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ラストワン~刻印がもたらす神話~  作者: Pー
第四章 第一部【三国乱立】
168/262

21. けれどもわたしに在るのは──

 耳を抉るような禍々しい音が響き渡っている。


 例えるのならば、ガラスの表面を一枚一枚丁寧に剥がしている際の音とでも言おうか。


 不快感という点では音の他にも存在する。


 その場にいるだけで世界から隔離されたかと思うほどの“圧”、数分続けて視認しているだけで精神崩壊を起こしてしまう程の異質感。


 そのどれをとっても吉報とは程遠い。


 さらに不運なことに、巨大な砂鉄の塊が胎動に合わせて伸縮と膨張を繰り返す“怪物”──“不神物”は現在進行形で行われている全線に突っ込もうとしているのだ。


 ただの全線ではない。


 人口密度が限りなく高い首都──洛邑に拡がろうとする戦線、まさしく激戦地に相応しい土地。


 “不神物”の目的である王位継承を防ぐための作戦を立案し、かの化け物を食い止めている者こそ……『魔帝』千花。


 恐らく、彼女の眼から眺める光景は、さぞ血で血を洗う神話の如き景色なのだろう。







 ❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑





 ドクンッドクンッ! と地響きかと錯覚してしまう胎動音が世界に刻まれていた。


 だが、音源に注視すると大音量にならざるを得ない理由が分かるだろう。


「≪これで五回目でありんす……千時剣聖、そなたもう少し自重というもにを覚えるでありんすよ≫」


「説得はあんまり効果ないかもよ? それよりも私は“不神物”の耐久力にびっくりしちゃったよ」


「≪並の神獣ですら二桁回数狩られる総量…………人間辞めてるでありんすよ?≫」


「ほんとにねえ……私、千時先輩が怖くなっちゃったよっ」


「≪そんな恐怖の対象が睨んできてもシカトできる小娘の方が恐いでありんすよ、余は≫」


 己の流派の名の通り極限まで鍛え上げた本気の戦闘ですら、勝利を収めるには相応の回数が必要な相手。


 それこそ千花なのだ。


 そんな彼女から“怖い”と言われ、あまつさえ詳細をはぐらかされる剣聖の心中も分からなくはない。


 しかし、二人の総合力を前に幾度となく挫折しかけた者が、一人二人でないことも確かだ。


「おい、栖本。貴様……何故()らん? 貴様が手を加えさえすれば、この程度の“生命体”……抹殺も可能であろう」


「ん〜、私って千時先輩よりも弱いからなあ……」


「栖本……!」「≪小娘ッ!≫」


「はいはい……答えたらいいんでしょ? まったく、これだから冗談の通じない堅物は…………」


 ブツクサ不平不満をたれる千花だが、その眼は断じておふざけをしている時とは違う質だ。


 どこぞの『死神』のように空中でフワフワ浮きながら、剣聖によって八つ裂き(いや、そんな甘いものではない。差し詰め、千裂きというべきだ)にされた“不神物”を眺めていた彼女の明確な行動。


 本来ならば世界線の守護者足り得る“神獣”の役目である“生命体”の排除。


 神獣とは比べ物にならない剣聖が、その力を使用して捻り潰すように斬った“不神物”だが──()()()()()


