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ラストワン~刻印がもたらす神話~  作者: Pー
第四章 第二部【魔黒再臨】──第三楽章【収穫祭】
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82. エピローグ

 〈強進化世界線〉首都“洛邑”、領主たる『超陽王』のために建てられた邸宅。


 その一室にて、数十からなる英傑が集結していた。


 〈聖ドラグシャフ世界線〉コアド魔王国を原点とする、世界線における要注意集団“魔皇軍”。


 “自由”を信条とし世界線全土を旅して回る、少数精鋭の爆弾的集団、暗黒旅団。


 〈強進化世界線〉を舞台として各々が鎬を削り、世界環境すら変貌させる激闘の末に今では机を挟んで協議するまでに至った。


「成程ね。大雑把な状況は把握していたけれど、そう…………やっぱり【刻印魔法】を目的としていたのね」


「なァ、耶律も言ってたけどよォ。【刻印魔法】ってのは何なんだァ? オレはもう数え切れねェぐらい旅してるがァ、そんなもん聞いたことねェぞ?」


「んん~、どういったほうがいいのかな。実を言うと私たちもよく知らないなんだよね。気付いたらあったし」


「…………君たちはそんな曖昧なもののために血にまみれてきたのかい」


「そうね~~。だって~~、()らなきゃ()られるもの~~」


「達観してるな、おい…………ま、俺らがとやかく言える立場じゃねえな」


「ムスペル様のおっしゃる通りでございます。魔皇軍(みなさま)は“自由”を懸けて戦ってきた。それでいいではありませんか」


「マリー様、ありがとうございます…………何だか、救われたような気がします」


【刻印魔法】を刻む者はその運命を刻印に振り回されてきた。


 千花と時雨は世界線の柵と殺すか殺されるかの二者択一を迫られ続けたきた。


 ミリソラシアは父親を狂わされ、シャーシスとの姉妹の絆に亀裂が走った。


 けれども、何から何まで地獄と言い表すにあh早計だ。


【刻印魔法】がなければそも、“魔皇軍”はなく、それどころか千百合は存在すらしていなかったのだ。


 はた迷惑な代物であっても、千花たちにとっては憎悪以外の感情もあり得るのだ。


「テメエらが正々堂々、臨んでるならそでいい。だがァ、そうだなァ…………『影の存在』だったかァ? そいつらはうちの耶律とジョンを敵と認めたんだァ」


「……………………リード、よもや……」


「ダァクハハハハハッ! ああァ、『影の存在』だとかいう連中は暗黒旅団(オレら)の敵だァ。灰三、テメエもそっちの方が()()()だろォ?」


「……是非もない」


 暗黒旅団の総意、それはリードの言葉そのものである。


 旅団長たる彼の示す道には何時いかなる時も“自由”があった。


 だから、共に歩こうと、共に闘おうと奮起できるのだ。


「リードならそう言ってくれると思ってたよ。戦力は申し分ないしね……ちょっと、千時先輩。剣圧抑えて」


「……済まんな。滾ってしまったようだ」


「常々思うんだけど、滾るってなに? 剣士ってみんな()()()()なの?」


「こんなのっ!? ま、待ってくれ千花っ! 私は違うぞっ!」


