12. 意志の有無
「その話、詳しく聞かせて貰えるかしら?」
凛とした声が重くなっていた空気を吹き飛ばす。
「…………。ちょうどよかったわ〜〜。あなたとも一緒に話をしなければならなかったのよ〜〜。時雨ちゃん」
那由多と撃老を連れた時雨がそこにはいた。
千百合を見るその目は険しく、状況がつかみきれていない中だと言うのに冷静に努めようとしている。
「どこから聞いてたのかな〜〜?」
「千花が何をしたのかしか聞いていないわよ」
「それじゃあ、私が誰かは、知ってるのかな〜〜?」
「もちろんじゃない。裏千花。よくもノコノコと私の前に現れてくれたわね…………!」
時雨の殺気が漏れる。
その殺気は尋常ではなく、両隣にいる那由多や撃老が無意識のうちに構えをとってしまうほどである。
「せいか〜〜い。でもね。今からは千百合って呼んでくれたら嬉しいかな〜〜」
「いかにも、千花がつけそうな名前ね」
時雨は千百合の名前を、千花がつけたことにすぐ気づいたようだ。
それほどまでに千花と時雨の交友関係は長かった。
「流石〜〜。分かった? ミリソラシアちゃん? あれが、千花ちゃんの大親友の時雨ちゃんよ〜〜」
「この人が………………。初めまして、妾はッ!」
「……? この気配!!」
「歪か…………! 二人には申し訳ないが、まずは歪の処理を優先させる」
那由多がいち早く状況を理解し、言葉を発する。
「出現した歪は三十体が四方位を包囲している。炎は北、凶は南、魎は東、私は西に行く。撃老は時雨達を守護。よいな皆の者!」
誰一人として異議を唱える者はいない。
それはそうだろう、那由多の指示は的確で今この状況において尤も最適確な作戦を練ったのだから。
「では各自処理した者より、時雨たちの守護にまわれ! …………作戦開始!!!!」
那由多の一声により、人類の護り手たちは行動を開始した。
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ここからはただの虐殺になった。
南では、
「ハハッ! 無限狂宴流【裂散斬獬】!」
人間ゴマによる斬撃の嵐。
北では、
「豪魔流灰ノ太刀【俊閃の侵蝕】!」
一閃の後に十匹程を斬る一瞬の斬撃が光り。
東では、
「【環境溶解】!」
腕から猛毒をだす、意味不明な人間に環境ごと溶かされ。
西では、
「【壊圧・震波】!」
足を振り上げ、地面に叩きつける。それだけの行動で地面ごと消滅され。
もはや、歪は四方位でただ破壊されるだけのサンドバック状態であった。
「………………流石、人外の化け物共……、どうやったらただの人間が高速で回ったり、地面叩いただけで溶かせる…………」
「あのぅ…………、あなたも人類の護り手の方ですよね?」
と、初対面のミリソラシアが声をかけてくるので少し焦った撃老だったが、すぐに持ち直し会話を続ける。
「……? そうだが?」
「あなたは、獅子極様たちみたいに戦わないんですか?」
ミリソラシアの疑問は酷く真っ当なものであった。
炎たちと同等な位置で話しているのにも関わらず、撃老は戦闘に向かっていないのだから。
「君…………、皆が皆あんなすごいわけじゃないんだ。お願いだから、常識というものを理解してくれ」
撃老がいたいけな少女に、常識の何たるかを説く。
すると、千百合たちがいる場に人が現れる。
「九龍さん、人が来るのですがあの人はお知り合いですか?」
時雨が撃老に面識があるか問う。
「……! 全員俺の後ろに下がれ。今すぐにだ」
「ッ! 確かにね〜〜。あれは私たちじゃ無理かも〜〜」
千百合が一言呟くように、人だと思っていたものは人ではなく黒い塊がかろうじて人の肉体を保っているような存在であった。
「あれは歪の変異体だ。そこらの歪の数十倍強い」
「ど、どうするんですか!?」
「だから下がれって言ってるだろ…………」
ミリソラシアが焦燥を露わにして悲鳴をあげる。
撃老の言葉に従い、千百合と時雨、ミリソラシアが撃老の後ろに下がる。
「◼◼◼◼◼◼◼◼!! ◼◼◼◼!!」
「ひっ!!」
「わぁ〜〜…………なんて言ってるかわかんないよね〜〜」
「ッ………………」
ミリソラシアが小さく悲鳴をあげ、千百合は謎のコメントを残し、時雨は言葉がでない。
