16. 合流の果てに
千百合&炎側
二人は荒野を歩き続け、ついに小さな集落へと辿り着いた。
集落の比較的荒廃していない家を見つけ、二人はそこに入る。
「オイ、………………千百合ィ……地図があったから目ェ通しとけェ」
「ふふっ炎くんたら私の名前をもう一度言ってごら〜〜ん」
那由多や凶が見ていたら必ず目をむくような光景が広がっていた。
かの『悪鬼羅刹修羅の男』と名高い、獅子極炎が女子高生を名前呼びしたのだ。
「調子こいてっと置いてくぜェ?」
非常にドスの効いた声で、炎が千百合に返答する。
訂正、脅している。
「や〜〜ん! 炎くんったら怖い〜〜! ねぇほんとに置いてったりしないよね〜〜?」
千百合がガクガクと震え出す。
荒野で限界が来ていた千百合を宣言通りその場に放置されたことが相当トラウマになっているようで、確認のために炎に一度問いただす。
「あァ? 獅子極様ごめんなさい、もう永遠にあなたには逆らいません。って上目遣いで、泣いて懇願しろォ。そしたら考えてやらァ」
「獅子極様ごめんなさい、もう永遠にあなたには逆らいません」
即答であった。
それもしっかり上目遣いで、本当に泣いて頼み込んでいる。
どれだけ、放置されるのが嫌なのか今のやり取りを見たらとても理解出来る。
だが、千百合は知らない自分が今調教されていることに。
炎もまた、自分がなぜ千百合を苛めたいのか分かっていない。
「フンッ。まァいいだろォ。ほら、早く地図見ろォ」
「…………炎くんって実は超ドSじゃないの〜〜? この前だって〜〜、千花ちゃんに猿轡して楽しんでたじゃ〜〜ん」
「あァ、その通りだぜェ。俺ァ、女ァで遊ぶのが趣味だからなァ」
「………………!?」
まさかのカミングアウト。
千百合の思考が一拍止まりかけた。
「変な勘違いすんじゃねェぞォ。俺ァ極道だからなァ敵対してる組の連中の情報吐かすために拷問してたらァ、それが趣味になっちまったってだけだァ」
「………………もしかして〜〜、私に興奮してたの〜〜?」
千百合が恐る恐る炎に聞く。
それほど勇気のいることだったのだろう。
とても近くに自分へ欲情している可能性のある者がいるのだから。
「…………それがよォ、いつもと違ェんだよ。千百合苛めても楽しくねェんだよなァ、どっちかっつぅと愛おしくなってくんだよなァ……」
「ッ………………!」
かぁぁぁと、千百合の頬が赤くなる。
その様子はまさに恋する乙女そのものである。
「(なんで炎くんはあんな恥ずかしいこと平気で言えるんだろ…………)」
千百合には甚だ疑問であった。
「つかよォ、今から出発しても野宿になっちまうよなァ」
炎がボソリと一言呟く。
「……? あれ〜〜? 私たちがここに来た時はまだ昼間だったよ〜〜?」
千百合の言う通り、彼女等が〈イントロウクル世界線〉の本土に(不本意なかたちでだが)来た時は真昼間だったが、もう既に日は沈み夜の帳がおりていた。
「あァ、〈イントロウクル世界線〉はアンフェア共が今まさにぶっ壊してる最中だからなァ。軸がおかしくなってやがる。まァ、ざっくり言えばいつ何がおきてもおかしくねェってことだァ」
「…………あの人たちほんとにすごいのね〜〜」
一日の進む早さがまさか味方によるものだったとは思っても見なかった千百合が呆れ九割、尊敬一割の目を炎に向ける。
「まァ、今日はこれ以上進むこたァできねェなァ。オイ千百合ィ寝れる時に寝とけェ、見張りは俺ァがやっとくからよォ」
炎からまさかの提案があがった。
てっきり、炎が寝て自分に見張りをさせると思い込んでいた千百合は衝撃を受けていた。
「…………ふ〜〜ん、寝込みを襲おうってわけだ〜〜? 炎くんたらこわ〜〜い!」
「別に千百合がいいんだったら襲うけどよォ」
千百合は照れ隠しを使った。
炎は天然カウンターを使った。
この攻防の勝敗は……
「むぅぅぅぅ〜〜〜〜! 炎くんのバカぁぁああああ〜〜〜〜〜〜!!!!」
もちろん、炎の天然カウンターに勝てるわけがなく千百合の惨敗であった。
