63. 選帝侯候補
活気があり、人の往来の留まることを知らないその大通りで、一際存在感を発する団体がいた。
彼女らは二日間の間、コアド魔王国による正式な外交手続きのために時間的拘束を受けていたのだ。
故に、久方振りに外界の空気を吸った皆は、喧騒に吞まれながらもその歩みを止めることはない。
「ほわぁ! ねえ、ソフィア! ナーラ! 何かもう、凄い!」
「お気持ちは分かりますが、千花様。はしたない行動は慎みください」
「そうですよ! 『魔王』様、ドレスが大変なことに!」
そう、彼女たちこそ〈聖ドラグシャフ世界線〉にて急成長を現在進行形で遂げている大国家──コアド魔王国の使節団である。
この大通り──王都にある最大級の建物、白亜の王城が終着点となっている繁華街に、彼女たちは降り立ったのだ。
因みに、魔導式馬車は時雨が初日に予約していた宿屋の停泊所に置いている。
あまりにも最先端を行き過ぎたコアド魔王国製の馬車に、宿屋の人々が恐れ戦いていたが、そんなことまで気を遣う必要はない。
「千時先輩も来れば良かったのにね……」
「鬼人は何を考えているのか本当に分からん。何か思惑があるのかもしれん」
「残念に先を越された。でも、その通り。ご主人様はよく考えてる」
「それはそうだけど…………」
今回、わざわざコアド魔王国から王都まで来たのには理由がある。
それは──
「ミア、あれ見て! 見たことない果実に、綺麗な花がある!」
「ちょっと、姉様…………近すぎます!」
千花たちと二歩程度先行し、連れ立って歩いているシャーシスとミリソラシアだ。
シャーシスはミリソラシアの腕に自身の腕を絡ませて、超至近距離で話しかける。
そんなシャーシスに羞恥のあまり頬を赤らめて拒絶するが、満更でもない様子が伺えるミリソラシア。
今回、ミリソラシアとナーラに殺人の嫌疑がかけられて王都まできたのだ。
「さて、それじゃあ…………王城まで行ってみよう。国家公認のカチコミだよ!」
「言い方に悪意を感じるのは私だけですか?」
「大丈夫、ミニスカ。ネメシアの同じ」
「ミニスカって私のことですか!? 車椅子を押してもらっている手前、何も言えませんが…………もう少しなかったのですか!?」
「……? ネメシアはよく考えた」
「すまんな、ナーラ。お花畑はこれでも本気なのだ。どうか矛を収めてほしい」
「は、はあ…………キャンベラ様の大概ですね…………」
他人に斜め上のあだ名をつけるネメシアに、ナーラは困惑するも、キャンベラによって平常運転であることが指摘される。
この三人の交流もまた、ここ最近からであり、今まではなかったものである。
この状況は微笑ましいことであり、仲が良くなることは、千花にとって最重要事項であるのだ。
「«小娘…………殺気が漏れてるでありんすえ»」
「(え……? ほんとだ。無意識におこちゃったかも)」
フレイヤに忠告されて初めて気付いたのであろう千花は、周囲への殺気を完全にゼロにし直し、脳内――魂に巣喰う『女神』フレイヤとの会話に集中する。
「«今回の件…………分かってるでありんしょうが、相当胡散臭いでありんすよ»」
「(そうだね……証拠もなければ、罪状も不明確。それに公判前整理手続きもないなんて)」
「«こうはん…………? なんでありんすか?»」
「(ああ、公判前整理手続きってのはね、裁判の前に弁護側と検察側とで証拠の確認とかの裁判の要点を事前に絞り込む作業だよ)」
日本での裁判は公判前整理手続きを行わないと、凄まじい時間が裁判にかかってしまうため、公判前整理手続きは妥当な対策である。
「«まあ、いいでありんす。ともかくは、それら全てをすっ飛ばして招集するだけ、相手側には強引にならざるを得ない何かがありんしょう»」
「(そうだろうね。糸口はあるけど…………確証はないよ)」
「«糸口…………? そんなものがあるでありんすか?»」
