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ラストワン~刻印がもたらす神話~  作者: Pー
第三章 第三部【追憶】
122/262

52. 過去の精算

 ──せせらぎが聴こえる


 静かに流れ出るその河は見る者全てを魅了し、まるで夏の日の虫が火に飛び込むかの如く、次々と人々を誘っていく。


 そして、瞬きする間もなく()()()()()()になっていく。


 つい先刻までは生命の息遣いの感じられた()が、最早原型すらとどめない程の()となり、断末魔を奏でることすらなく()の源流の一員となっていく。


 虫の如き人々は物になる寸前で意識を取り戻したかのように恐怖に引きつり、目の前の恐怖から逃げようともがく。


 しかし、彼ら彼女らの努力は虚しく、恐怖は者を捕まえ、物へと変える。


 恐怖の気配は変わらず、ただただ機械的に課されたノルマをこなす。


 それが恐怖の仕事であるから。


 その惨状を視ても尚、()()の心は揺るがなかった。


「(ふ~ん。すっごい汚そう…………)」


 これまでの経験で慣れているから。


 恐らく、それは理由にはならない。


 恐怖(これ)に対して、何かしらの感情を抱くための機関が()()()()()()と言った方がいいのかもしれない。








 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐








 ──統治


 それはこの世に溢れかえる那由他(なゆた)とある言葉の一つ。


 そして、多くの英雄がこの言葉に囚われ、五里霧中となり進む元凶。


 その言葉に現在、世界を揺るがすであろう『魔王』すらも苛まれているのだ。


「むううぅ。難しいね」


「«誰のせいでこの惨状(命のない土地)がうまれたと思ってるであります…………»」


 ここは地平線の見えるだだっ広い土地。


 つい数週間前の蹂躙(じゅうりん)で国民だけでなく、この土地に生きとし生ける全ての生命を破壊された景色である。


 それをやってしまった者こそ、統治(迫る悪魔)に襲われ現在視察に来ている『魔王』千花その人である。


 何故、千花がこの場にいるのか。


 その理由は昨日の夜まで遡る。


 ──コアド魔王国首都サザワンティノープル、領主邸宅、その一室


 掃除の行き届いた清潔な部屋に、山と積まれた大量の書類、唯一この室内に見える大量の清涼飲料水(時雨水)


 ここはコアド魔王国全権責任者、華彩時雨の自室。


 そこに──


「さて、ここには会議の邪魔をした悪い子が来るはずだけれど…………」


「私は思うんだ。お互いに分かりあえるってことが人間の美徳だって」


「そう。それなら、会議中のあなたにも同じ事が言えるでしょう? 私の忠告を無視した挙句、優雅なティータイムを楽しんだ『魔王』様?」


「ごめんなさい。生意気言いました。殴らないでくださいそれとても痛いんです!」


 絶対零度の視線と固く握りしめられた時雨の拳を見て、冷や汗ダラダラ、完全正座の『魔王』は必死に謝罪を敢行する。


 先日のコアド魔王国定例会議にて喧嘩の助長をしただけでなく、会議中にティーパーティーをも開こうとした眼前の『魔王』は、現在決して逆らってはいけない『女神』に怒りを向けられていた。


