞いて驚け、そう視界に収めるだけで異常な神秘に胸を打たれると同時、こらえきれない吐き気を催す世界の特異点。


 “刻印源皇”──出自も正体も、目的も、何もかもが直視し得ない奇怪さに包まれる存在。


 ただそこに在るだけで生命を脅かし、世界を滅亡へと導き得る負の象徴。


 いっそのこと()()()()で消し去れたのなら、如何に楽か。


 ()()のせいでしたくもない不貞を働かされ、現在進行形で急成長を遂げる魔皇軍とかいう化物どもを相手に綱渡りを強いられるのだ。


 だが、()()にとって霊趙彼方の存在はイレギュラーらしく、常に警戒されている。


 まったく、やってられない。


「啓示、は、下っ、た、。それ、ぞ、れ、行動、を開始、しよう、」


 影を纏い、全身を靄のようヴェールで覆い会話すら途切れ途切れで満足にいかない『影の存在』。


 〈アザークラウン世界線〉の守護者連中へと張り込んでいた時から情報を密にして【刻印魔法】使いを炙り出そうとしている迷惑な奴だ。


 幾度となくこちらで好機を作り出してやっているのに、一向に仕留めきれない木偶だ。


 …………どうにかこうにか手心を加えられるように工夫している彼方と違い、彼は本気。


 生真面目に殺しにかかっているにも関わらず、悉くしくじる手際には却って脱帽ものだ。


「黄金……大樹に、波羅蜜……」


 どうやら、このダンディな男爵は完全にぶっ壊れたらしい。


『影の存在』の使命を円滑に進められるように“刻印源皇”が手ずから分け与えたという、手駒の一人であったが。


 同時期に作成した戦乙女(ワルキューレ)はあっさり敵方に取り込まれるわ、黄金の集大成とか謳った魔術師は対抗策を簡単に構築されるわ。


 正直に言って、()()()()()がいいところだ。


 やることなすこと裏目にでるどころか、悉くを踏破されて千花勢力の底力を更新していくだけのお手軽強化キット。


 最早、お笑い種だ。


「な、にを、嗤っ、て、い、る、?」


「いんや、何も。強いて言うなら正念場かなってな」


「そう、だろうと、も、。よう、やく、潰せる…、…!」


 わなわなと身にまとう影を震わせる『影の存在』。


 どうやら彼は饒舌、いいや、感情が高ぶると媒介としている影の影響力が劣るらしい。


 どうにも、己の力を制御しきれない弱輩にも思えるが、一体、“刻印源皇”は何を考えて影の存在(こいつら)を手駒にして手元に置いているのだろうか。


 彼方にしてみれば失策もいいところだ。


「(……とはいえ、叛逆してから目ぼしい成果のないもは俺もか。つっても、あの娘らとは相性悪いんだよなぁ…………【消失(千百合)】は予想しても、まさか【(ミリソラシア)】にも対策されるったあな)」


 脳裏に浮かぶのは〈強進化世界線〉でいいように迎撃された苦い記憶。


【消失の刻印魔法】が概念にすら影響を及ぼし得るとは予想していたために戦闘を避けて、わざわざ刻印五人娘(仲良しフレンズ)の中では弱小と目す者に手を加えたが。


 敵対していたはずの暗黒旅団と手を取り合って暗殺紛いの不意打ちに手を染めても勝利を狙うとは。


 極めつけは、援軍を求めるがあまり大局を見誤って『魔導王(虚盧)』を連れて来たバカ一匹。


 回収対象でもない部外者に煽られて片手間で仕留めようとして、結局始末に負えず彼方を敗走へと導いた阿呆。


 ……とはいえ、正念場という認識は正鵠を射ている。


 世界線の裏道をもって黒幕のような役回りも近く満了だ。


 勝者か敗者、どちらで終わるかは分からないけれども。








 ❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏








 世界線と世界線を繋ぐ魔力の通路。


 安全安心な鉄の箱庭にてどんぶらこどんぶらこと揺られること数時間。


 明朝、〈強進化世界線〉を後にした千花たちは労い半分、厄介払い半分の休養を命じられ、各々心行くまま心労を癒した。


 だが、心休まる時間とは唐突に終わりを告げるものだ。


 〈アザークラウン世界線〉近郊に到達した、という全体放送(アナウンス)が流れ会議室への招集がかかれば皆誰であっても嫌でも理解する。


 また、闘争が始まるのだと。


 ──空中庭園(エンジェルガーデン)