「(うん。私のいとこのさらにいとこに、名探偵がいるんだけど…………その人が「問題は“誰がやったのか――フーダニット”にこだわっていても意味がないのだよ。本質は“何故やったのか――ホワイダニット”にあらわれるのさ」って言ってたんだ)」
「«成程…………つまり、今回は何故あの二人を選んだかでありんすね»」
「(せいかい! やっぱりすごいね、フレイヤって。一瞬で理解しちゃうなんて)」
「«ふんっ。余はこれでも『女神』でありんすよ? 逆に余と同等の思考速度を持っている小娘の方がおかしいでありんす! まあ…………褒め言葉は素直に受け取っておくでありんす»」
関係の改善が行われていたのは、決して千花の周りの人間だけではない。
千花とフレイヤの間も、十分に良好だ。
千花はフレイヤのことを命を預けるに値する者であると認め、フレイヤもまた千花は自身が力を貸すに値する者であると確信している。
比喩ではなく、二人で一人の千花とフレイヤは言葉にはしないが、お互いに認め合うほどには深い関係であるのだ。
閑話休題。
「(別に嫌疑をかけるだけならミアとナーラじゃなくてもいいんだよ。危険性なら千百合とか千時先輩、イルアとか、候補は多いんだよ)」
「«確かにそうでありんすね。ならば、基準が違うのでありんすのでは? 戦力や、危険性ではなく…………»」
「(そうだね。おそらく…………だけど、選帝侯と因縁のある娘だと思うの)」
「«因縁でありんすか? いいや、それはないでありんす。ミニスカートの小娘ならば、まだしも、水の小娘は何の関係もないでありんす»」
もし、千花の仮設が正しいならミリソラシアは誰にも知られていない関係があることとなる。
それは、実質的にあり得ることではない。
今まで長年ミリソラシアと共に過ごしてきた千花たちの知らない関係などあるはずもなく、そもそもミリソラシアが選ばれるのならば、血縁関係にある姉のシャーシスが選ばれない道理がない。
「(…………だけど、考えられるのは、それぐらいだよ)」
「«否定は出来んでありんす。ただ、問題点がある時点で仮設は空論になり果てるでありんす。それに固執するのは悪手でありんすよ»」
「(そうだね…………もう一度、考え直すよ)」
熟考するように俯きながら顎に手を当てて思考を回す千花だが、歩行はしっかりとしており、異次元の並列処理にて真相を暴こうと迫る。
しかし、千花の思考はここで途切れることとなる。
「主様! つきましたよ!」
「……! あっ、もう着いたんだ」
目の前には気後れするほどの大建築物である白亜の王城がそびえたっており、以前来た時よりも荘厳さが増しているように思われる。
今まで多くの城をみてきた千花ですら圧倒される王城に、皆は魂が抜かれたようにその場で立ちすくしている。
「さあ、行こう。ねえ、シャーシス、一緒にガツンといってやろう!」
「……! そうね! 取り敢えず一発殴らないと気が収まらないわ!」
「おやめください、千花様!」
「姉様も落ちついてください! この会話、何回目ですか!?」
千花の一言で騒然となる一行。
優美な王城前でギャーギャーワーワー叫び合う一団に、周囲の人々は奇異の視線を浴びせるが、千花たちは気付かない。
「………………へえ、そうくるんだ」
「……? どうかしたのか?」
先まで共に騒いでいた千花の空気が急激に冷めていき、細められた目は王城を真っ直ぐ見据えていた。
その様子にいち早く気が付いたキャンベラは、千花からあふれてくる空気が殺気だと気付き、腰に指した愛剣の柄に手をかける。
「騒々しい! この場をなんと心得るか!」
重々しい音を響かせながら開いた城門から、白馬に乗馬した騎士団が現れたのだ。
その誰もが重厚な鎧に身を包み、殺気を研ぎ澄ましていた。
しかも、その数は十や二十でなかく、戦争でもするのかと思えるほどに大群で迫ってきたのだ。