 いいや、“生きていた”などの表現は適切ではない。


 正確に言い表わすとするのならば、()()()()()()()()()、だろう。


 しかし、だとしても剣聖のみではなく、千花も攻勢に加われば“不神物”を撃滅することも可能であったろう。


 そんな簡単な事実に気が付かない程、千花は愚かではない。


 だからこそ、剣聖とフレイヤは苛立ちを募らせていたのだ。


 千花が攻撃に加わらないことではなく、情報を開示しないことについて、だが。


「コイツはね、〈強進化世界線〉そのものに根づいてるんだよ」


「≪つまり……?≫」


「〈強進化世界線〉の“中心核”を砕かない限り、不神物(コイツ)は顕現し続ける、ってことだよ」


「チッ、またか…………!」


 このような事態は既に経験済みだ。


 〈聖ドラグシャフ世界線〉で大暴れした“真天聖龍”の魂が“中心核”と同化していた、あの(とき)と。


 細部は異なるが、まったくもって同じようなやり口。


 そして、これまで幾多の経験を積み重ねてきた千花が、結論を降すには時間はかからなかった。


「つまりね…………迷惑極まるクソ野郎(謀略者)は同じってことだよ」


「厄介……! 実に不愉快だ」


「≪今回ばかりはそなたに同意するでありんすよ、千時剣聖。よもや、余らに対して同じ手が通用するとたかを括る、まさに侮辱に相応しいでありんすえっ…………!≫」


「え、そこ? ん〜…………まあ、そうとも受け取れるのかな?」


 一人外れた要点で怒りを募らせているフレイヤであるが、『女神』としての、常人とはかけ離れた超常存在である彼女だからこその捉え方は一理ある。


 簡単に言えば、()は〈聖ドラグシャフ世界線〉から引き続き同じ存在であり、〈強進化世界線〉においても千花たちに牙を向けている、ということ。


 〈聖ドラグシャフ世界線〉では仕留めきれなかったツケを精算するような行動だが、かの世界線での敗北は作戦の欠陥ではなく、ましてや千花たちの奮闘の結果ですらなく、何らかの計算違いである。


 そう手前勝手に判断され、マグレの勝利を手にして滑稽にも勝利の美酒に酔いしれている()()……とフレイヤは受け取ってしまったのだ。


 確かに彼女の思考通り、独りよがりに近しい結論を導き出された──そう判断することもできる。


 しかし、千花にはどうしても首を縦に振れなかった。


 あの千花に“焦燥”を植え付けた“敵”が、まさかそこまで“感情”的であるとは感じなかったのだ。


「まっ、何はともあれ私が加勢しちゃうとせっかく表に出てきてくれた“不神物”に、逃げ道をあげちゃうからパースっ……ってこと」


「理屈は了承した。なれば、栖本とオレで交互に殲滅役を果たそう」


「え? やだよ。私が介入しちゃうと倒しちゃうから。ほら、私って千時先輩より強いもん」


「≪心の底から憎たらしいでありんすね、小娘。いずれの日にか刺されるでありんすよ?≫」


 言い当て妙だが、まさしく鬼の形相で殺気を向けて来る剣聖に対して、それはそれは可愛い(腹立たしい)笑顔を返す千花。


 恐らく、身内にすら『鬼畜』だとか、『鬼人』とか恐れられる剣聖に煽り行為を為せるのは、古今東西千花の他には存在し得ないであろう。









 ❑❒❑❒❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒






 停滞というもどかしい戦況にシビレを切らしかけた時雨に、朗報らしい朗報が届いた時刻からは数時間が経過しようとしていた。


 依然として千百合の猛攻をナーラ率いる韓燕譚の全戦力が押し留めている。


 しかし、全線にいるナーラも張華も、勿論時雨も、そして千百合でさえ前線維持は不可能であると予感していた。


 なにせ、ナーラたちの相手は数十万の兵団でさえ瞬きの間に消し尽くすことのできる、『死神』の名に相応しい者なのだ。


 今この瞬間にだって、ナーラたちはジリジリと押され始めている。


 だが、現状においての情報には悪い話だけではない。


 韓燕譚の住民は既に八十七パーセントの避難が完了しており、このまま避難が上手く進めばより派手な作戦も展開可能になる。


 その間にイルアが“武則冠”を奪取して戻ってきたら万々歳の状況になるが……どうやら現実はそう甘くないらしい。


 出陣してから数時間経つが、イルアからの定期連絡は斉楚趙に踏み入れたらしい(とき)から届いていない。


 己の中に焦りが蓄積されているのを知覚させられながら、しかして行動を起こすこともできない八方塞がりの状況に、胃がキリキリと締め付けられる感覚と戦闘していた(とき)