「私はね、千花の明るさを責めている訳でないのよ。何故、その明るさをあの場で発揮することになったかを、聞いているの」


 時雨は重厚感溢れる漆黒の椅子に座り、目を引き付けられる程の美脚を組みなおす。


 現在進行形でおしかりを受けている千花はというと、この部屋に入った瞬間から自主的にカーペットの敷かれた床に正座をした。


 その様相は正に地獄の審判に相応しい。


「……………………千花、少しだけ……いいかしら?」


「……? 時雨?」


 しかし、地獄の業火が燃え盛っていた部屋の空気が突如弛緩(しかん)し、氷点下まで下がったのだ。


 その変化に相対する千花よりも()()()()が驚いていた。


 自身の意思とは違った自分が言葉を発したかのような驚き様。


 それでも、一度口をついてでた言葉を取り消すことなどできない。


「…………もし、答えることが出来ないのなら…………構わないのだけれど……………………」


 今まで真っ直ぐ千花の目を見ていた時雨の目線が、言葉尻の弱々しさに比例するかの如く、不安げに下がっていく。


 まるで、今から口にする言葉がこれから先の全ての関係を崩してしまいかねない、そんな恐ろしく、何よりもあってはならない事実であるかの如く。


「千花は先の戦争で私たちを助けてくれた…………。 全責任を取るべき私に代わって、全てを解背負ってくれた…………」


 たどたどしく語る時雨は、それでも一歩踏み出す勇気が持てない、まるで、【刻印魔法】をその身に刻まれたあの日のような、そんな弱々しさがあった。


「感謝はしているわ…………。けれど……!」


 伏せられた瞳は迷いに揺れ、陶器のような美しさのある額からは一筋の汗が流れ、不安に後押しされた身体からはとどめなく荒い息が生み出される。


 それでも、覚悟を決めた時雨の顔は迷いを一切感じさせず、()()()()の声色で、言葉を紡ごうとする。


 だが、魂を絞殺させ、紡ごうとしたその言葉は、この世界に刻まれることはなかった。


「………………………………千花、あなたは本当に()()()()()()()()()


 この世に刻印された言葉は本来の物とはかけ離れたもの。


 ──どうして、()()()()()()()()()()を浮かべるの?


 糾弾するようにも感じられるこの言葉は、時雨の唯一無二の親友に向けた救いの一言になったかもしれない。


 しかし、どのように魂を震わせる美辞麗句も、本人に届かなければ、意味はない──


 部屋に残った時雨は涙腺の築く最後の一線を超えないように、唇を嚙みしめ、握りしめた拳から滴る血液を頼りにする。


 ただただ千花の()()()()()()()()()()()()を思い描きながら、自身の無力に悔恨のみを残して。


 時は戻り、現在。


「とりあえず、自然はコアド魔王国原産の木でも植えとけばいいかな」


「«自然など放っておいてもどうにでもなるでありんす。問題はここに植民者が来るかどうかでありんしょう?»」


 昨夜の時雨の覚悟を見て、感情なき千花の心にも信じられる直感が、千花に伝えていた。


 ──この先を聞いてはならない、と


 きっと聞いてしまっては二度と『魔王』には戻れない、そう勘づいてしまったから。


 時雨の覚悟を、あの想いを受け止めてしまったら、万物を無機質な記号としか認識できない千花が聞いてしまったら──


 だから、()()()