 コアド魔王国や〈強進化世界線〉での会議室にも勝るとも劣らない大集会室。


 やや大所帯となってしまった勢力を纏めて収納するために、大幅なリフォームが施されていた。


 大理石で覆われた部屋の四隅を守護するように巨大な甲冑姿の騎士が堂々と鎮座し、中心には特注のシャンデリアがその威光をこれでもか、と主張する。


 平等を謳う円卓は二重の円を描くように二つ設置され、中心には、魔皇軍より首魁(リーダー)『魔皇』千花、宰相『大空位王』時雨、警衛『鬼神』剣聖の三人が。


 同卓に人類の護り手(ラスト・ワン)『皇王』アンフェア、『帝王』ギール、『魔導王』虚盧の六人が座す形となっている。


 そして、外周を埋めるように魔皇軍、人類の護り手(ラスト・ワン)の面々が揃っていた。


 万能メイドたるソフィアが全員に紅茶と茶菓子を配膳し終わって、ようやく会議の幕は上がる。


「先ずは、皆集まってくれてありがとう。早速、始めるわ」


 大講堂の数倍はあるであろう広さを誇る会議室で、しかして、凛とした時雨の声は自然と通る。


 幾多もの議会を進行してきた時雨の司会姿は実に板についていた。


 黒のブーツに藍色のデニムパンツ、蒼色のチュニックに紺色のカーディガンを併せたラフではあるが礼節の感じられる時雨は立ち上がり進行を務める。


「〈強進化世界線〉を取り巻く諸問題は解決された。けれど、また厄介な面倒事が舞い込んできたわ。詳しくは、ミア。お願いするわね」


「はい、改めてミリソラシア・ディアスです。結論から言います。『影の存在』一行が不穏な動きを見せています」


 水色のヒールブーツに丈の長い淡い水色のタイトスカート、ウエストから裾にかけてフリルのついたエメラルドブルーのペプラムのメリハリの効いたコーデをもって会議に臨むミリソラシア。


「………………ああ、事前に配布された資料にも示されているな。だが、実情は更に複雑なのだろう?」


 各員が(一度目を通したかの違いはあれど)視線を手元の数枚に渡る〈強進化世界線〉におけるレポートに向ける。


 仔細に取りまとめられた資料には、三国の戦争から暗黒旅団との偶発的な戦争の経過や結末、各個の戦闘記録にまで及び緻密に落とし込められていた。


「はい。錯乱目的の偽情報(ブラフ)の可能性はありますが、彼らの目的は見えました」


「…………【刻印魔法】の回収か」


 黒のコンバットブーツに黒のテーパードパンツ、深紅のインナーに深紅のトレンチコート、一振りの刀を腰に差し、逆立った赤髪。


 射貫くような視線は剣士特有の鋭さがあり、普段から自ら発言を抑えているために、彼の声はそれだけで場に緊張をもたらす。


「……! は、はい。虚盧様も同様の発言を『影の存在』から聞き出したので……信憑性は高いです」


「へぇ~~。裏はあるんだ~~。ミアちゃんやっる~~」


「い、いや、そこは虚盧殿を讃えるべきじゃないか?」


 漆黒のニーハイブーツに、漆黒のデニムショートパンツ、艶美な腹部をさらけ出す短い丈のワンショルダー……どこぞの痴女かと疑いたくなるほどに艶やかな千百合。


 諌めるキャンベラは純白のバトルドレスに、髪飾りと素の美貌が際立っている。


 一体、どういう組み合わせなのだろうか。


 世が世なら傾向の美女として名だたる英雄から求婚の嵐であろう千百合と、百年に一度の美神であれ裸足で逃げ出す男装の麗人たるキャンベラ。


 剣聖の剣圧を緩和するような二人の柔和な会話は、狙いすましたように会議室の雰囲気を軽くする。


 そう、その安心感には要らぬ介入を赦すほどに和らぐものであった。


「ねえ、そろそろ小腹好かない? 私、ソフィアのカヌレ食べたいかも」


 ………………まだ始まって十分も経過していないんだぞ? いくら何でも早すぎやしないかい。


 確かに、張りつめた極寒のような空気は、温暖な安全地帯へと様変わりしたけれども。


 何も自制心(タガ)を丸っきり外さなくともよいのでは?


