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ラストワン~刻印がもたらす神話~  作者: Pー
第四章 第一部【三国乱立】
167/262

20. 人のこころには囚人が巣食っているいるらしい

 “不神物”がこの世に産声をあげて間もない(とき)


 斉楚趙中心地での戦闘は佳境に入っていた。


 数時間前に火蓋が切られてから幾度となく響き渡った轟音は、終末に相応しく、彼女たちの戦闘を最前線で視認していた兵士たちはただただ恐れ慄くしかできなかった。


 思わず目を閉じてしまいたくなるほどに眩い光


 暴力の渦は淘汰される者たちを顧みない。


 溢れ出す破壊によって周囲の生命は消え失せ、文明の築き上げた代物も、また同じだ。


「そろそろだな」


「……? 何の真似だ? 戦場での戦意喪失は降参と見なされる。イルア、お前なら理解していると思うが……」


「ははっ。何言ってんだ? キャンベラ、オレは勝負を降りたんじゃない。そうだな……途中退場ってやつだ」


 先程までは万物を破壊する意思を感じさせたイルアの拳は、力なく垂れ下がり、殺気すら常時と変わらないまで減少した。


 しかし、降竜秘奥は持続させている。


 それはつまり、イルアには未だに戦闘の意思がある、ということ。


 だが、キャンベラがどうこうできる問題か、と問われるのならば否と答えざる得ない。


 これがただの一般兵士(言い方は悪いが、彼女たちにとっての雑兵にしかなり得ない)ならば、キャンベラも捕虜として扱うだろう。


 だが、相手は今の今までで激戦を繰り広げていたイルアなのだ。


 実力は互角──ややキャンベラに軍配が上がる、と言ったところだ。


「私としてもこれ以上の戦闘中は望まない。速やかに降竜秘奥を解いてくれ」


「いや、それはできねえ相談だな。それに…………オレとの殺り合いを望まねえなんてよ、嘘じゃねえか?」


「嘘ではない、とは厳密には違うな。命の取り合いをする気はない。武人としての矜持を賭けた試合は望むところだ」


「クソ真面目だな、まったく。『騎士』ってのはやりづれぇな」


「(……本当に何の真似だ? 唐突に戦闘を切り上げたにも関わらず、会話を続けている…………体力回復か? いや、イルアに限ってそれはない。体力がなくなろうが喰らいつくのが、イルア=クレイドールという戦士だ)」


 表では冷静に油断の表情を見せないように気を張りながら思考を巡らせる。


 どうにも、キャンベラには目の前のイルアと、彼女の知るイルアの間には溝がある。


 それと同時に、決して違えてはならないパズルのピースが外れてしまったような“不安”に襲われる。


「(イルアのあの眼……何だ? 何を狙っている? “武則冠”の所在は斉楚趙の上層部にすら知らせていない。私の相手をしていたイルアでは、在処を突き止めることも…………ッ!? 違うッ! 相手はイルアではない! ()()()()()()()()()()!)」