三人とも、歳に合わない経験をしているというのに変異体の咆哮は彼女らですら恐怖を感じてしまうほど。
「◼◼◼◼!!」
変異体が叫びをあげながら撃老に襲いかかる。
武器はこそ持っていないが、素手の攻撃力もバカになるものではない。
「…………九龍さん……………………」
時雨が撃老に撤退を促す。
しかし、撃老は片手を振り大丈夫だと言外に伝える。
「◼◼◼◼◼◼!」
変異体の拳が撃老の顔面に突き刺さった。
はずだった。
「◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼!!!!」
「ほぉ〜、歪でも痛みは感じるんだな」
「「「????????」」」
時雨たちはなにが起こったのか理解が出来ない。
確かに撃老に変異体の拳が刺さった、しかし倒れているのは変異体のほうで撃老は無傷。
「◼◼◼◼!」
もう一度変異体が撃老に攻撃を仕掛ける。
二度目は学習したのか、連撃をもって撃老に挑みかかる。
しかし
「◼◼◼◼◼◼◼◼◼◼▪️▪️▪️▪️!!」
またしても、地に崩れたのは変異体の方であった。
「九龍さん………………一体何をしたのですか……?」
「…………システマって知ってる?」
「……? ロシアの武術ですよね?」
「イタリアン柔術って知ってる?」
「名前に柔術とついているのでそのままの意味で柔術だと推測します」
「八極拳って知ってる?」
「中国の武術……としか…………」
「だいたい、わかってるな。その三つを極めたらできるぞ?」
「できません!!!!」
撃老が、さも当然のようにできると口にする。
時雨の絶叫のようにまずそんなことは不可能であり、ただ極めたからと言って今のような攻撃ができるかと問われれば、常人では無理と答えるだろう。
「まだ、来たな…………。久々に体を動かすからなぁ。まぁ、大丈夫かっ!」
と、なぜか嬉しそうに変異体の方に駆けて行った。
「ねぇ〜〜。時雨ちゃん〜〜。あの人の動きまったく見えないんだけど〜〜。どうしてかな〜〜?」
「………………だから三つの武術のおかげなんじゃないかしら」
「その三つの武術ってどんなのですか?」
「………………私が分かるわけないじゃない」
「なんか妾に対するあたり強くないですか?」
時雨たちが話している間に変異体が片付いたのか、撃老が戻ってきた。
「あなた、すごいわね〜〜。変異体をあんなに、倒して…………」
「別に凄くはない。受け流して同じ威力を返してやってるだけだ。この程度の小細工魎たちには効かないしな」
「やっぱり…………人類の護り手ってすごいんですね………………」
ミリソラシアの呟きが木霊した。
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歪を処理した一行はミリソラシアの家に帰っていた。
色々込み合ってそうな千百合以外は道すがら自己紹介していたので互いに名前は知っている。
この場には、炎、撃老の二人が残っている。
残りの人外は村の周辺に残っていた歪の後処理に向かっている。
「少し時間が空いちゃったけど〜〜。改めて自己紹介するよ〜〜。私は栖本千百合。千花ちゃんに体を貰った元裏千花だよ〜〜」
「知ってるわよ。次その声で喋ったら潰すわよ!」
「………………時雨さん怖すぎです……」
千百合が千花の声で喋ったのが癪に触ったのか、時雨が千百合に殺害宣告をする。
「それに、ミリソラシアさん。あなたのこともまだよく分からないのだけれど、あなたはこの世界で千花と会って友人になった…………と言うことでいいのかしら?」
時雨が首をコテンっと横に傾ける。
その仕草が愛らしく同性のミリソラシアですら、答える時間に間ができてしまうほど。
「…………あ、はい。それであってます……」
「……? なにか問題があったかしら?」
「いえいえいえいえ! なんでもないですよ〜」
まさか本人にみとれてましたとは言えないミリソラシアは全力で否定する。
だが、その答えにまたしても納得がいかなかったのか時雨はキョトンとする。
さらに、その仕草にミリソラシアがポッとしその事に気がついたミリソラシアがぶんぶんと頭をふる。
なんとも、コメントしづらい状況の完成である。
