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ラストワン~刻印がもたらす神話~  作者: Pー
第四章 第二部【魔黒再臨】──第三楽章【収穫祭】
202/262

55. 堂々たる開戦

 一度それに気づいてしまえば万人が目を疑うような光景が上空にはあった。


 全身を漆黒の服装に堅め、黒のトレンチコート、吸い込まれれるのでないかと疑う程に白い髪、腰には一振りの剣と一振りの刀──そして、背に抱く二対の純白の翼


 深緋色のドレス、流れるような銀髪のポニーテール、天の川に流れる星々を彷彿とさせる緋色のメッシュ──そして、溢れ出る魔力で生成された黒緋色のマントに天輪


 姿格好だけを切り取れば共に天使と形容されてもおかしくない。


 だが、二人からは一切天使という概念を感じることはできない。


 細められた鋭利な視線、さも愉しそうに嗤う獰猛さ、そのどれもが翼の生えた彼を破壊の権化に押し上げてしまう。


 溢れ出る妖艶で且つ身の引き締まるような覇気、相手にとって不足はないと言い切る不敵な笑い、まさしく天使の如き美しさを持つ彼女を絶対的な『魔皇』へのエッセンスとなる。


 互いに互いの信念をぶつけ合う激戦まで、もはや一瞬の時間すら必要なかった。










 ❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒








 まるで大嵐が去った後のような静寂に耳が痛む錯覚すら覚えてしまう。


 会議室では身じろぎ一つの小さな音も容易に大音量に変貌してしまう。


 暗黒旅団、“魔皇軍”、それぞれの首魁が会議室から転移し、空中での睨み合いの末に戦闘に発展したのだ、と誰しもが理解できた。


 まるで砂地に水分が染み込んでいくように、ゆっくりと現状を把握する。


 そして、小さく、それでいて不完全燃焼で終わった火花があることを忘れてはならない。


「…………【綺羅・一式】」


「【迅・無刀】……ッ!」


 三度と交差する鋼鉄の刃。


 皆無とすら言い切れる程に希薄な殺気より放たれる亜音速の斬撃を、不意打ちにも関わらず居合にて迎撃する赤雷。


 またしても生じる衝撃波によって会議室からの悲鳴も音量が上がる。


 二人の心中にあるのは正面から“自由”を語っていた千花とリードのその眼。


 自信と確証、何人にも否定されない、そう信じているからこそ可能な微笑み。


 己を従える者が覚悟を見せたのだ──応えなくても良いのか?


 良い訳ないだろうッ! 信念を削る死闘だからこそ、立ち向かう意義があるのだから。


「申し訳ないのだけれど、ここではやめてくれるかしら?」


 だが、二人の頂上剣士の死合は、予想だにしない闖入者によって四度目の遮断に合う。


 空間を切り取った結界が張り巡らされた、そう感じた後にはフッ──と二人の姿は消え去っていた。


 まるで指揮棒を振るう指揮者が如く、時雨は座したまま一歩たりとも動くことなく剣聖と灰三を転移させた。


 彼女の空間転移の手法は結界と結界を交換するに過ぎないために、被術者そのものへと術式効果を付与する典型的な空間転移とは訳が違う。


「これで少しは静かになったかしら?」


「……ああ。参加者の半数が消えちまったからな…………それで? これからでも建設的な話し合いで解決しましょうってか?」


「無理ね。千花がああやって“愛”が絡んでしまった以上はテコでも動かないわね。それはそちらのリーダーも同じでしょう」


「ははッ、よくわかってるじゃねぇか」


 対面に座り談笑混じりの応酬を繰り返す時雨とギペア。


 しかし二人の眼に談笑の兆しなどなく、表情に浮かんでいる笑みなど表面的な仮面に過ぎない。


 鋭く細められた両の瞳は油断なく相手を見据え、奥底にある思惑を欠片も残さず読み取ろうとしている。


「それにしても……随分と面倒なことになったな、オイ。全面戦争ったぁ……幾年ぶりだ?」


「後者は預かり知らないことだけれど、前者には賛同するわね。あなた方暗黒旅団の数人は既に洛邑に攻め入ったようね…………」


「……待て。待て待て待て待て…………攻め入った? なぜそれをこの場にいて知っている?」


「あら? 情報は文字通り宝よ。多少骨の折れる作業でもやり遂げる価値はあるわ」


「テメェッ! 盗聴してやがったのかッ!?」


 思いっきり立ち上がったためにギペアの椅子は音を立てて倒れ、当の本人は困惑半分、驚愕半分で戦慄していた。


 なにせ如何なる仕掛けがあるか分からない敵地で、堂々と盗聴した上にそのまま洛邑にいる仲間に垂れ流していたのだ。


 途方もない心労を伴う賭けだが、どうやら時雨は勝利を収めたらしい。


 迫り来る強敵に対して、万全とは言い切れないが、それでも十分な対策を練る時間を与えられたのだ。


「なるほど……どうやらしてやられたらしいな。あぁぁああッ、清々しすぎて腹も立たねえッ」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


