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ラストワン~刻印がもたらす神話~  作者: Pー
第三章 第二部【コアド魔王国】
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48. 何を欲すか

 コアド魔王国にて開幕された数々の戦場には、多くの不幸が降り掛かっていた。


 その中でも、最も凄惨(せいさん)且つ、最悪な結果に終わったものもあった。


 その現場こそ、コアド魔王国最南端の街──フィーレンツィルだ。






 ❑❐❑❐❑❐❑❐❑❐❑❐❑❐❑






 フィーレンツィルの防衛及び反撃は、約百五十の海上戦艦を一つのラインまで元主が押しとどめ、約七十隻の空中艦隊をテリア艦対空ミサイルにて殲滅するというもの。


 元主が海上戦艦を相手にしながら一つの攻撃開始ラインに到達した時より、ハドルド率いる善竜騎士団が出撃と共にディザイア率いる獣人が挟撃(きょうげき)するという多方向一斉攻勢である。


 そして、現在ハドルドと二番隊隊員──善竜騎士団の待機している海岸では皆が皆驚きに満ちた顔で海上を見ている。


 彼らは海中で待機しているディザイアたち獣人も同じような感情を抱きながら、目の前の快進撃に唖然(あぜん)としているだろう。


「撃ち続けるのですねぇ! 【雷帝直伝多王(オプリニチキ)元主存続親衛隊(Ver.元主)】! そこお! サボることは許しませんねぇ!」


 なんと、元主は自身でグラルナルダの海上戦艦を一隻ハイジャックならぬ、シージャックを敢行し奪ったのだ。


 通常よりも多くの兵が搭乗しているはずの海上戦艦を【雷帝直伝多王(オプリニチキ)元主専属親衛隊(Ver.元主)】すら使わずに単独で制圧。


 その間、たった数秒のことであった。


 ここから先は元主の一人軍隊(ワンマンアーミー)が通用する戦場になった。


侵犯(しんぱん)刻印魔法(こくいんまほう)】による効力にて魔力で強化されている木製の戦艦を侵犯し、テリア艦対空ミサイルが本来搭載されたはずの人類史初の原子力空母エンタープライズのように魔改造を施した。


 そして、新たに得たこの戦艦の名を航空母艦マッドレスヴァイオレイションと勝手に名付けたのであった。


 その全長はかつてのエンタープライズと同様に約三百四十メートルとしてあり、グラルナルダの戦艦がガレオン船と同じ三十数メートルと比べれば、その大きさの異常性がよく分かる。


 そして、瞬時に【雷帝直伝多王(オプリニチキ)元主専属親衛隊(Ver.元主)】を配属させマッドレスヴァイオレイションを操作させる。


 だが、ハドルドたちが驚愕に満ちているのは他にも理由がある。


 それこそが、元主が同時進行可能な脳内の許容容量(キャパシティ)


 元主は今も尚、上空艦隊に向けて砲手の【雷帝直伝多王(オプリニチキ)元主専属親衛隊(Ver.元主)】を操作しているのだ。


 それも、何度もローテーションを組ませながら確実に、効率的にグラルナルダの艦隊を殲滅することができるローテーションをだ。


 完全自立型とは言え、【雷帝直伝多王(オプリニチキ)元主専属親衛隊(Ver.元主)】を創り出す時の魔力は全て元主から歳出されるのであり、この作業だけで相当な労力。


 だと言うのに、元主は一つのガレオン船をジャックしただけでなく、侵犯した上でエンタープライズのように魔改造すら施したのだ。


 元主本人の保有魔力量もさることながら、彼の脳内神経の耐久力、それに加え頭の回転力、魔力の演算スピードの速さ、それが元主の一人軍隊(ワンマンアーミー)の基盤となっているのだ。


 だが、その魔力量は千百合の【消失の刻印魔法(こくいんまほう)】には届かない。


 しかし、元主の強さはその応用力であり他の【刻印魔法(こくいんまほう)】使いは【雷帝直伝多王(オプリニチキ)元主専属親衛隊(Ver.元主)】などの【刻印魔法(こくいんまほう)】による人型魔力式完全自立型殺戮兵器など創ることは出来ない。


 超精密な魔力の操作、さらに超高密度の魔力の錬成、この二つがあってようやく完成するものこそ、多王元主の【侵犯の刻印魔法(こくいんまほう)】なのだ。


「さあ! 侵犯を開始するのですねぇ!」


 グラルナルダのガレオン船艦隊は超大型のマッドレスヴァイオレイションへと何度も砲撃を繰り返すが、擬似的エンタープライズの装甲は元主の魔力にて上書き(コーティング)されているため、傷一つとして通用しない。


 さらに、マッドレスヴァイオレイションは空母であるために滑走路も実装されており、飛行甲板後部両舷のスポンソン上にシースパローBPDMSのMk.二十五.八連装発射機が搭載されている。


 本来のエンタープライズに搭載されていたシースパローBPDMSのMk.二十五.八連装発射機は応急で造られたため性能はイマイチであったが、元主の擬似的エンタープライズは砲手の【雷帝直伝多王(オプリニチキ)元主専属親衛隊(Ver.元主)】の魔力を使用することによりネックであった連射性能を底上げしているのだ。