「なんで俺ァがキレられなきゃならねェんだ…………」
「知らない!! 自分で考えなさい!!」
耳まで赤くなった千百合が睡眠に移行した。
「オイ、千百合ィ起きろォ。クソだるいことになったァ」
炎の声と、激しくゆらされている感覚が深い眠りに落ちていた千百合を現実へと引き戻す。
「……!? 何があったの〜〜!? っていうか〜〜なんで私は担がれてるのかな〜〜?」
「あァ? 後ろ見やがれェ」
炎の返答通り後ろに目をやると、ざっと六百弱はいるだろう歪の群れが追いかけてきていた。
「ちょっと〜〜! どういうこと〜〜!?」
「あいつらァ、夜が明けると同時に俺ァの場所割り出して殺しにきやがったァ」
つまり、千百合が寝ている間に炎は千百合を抱え、とてつもない距離を走っていたのだ。
「それと前見ろォ。あの城壁に囲まれた街ィ入るぞォ」
「でも〜〜、 あの街入っても意味ないんじゃないの〜〜?」
千百合の言う通りであり、街に避難したところで意味がない。
「壁が薄く光ってったろォ? あらァ、歪だけを弾く代物だからなァ。確か……異分子排除結界だったけかァ?」
「…………でも私あんなもの今まで見たことないんだけど〜〜?」
「つまりィ、ここの王は自分の身さえ護れりゃいいんじゃねェかァ? …………胸糞悪ィ」
炎は王が住む王宮の周りしか結界を張っていないことについて、実に不愉快そうに呟く。
炎は極道を生業としているため、仲間は家族と同義であることを理解している。
故に、保身にのみにしか走っていない〈イントロウクル世界線〉の王に不快感を抱くのだ。
「ん〜〜? あれって〜〜……時雨ちゃ〜〜ん?」
「あいつら…………俺ァと同じかよ………………」
そう、千百合と炎の前には武虎に背負われた時雨が走っており、その前には終夜が一人で城壁に群がっている歪を掃討していた。
時雨&武虎、終夜側
三人は山の麓から降りてき、平原へと歩を進めていた。
日が沈み、野営の準備を武虎と終夜で進めている間時雨はというと
「…………武虎さんのバカ…………武虎さんのバカ…………武虎さんのバカ…………武虎さんのバカ…………武虎さんのバカ…………武虎さんのバカ…………武虎さんのバカ…………武虎さんのバカ…………武虎さんのバカ……………………」
時雨が虚ろな目をして武虎を睨み続けていた。
この状態でかれこれ数時間経過しているので武虎はダラダラと、休みなく汗を流している。
だが、この雰囲気のなか一番気まずいのは終夜であろう。
「終也…………どうにかしてくれ………………」
武虎が親友へとヘルプコールを送る。
しかし、終也の答えはただひとつ。
「武虎さんのバカ」
「終也ぁぁああああ!!」
親友からのヘルプコールを蚊のごとく叩き落とした終夜は、もはや芸術的とすらいえよう。
「時雨…………あのことは申し訳ないと思っている。だから、せめて機嫌だけでもなおしてくれ…………」
「いえ、別に機嫌が悪いとは言ってませんよ。ただ武虎さんが嫌いになっただけです」
「うわぁ…………時雨がめんどくさい彼女みたいになってる…………」
かれこれ、こんなことが続けられては終也の気も落ちるというもの。
「…………まぁいいですよ 。武虎さんが悪いわけじゃないんですし…………」
「そう言って貰えるととても助かる。なにせ、乙女の裸体は見たことがなくてな……当方も動転していたからな」
「武虎、お前…………なぜ失敗から学ばない……」
武虎の言葉に終夜が額に手を当て、眉間をもむ。
「武虎さん…………一度死んでみますか…………?」
時雨の目が狂気に染まる。
そこらの歪など目ではない程の、深淵が時雨を覆う。
「…………当方はまたやらかしたのか……」
「武虎……一度死んでこい」
と、一名ほど生命の危機を感じている時。
日の光が三人を照らした。
「夜明けだと…………まだ時間は経っていないはずだ……」
「…………この世界線はもう手遅れかもしれんな……」
「それは…………?」