「ははぁ、嫌味かぁ? テメエは敵には回したくねえ人種だ」


「そっくりそのままお返ししようかしら? あなたたちの決定で私たちは負う必要のない損害を被る結果となったわ」


「今更だろうがよ。くだらねえ時間稼ぎは終わりでいいか? 俺だって血肉湧き踊ってるんだぜ……くそ強えやつとやれるんだからなッ!」


 舌戦を強制的に終わらせたギペアは、お預けを食らった動物が許可を得たように嬉々として時雨へと襲いかかる。


 背に隠していた彼の愛刀──勾玉を彷彿とさせる形、マユガミ刀を持って目にも止まらぬ速度で抜刀する。


 灰三と剣聖の剣戟を前にしては幾許か見劣りするが、それでもギペアは剣士であり、こと正面戦闘攻勢手段を持たない時雨にとっては迎撃は難しい。


 だが──


「あの刻は遠くて解析できなかったけれど、今は違うわ。尋常ではない回転力で威力を底上げしているようね」


「……ッ、クッソ硬えッ」


 再度、会議室に響き渡る鉄と鉄の衝突音。


 けれど今回は刀同士の鍔迫り合いではない。


 三重に渡って展開された結界に、光すらも回転に巻き込む斬撃が相見えた音だ。


「【転鐘(リガー)魏天(ミィヴァ)】ッ!」


「【告解赦さぬ無辜の(ラー・ミゼルコディア)自戒(・テッラ)】」


 “万物廻転(リィンカーネーション)”による圧倒的な回転力を内包した斬撃は彼自身の実力もあってか威力も回数も申し分ない。


 だが、時雨の結界を破るには足りなかった。


 彼女の弛まぬ研鑽が生んだ常識外の硬度、かつては対面することさえできなかった格上の相手であろうと、一撃たりとも逃さず防ぎ切る。


 第三段階まで拡張するに至った【守護の刻印魔法】を前しては、生半可な攻撃などそも無いも同然なのだ。


「ここでは息が詰まるわね。そうは思わないかしら?」


 先と同じだ。


 周囲を結界に覆われた、と認識した瞬間には既に時雨の術中だ。


 結界と結界を互換することによって可能な擬似的空間転移。


 会議室に会した一同は各々の戦場へと導かれたのだ。








 ❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒







 〈強進化世界線〉首都洛邑近郊。


 盗聴まがいの手法をもって伝えられた情報を精査した魔皇軍は市街地でもある洛邑を即座に離れた。


 千花とリードの会話の終着点を推測した元主のファインプレーであったが、彼の決断が功を奏した。


 近郊の荒地にて引き続き警戒を解いていなかった皆は、暗黒旅団との火蓋が切られたことにいち早く気づくことができた。


 出立前に時雨から秘密裏に託されていた使命、時雨の小型結界とミリソラシアの流動水球を経過させることで可能な盗聴機器。


 あまりにも突拍子のない仕組みであるが、だからこそ相手に勘付かれる可能性は皆無である。


「さってと〜〜。こっちに向かってるのと〜〜、向こうに待機してるのがいるのよね〜〜」


「ふわぁえっ!? 全員で攻めてこないんですかっ!?」


「可能性としては二つですねえ。我々が舐められているか…………役割でも決まっているのか、ですねえ」


「前者はない。召集をかけたり、舟と洛邑の距離だったりよく考えられてる。ネメシアは後者を推す」


「ミア、時雨の結界から旅団の滞在値(エネルギー)量はわかるか?」


 とんとん拍子に進んでいく作戦会議。


 時雨のいない穴を埋めるように皆が知恵を振り絞り、最適解を打てるように計算し尽くす。


 待機組の行動によって戦況は大きく変わる、それを理解しているからこそ皆は無意識にでも慎重にならざるを得ない。


 今この瞬間にも、強大な魔力が幾つも洛邑方角に向かって進んできている。


 既に後手に回っている現状を打開するには失敗は許されないのだ。


「ぼんやりとですが、わかります…………千百合様、多王様とお姉様、私は敵陣に乗り込む必要があります」


「なぁるほどぅ……反撃組というところでしょうかねえ」


「そうか……ならば待機組の指揮は私が任されよう。これでも昔は隊長をしていたからな」


「キャンベラちゃんなら安心して任せられるわね〜〜」


 適材適所というべきか、皆が皆己に課せられた役目をよく理解している。


 しかし、だからと言って恐怖が消えるわけではない。


 暗黒旅団の強大さ、“『魔王』生誕の象徴聖戦”にてギペア、ムスペルの戦闘能力を目の当たりにした者は尚更だ。


 個の力が突出しており、全力の戦闘では周囲の地形すらも容易に変えてしまう紛れもない怪物。


 今まで経験してきた群との戦闘ではない。


 鍛え抜いた己の信念、絶え間ない努力の結晶、敗北は即ち皆の負担となり得る。


 プレッシャーからくる緊張とは恐らく過去最大であっただろう。


 気づけば誰ともなく口を閉ざし、表情は一様に険しくなる一方だ。


 ()()()()()()