 逃亡するのは簡単だ。


 それを可能にする力が今の千花にはあるから。


 しかし、逃亡は問題の先送りにしかなっていない。


 その程度の現状受け止められないほど、千花はバカではない。


 いや、この場合、バカの方が幾許(いくばく)かましだったかもしれないが。


「…………何であなたがまともに内政してるの? 気持ちわ」


「«その先は言わせないでありんすよ、小娘! 余とて学習するのでありんす。このまま、そなたの口が開いていると余のメンタル削りにくるでありんす»」


「うわぁ…………こんな低レベルな学習する年増っていたんだ。一周回って気持の悪い」


「«ぬわああああぁぁぁ! 言ったでありんすね! 低レベル! 気持の悪い! 本当にやめるでありんす! これ以上は『女神』の尊厳に関わるでありんす!»」


 今の千花にとってフレイヤと罵倒しあっていることが、やすらぎとなっている。


 当のフレイヤは昨日の全てを知っているが、何も言わないのは、彼女が単に興味がないだけか、はたまた──


「今更、尊厳もへったくれもないくせに。あと、あんまり頭の中で叫ばないでくれる? 頭割れそう」


 独り言のように呟きながらも見渡す限り土色の世界で、いつもの黒緋色のドレスを着た『魔王』千花が歩いていた。


 会話の相手は千花の魂に巣食う『女神』フレイヤ。


 会話と言うよりも千花の罵倒でフレイヤが泣かされて、抗議するかるかの如く千花の頭の中で喚き散らし、それにキレた千花が更に口撃(こうげき)するという悪循環。


「う~ん…………まあ、人は適当に誇大広告でも流して魔王国内外から募集すればいいんだけど。問題はここにどんな資源があるかなんだよね…………」


「«資源とは土着の物以外にも幾らでも作れるでありんす。魔王国の製品をここで大量生産することも視野に入れた方がいいかもしれんでありんす»」


「それって思っきし植民地じゃん。それに他国の間者も来る可能性が高いのに、魔王国の特産品の製造方法なんかをみすみす売り渡すようなマネは乗り気しないなあ」


「«フッ。これだからたかが数年生きただけの小娘は嫌でありんす。あえて間者に情報を流すことで、尻尾を出させて大元を確保、した後にスパイ容疑やなんやらで揺すってやれば、傀儡国家の出来上がりでありんす»」


「おお! 流石は無駄に歳くってないだけあるね。感心しちゃった」


「«感心しているのなら素直に褒めればいいでありんしょう! 何故にそなたはいちいち余を貶すでありんすか!»」


 開拓、統治の話で盛り上がる『魔王』と『女神』。


 これでも世界から畏怖の対象であるから、ある程度の威厳はあるだろうけれども、やはり、ただの友人同士の会話にしか思えないのはなぜだろう。


「じゃあ、ある程度の方向はこんな感じかな。ギュリアンヌはコアド魔王国が占有することになったけど、グラルナルダの方はイザヨルブが管理するんでしょ? ここのすり合わせも大変だね。…………時雨が」


「«いや、そなたも少しは手伝ったらどうでありんすか? あの小娘も大変でありんすね。こんなのが上司にいると»」


「いや、あなたよりかはまともな気がするんだけど…………。なに? もしかして、あなたの評価じゃ、私って下の方にいるの?」


「«評価の問題ではないでありんす。こと内政、国営、外交、云々はそなたに向いてないでありんす。いいや、言い方を変えるでありんす。武力と扇動以外では、そなたはからっきしでありんすえ»」


「むぅう。わかってるし」


 フレイヤの言葉は正しい。


 恐れく千花一人ではコアド魔王国はそもそも成り立つはずがなく、国の運営に携わる時雨たちの助力がなければ千花は早々に潰れていただろう。


 国営の全てに精通している万能の時雨に加えて、内政の基本をさばいているミリソラシア、外交の万事を事なきように御しているハヴィリア。


 その他にも魔王国内の犯罪を極度に減らしている十人の各隊長に、その総隊長を務めている千百合。


 国全体だけではなく、千花個人に仕える騎士のキャンベラに、メイドのソフィア。


 緊急動員部隊として千花に次ぐ実力を持つ剣聖に、後方支援でスペックを発揮する元主など。


 多くの者が千花を中心に集い、力を出し合っているからこそ、コアド魔王国は成り立っているのだ。


「……………………そろそろ、(うれ)いは断っておかないとね」


「«…………()()でありんすか»」


「そう、()()だよ」


 つい先ほどまで軽口を言い合っていた千花とフレイヤだが、たった一つの問題を思考する上では如何せん言葉が出ない。


 ──()()


