11. 千花の真意
アドル村の住民の埋葬を終え、千花たちは夜を迎えた。
「主様! 同衾しましょう!!」
「え? 嫌だよ」
「ああああああああ!! いい!! 今夜も一段とキッパリ断って…………いい!!」
千花のバッサリとした答えに、ミリソラシアが悶える。
それを横目に見ていた炎たちが、この世の終わりを見たかのような目でミリソラシアを見る。
「獅子極よ………………。甚だ疑問なのだが、アレはなんなのだ? 僕はあのような種類の人間を見たことがない」
「獅子極さん…………。小生たちは一体何をすればよいのでしょう?」
今まで全く接してこなかったタイプかのか、二人はどうすることも出来ずに固まったいる。
「ハハッ。人類最強の剣士も伝説の忍者も、ああいう変態にャ弱ェんだなァ」
凶と魎がミリソラシアにドン引きしているなか、炎はそんな凶と魎が珍しいのか二人を笑っている。
「なァ、オイ。誰かが見張りに行かねェと、不味くねェかァ?」
「そうですね…………。この村の居場所は既にバレているのです、この場から距離を置くのが最適確なのでしょうが、生憎村の外に安息の地はありません」
「ここに留まるしかないのか…………」
「ならァ、俺ァと凶と魎の三人で二時間交代なァ」
「それで、妾たちはいつ見張りをすればいいんですか?」
「ミリソラシアは別にしなくていいぜェ」
「…………その理由をお聞かせください。妾では力になりませんか?」
ミリソラシアが一歩踏み出せたのは千花のおかげではあるが、炎たちが来なければ千花と会うことすら出来なかった。
その恩義を感じているからか、彼女は少しでも彼らの力になりたいと願っていた。
「違ェよ。まだ【刻印魔法】連発した時の疲労が取れてねェだろォ。ミリソラシアはまだ、俺ァと違って人間だからなァ。休息は必要だろォ」
「もしかして…………、労わってくださるのですか?」
「………………あァ。二度も言わせんなァ」
「獅子極よ、恥ずかしがらなくてもよいのだぞ」
「るっせェよォ!!」
「…………皆さん………………」
ミリソラシアが炎たちの気遣いに感激し、言葉を無くす。
自分を助けてくれただけではなく、体調すら心配してくれる。
守護者であると、今ならば断言出来る。
ここまで優しい人たちが守護者の名を騙った詐欺師とは到底思えない。
「流石、人類の護り手だね!」
ビシッと、千花が炎にサムズアップをする。
その仕草にカチンときたのか、魎が一つの案を提案する。
「そうですね、折角ですから栖本さんも小生たちと共に見張りをしますか?」
「えぇぇぇ!? 嫌ですよ!!」
「そりゃァ、いいなァ。栖本ォ頼むわァ」
「助かるな! 僕の代わりに四時間分頼む」
「なんでですか!? 私も【刻印魔法】使ってますよ!?」
ギャーギャー!!ワー!!ワー!!と、千花たちが騒いでいると
「ふふふふふっっっ!! あはははははははは!!」
ミリソラシアが大声で笑いだした。
「え………………? どうしたの? ミアミア大丈夫?」
「はいっ!! 大丈夫です!! 皆さんを見ていると疲れなんて、なくなってしまいます」
「もうっ! ミアミアったら!」
千花とミリソラシアの仲睦ましい百合百合空間が形成される。
そこに中年男性約三名の居場所はなかった……。
約三名が、悲しい思いをした後、炎をはじめとして凶、魎、千花の見張りのローテーションが組まれた。
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──あら〜〜。随分と楽しんで来たみたいじゃな〜〜い──
「(裏千花………………)」
──うふふ〜〜。今度こそ、返して貰うわよ〜〜。いくら嫌だとか言ってもダメだからね〜〜──
「(良いよ。別に……)」
──ダメなことはわかってるのよ〜〜………? えっ? いいの〜〜?──
呆気なく己の身体の主導権を手放す千花の言葉に、裏千花は肝を抜かれる。