さらに、ダメ押しとばかりに、千花たちの背後にも相当数の騎士団が侍っていた。
恐らく、王城に備え付けられた隠し通路からきたんだなあ、と益体もなく考えていると、隊長格と思しき男が悠々と迫ってくる。
「貴殿は何者だ。ここは『七大選帝侯』のいらっしゃる王城であるぞ!」
「その『七大選帝侯』に呼ばれたんですけど。っていうか、あなた失礼じゃない? 人と話す時は馬から降りなよ」
「ふん。貴殿が嫌疑のかかったコアド魔王国の者か。なればついてくるといい」
千花が要件を言った途端に軽蔑するかのような表情を浮かべた隊長は、馬から降りることなくついてくるように促した。
その態度は明らかに千花たちを侮辱する行為であり、相手が何者であっても許されざる行動である。
しかし、千花には“思考を視る眼”で隊長の考えがわかるからこそ、何も言わない。
「(ずいぶん、なめられてるね)」
「«久しく忘れていた“怒り”を感じたでありんすよ。小娘、これは女の敵でありんす。殺すでありんすよ!»」
あのフレイヤが静かに激怒するほどには酷かった。
隊長は女性を人とは思わない下劣で、下賤な思考をしており、千花たちの人権など容易に無視している。
だが、千花はそれを“怒り”として出すわけにはいかない。
「(ダメだよ。ここには正式に来てるんだから。こっちが喧嘩売ってどうするの)」
そう、現在千花たちは正式な訪問をしているのだ。
向こうが安易に手を出せないようにした作戦であるが、自身で喧嘩を売っては意味がない。
策士策に溺れる、とは地球の有名な諺にもあるように、ここで千花が先に手を出してはならないのだ。
しかし、この場にはいるのだ。
仲間を、親友を、侮辱されて黙っていられるわけのない聖騎士が。
「少し待て。貴様、無礼を働いたにも関わらず謝罪の一つもなしか。所属を言ってみろ」
「…………今のは聞かなかったことにしてやる」
「必要ない。生憎だが、私は貴様のような人でなしが隊内にいたとは記憶していない。重ねて問おう、貴様の所属はどこだ」
王城へと向かう態勢で振り返った隊長を、脅すように問いかける者――キャンベラは、徐々に“怒り”が膨れ上がっていくように殺気を放ち始める。
放たれた殺気は感じ慣れたはずのミリソラシアや、ネメシアたちですら背筋の凍るレベルであり、キャンベラという女性がどれほどまでに、仲間のことを大切に思っていることが分かる。
「……………………まさか、サー・キャンベラ卿か?」
「だったらどうする」
「……ッ! そんなことはない。サー・キャンベラ卿、並びにサー・ハドルド卿の両名は殉死したと聞いた! 我が騎士団の名を騙るとは万死に値する!」
キャンベラから生じる殺気に身に覚えがあったのか、冷や汗を流した隊長が剣を握りしめて問いかける。
キャンベラとハドルドは決して亡くなってなどはいないのだが、恐らく、『七大選帝侯』が体裁を保つために報じた戦略的洗脳型誤報なのだろう。
だが、キャンベラにとっては階級や身分といった区分は大した意味を持っていない。
彼女にとって最優先事項は最愛の仲間と、守るべき民草のみ。
高官相手に媚びを売るような真似をする者を、彼女は自身の隊から徹底的に除隊させていたりもする。
しかし、全ての者がキャンベラのような博愛精神を持っているわけではない。
事実、目の前の男は剣を抜き放ち、応戦体制に入っている。
どうやら、そんな隊長に触発されたのか、周囲の隊員もじりじりと包囲を縮めるかのように攻めよってくる。
正面衝突は避けられない。
この場の誰もがそう、確信していた。
まあ、“未来”の視える千花を除いてだが。
「…………おい、何してる」
――音が消えた。
まだ日も高いというのに、ここら一帯の温度が急激に冷め切ったように、まさに氷点下まで下がってしまった。
カツンッカツンッと石畳の地面を歩く音だけがこだまする。
その音源は千花たちの後方に挟み撃ちするように展開された部隊、さらにその後ろ、つまり大通りの方向から聞こえてきた。