「皆様、クッキーを焼いてきたのでどうぞ」


 たった一言だ。


 あまりにも場違いで気の抜けた言葉は、とある有能メイドから発せられた。


 かけ離れた内容と、予想外の人物に誰一人として口を開けなかった。


 よもや混沌とした空間を鎮静化する役目を負っているはずのソフィアが、自ら張り詰めた空気を破るとは思わなかったのだ。


 彼女の行動は皆の集中を乱す行為であり、断じて看過することはできなかった。


「…………ソフィアちゃ〜〜ん?」


「……ッ! お、おい、千百合っ。ソフィアにも何か考えがあるはずだって……ッ!」


 紛れもない怒気を孕んだ千百合の言葉を宥めるようにイルアが両者の間に入って仲裁する。


 向かい合う形で正面に立つ千百合と、二人の間に立って冷や汗を流すイルア。


 先とは違う緊張感の漂う空間はより息苦しく、目と鼻の先に迫り来る脅威など思考の彼方へ吹き飛んで行ってしまう。


「千百合様、千花様(Master)は何故戦われたのでしょう?」


「はい〜〜? 真面目取り繕っても遅いんだけど〜〜」


「……ソフィアさん、千百合さん。どうやら時間がないようですねえ」


「接敵まで僅かしかありませんよ……ッ!」


 全身から千百合特有の静かな殺気を発する彼女を前に、ソフィアはたじろぐどころか、視線を合わせ殺気を受け入れる。


 イルアだけにとどまらず、本来ならば争いを傍観する元主やミリソラシアまでもが警鐘を鳴らす。


 既に肉眼で捉えることが可能な距離にまで迫った旅団の構成員など眼中にないように、二人は微動だにしない。


「千百合様、“愛”故にですよ。どうやら本当に時間がないようですから隠さずに言い切ります。千花様は“愛”のために戦うのです」


「それっていつものことじゃないかしら〜〜?」


「そうなのです。()()()()()()なのです。ですから……何も気負うことはないのです。相手が史上最強の集団? バカですか? この世の終わりみたいな顔して…………我々は()()()なのですよ。ならば、『魔皇』のように微笑みをもって向かい打ちなさい。それが、我々なのですから」


 一息に語られた彼女の言葉は、正面の千百合だけでなく、焦燥に身を焦がした全員に光の如く浸透した。


 何てことはない──絶望紛いの緊張に支配された哀れな戦士を、ソフィアは見ていられなかったのだ。


 彼女にとっては何も変わらないのだ。


 確かに今回の敵は最強の旅団なのかもしれない。


 だが、状況は普段と()()()()()()()じゃないか。


 命を賭けていいと断言できる千花が、“愛”のために闘う。


 “愛”を否定されれば、それは千花と皆の絆を全否定するに等しいから。


「まったく…………ソフィアの言う通りだな。どうやら、我々は意味を履き違えていたらしい。我々は我々の“愛”のために……千花の“愛”の名の下に、“自由”と決闘するだけなんだ……ッ!」


 純白のバトルドレスをはためかせ、愛剣ユスティーツァを抜き放ち、降竜秘奥をその身に付与し、旅団の一番槍へと向かっていく。


 一息に数キロも跳躍する彼女はその身に宿す“光竜”を体現していた。


 何人たりとも通さない鉄壁の防壁として、彼女は暴力的なまでの魔力をもって成るのだ。


「ソフィアちゃ〜〜ん。あなたなりの激励、素直に受け取るわ〜〜」


「はい。魔皇軍の勝利には千百合様の力が不可欠です。どうぞ、ご武運を」


「あなたもね〜〜、ソフィアちゃん。みんなで〜〜、みんなの“愛”で勝つ。いいじゃな〜〜い」


 源流(オリジナル)に匹敵する程に自信に満ちた不敵な笑み。


 漆黒の外套を身に纏う『黒死神王』の歩みは止められない。


 打つべき敵のもとへと見据えられた両の瞳には迷いもなく、ましてや、絶望などあるわけもなかった。








 今この瞬間に始まった魔皇軍と暗黒旅団の正面戦争。


 勝利条件は明白。


 “愛”が勝るか、“自由”を証明するか。


 勝敗がどうであれ──二大勢力の衝突が、世界線の命運を左右することになるだろう。

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