 二人が口にする事柄は繊細、尚且つ複雑な事柄であるが故に、どうしても気が重くなってしまう。


 しかし、現状そうも言ってられない。


 必ず解決しなければならない問題であると同時に、この先、必ず()()()となるであろうから。


「行こっか」


「«そうでありんすね。…………これに関しては、余は何も言わんでありんす。そなたの好きにするといいでありんすえ»」


「そ。なら好きにさせてもらうね。【愛の形は何時でも朧げ(リー・ヴォルーモス)】」


【愛の刻印魔法(こくいんまほう)】による“実体を持った幻影”の効力で、この場の空間と指定した先の空間を入れ替え、疑似的な空間転移を可能にする。


 向かう先は言うまでもなく、問題の起点となる()()()の所である。








 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐





 コアド魔王国首都──サザワンティノープル


 その一角、通称“鍛錬場”と名付けられた施設に鈍い音が響いている。


真禍(しんか)極限(きょくげん)(りゅう)(しん)無刀(むとう)】」


(つるぎ)の刻印魔法】“鬼神体(おにノかくど)”による身体強化の施された剣聖の斬撃は最早、異次元の威力と速度を兼ね備えている。


「【消失は死神の慈悲(クレイヴ・クライ)】~~!」


【消失の刻印魔法】第四段階“消失の素粒子”による死神のマント、【万物を消失させる外套(ウィガール)】。


 漆黒の大鎌を振るい、斬撃を放つ。


「【光は永遠に地を(グレード・ヴァル)照らす(ディード)】!」


 降竜秘奥(こうりゅうひおう)光竜(こうりゅう)”にて“光竜”をその身に降ろし、【覚醒の刻印魔法】第二段階“自己覚醒”による光の斬撃。


 漆黒と純白の斬撃を前に先の斬撃のみで無力化し、さらに──


「真禍極限流【(しょう)・無刀】」


 一瞬の間もなく“鬼神体(おにノかくど)”に底上げされた真紅の雷を発する斬撃を飛ばし、牽制。


 そして、本命は──


「真禍極限流【(じん)・無刀】!」


 真禍極限流の持ちうる最速の斬撃である居合で零コンマみも満たない瞬間で二人のもとまで移動し、峰で打つ。


「フン。まだまだ遅い。構えろ。次だ」


「うっそ~~!? まだやるの~~!?」


「はあ……はあ…………! 待て、鬼人。少しだけ、少しだけ休ませてくれ…………!」


「許さん。オレは言ったはずだ。今日は徹底的にやる、と」


「「マジで(~~)!?」


 本日、この“鍛錬場”では剣聖と千百合、キャンベラの二対一の修練が行われているのだが…………。


 既にこれまでで四十三度地面に転がされている千百合とキャンベラは、あまりのキツさにあえいでいる。


 しかし、剣聖は額に多少汗をかいている程度で息すら上がっていない。


 四十三勝零敗。


 これが本日の剣聖の記録。


 剣聖に食らい尽こうと必死に挑むも完膚なきまでに叩き伏せられた二人は、せめて休憩ぐらいは、と何度も懇願している。


「ふむぅ。剣聖さん、一先ずは休憩にしてみれば? 流石にこのままでは潰れてしまますねぇ」


「「そう! その通り(~~)!」」


「…………チッ。仕方あるまい。十五分休め」


 傍で見て頂ければ元主の助け舟があってようやく、剣聖は二人を解放した。


 千百合とキャンベラは地面に寝転がり、荒い息を立てながら酸素を吸い込む。


 本来の強さでいうのなら、千百合とキャンベラの二人も剣聖とは大差ないはずであるが、こと実戦においては剣聖の方が二枚も三枚も上手であり、剣圧も剣戟も比べ物にならない。