それは何か特別なことをしていたわけでない。
ただ、歩いてきただけ。
いつもの詰襟に深紅のトレンチコート、燃え盛るような真っ赤な髪、腰に指した一振りの刀。
「聞いているのか? オレの後輩に何してる」
それが一言発するだけで発狂死しないように気を保つしか、もはや、抗う手段を持ちえなかった。
しくじれば死。
深紅の鬼が一歩一歩進むにつれて騎士たちが、後ずさっていく。
不思議はない。
相手はあの『鬼神』千時剣聖なのだ。
「ダメだよ、千時先輩。ここで荒事は、ね」
「……………………フンッ。よかろう」
フ────ッと緊張の糸が切れた。
全身に倦怠感がまわりまわり、自分が地面に立っているのかすらも不可解になる。
あまりの緩急によって数名の騎士は腰を抜かしてその場にしりもちをつく形で倒れてしまっている。
「ほら、早く案内してよ。あなたたちとはもう一緒にいたくないからさ」
千花の声に我に返る隊長であったが、もはや、彼女の言葉に嚙み付くことは出来なかった。
なにせ、本気の殺気を短時間に二回も当てられたのだ。
これで抵抗しろ、というほうが鬼畜であろう。
「キャンベラ、怒ってくれてありがとう。すっごくうれしかったよ」
「……ッ!? きゅ、急に飛びついてくるな! ま、まあ……当然のことだ」
歩きながらキャンベラを抱きしめるように腕に絡まる千花だが、その想いに噓はない。
実際に声に出して“愛”を叫んでくれる存在が、こんなにもうれしいことなのか、と千花は心底不思議に思う。
「(やっぱり……………………“愛”って難しいね)」
そして、一行はまるで城主の如く王城内を闊歩し、以前通された一室へと案内される。
「それで? どうしてここに鬼人は来たのだ?」
「オレにも事情がある。一つ、問題を片付けていただけだ」
「問題? 千時様は王都にご用があったのですか?」
「フンッ。用というほど大きなものではない。が、やはり小骨はいらぬのでな」
小骨とは、恐らく剣聖が気になってしょうがない、という時に使う表現なのだろう。
〈聖ドラグシャフ世界線〉のしかも王都で、剣聖はたった一つの問題を片付け終えていない。
それこそ、国立図書館にて発見した“刻印魔法”の本、及びその著者であるフィア=ワタ=ルンティウス、そして刻印源皇について。
この三点を図書館で調べてきたのだが、結果はからっきし。
唯一得ることのできた成果は、そんなものはなかったという開き直りもいいとこな結果のみ。
そんな厄介な言い回しをする剣聖にジト目を向ける千花であったが。
「ですが、それではご主人様がここに来た理由にはならない」
「確かにそうね。ねえ、もったいぶってないで教えなさいよ」
「……勘がいいな。ああ、要件は終えたが、聞き捨てならんことを聞いてな」
ネメシアの疑問の整合性に気付いたシャーシスもまた、剣聖を問い詰める。
確かに剣聖は小骨の刺さる要件を終えたかもしれない。
しかし、その要件を終わらせたからと言って千花たちに合流する必要はないのだ。
「貴様ら、『七大選帝侯』に欠員が出たことは承知だろう? アレの補充が決まったそうだ」
国立図書館からの帰宅途中に日本で言う号外らしき臨時情報を得た剣聖は、その情報をいち早く伝えるために、この場に来たのだ。
「『七大選帝侯』の補充って……! なーるほどねー。だから千時先輩が来たんだ」
「千花? 分かったのか!?」
「まあ……ね。簡単なことだよ。千時先輩が突然現れるほどには重大でなら…………候補は私たちの中にいる、そうでしょ?」
いつもの万物を包み込むような笑顔ではなく、万物を見透かしたうえでジリジリと追い詰めていく、例えるなら狩人のような笑顔。
言ってみればそんな恐怖を感じる笑顔。
だが、今は相手が剣聖だ。
なんの問題もなく返答は容易。
「ああ、その通りだ。『七大選帝侯』の欠員は二席。暗殺された『博愛』と、行方不明の末事故死と断定された『知識』だそうだ」