「お花は黙ってて。ようやくいい感じに纏まるところなのに。だから、お花の頭はお花なの」


「そ、そうですよ……! っていうか、正直否定できませんよね、おh……じゃなかった。キャンベラさん」


「おおッ! 分かるか、やっぱ戦士だなッ!」


「ゼウス……! 会議中なんだからでしゃばるなッ! ほら、俺と一緒に隅に固まっていようぜ」


「腹減った…………ソフィア、ばれずに食べれるお菓子とかあるか?」


「イルア=クレイドール……、それオレにもくれねえか?」


「イルア様、キュリア様。自重して頂ければ幸いです。時雨様の平静がキレます。それはもう、盛大に」


 紛糾……とは些か異なるのであろう。


 各々が言いたいことを、やりたいことを顧みず口にするわ行動するわ。


 恙なく進行していた会議に一安心してしまったが故の時雨の平安には同情する。


 やってられないというのが本音だろうに、青筋立てて寸での所で感情の発露を防いでいるのだから、驚嘆に値しよう。


 それも、コアド魔王国で鍛えられたからであろうか。


 中には教師の機嫌を伺うかの如く、周囲へ閑静を促してはいるが焼け石に水。


 剣圧を放ち合う者、発言の撤回を求めようと必死な者、我関せずと虚空を見る者、マイペースにも間食を要求する者、訪れるであろう憤怒へ身を固める者。


 なるほど、十人十色とはよく言ったものだ。


 会議が会議の体を保てずに数分が経ったであろうか、恐る恐る紅玉が時雨へと声をかける仕草を見せる寸前。


 ──音が失せた


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 千花を中心に放たれた絶望的なまでに強大で巨大な圧は、反射的に参加者の口を閉ざすには充分であった。


 それは、剣聖や灰三までも無視できる許容量を超え、耳目を集めさせる。


「……あァ、そうだなァ。【刻印魔法】が鍵なんだろォ? そいつァ、幾つあんだァ?」


 放たれし圧倒的な圧を前に、歓喜に震えるリードはしかして、古傷が傷むかのように身を抑え獰猛に嗤うに留まった。


 なにより、彼をその場に釘付けにしたのは千花の笑み。


 そこに一切の害意はなく、純粋で柔和な微笑みが貼り付けられていた。


 滅亡をすら脳裏に想像させる圧を放っていながら、その表情には殺意の欠片もない。


 分かっていても脊髄から走る悪寒は抑えられない。


「ん~。そうだね、私と時雨。ミアと千百合、キャンベラ。後は……千時先輩と多王先輩、シャーシスかな。ああっ、と。()()()()も【刻印魔法】使いだね」


「九か……まァ、テメエらの分かる範囲だからなァ。他にもあるってかァ」


 指折りに【刻印魔法】使いを列挙する千花。


 暗黒旅団の面々にしてみれば初めての、魔皇軍にしてみれば既知の…………既知の…………? ()()()()だって?


「千花、す、少し待ってくれないかしら? ソフィアも【刻印魔法】を?」


「……? そだよ? だって、ソフィアは“真天聖龍”を何時でもどこでも召喚できるでしょ? それに、あの()に魔力を譲渡して増強だってできる」


「…………〈聖ドラグシャフ世界線〉の伝承じゃ、“真天聖龍”を制するのは王だけだったはずだが……王の力は継承されるもので? もし、【刻印魔法】なら継承されてもおかしくないってことか?」