「さっきの話の続きなんだけど〜〜。ねぇ〜〜、ミリソラシアちゃん。あなたは千花ちゃんのことをどう思っているのかな〜〜?」
「そうね、ことの次第では裏…………千百合…………さんと同じ運命を辿ってもらうことになるわ」
時雨が暗に千百合は消す。と断言した瞬間であった。
しかし、ミリソラシアのスルー技術は当初よりも格段に上がっているので、ツッコまず何事もなかったかのようにスルーする。
「主様のことをどう思ってるかなんて聞くまでもないと思いますけど、妾は主様のおかげで一歩踏み出せました。恩を感じていますし、隣で笑いあいたいとも思います。あなた方が妾のことをどう思ってるかは知りません。ですが、妾は一緒だと思います。主様に助けてもらったり、主様に大切なことを教わったと思っています。ですから、妾は時雨さんも千百合さんのことも好きですよ。お二人こそ、主様のことをどう思っているのですか?」
彼女は自分は主である千花が大切な人であると、そう断言する。
すると、時雨が口を開き、
「私は人を信じない」
「ッ! 時雨さん…………」
ミリソラシアが自分を否定されたかと息を詰まらせる。
「でも、千花が私にくれた。人を信じる勇気を、人に頼る温かさを。千花がいなかったら今でも人と関わることをしなかった。今の私がいるのは、千花が私と親友になってくれたから…………でも、千花は人を助けたがる……、千花に近づく危険人物は私が処理する。信用できる人とできない人その区別は私にでもできる、だから私はあなたたちを処理する…………!」
時雨が【刻印魔法】の詠唱準備をする。
「………………時雨さん! 待って!」
「こうなっちゃうか〜〜……別にいいわよ〜〜、私はでも時雨ちゃんは千花ちゃんの体を傷つけられるかな〜〜?」
ミリソラシアが焦りながら【刻印魔法】の詠唱準備をする隣で、千百合は時雨を挑発するように口を開く。
「そこはしっかり対策済みよ。私の【刻印魔法】の信念は守護。あなたの意識内にいる千花だけを護ればあなただけを処理することも容易…………。わかったかしら?」
「……流石にそれは不味いわね〜〜、いいわぁ〜〜相手してあげる〜〜」
千百合の絶対の保証が消えた今、千百合は時雨に勝たなければならない。
「【友を護る切り札】!」
友と認めた者にのみかけることのできる絶対守護の結界。
「【水の波動を】!」
斬ることのみに概念を込めた水の刃が周囲に広がる予兆を見せる。
「【次元を超える消失】〜〜!」
触れる、ただそれだけの行動で存在そのものを消失することの出来る大鎌が顕現する。
聖なる結界、周囲に撒き散る水の斬撃、かするだけでも全てを消してしまう黒い大鎌。
この三つが今ぶつかり合う!
「止まれェ!! 華彩! ミリソラシア! 栖本(仮)!」
三つの力が交差する寸前、炎が三人の間に入り全ての攻撃をその身に受ける。
「……! 何やっているんですか!?」
「はわわわわわわ…………獅子極様が……」
「ん〜〜…………死んじゃったわね……(無事だと思うけど〜〜…………)」
結界によりピカァとひかり、水で切られ、大鎌の一閃を受けた炎はその身の原型をとどめず、無惨な肉塊になった……。
「勝手に殺すんじゃねェ!!」
肉塊が集まり人の姿を型どる。この間わずか、二秒。
先天的超回復体質
たった二秒で肉塊から元に戻るこの異常性理解出来ているのは、撃老と千百合だけであった。
「話し合いじゃねェのかよォ!」
「物理はしてるけどな」
「うめェこと言ってんじゃねェ…………」
「「………………」」
人外の回復力を目の前にして時雨とミリソラシアは毒気を抜かれた。
ただ、この結果に納得出来ない者が一人。
「獅子極く〜〜ん。なんで邪魔したのかな〜〜?」
千百合は時雨の覚悟を受け取り正々堂々勝負することを決めた。
大切なこの体をもって時雨の覚悟に応えたかった。
「ふざっけんじゃねェ。邪魔するに決まってったろォ」
「なぜですか、獅子極さん。これは私たちの問題です。獅子極さんに見守って欲しかったのですけれど……」
「獅子極様のお気遣いはお気持ちだけで嬉しいです。ですので、次は止めないでください!」
三人はこの場で雌雄を決したかった。
そうしないと、己の決意が揺らいでしまうから。
千花が大事に思っている者を傷つける、言葉にすれば簡単な事だが彼女たちにとっては無理難題に等しい。