「後者に関しては千時先輩が斬っちゃったんだけどね」
「フンッ。それは知らん」
今となっては危ない橋だと言うのは自明であるが、まだ千花と剣聖が出会って間もない頃に、剣聖は『知識』のミレート=ランテルを斬り殺したのだ。
この件もまた、ミレートが千花たちを侮辱したからであるのだが…………。
「それで鬼人! 候補は誰なんだ!」
「おい、待て揺らすな即座に退け斬るぞ」
ユサユサと剣聖を揺らして急かすキャンベラに早口で捲し立てた剣聖が一睨み。
せっかちなキャンベラも悪いのだが、それにキレる剣聖もなかなかだ。
だが、その眼には幾許の躊躇いが感じ取れる。
「候補は誰だ、と貴様が言うか」
「……? 何を言っているんだ? 前々から思っていたが、鬼人は言葉足らずが過ぎる」
「なれば、単刀直入に言おう。候補は貴様だ、愚図騎士」
「………………!? はぁぁぁあああ!? そんなことはない! 私はそもそも〈聖ドラグシャフ世界線〉から籍を外すためにだな……!」
「あくまで、つもりだろう。貴様らの目的には“聖人”資格がいる。しかし、未だ取れてはいない。故に、早々に地盤を固め言い逃れ出来ぬよう外堀を埋めてきたのだろう」
時雨や千花といったコアド魔王国の面々も策士ではある。
だが、やはり年期の違いとは如実に現れるものだ。
『七大選帝侯』にとって数ヶ月、いいや、数年前に〈聖ドラグシャフ世界線〉へと到着した千花たちの狙いが“聖人”資格であることは見え透いていたのだ。
故に、総合アカデミー、及び“聖山”の事件を口実に“聖人”資格から遠ざけたのだ。
コアド魔王国を幾ら超大国に成長させても、それで“聖人”資格が獲得できるわけではない。
うまく諸王に封じられた千花たちの行動を、先回りして阻害している。
千花たちは先手を打つために王都まで来たというのに、これでは候補を送り届けるマヌケになってしまう。
「あとは…………ナーラちゃんだね」
「うぇええ!? 私ですか!?」
「妥当ではあるよね」
「まあ…………そうですが………………」
剣聖の言葉を待たずして千花が口を開くが、わさわざ“未来”を視る必要すらないほどには、簡単なことだ。
そもそも、ナーラはミレートの弟子のような扱いで千花たちに勝負を挑んできたのだ。
そんな彼女を撃退し、半ばマッチポンプのようなやり口で仲間に引き込んだ。
〈聖ドラグシャフ世界線〉側からしてみれば、数人の実力者を横からかっさらわれたようなもの。
少し強引なやり方であっても、ヤケになるのも頷ける。
だが、千花たちは決して犯罪まがいな手段を使用したわけではない。
キャンベラやナーラ、そしてハドルドを筆頭としたコアド魔王国の面々にも了解を受け取っている。
千花は自己の意思を尊重する“愛”に生きているために、強制を嫌悪している。
「……! 千花様」
「うん、きたかな」
ソフィアの声に反応した千花は、扉の外から聞こえる足音に注意を向ける。
この瞬間に千花は断固としてミリソラシアとナーラの嫌疑に反対を押し付けよう、と改めて覚悟を決める。
ミリソラシアとナーラの二人は千花にとって既に代わりのいない仲間であり、顔も知らないような権力者に奪われていい者ではないのだ。
しかし、扉を開けて入室した者の第一声を聞いて、千花、いいや千花だけではなく、この場の誰もが驚愕に固まることとなる。
「コアド魔王国所属、ミリソラシア・ディアス、並びにナーラ=サフルの両名にかかっていた殺人嫌疑は解除された。それに応じ、コアド魔王国所属、サー・キャンベラ卿、並びにナーラ=サフル、ハドルド=マキニウスの三名を新たな『七大選帝侯』として迎え入れる。早急に身柄を渡しなさい」
見るからに政治家、それも官僚クラスの男が高らかに宣言した内容はあまりにもぶっ飛んだものであり、思考が乱れるのも無理ないものであった。