「そ、イルアせいかぁ~い。そだね、【(ひじり)の刻印魔法】って言うべきかな」


 つらつらとまるで常識を語るように饒舌に語る千花に悪気はないのだろう。


 というより、靄がかかったように不明瞭であった謎が解けたような清清した感覚すらあるであろう、と。


 …………当のソフィアは「ああ、やっぱりそうなのか…………」と最終宣告を突きつけられた諦観の表情で聞き流す。


 同時に新たに増えた責任(おもに)という名の現実に押しつぶされそうになっているが。


 千花の破天荒、基い常識外れな奔放さは今に始まったことでもないが、それでも限度はある。


 あっけらかんと微笑む彼女には、皆の心中で吹き荒れる驚倒に心当たりはないのだろう。


「と、兎にも角にもここでの結論は既に出た。暗黒旅団(ボクら)魔皇軍(君たち)は共闘関係にある、故に、共に障害には当たっていこう」


「え、ええ。そうね。先に千花も口にしたことだけれど、正直に心強いわ。この先何が待ち受けているか分からない以上、背中を預けられる仲間がいるのは重畳だもの」


 ジョンと時雨の握手。


 それはどこかぬけてる……いいや、ぶっ飛んだ二人の大将には任せられない両軍のかけがえのない和平の証。


 一から十まで思い通りにいかない会議によって、改めて締結された最愛と最自由の泰平。


 いずれ、全世界を背負って抗う標となる英雄の結集。


 後世の歴史家はこの(とき)、この刹那を──“愛と自由の蝟集(いしゅう)”とそう呼んだ。








 ❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏








 粉雪が鼻先をくすぐる。


 爛々と輝く太陽とは対照的に突き刺すような冷気が体力を蝕む。


 “愛と自由の決闘”の被害が世界を執成す環境へと及び、地軸が歪み真夏と真冬が混成する結末となった。


 その元凶たる一軍は和平協定を結んで直ぐに〈強進化世界線〉を起った。


 正直何してくれてんだ、と叫び散らしたいが〈強進化世界線〉における数世紀の戦争を納めてくれたのもまた事実。


 更には、世界線に巣食う異物とやらも討伐してもらっているのだから文句は言えない。


 何より、彼女たちの持ち込んだ文化には大変興味がある。


 ソフィアの振る舞う甘味は材料が限られていても上等で、剣聖の鍛練は文字通り地獄であるが兵の練度は見間違える程に上昇した。


 ミリソラシアの処世術はこの先他の世界線と会合する際に力になるだろうし、時雨の効率的な仕事量を見ては泣き言を言っていられない。


 だが、彼女たちは、“魔皇軍”の皆はどこまで行っても客人だ。


 永住する訳にはいかず、何時か旅立たねばならない時が訪れる。


 それが、遅いか早いか……()()だって驚くことはない。


 覚悟も、予想もして、何時切り出されても問題はなかった。


 …………………………『超陽王』も共に()くと聞かされるまでは。


「千時先輩、幾らあなたでも限度があります。その頑固な一面、どうにかできませんか」


「断る」


「……あなたの我儘に付き合える程暇ではないのよ」


「断る」


「…………私だって共に来てくれるのならば良いでしょうけど、不可能な理由はあります」


「断固として断る」


「………………千時先輩?」


 般若であった。


 そこにいたのは神話の生物であっても圧倒する瞋恚(しんに)の化身であった。


「や、やっばいんじゃないかなぁ……時雨がブチギレ寸前なんだけどぉ」


「……私、初めて時雨様のあんな顔見ました……」


「ほんっと怖いわね~~。お姉さん夜も眠れないかも~~」


「我が『女神』は慈愛と恐怖があってこそ……ですが、あれはちょっと……」


「不肖、ソフィア。時雨様のお怒りにだけは触れぬとここに誓います。例え千花様(Master)の御身が晒されていようとも」


「うぇっ!? ちょ、ちょっとソフィアっ!?」


「それは英断なんじゃない? どっちの味方するかなんて考えるまでもないし」


「私はシャーシスさんだけの味方なのですねえ」


「……ッ! 知ってるから近寄るなあっ! そのくねくねした動きキモいっ!」


 領主邸の裏門にある世界線の狭間の正面まで来たところであった。


 〈強進化世界線〉を運営する諸侯と代表として紅玉が見送るために訪れていた。


 だが、問題は白英が()()()()()()()()()にあるとわかってからであった。


 その瞬間に、剣聖が耳を疑う、基い、正気を疑うことを言い出したのだ。


 曰く、「白英を〈強進化世界線〉に置いておく訳にはいかない」と。