 新たな作戦もないよりましか、と気が向かない中でフッ──と結界から前線を覗いた瞬間。


 それは時雨の類稀なる才覚からか、それとも年齢に不相応な経験からか、どちらによるものかは不明だが……彼女は視てしまった。


 ──その“生命体”を


「……ッ! な……なんなの、アレは…………?」


 口から溢れ出る言葉を引き止めることは、今の時雨には不可能だった。


 彼女の経験に当てはめて表すのならば、完全体として覚醒したバラゼン・ディアスの奇怪さを二倍に、そして、霜の巨人(ヨトゥン)族の“圧”を十倍、最後にセアカコケグモに似た“神獣”の“神性”を足し合わせたら、きっと時雨の視認する“怪物”に当てはまるだろう。


 つまり──“怪物”は時雨の相対した“人外生命体”の総結集とも呼べる“異次元”さを含んでいるのだ。



「(この世界線にとって、アレは許容できるものなの……!? あんなのが存在してる、ただ理解しただけで冷や汗が止まらないのだけれど)」


 砂鉄のような塊が伸縮、膨張を繰り返す姿を結界越しに視認しているだけで悪寒が彼女を襲う。


 どれだけの時間をかけようとも、あの“怪物”に対抗する術が思い浮かばない事実もまた、彼女を混乱に陥れる理由として十分なものとなっている。


 これまでも常識外の“怪物”と渡り合ってきた時雨だが、今回の相手には暗雲の中を手探りで探す、その行為すらできない。


 しかし、今は決断しなければならない。


 コアド魔王国の全権者であった経験が、彼女を半ば本能的に突き動かしたのだ。


「…………韓燕譚の()()()に緊急避難指示をだしなさい」


「は……? き、緊急ですか?」


「そうよ。悪いけれど詳しく話している暇はない。疑問はあるでしょう…………それでも、従ってほしいの」


 先まではテキパキと、この会議室に招集されたどの人物よりも貫禄があり、カリスマ性を保有していた時雨からは想像もつかない言葉、そして、“圧”。


 その姿は、時たまに見せる彼女の“弱点”である。


 否応なしに大人へと成ってしまった彼女への報いなのかもしれない。


 しかし、だからといって時雨の言葉に力がない訳ではない。


「説得力なんて皆無、にも関わらず明確な証拠もない…………指揮官としてはこれ以上ない程に無能でしょうね。けれど、私は人命をむざむざ危険に晒すことは──できないわ」


 円卓型の大机、いわゆる上座と呼ばれる位置に座っていた時雨は立ち上がり、一同の目を貫くように見つめる。


 彼女の眼によって射抜かれた人々は理解しただろう。


 ──彼女が何一つ諦めていないことに


 ──そんな彼女が、最優先にしなければならない事態が起こっているのだ、と


 ならば、疑問は必要か? 今この瞬間までの韓燕譚を勝利に導いてきた『女神』の言葉に猜疑を抱くことが許されるのか?