「んったく──流石だぜ、キャンベラ。だけどよ……遅かったみたいだぜえッ!」


 メキメキッ! と大地から鳴るわけもない亀裂の音が響き渡った。


 それはキャンベラにとって後悔してもしきれない瞬間であり、イルアにとっては第二回戦開始の合図であった。


「よくやった、殊蛇(しゅじゃ)! 戻るぞ、“洛邑”までッ!」


 四方八方を隠すように舞う土煙が晴れる時を待たずして、イルアは斉楚趙からの逃亡を図った。


 大地に巨大なクレーターを生成した右腕に、恐らく地中に潜んでいたのだろう、真っ白な蛇が絡みついた。


 問題は、彼女の一連の行動には既にない。


 キャンベラが注意すべきは、真っ白な蛇──殊蛇と呼ばれた生物の尾に、神々しく光る“武則冠”が存在している事実だ。


 “武則冠”はそれを表す単語の通り、まさしく武人が被るに相応しい程に無骨であった。


 しかし、その中にも折れない輝き、気品が存在を感じ取れるだろう。


 ただの業物とは思えない至宝は、斉楚趙が持ちうる他国への抑止力、いや優位は今、この瞬間に失われた。


 キャンベラの大失態によって。


 彼女には“武則冠”を手中に収めために斉楚趙が払った犠牲を知らない。


 もしかしたら、“武則冠”は最初から斉楚趙が保有していたのかもしれない。


 だが、それよりも、“新戦力”として利用しようという目論見もあったのだろうが、それでも彼女たちを信じて一国の“未来”を託してくれた人々に顔向けできない。


「はは…………慢心だな。まさか、イルアに追い抜かれてるなんてな。思ってもみなかった……」


 剣聖が見たのならば一喝を入れたくなるであろう。


 嘲笑する彼女は、力なく愛剣“ユスティーツァ”を地面に突き刺す。


 そして、(そら)を仰ぐ。


 己の不甲斐なさ、傲慢とも受け取れる判断、そして、後悔。


 その全てを吐き出すように──咆哮する


 魂の奥底から響く言語化の不可能な“感情”を、この世界に叩きつける。


 まるで“龍”が怒りを表したの如き大音量に、戦闘に巻き込まれまい、としていた兵士たちに異常を知らせるに足るものであった。


「まったく愚かだッ! 私は…………! 本当に大馬鹿者だッ!」


 一歩、この世に生きる誰よりも強く踏み出した彼女の横顔は、先までとは見間違える程に憑き物が消えていた。


 切り替えの速さには舌を巻くが、これも彼女の経験があってこそ。


 今までに、その身に刻んできた悔恨が、キャンベラに折れることを許さない。


「失態は…………己の手で、拭ってみせるッ!」


 今一度、愛剣の柄に手をかけ、引き抜く。


 伝説に存在する“選定の王”のの如く、ブリテンの良王の如く。


 バトルドレスに包まれた肢体に引きちぎれんばかりのエネルギーを溜め込み、ブーツ型の甲冑靴に覆われた両脚に集中させる。


 降竜秘奥“武神皇龍”を途切れさせなかったイルアは既にその身体能力をフルに使用して、豆粒の大きさにしか見えない程に遠ざかっていた。


 全てが時雨の作戦通りであり、イルアの行動力の賜物だ。


 この状況下からの逆転など夢物語に過ぎない。


 だが──


「知ったことかッ! 私は、キャンベラだぞッ!」


 決して届くことのない目標、分厚すぎる壁、彼女の想い人の口癖を真似たのはただの偶然かもしれない。


 しかし、何よりもキャンベラに力を与えたのは、夢物語を現実にしなければ剣聖に顔向けできない、という事実。







 ❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒❑❒







 巨大なはためきが耳を劈く。


 やもすると今までの人生で最も生命力に満ちた波動であるかもしれない。