終也が何かを悟ったかのような呟きに、時雨が真意を問う。
だが、時雨のといに終夜は答えられなかった。
いや答えることができなかった。
「……!? 歪か!?」
そう、歪の大群が波となり三人を襲ってきたのだ。
ここからは千百合たちと同じだ。
違うところといえば、時雨が背負われることを頑として受け入れなかったことだ。
「嫌ですよ! なぜ女子高生の裸体を拝めるのが大好きな人に運んでもらわなくてはならないのですか!?」
「そうは言ってもな……己は背負いながら走れるほどの体力はない。武虎ならば、それが可能なのだ、それに前方にも歪が溢れている。処理の速さでは己の方に分がある。わかったなら早くしろ! もう目の前に迫ってきている!」
「〜〜〜〜〜! わかりました! 背負わせてあげますよ! そんなに私の身体が好きならいくらでも触らせてあげますよ!」
終也の説得(?)により、時雨が武虎に背負われることが決まった。
「色々と不本意だが、文句は後回しだ! あの街まで走り切れば我々の勝利だ!!」
武虎の号令を合図に三人は走り出した。
ミリソラシア&撃老側
「何やら外が騒がしいな…………」
撃老が城壁の外の異常に気づいた。
「ぅぅぅぅぅううう………………おはようございます…………何かあったんですか…………?」
外の騒音により、ミリソラシアが起きてきたようだ。
「おう、おはよう。いや、特にこれといったことはないが……城壁の外で何かおきている」
「それって、一大事じゃないですか?」
「あぁ、一大事だな」
寝起きで頭が働いていないミリソラシアと、それに合わせた撃老。
実にたどたどしい…………
「茶番はこの際いいんだ。だがな…………ミリソラシア、せめて服ぐらい着てくれ」
「ふぇ…………?」
ミリソラシアが自分を見る。
彼女は思い出した、自分が今までどうやって寝てきたかを。
その寝相の悪さから王宮で侍女に注意されたことを。
「ふぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
すごい勢いで、耳まで真っ赤になったミリソラシアは毛布にくるまり撃老へと口撃する。
「九龍様まさか妾を襲いたかったのですか!? 寝込みを襲うなんて見苦しいですよ!?」
「なんでだよ!? 自分で寝返りうって勝手に脱げただけじゃないか!?」
ミリソラシアの謎の言い訳に、撃老の的確な正論が入る。
「……………………別に主様と九龍様なら許しますのに…………」
「……? なんか言ったか?」
「……!? いいえ!? 何も言っておりませんですよ!?」
「見るからに動揺してるんだよなぁ……」
本音が漏れていたことに気づいたミリソラシアが語尾がおかしくなりながら、弁解をする。
「まぁそんなことはどうでもいいんだよ」
「妾の裸はどうでもいいと、そう言いたいのですね?」
「じゃあどうしたらいいんだよ!? なにか? あなたのお肌は綺麗ですねーっていえばいいのか!?」
「なっ!? 何言ってるんですか!? 九龍様の変態!!」
「お前一回シバキ倒すぞ………………!」
どう触れたらいいかわからない撃老が、ミリソラシアを気遣った結果逆ギレされ、撃老がそれにキレて。
だんだんミリソラシアの収集がつかなくたってきた。
最初に神々しい空気を纏っていたミリソラシアは一体何処に行ってしまったのか。
「はぁ…………まぁいい。とりあえずお前は服を着ろ。その後、城壁の外の様子を見に行くぞ」
「は、はい。(妾よりも早い切り替え方…………見習わなくては……!)」
ミリソラシアが謎の決意をしたことなど、撃老は知る由もなかった。
「なるほどな…………そういうことか……」
「千百合様…………時雨様…………」
撃老が城壁の周りで起こっている事に納得がいき、ミリソラシアはなにかに裏切られたかのような眼差しで千百合と時雨のことを見る。
「とりあえず…………門開けるか………………」
撃老が諦めたかのように、門を開けに行く。