「(うん。私ね…………わかったんだ。愛の本当の意味に)」
──愛の本当の意味〜〜?──
「(時雨とミアミアが教えてくれたの…………)」
──時雨ちゃんとミリソラシアが〜〜? 見てたけど、そんな素振りはなかったよね〜〜?──
「(うん。私が勝手に感化されているだけかもしれない…………。でもね分かったんだよ)」
──矛盾してるね〜〜。勝手に思い込んでるくせに、わかっただなんて〜〜。それは言い訳をして自分に納得させているだけなんじゃないの〜〜?──
千花の隠していた言葉の部分を確実に突き刺す裏千花。
「(それは違うよ。言い訳はしてない……。私が思って、私が感じて、私が決める。私は私だからね!)」
──なら、何を感じたと言うの〜〜?──
「(私はね…………、愛ってずっと与えるものだと思っていたの。愛は与えるもの、貰う物だなんて思ってなかった………………。だからね、時雨は心を閉ざしてたあの時に愛を与えた。ミアミアが道を違えそうになったから愛を与えたの。私の中の愛を施したの…………。でもね、時雨は私に友達の大切さを教えてくれた。ミアミアは戦う強さを教えてくれた。時雨にミアミアは貰っただけじゃなかったの、私に愛を返したの……。それも、私の愛じゃなくて時雨とミアミア自身の愛を貰ったの…………………………)」
たどたどしいが、それでも己の言葉を紡ぐ。
──だから〜〜、あなたは愛の本当の意味を知った〜〜? ふぅ〜〜〜〜〜〜ん……………………。ふざけるなぁぁぁ!!!!──
「(ッ!?)」
──そんなことで、この感情がなくなるわけが無い!! 私は【刻印】、あなたの願いを履行する物なの!! あなたのこの黒い感情はなくならない、あなたはこれに一生付き合っていかなきゃならないの!!──
裏千花の赫怒に千花は言葉を失くし、数秒の間動きをやめてしまう。
「(………………やっぱり、裏千花は私の感情だったのね……)」
──その反応、気づいていたの〜〜?──
「(うっすらだけどね…………。あなたは私の黒い感情を集めて【刻印】が自我を持った存在……。だよね?)」
──……そこまでわかっているなら、なぜ私に体を譲るなんて言い出すのかな〜〜?──
「(ううん。譲らない)」
──さっきと言ってること違うんだけど〜〜……──
「(譲るんじゃないの、立ち位置の交換)」
一瞬千花が何を言っているのか分からなくなり、思考を止めてしまう裏千花。
──……………………。まさか〜〜、あなたが意識に入って私が意識外で活躍するってこと〜〜?──
「(うん。時雨やミリソラシア、人類の護り手の皆さんに攻撃しないのなら、この体はあげる)」
──…………。それも、愛なの………………?──
「(そうだよ。私は時雨やミアミアと友達になれただけで充分だよ。私はあの人の子だから……。これ以上望んだらバチが当たっちゃうよ…………。あなたならわかるでしょ? )」
あの人の子。
それが千花や裏千花にとって、一体どれほどの重みがあるのかは分からない。
だが、この事実は時雨にすら話していない。
と言うだけで事の重大さがよく分かる。
──…………………………。分かるわよ……。それでもあんな奴の子ってだけで、あなたが幸せを諦めていいわけないじゃないッッ!──
「(ふふっ。裏千花ったら優しいのね…………。やっぱりあなたは私のために意識外にでてたのね。………………そんなあなただからこそお願い……!)」
ここは意識の中の世界。
裏千花には千花がどのような気持ちでこの提案をしているのかが分かる。
──………………。えぇ。分かったわ、その代わりこの会話は全て時雨ちゃんにもミリソラシアにも伝えるけど……、いいわね?──
「(うん。お願い。それと、これはお礼なんだけどね……。千百合)」
──……?──
「(栖本千百合…………。あなたの名前っ! 百合の花言葉は『純粋』。私の黒い感情なんて捨てて、自分らしく『純粋』に生けて欲しいなって思ったの)」