故に、決意の固まった今でないとダメなのだ。
「…………くだらねェ」
だが、彼女たちの覚悟を決意を炎はくだらないと切り捨てる。
「…………どういう意味かな〜〜? 私たちの想いがくだらないなんて言わないよね〜〜? 死なないからって殺されないと思ったら〜〜…………私が殺しちゃうぞ〜〜」
「おいおい…………まじかよ……ガチじゃん」
千百合の殺気を受けて、撃老が構えをとる。
何事も事なかれ主義である撃老が構えをとる。
撃老のことを知っている炎は、どれだけ千百合が先の攻防に命をかけようとしたのかを察する。
しかし、それでも炎の考えは変わらない。
「だがらァ、くだらねェっつってんだよ!!」
「…………! 【消えゆくあなたに】!〜〜!」
「おい! 千百合!!」
千百合が黒い獣の顎を創り炎を喰らう。
だが、ただ喰われるだけに収まらないのが人類の護り手である。
「ハハッ!! 図星つかれたからってキレて暴れる…………いっちょまえに被害者ヅラしてんじゃねェぞ加害者がァ」
炎が静かな怒りを滾らせる。
「お前はよォ、栖本の想いを継いだんだよなァ。ならよォ、千百合が時雨とミリソラシア殺ろうとしてんじゃねェよ…………! お前は知ってんじゃねェのかァ? 栖本の本音」
「分かるわよ…………。あの子が何をしたかったのかなんて…………。でもね〜〜、私はそれを叶えることはしない。それをすればあの子が傷つくから……」
「だからァ、それが加害者だつってんだよォ!」
「……! おい炎! 抑えろ!!」
千百合の返答を受けた炎の剣幕を目の当たりにし、撃老が静止の声をかける。
だが、炎は止まらない。
いや、止まってはいけなかった。
「栖本のやつがなんて言ったかァ、当ててやろォかァ? たった数時間の付き合いでもなァ、あいつはわかりやすいからなァ……。どうせ、自分がいると周りが傷ついていく〜〜、とか言ってんじゃねェのかァ?」
「なんでッ!? それを知ってるの!?」
「知ってるつかァ、わかるんだよォ。そういうやつァアホみてェにみてきたァ…………」
「…………?」
炎が先程の雰囲気から一転なにか哀れみの満ちた目でなにかを見ている。
それは、過去の誰かに向けたものであったのだろう。
しかし、そんな目もすぐにいつもの睨むような目に戻る。
「そういう奴の末路は酷いもんだぜェ自意識過剰で身を滅ぼすか、自害するかの二択になる」
「やめなさい!! 彼女の想いをそんなふうに言わないでください!!」
「……!? 時雨!?」
「話は全て聞いたわけじゃありません。それでも、私は千花がどれほど苦しい思いで決断したかが理解できます。ですから、彼女の想いを侮辱しないでください!」
時雨は知っている。
千花がどんな人間なのか、どんな想いを持っているかを知っている。
だからこそ、炎の言い方が気に入らない。
「侮辱じゃねェよ。愚かしいって思ってんだよォ」
「……!! 炎!! 少しは慎め!!」
「黙ってろ九龍。ああいう奴ァ、気づいてねェだけだァ」
「気づいてない?」
撃老は炎が何を言おうとしているか分からない。
「よく聞いとけやァ、栖本(仮)、華彩、ミリソラシア。自己犠牲をする人間ってなァよォ、気づいてねェんだよ、自分がどれほど支えられてるかをなァ。気づかねェ奴等が死んでいく、気づいた奴ァ人として一歩前に進める。分かるかァ? 栖本はよォ、まだ間に合うんだよォ。お前等が支えりゃよォ、まだ引き返せんだよォ、だっつっーのにあいつの親友であるお前等が先に見捨てて、どうすんだよ。俺ァがいいてェのはこれだけだァ、あとはお前等で考えんだなァ」
「「「………………」」」
炎は自分の想いを告げ、この場を去ろうとする。
しかし、ここで声がかかる。
「そういうことかよ………驚かすなよ……お前は根は良い奴だからなぁ」
撃老がしみじみと炎にコメントを残す。
「あァ? るっせェよ」
「だがな炎…………」
「あァ?」
「次、俺の目の前で今のやり方をしてみろ、物理的に黙ることになるぞ…………!」
「善処する…………」
撃老が炎に忠告する。その威圧は炎であったとしても、返答に窮するほどの迫力があった。
しかし、炎は足を止めずに家を出る。
その後を空気を読んだ撃老も追い、家の中には三人だけが残った。