「【刻印】の回収とは、即ち、()()()がそのまま目的となるのね」


「随分と人気者になったみたいじゃないか、君たち。世界線の裏で暗躍する、いかにもッ! な黒幕に狙わるなんて」


 黒のレザーシューズに、紺色のスキニーパンツ、白のオックスシャツにテーラードジャケットを併せた知性を匂わせるコーデのギール。


 口元は微かに微笑を浮かべ、脳裏にはか弱くとも踏み倒されぬ意地を見せたかつての千花たちを思い浮かべていた。


「んふふふふ、笑い事ではありませんよ、ギールさん。これは立派な宣戦布告ではないですかねえ」


「……嗤ってるのはどっちよ」


 漆黒のブーツに、黒のカーゴパンツ、ライダースジャケット、インナーのシャツには「奇妙は愛嬌、つまりは……私は美しい?」とか何とか奇天烈なタイトルの印字されている。


 彼の中では流行りなのであろうが、どうにも意図は掴みかねる。


 隣り合って座るシャーシスはというと、膝丈の淡い水色のワンピースに、シルクのカーディガンを肩にかける令嬢スタイルで着飾っているために不釣り合い極まりない。


「わぁっ! やっぱり美味しいっ! ソフィアって天才じゃんっ!」


「お褒めに預かり恐悦至極。ですが、千花様(Master)。バレないようにこっそりと味わってくださいね。ばれたら大目玉ですから」


「うんっ! 私を誰だと思ってるの? そんなのおちゃのこさいさいなんだよ」


「ええ、はい。そうですね。心得ておりますとも」


「なあ、ソフィア。マドレーヌってないか?」


「私マカロン食べた~~いっ」


 ………………何か増えてね? っていうか三人には会議中という意識はあるのであろうか。


 ピクピクと怒りに震える時雨の姿は哀れでならない。


 今回こそは御そうと考えていたのだが、目論見通りにはいかなかったらしい。


 ミドルブーツにニーハイソックスをショートパンツにガーターベルトで支え、白のショートトップスに黒のジャケットを羽織るイルア。


 粗暴な口調も相まってガラの悪い美人にしか見えないのだが、ことこの場に至っては揃いも揃って美しさのセールなので会議室に華を添える結果となっている。


「ふむ、我々の把握している【刻印】は……【千花()】、【時雨(守護)】、【ミリソラシア()】、【千百合(消失)】、【キャンベラ(覚醒)】、【剣聖()】、【元主(侵犯)】、【シャーシス(強奪)】、【ソフィア()】。狙われるとすれば九人の内か、それとも総員か」


 指折り数えるアンフェア。


 漆黒の軍服の上からファーのついたテーラードジャケットを羽織る彼は、長年に渡り王を務めてきた経験もあってか貫禄が感じられる。


 会話の間隙を縫うようにそっと紅茶で口を潤す一連の行動に無駄はなく、洗練されている。


「ん~、実際のとこ、【刻印魔法】って何なのかな?」


 シンッ──と凪いだ水面へと剛速球で大岩を投擲する所業。


 爆弾発言に相応しい発言の主は片付けられるお菓子の皿を名残惜しそうに、熱烈な視線を向ける彼女だ。


 黒緋色のブーティに深緋色のフレアロング丈ドレスコーデ、緋色のメッシュのかかった流れるような銀髪をポニーテールで纏めた千花。


 人類において彼女に比肩しうる美しさを持つ者は、それこそ美の神アフロディーテ以外に皆無ではないかと思わせる。


 あどけない少女のようで、同性であっても胸を打たれる形容不可能な美の魔力、決して肌の露出が多い訳でもないというのにせりあがる熱い感情を感じられる。


 会議に辟易したような表情であってもまるで不快感を与えない雰囲気には、圧倒的な美しさを誇る会議室の面々でも敵わない。


「とっても今更だけどさ。千百合は例外だからおいておくとして……私と時雨は後天的に【刻印魔法】を刻まれた。ミアとキャンベラは()()()()()あった。たった五人だけだけどあまりにも状況が違いすぎる。ね、千時先輩たちの例を取ったらもっと複雑になっちゃう」


「……それで、千花は何をいいたいのかしら。今更気にしても仕方ないんじゃないかしら」


「うん、そうだね。時雨の言う通りだよ。私はね、()()()()と思うんだ」


「【刻印魔法】は私たち九人だけではない、主様はそうお考えなのですか?」


「そ。だって、明確に【刻印】の条件が決まってないんだもん」


 あっけらかんと語る千花であるが、彼女の話を吞み込むのなら少々厄介な事態になる。


 九人のみで話が完結するのならば幾らでも手の打ちようはあったのだ。


 接敵する『影の存在』一行を迎撃する、誰かを撒き餌にして囮として釣り上げるなど。


 けれど、他にも【刻印魔法】を刻んだ人間がいるのならば?


 得も知れぬ場所で訳も分からずに『影の存在』一行に回収されるなどお笑い種だ。


「どうやら、方針は決まったみたいね。【刻印魔法】使いを見つける……手がかりは()()ね」


「あれだと?」


「……! まさか、ジョン様の……!」


「ええ。ミアとジョンさんが聞き出した唯一の突破口。()()()()()()()こそ、次の目的地よ」


 凛とした彼女の声はまるで水面へと波紋を描くように浸透していった。


 目まぐるしく積みかさる情報に辟易する者、不敵に笑い殺気を漂わせる者、鋭く目を細め意気込む者、微笑を称え傲慢不遜にも挑まんとする者。


 三者三様、十人十色。


 “魔皇軍”と畏れられる一大軍は次なる目的へと向かい、歩を進めるのであった。

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