 否、だろう。


「「「我らの“未来”は貴女様にッ!」」」


 意思は統一された。


 あとは行動あるのみ、だ。


「……っ! ありがとう、助かるわ」


 あくまでも淡々に、冷徹さをもって謝礼を口にする時雨。


 しかし、内心では涙を抑えるほどに感謝していた。


 彼らの決断が、数万の市民を救うのだ。


「ここからが正念場でしょうね。気合いを入れていくわよ」


 それは、静かに己のみに向けた言葉だった。


 しかし、この場は既に時雨の存在を『女神』であると錯覚してしまった集団で埋め尽くされているのだ。


 彼女の言葉は、正しく士気を上げる大将の宣言が如く、会議室に浸透していった。







 ❒❑❑❑❒❒❑❒❑❑❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒





 見飽きた──そう感じる者がこの戦場には、少なくとも一人はいるだろう。


 戦況は変わらず、この世のものとも思えない破壊を撒き散らす千百合の進撃を、ナーラが抑え込み全軍で援護する。


 数時間に渡り繰り広げられる状況に、集中力を切らす者もいた。


 だは、そんな呑気に構える者と対照的に、差し詰め『死神』の暴走を鎮静化する巫女のように相対するナーラには、一秒が一時間に感じられた。


「(や……! ばっい、ですっ! 流石は千百合様ですね…………! 黒砂(こくさ)に掠るだけで致命傷ッ!)」


 全開の“言神”による加護、さらに時雨の結界から与えられる支援(バフ)、近代兵器の援護、その全てを総動員してようやく千百合の猛攻を削いでいる。


 そう、せいぜいが削ぐに留まっているのだ。


 千百合には足枷(デバフ)が付与されているにも関わらず、拮抗……いいや正直に言おう、押されている。


 しかし、彼女がこの場で功を焦っても仕方がない。


 時雨からは戦線を維持せよ、との指令を与えられているのだ。


 故に、そう簡単に攻めに転じることはできない。


 かと言って気を抜いた状態で相手ができるわけでもない。


 まるで竜巻が渦を巻くように千百合を中心として吹き荒れる【消失の素粒子】に触れようものなら、即刻その存在は消されてしまう。


 相手が例え身内だとしても、敵となるのならば容赦はしない。


 もし、死ぬのが嫌なら戦闘を辞めたらどうだ? と言わんばかりの勢いと、千百合の不敵な笑みに、底なしの“恐怖”に支配されるナーラ。


「まだまだ…………泥仕合は続きそうですねッ……!」


 一瞬の油断が命取りになるために瞬きすらせず集中しているナーラは、ツゥ──と流れる鼻血に気付いてない。


 踏みとどまっていないと引き込まれてしまう程の“圧”を前に、今一度覚悟を決めるナーラの横顔は歴戦の戦士のそれだ。


 だが、彼女のこの覚悟は杞憂と終わることとなる。


 何故なら──


「«ナーラ、よく耐えたわね。千百合も、そこまでにしなさい»」


「……ッ! な~~るほど~~。時雨ちゃんの結界内にいるから~~、直接語りかけることもできるってことだ~~」


「時雨様ッ!? 全軍、砲撃は終わりですっ!」


 彼女たちはあずかり知らぬことではあるが、時雨が脳内へと会話の(ゲート)を通す手法はどこぞの『女神』が使用する方法と同じだったりする。


 それはそれとして…………結界内に存在している状態で、尚且つ、時雨が魔力の核を掴み切れるほどに親密な者へと開通させた(ゲート)による会話が、停滞していた戦況を大きく動かすこととなる。


「«時間がないから単刀直入に言うわね。千百合、斉楚趙に韓燕譚における半数の住人を避難させることは可能かしら?»」


「……………………う~~ん、もしかして~~、異常事態~~?」


「«そうね…………()()()()()()()()()()()()()()が迫ってきているだけね。他には変わった点はないわね»」


「それって一大事っていうんじゃな~~い? 慣れちゃった~~? ()()()()()~~?」


 はて、彼女の表すこういうの、とはどの事例のことを指しているのかしらん? と頭を捻って現実から逃れたい気持ちはあるが、何とか気合いで耐える時雨。


 刻一刻とカビのように増殖する諸問題を前にして、自分の存在意義が分からなくなりかけていた時雨にとって、気心の知れた親友との会話はそれだけで精神を楽にする。


「«細部は追って話すわ。今の今まで戦争なんかしていて虫がいいことは分かっているわ。けれど、どうかお願い。これ以上…………“暗雲”を増やさないために、協力してほしい»」


「……………………もっちろん、時雨ちゃんの提案には乗るわ~~。けど~~、私の一存だけでは決められないの~~。時雨ちゃんは避難誘導を始めといて~~。こっちはこっちで説得してみるから~~」


「«感謝するわ、千百合»」


 脅威が何たるか、一体この世界で何が起こっているのか、何もかも不明な状態ではあるが、あの時雨が懇願してきているのだ。


 確実に、百パーセント、よくないことが起こっている。


 だからこそ、千百合に時雨の提案を拒絶することはできない。


 それが例え、仕方がないとはいえ、戦争状態にあったとしても、だ。


「«ナーラ…………大変な役目だってことは理解してるわ。けれど、貴女の力が必要なの»」


「時雨様…………! 構いませんっ! わたくしのこの命は、貴女様に捧げたものですから」


 フ──と微笑んだナーラは、きっと結界を通して視ているであろう時雨に向けて語る。

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