 その間にも、剣聖は自身のトレーニングに励む。


「ふむぅ。私は剣聖さんにも休んで欲しかったのですがねぇ」


 元主の呟きが聞こえなかったのか、聞こえない振りをしたのかは定かではないが、剣聖は変わらず鍛錬を続ける。


 この剣聖の無茶と言えるトレーニングには、元主だけでなく時雨やイルアなど多くの者が心配しているのだが…………。


 剣聖本人は聞き入れることなく、逆に鍛錬量を増やすなどというバカなこともしている。


 どこかの『魔王』もこれは聞き及んでいるはずだが、見て見ぬふり。


『魔王』に仕える『鬼』とはかくあるべし、を体現している剣聖に某国営総主任は青筋をたててすらいる。


「やっほ~! みんな元気?」


「栖本か。何の用だ。貴様とはまだ()らんぞ」


「う~ん…………私も千時先輩とはやだなぁ。だって強いじゃん」


 空間を入れ替えて強引に“鍛錬場”来た千花と剣聖が互いに睨み合う中、この場で唯一まともな返答が可能な元主が割って入る。


「どうしましたか? 栖本さん。わざわざここまで来て、どちらかにご用件がおありで?」


「うん。そうなんだけど…………。ここに来たら会えるはず」


「……? ここに来たらだと?  貴様の会いたがるような者はここにはいないはずだが」


 剣聖の言う通りである。


 基本、千花と仲のいい者は“鍛錬場”へ自発的に赴こうなどとは思わない者ばかりであり、ましてや、わざわざ千花自身が来るほどの者がいるとは思えない。


「んっと…………千時先輩、ネメシアちゃんっている?」


「ネメシアだと? 皆目(かいもく)検討がつかん。深入りする気はないが、あまり虐めてくれるなよ」


「あはは…………そんなんじゃないんだけどね。ほら、色々あったから、()()()をね」


 剣聖の返答に千花が煙にまくような濁った返しをする。


 この一連の問答だけで剣聖は千花が本意を話す気がないことを把握し、込み入った事情を聞く意志のないことを暗に示す。


「ネメシアさんなら、シャーシスさんと共に隣りの二号館で鍛錬中ですねぇ」


「ん。ありがと、多王先輩」


 ただ一言、礼を言い“鍛錬場”を後にしようと背を向た時、元主は一つの疑問を問いかけようと口を開けかけるが…………。


「私がここに来たのはただの興味だよ。ここ最近、こうやって魔王国を回ることもなかったからね」


「…………そうですか。ご丁寧にありがとうございますですねぇ」


「フン。まっこと「厄介ってひどいなぁ、千時先輩」……! 被せるのは止めてもらおうか」


「あはははっ! うん! 気分でかえるね~!」


 元主と剣聖の言葉を奪い、被せていく千花の対応に二人は顔を(しか)めるも、『魔王』である千花は気づかない。


 日に日に他を顧みなくなっている千花に時雨が不安がっていることに彼女は気付いているのだろうか。







 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐







「ネメシアちゃん! いる?」


 “鍛錬場”二号館と本館の距離は大して空いている訳でもないため、【愛の刻印魔法】を使うことのなく、ネメシアのいる二号館へと足を運んだ。


 ネメシアの正確な位置を特定するため、【愛の刻印魔法】“未来を視る眼”にて彼女が休憩用の個室にいりことを把握。


 そして、千花の視た通り、ネメシアは鍛練用の食料や備品の置いてある小奇麗な部屋でシャーシスと談笑していた。


「……! 『魔王』様! ネメシアはここにいます」


「うわっ! でた!?」


 白色のワンピースに金色の刺繡の入った純白の鎧を胸当てのみ装備しており、白のニーソックスに白のブーツを履いている、正に戦闘用自立型殺戮兵器(ワルキューレ)として何ら恥じない格好のネメシア。


 そして、元主と同じような色合いの上下スーツ、日本のOL風のシャーシス。


 それぞれ違った反応をするのだが、今回千花が用のある者はネメシアだけだ。


「ネメシアちゃん、今から話ってできる?」


「……? 今から…………ここで?」


「ええぇ…………今、私と練習中なんですけど…………」


 千花のやや強引な態度にネメシアもシャーシスも戸惑うことしか出来ていないが、千花の無言の圧に屈したのかシャーシスが「まあ、あんたの言うことだし、聞かなくもないけど…………」と、渋々ながらも席を外したことにより、対話のための空間が完成する。


「『魔王』様…………ネメシアに話と言いました。用件は…………?」


 長く綺麗な金髪を後ろ手にまとめているネメシアが、首をコテンと傾げる、その動作はまるで名工の作り上げた一世一代の人形の様相。


 たどたどしく話す様子も、見る者を魅了する何かがある。


 最も、ネメシア本人は自身の魅力に気付いていないようだが。


「ん~と、私が話すんじゃないんだ。私はネメシアちゃんの話がききたいんだ」


「……? ネメシアの話?」


「うん。そうだね…………例えば、千時先輩とどうやって仲良くなったとか?」


 そう軽く言って微笑む千花の笑みには、ネメシアだけでなく万人が心の底から恐怖が沸き上がるであろう、そんな形容することのない“圧”があった。


 それは憤怒か、はたまた慈愛か、そんな極端な違いすら分からない千花の笑みは、今までのどの笑顔よりも美しく、どのような言葉よりも虚しいものであった。


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