百合は聖母マリアに贈られたのされる由緒正しき花である。
──……!? あなた!! 何言ってるかわかってるの!? 名を与えるということはその者を肯定するってことなのよ!? ッ!! 不味い! 目覚めてしまう……!──
「(うん。分かってるよ。私はあなたの存在を肯定します。栖本千花の名に誓って栖本千百合の存在をこの世に顕現させます!)」
──待ちなさい!! 今ならまだ引き返せる!!──
「(【寵愛の肯定】!! あなたは今この瞬間から、栖本千百合だよ)」
──ま…………ち……なさ……………………い──
「(辛い役目を押し付けてしまう私を許してなんて言わない。だから、恨んでいいよ………………)」
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「千花さん。見張りの時間ですよ」
「…………分かったわ」
「……? なにかお辛いことでもありましたか?」
「ッ! ………………いえ、なにもないわ」
「そうですか…………。なら良いのですが……。ではおやすみなさい」
「…………えぇ」
裏千花改めて、千百合は魎の洞察力に動揺を露わにする。
しかし、強制的に声を抑え込み魎に察することを許さない。
だが、千百合の心はまだ晴れない。
(私に心ができた…………。ありえない! でももうなっちゃったものはしょうがないわよね……。ダメだ!! 【寵愛の肯定】の影響を受けすぎてる……。気を抜けば千花ちゃんのことを忘れそうになる…………。あの子……私を騙したのね……でもこれが彼女の覚悟だとするなら…………私はどうすれば……)
自問自答を繰り返している内に、朝になっていたのか斜陽が眩しくなってきた。
「う〜〜〜〜ん。ふぁぁぁ…………。おはようございます。主様! 今日も元気に私を好きなようになぶってくださいね!!」
(この子…………将来大丈夫かしら?)
「どうました? はっ! もしかして…………」
「ッ!?」
千百合は一瞬バレたか!?と、焦ったがミリソラシアの次の言葉を聞きこの焦りが杞憂だと知る。
「主様。昨日の今日でまだ興奮が覚めてませんね!! でも大丈夫です!! 私を苛めてる内にその思いも快感に変わりますから!!」
「なにも大丈夫じゃないわよ!! あなたがどうしてこんなになっちゃったのか、今とても知りたいわよ!!」
しまったと、千百合は思わずツッコんでしまった自分を呪う。
「主様……? 違う!! あなた、主様じゃない!!」
ミリソラシアが危険を察知し、【刻印魔法】の詠唱を開始する。
その殺気を感じ取ったのか、炎と凶、魎も起きてきた。
「……!! オイ! なにがあったァ!?」
「敵襲か!?」
「千花さん! 無事ですか!?」
「皆さん!! 主様がいつもの主様じゃありません!!」
ミリソラシアの一言で彼らは状況を察したようだ。
やはり、歴戦の猛者は反応速度が異常である。
「確かにィなァ。この根源の色ォは裏千花のものじゃねェかァ」
どうやって千花か裏千花かの違いを見抜けているかは謎だが、炎の答えは正解だ。
「違う!! 私は千百合!! 」
「千百合…………さん?」
千百合は誇りを持っていた。
愚かで臆病で己の心を分かっていない、彼女から貰った大事な名前に。
自分が偽物でもいい。それでも千百合という名に誇りを持って生きるそう決めていたのだ。
「……なにやら、込み入った事情がありそうですね。 あなたが攻撃しないというのならばお話をお聞かせください」
魎が一つの低案をする。
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千百合は千花と交わした会話をミリソラシアたちに全て話した。
ただし、あの人のことはまだ話さずに。
「嘘…………主様が、そんなことを………………?」
「もし、その話が本当ならば千花さんはあなたに託したのですか?」