「な、なあ。鬼人……気持ちは分かるがそんな我儘が通ると本気で思っているのか?」


「ネメシアもお花に同感。ご主人様……今回だけは…………」


 時雨の説得という名の尋問にも、キャンベラとネメシアによる言葉も何一つとして彼には届かない。


 その強情さには、却って彼らしくもない。


 瞳を閉じ、断固として意見を退けない剣聖の姿を前に、当の白英はオロオロ狼狽するばかり。


 紅玉たちも恩人たちに進んで意見できないために、かれこれ一時間あまり膠着していた。


「≪千花、そろそろでありんすえ。こうなったら、手荒になるでありんすが……≫」


「(…………フレイヤもわかるでしょ? 私と千時先輩が本気で戦ったら今度こそ〈強進化世界線〉が崩壊しちゃう)」


「≪ほんっとうに腹の立つ強さでありんすね、あの男……!≫」


 にっちもさっちも行かなくなれば、千花が力尽くにでも引きはがさなければならないのだろうが、それは最終手段に他ならない。


 暗黒旅団との戦争でもって〈強進化世界線〉の中核には悠久の傷が刻まれた。


 これ以上、むざむざ世界線を崩壊させうる影響は与えられない。


 そのために、時雨たちには頑張って欲しいのだが。


「千時先輩……もういいでしょう。白英にも()()があります。無理強いはできません」


「……分かっている」


「……ッ、だったらッ!」


「分かった上で譲れぬ」


「千時先輩ッ! かくなる上は実力行使に……ッ!」


「≪千花、これは一触即発でありんすよ……!≫」


 時雨の殺気が臨界点を突破した。


 フレイヤでさえ焦る魔力の圧力は即座に皆の緊張感を高める結果となった。


『魔皇』千花を支えるに相応しい両翼である剣聖と時雨の衝突は、歴戦たる面々であっても予想だにしていない結末となるかもしれない。


 最悪の場合、二人の間に割って入る、即ちは命を賭けても止めなばならない事態となる可能性もある。


 だが、現実はあまりにも奇であった。


「頼む、紅玉よ。白英は……オレの弟子なのだ。中途で放り投げるなど、できない」


「……ッ!? し、師匠っ!?」


 あの、あの誰にも従うことのない剣客が。


 売られた喧嘩は倍の値段でたたき買うあの剣鬼が。


 敗北も敗走も赤雷と共に跳ね除けてきたあの鬼神が。


 ()()()()()


 長らく生死を共にしてきた千花たちは衝撃のあまり固まり、親友たる元主に至っては一周回って真顔で凝視していた。


 それは、付き合いの浅い紅玉たちも同様で、千時剣聖という男が如何なる矜持をもった剣士であるかは本能で悟っていた。


 その意味を、彼の覚悟の重さを。


「…………頭をお上げください、千時殿」


 辛うじて平静を取り戻したのは〈強進化世界線〉の王足らんと常に意識を張り巡らせいた紅玉であった。


 そして、()()()()()そのように言い出す者もいるかもしれない、と片隅で予想していた事態でもあった。


 まあ、ここまでに駄々を捏ねるとは思わなかったが。


 …………正直に羨ましい。


 彼は『超陽王』としての秦白英ではなく、たった一人の弟子として我を通したのだから。


 色眼鏡も、期待の籠った眼差しも、約束された椅子もあった。


 だが、誰も紅玉という個人は見向きもしなかった。


 だから、紅玉の取りうるべき最適解は────


「〈強進化世界線〉の王は……我、紅玉である。故に────秦白英よ、何処へでも……世界の果てであっても師と共に在りなさい………………出来損ないの王様としての精一杯の激励です♪」


 言葉の向かう先には、まるで悪魔の悪戯にしてやられたような、狐に化かされたような表情を見せてくれた。


 生憎、『鬼神』の表情を動かすことには失敗したが…………まあ、良しとしよう。


 彼女は、秦白英は、こんなちっぽけな世界線に囚われていいような存在ではない。


 真っ白なキャンバスのような彼女は、何にでもなれるのだから。


 だからこそ、王なんて鎖に縛られずともよいのだ。









 一人の愛弟子を迎え、彼女たちは去って行った。


 きっと、この先に待ち受ける困難は想像を絶するのだろう。


 だけれど、大丈夫だ。


 “愛”を信じて、“愛”に生きる彼女たちには乗り越えられぬ存在などない。


 そう、個人を尊び、他者を無償に愛するあの人たちだからこそ、できるのだ。

第四章はこれにて終幕です。

千花率いる“魔皇軍”の行き着く先。


それは理想郷なのか、それとも地獄なのか。


是非、最後まで見届けて頂けると幸いです。

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