 さらに肌で感じる疾走感は言葉では言い表わすことができないほどに力強いものであり、呉蜀勾差の閉塞感が優位性である土地では味わうことできない感覚。


「い、いまさらですけど……ソフィアさんたちって何者なんですかぁ?」


「え? 怖がってます? 心外ですよ」


「“龍”のお友達がいらっしゃる方を恐れるなと? そんなすっごく恐い人に拉致されたいたいけな娘の方がおかしいと?」


「白英様、近いです。襲いますよ?」


「ふわぁっ!? おかしいっ! 今はわたしの手番のはずなのにっ!?」


 純白の鱗に全身を包まれた厳かな“龍”──“真天聖龍”セント=ヴェル=リウム


 その背に乗っているのは二人のメイドと戦士、いいや、『魔帝』の右腕と『王位継承者』、と言った方が正しいかもしれない。


 まるで緊張感のない二人だが、作戦は完全に理解している。


 “不神物”よりも先に〈強進化世界線〉の王位継承を実現させ、“不神物”の目標を失わせる。


 まあ、その後のことは全て千花に任せておけばいい。


 どうせ何とかしてくれるだろう、という楽観にも取れる認識だが……。


 しかし、二人は自信をもって言い切れる。


 南の根拠もない観測に過ぎないが、付き合いの浅い白英ですら、千花ならばやってのけるという“未来”が容易に浮かぶのだ。


「お気付きでしょうけど…………私たちは〈強進化世界線〉とは異なる世界、〈アザークラウン世界線〉所属の…………“魔帝軍”です」


「何ですか、今の間は。おかしいでしょう。所属で言い淀むのだけはおかしいです。この際ですから白状しますけど、師匠が得体の知れない人だってのは分かっていましたよ」


「ならば何故、理由などお求めに──いえ何でもないです無言で近づくのはやめてください自重できません」


 再び圧迫面接を超える距離で“圧”をかけ始めた白英に、ソフィアの方がギブアップを宣言してしまう。


 っていうか、無言の白英が恐い。


 なにせ感情豊かな彼女が、のっぺりとした能面のような雰囲気を纏って急接近してくるのだ。


 ソフィアでなくとも、誰であってもペースを乱されるだろう。


 ん? 自重できないって言った? それっていつも通りのソフィアじゃないn


「さて、それはそれとして。私も白状しますと、世界線の守護者として立場をいただいているだけなのです。ですので、厳密に定義するのならば…………守護者集団である“人類の護り手(ラスト・ワン)”に与する“魔帝軍”、でしょうか」


「なるほど? 何となくですが、分かりました」


「疑問はそれだけですか? 他にもあるのならばお答えできますよ。幾らヴェル様と言ってもイルア様のもとに辿り着くのは時間がかかると思いますから……ね?」


「はは…………怒られても知りませんからね」


「ガイィア……」


「はて、何のことでしょう?」


 心なしかヴェルの飛行方法が直線から蛇行に変わった気がしたが、きっと気のせいだろう。


 傍若無人が“龍”の常だ。


 それに、今はその背に“友”を連れている。


 少し到着が遅くなっても仕方がない。


 何てったって“龍”なのだから。


「…………実は、重要な疑問がわたしの胸に渦巻いているのです」


「答えられる範囲ならば、お答えします」


「あ……あの…………! し、師匠に…………恋人はいますかっ!?」


「あ、そういう………………」


「ソフィアさん?」


 極めてプライベートな話題であることに違いはない。


 それに加え、この場にいるのはメイドと“龍”なのだ。


 十代の恋バナに対する適性があるのかも不明瞭な上に、恐らく、白英も話題どころか()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 しかし、「お答えします」と大見栄きった手前、「お答えできません」では格好がつかない。