「私も、全て分かるわけじゃない…………。ただ、この話は本当よ。でないとすぐ殺されそうなこの状況に持っていくわけがないでしょう」
「話の真偽は別にいいんだよォ。問題が一つあればァ、華彩にも同じことを言わなきゃなんねェってことだァ」
炎の懸念は皆が思っていたことなのか、場を沈黙が支配する。
だがここで、一人沈黙の意味を理解できなかったのか、ミリソラシアが質問をとばす。
「あのぅ…………、時雨さんって誰ですか……?」
ミリソラシアの疑問は当然である。
なぜなら彼女は、時雨に会っていないからだ。
故に、皆がなぜ沈黙しているのかが分からない。
「そういえば、ミリソラシアは華彩に会っていなかったな。確か僕たちが裏……ゴフンゴフン。栖本(仮)と死合った頃になるな…………」
「あん時から離れたからなァ、裏……ゲフンゲフン。栖本(仮)ォを追って来てんじゃねェかァ?」
「そうですね……。裏……コホン。あの時は九龍さんも一緒でしたね。栖本(仮)さんを攻撃するのではなく、華彩さんを守っていましたからね」
「ちょっと〜〜!! なんで裏千花って言いかけてるのよ〜〜!! それに栖本の後に余計なものがついてる気がするんだけど〜〜!!」
皆、裏千花という印象が強すぎて今さら千百合と呼ぶことが難しいのかもしれない。
「まぁいいわ〜〜。慣れていってくれればいいからね〜〜」
千百合が諦めたように呟く。
「………………時雨さんは主様にとって一体どれほど大きいのでしょうか…………?」
「そうねぇ〜〜。まず時雨ちゃんに取って代わろうなんて、不可能だと思いなさい」
千百合がピシャリと、先程の間延びした声ではなく冷水を浴びせるかのような声でミリソラシアに言う。
その言葉はなにか別の重さを含んでいそうだった。
「ッ…………」
その雰囲気におされたのか、ミリソラシアが言葉に詰まる。
「ねぇ〜〜。ミリソラシアちゃん、あなたにとって千花ちゃんってどんな人なの?」
「妾にとっての主様…………ですか?」
「えぇ、そうよ〜〜。ふざけた解答すれば消すわよ」
ふざけた時の代償が重い。
まるで人生を賭けた大一番だ。
「……! なんであなたに消されなきゃダメなんですか!? あなただって、主様の体を奪おうとしてたんじゃないんですか!?」
「その通りよ〜〜。でもね、千花ちゃんはね限界だったのよ。彼女は自分の黒い感情を知ってしまった……。あの子は優しくて健気だから、自分の感情が大切な人たちを傷つけてしまうんじゃないか?って悩んでた…………。あのまま放置してしまうと自害してしまいそうだったから私が一時的に意識に追いやったのよ。そのまま言っても彼女は聞かないでしょう?」
元は【刻印魔法】から生まれた千百合だからこそ、意識の操作が可能なのだ。
「主様の黒い感情………………?」
「えぇ。嫉妬、憎悪、赫怒、他にもいろいろな感情が渦巻いてたわね……」
「そんなの! 誰にでもあるものじゃないですか!? 私にだってありますよ!!」
「確かになァ、その程度の感情なら俺ァは余りあるほど持ってるぜェ」
「聖人君子ではないのです。誰であれ、持っているものです」
「黒い感情がないものは真の頂に届いたものだけだ。悪いが彼女がその高みに至ったとは思えない」
ミリソラシアたちが、千花の真意を聞き驚き声をあげる。
続いて、炎たちも千花の感情について一言ずつ発する。
英雄たちはまず一般人と違い経験値が桁違いなのだ。
そう言う黒い感情の混じった事案などいくつも見てきただろう。
「私もそう思ったわよ〜〜。でもね、千花ちゃんは分からなかったのよ…………。あいつがいたせいであの子は人の感情が分かるのに、自分の感情は分からないのよ…………!」
「あいつ…………?」
「その話、詳しく聞かせて貰えるかしら?」
凛とした声が重くなっていた空気を吹き飛ばす。
「…………ちょうどよかったわ〜〜。あなたとも一緒に話をしなければならなかったのよ〜〜。時雨ちゃん」
那由多と撃老を連れた時雨がそこにはいた。