「オォ! 見てるかァ? 千百合ィ! 開門するぞォ!!」
炎がテンションマックスで千百合に呼びかける。
「分かった! わかったから〜〜! 揺らさないで〜〜!!」
「……!? 武虎さん!! 門が開きますよ!!」
「なぁ……今当方の名によく分からんルビが振られた気がするのだが、気のせいだろうか?」
「なに言っているのかしら? 武虎? やっぱり武虎は考えていることが違うのね。武虎はまず頭を直した方がいいのかしら?」
「もはや、敬語すら使って貰えなくなった……。? 最後なんて言った?」
「武虎と言いましたけどなにか?」
「なんで少しドヤってるんだ…………?」
周囲に人がいれば、時雨の言葉が刺さっているだろう会話に終也はため息をつくことしかできない。
「うわっ…………大量に連れてきやがって……」
撃老が門を開けようと門そのものに手をかける。
「九龍様! こちらに開閉用の魔法具がありますよ?」
「……? こんなもん、わざわざ魔法具使わなくても大丈夫だろ?」
言葉通りに撃老は自力だけで石でできた門を開ける。
「(これが…………人類の護り手の力……やはり〈イントロウクル世界線〉とはレベルが違う…………)」
ミリソラシアはこの時に悟った。
〈イントロウクル世界線〉の終わりを、自分の世界線の守護者がどれほど驕っていたのかを。
〈イントロウクル世界線〉の守護者とて、弱かったわけではない。
だが、比べる相手が悪かった。
〈アザークラウン世界線〉の強さを見誤ったのだ。
「助かったぞ。九龍。そろそろ休みたかったころだ」
撃老が門を開けてすぐに終夜が入ってきた。
彼はずっと武虎と時雨のために前方の歪を掃討し続けていたのだ。
生き残っていた歪は門に一歩踏み入れた瞬間溶けて消えた。
異分子排除結界の効力は門がなくとも作動するようだ。
「終夜…………いたのか……」
「……? なに?」
終夜の思考が停止する程の衝撃が、精神を襲った。
「なんだと? いたのか……だと? 己が一番存在感あったと思うが? 戦闘中だぞ? なぜ気づかん?」
「怖い怖い! お前忘れられることにトラウマ抱えてんの? 俺地雷踏んじゃった?」
終也のまさかのトラウマ発覚に撃老が焦りながら、言葉を紡ぐ。
だが、終也の言葉は続かなかった。
「フゥゥ……ついたァ!」
「ようやくたどり着いた…………」
千百合を背負った炎と同じく、時雨を背負った武虎が門をくぐったからだ。
「とりあえず……おつかれさん。少し休むか?」
「いやァ、休んでっと状況は悪くなるからなァ。さっさと王宮に直行すんぞォ」
撃老が炎たちに労いの言葉を送り休息を促すが、炎はその申し出を断り先へ進むことを告げる。
「炎の言う通りだ。〈イントロウクル世界線〉もアンフェア達の攻撃により次々破壊されていっている。もしかしたら、〈イントロウクル世界線〉に次の夜は来ないかもしれん………………」
「妾からもお願いします! お父様をこれ以上放置はできません!!」
武虎、ミリソラシアは出発することを勧めている。
「俺は構わないが、千百合と時雨はいいのか? 相当疲れてるように見えるが…………」
撃老の心配は炎やミリソラシアではなく、千百合と時雨にそそがれていた。
それもそのはず、彼女たちは【刻印魔法】をたまたま使えるだけのただの少女である。
「いいえ。お気遣いは無用です。私のことは気にせずにお進み下さい。少女だからといって心配なさることはありません」
時雨の言葉には確固たる意思があった。
その言葉には、人類の護り手であっても固唾を呑むほどの迫力があった。
「私も〜〜、別に大丈夫だから〜〜先に進んでくれても構わないわよ〜〜? 私は炎くんに〜〜おぶってもらったから〜〜。それに〜〜ミリソラシアちゃんの願い……私も早く叶えて欲しいから〜〜」
千百合も時雨とは違うベクトルだが、疲れはなく王宮までついて行けると断言する。
「そうか……ならこのまま王宮まで行くか!」
撃老の宣言により、七人は王のいる王宮へと歩を進める。