 ここは剣聖のプライベート情報を犠牲に我が身可愛さの保身を取るのが最善だな、と虚無の心で決めたソフィアのことを誰が責められようか。


「いますね…………いますね? いえ、際どいラインではあります。好意が一方的なのでしょう。勿論、あの千時様に色恋の感情は皆無ですが」


「ふわぁぁああああ…………やっぱり師匠は凄いですっ」


 仲間のプライベートを口にしたソフィアを軽く責めるようにジト目を向けるヴェル。


 かの戦闘を経て〈強進化世界線〉にて合流したヴェルは明らかに別物だ。


 纏う覇気も、すべてを射殺す眼力も何もかも。


 確かに〈聖ドラグシャフ世界線〉で大暴れしたヴェルは、本来の彼とはかけ離れた“真天聖龍”に支配されていた。


 だからこそ、ソフィアは()()()()()()彼との途を辿って呪縛を解いたのだ。


 とは言え、鎖を引きちぎっただけで、ヴェルを解放した覚えはない。


 つまり、“真天聖龍”を打倒したに留まっており、ヴェルをこの世界に目覚めさせた覚えはない、ということ。


 一体何があってヴェルがヴェルとしてこの世界に顕現したのかを聞き出す前に、“不神物”がその姿を表してしまったのだ。


「……! どうやら追いついたようですよ」


「まさか……! “武則冠”の人に、追いついた…!」


「やはり千花様(Master)の仰る通り、“武則冠”はイルア様が保有していますね。そのまま韓燕譚に逃亡しようとしているようですが…………」


「追手ですか?」


「はい。あの姿は…………キャンベラ様ですね。お二人とも降竜秘奥を全開にしているようで、付近の生命が滅んでいますね」


「ふわぁえっ!? まあ、千花さんのお仲間ですもんね。当然ですよね」


 あわよくば自分よりも弱い人でありますように、と(割と必死に)懇願していた白英であったが、彼女の願いは儚く消し去ってしまった。


 なにせヴェルの背に乗っている現段階ですら、件の気配は肌に感じられる。


 流石に“不神物”や千花のように魂が震え出す程の“恐怖”はない。


 しかし、白英の人生においては相対したことのないレベルであることは確かだ。


「白英様、素晴らしい提案があります。時間短縮も可能、且つ、白英様も戦闘を介さずに“武則冠”を奪取する策が」


「ふわぁっ!? とんでもなく胡散臭い気がしないでもないのですが…………あぁっ! そんな悲しそうな顔しないでくださいよっ! わたしが悪者みたいじゃないですかっ!」


 目に見えてしゅん……としたソフィアの表情につい了承してしまう白英であったが、そんな上手い話があるわけない。


 〈強進化世界線〉という常に戦争状態にあり、死と隣り合わせであるために()()()()()()には敏感な白英の勘が、本能が、訴えている。


 ──目の前のメイドの口を今すぐ塞げ、と。


 ──さもなければ、散々な目に遭うぞ、と。


 しかし、世界はいつも弱者には厳しい。


「それはですね……こうするのですよ」


 それはそれは清々しい笑顔で微笑むソフィア。


 まるで天使にも勘違いしてしまう“感情”を最後に──()()()()()()()


「ふわぁ?」


 そして、一拍。


 ──あのクソメイド…………この高度から突き落としやがったッ!


 そう気が付いても後の祭り。


 哀れにも合理的で最速の手法を、悪びれもなく使用したソフィアによって白英は、イルア頭上に真っ逆さまに突っ込んでいった。







 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐







 背後にとてつもない“圧”を感じる。


 その存在の根源は容易に想像がつく。


「ハハハハハッ! なりふり構わなくなったな、キャンベラッ!」


「誰のせいで私が必死になっていると思うッ! 貴様の手から“武則冠”を奪還するまでは、地の果てまで追い掛けるぞッ!」


「タチの悪いおっかけだな、まったくッ!」


 轟音を鳴り響かせ、互いに考え付く罵倒(?)し合う二人。


 限界まで集中している二人の視界は、驚くほど狭く、互いに互いの存在しか念頭にはない。


 何と言っても二人は歴戦の猛者なのだ。


 戦闘中に目の前の敵から意識を外すなんてことは、あってはならない。


 しかし、今回においては、その圧倒的な能力が仇となってしまった。


 まさに、彼女たちのこれからの人生でも起こることはないであろう、そんな出来事。


「……………………っ! ……ふ…………ぁあっ! …………ふわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!」


「ぐぶ……ッ!?」


「…………!? はぁああああっ!? お、おい……! イルアッ! 何があったッ! 何が起こったんだッ!?」


 キャンベラにしてみれば、奇声が耳を貫通したかと思えば、次の瞬間には激しい土埃が舞っているのだ。


 ただ、唯一理解できることといえば──()()に遭った、ということ


「あ、あれぇえ? ふわぁっ! だ、だいじょうぶですかっ!? だいじょうぶ……じゃありませんよねっ!? あぁっ、もう……! どうしたら…………!」


「何なんだ、貴様…………? 戦士…………か? いや、槍持ってるし、戦士か。それにしては殺気がないような…………?」


 向かい合って疑問符を浮かべる二人であったが、曖昧な立場における対話は実現することはなかった。


 何故なら──


「ふわぁえっ! これが、“武則冠”? ソ、ソフィアさんっ! “武則冠”を入手しましたよぉっ!」


「は? お、おいッ! 貴様、ソフィアと言ったか? 待て待て待て待てぇいッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()ぁああああッ! もうッ! 訳が分からんッ!」


 キャンベラが絶叫してしまうにも仕方がない。


 突如として降ってきた少女(この時点で意味わからん)がイルアに直撃したかと思えば、“武則冠”を奪ったのだ。


 さらに不可解な点としては、少なくともキャンベラは初対面である少女が、現在指名手配中の仲間の名前を叫び、あまつさえ──彼女の事象干渉能力(テレパス)で上空に引き上げられていったのだ。


 白色の嵐が過ぎ去った後には、目を回したイルアと、右往左往しているキャンベラだけが残された。

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