 他にも、RAM近接防空ミサイルの二十一連装発射機が二基、単装七十八口径二十ミリメートル機関砲を四十六基、二ポンド四連装機銃などエンタープライズには搭載されていないはずの兵装すら完備していた。


 そしてその全てを感情なき殺戮兵器【雷帝直伝多王(オプリニチキ)元主専属親衛隊(Ver.元主)】が操作すると言った徹底ぶり。


 瞬く間にグラルナルダの海上戦艦の三分の一を海の藻屑へと変えていく元主のマッドレスヴァイオレイションはダメ押しとばかり新たな戦力を前線に投下する。


「【枢機卿小隊(リーダー・チーム)】、先頭二十機を射出しなさい」


【侵犯の刻印魔法(こくいんまほう)】によって創り出した【枢機卿小隊(リーダー・チーム)】とは魔力によって繋がっているため、マッドレスヴァイオレイションの管制室に配置した【枢機卿小隊(リーダー・チーム)】へと指令を出すことが可能。


 そして、指令を受けた【枢機卿小隊(リーダー・チーム)】はマッドレスヴァイオレイションの内部に格納していた(マッドレスヴァイオレイションの内部は船室に至るまで嗜好(しこう)が凝らされていた)艦載機(かんさいき)と呼ばれる航空母艦に搭載されている戦闘機の出撃を許可した。


 この艦載機すら元主の【侵犯の刻印魔法(こくいんまほう)】にて創り出されたのであって、その性能は現代にてイギリス軍の空母“クイーン・エリザベス”で運用されている最新鋭のステルス戦闘機F-三十五Bを採用しているのだ。


 未だに地球で言うところの十六世紀半ばに使用されていた木製のガレオン船程度の設備しかないグラルナルダの戦艦では、空中軌道の優れた艦載機、それもステルス機能すら搭載したF-三十五Bの爆撃に対抗する手段などあるわけが無い。


 見る間に炎に包まれていくグラルナルダの艦隊に、その上からF-三十五Bの絨毯爆撃が追加されていく。


 それは決して戦闘ではなく、ただの蹂躙(じゅうりん)であった。


 圧倒的戦力、圧倒的設備、圧倒的圧力。


 その全てが〈聖ドラグシャフ世界線〉、兵装の厚さだけ見てみれば〈アザークラウン世界線〉の地球ですら最高級の戦力。


 グラルナルダの艦隊が元主の制定したラインに到達する頃には約百五十隻も存在したグラルナルダの艦隊は既に五十数隻にまで減少し、空中艦隊は全てテリア艦対空ミサイルにて殲滅させられていた。


「「ここまでとは…………!」」


 地上ではハドルドが、海底ではディザイアが、共に強者たる二人は腕っ節の強さだけが最強の頂きでないことを痛感する。


 両者とも時間がある許す限り鍛錬に身を委ねる者であるがために、一度は脳裏に(よぎ)った一つの()()


 ──手合わせをしてみたい、と。


 剣聖や千百合の強さは武術や近接戦闘に収縮されているが、元主の強さはまた違った強さのベクトル。


 超広範囲の殺戮兵器による高密度の絨毯爆撃。


 一人ではない強さ。


 それこそが、多王元主である。


「クトゥブッティーン卿、出撃します」


 二番隊隊長補佐、もとい善竜騎士団副団長クトゥブッティーン=フォン=ロォン、もしくは御三家ロォン家の嫡男(ちゃくなん)である彼が海岸に待機していた隊員へと出撃の合図を下した。


「ショルニア、出撃する」


 海底帝国イザヨルブ第九代目国王ディザイアの元で迎撃合図を待っていたショニサウルスの獣人、ショルニアはディザイアを上回る巨体から大声を上げてイザヨルブ見廻り組へと出撃合図を出す。


 空中ではテリア艦対空ミサイルでの援護、海上では元主の絨毯爆撃、地上からは善竜騎士団の出撃、海底からは獣人たちによる奇襲。


 もはや、グラルナルダの軍隊は敗走以外の文字は見えなかった。








 ❐❑❐❑❐❑❐❑❐❑❐❑❐❑❐❑







 場所は変わりフィーレンツィル市内。


 基本、フィーレンツィルは農業を第一として多くしていたため、見渡す限り穀物や野菜関連の畑がある。


 しかし、現在フィーレンツィルの街ではのどかな農村地帯には有り得ないほどの刺激色が目を焼くほどに迸っていた。


「タレス! 本部への連絡は着きましたか!?」


「まだです! 魔力が乱されて通信が阻害されています!」


「通信の阻害……! 魔導式インカムの仕組みを知っているとでも……!?」


 眼前で繰り広げられている戦闘を前に援護部隊の報告をしようとした七番隊隊長のドルモ=リニグア。


 水色と言うよりかは所謂、次縹(つぎはなだ)を基調とし、身体のラインがよく分かる形の軍服を着用しており、“『魔王』生誕の象徴聖戦”の時と違い隊長として申し分ない格というものを身につけていた。


 そして、ドルモの言葉に応答している者は七番隊隊長補佐のタレス=イオニア。


 彼はドルモの従兄弟(いとこ)にあたり、彼女がコアド魔王国の隊長に一人で就任することを不安に思ったタレス自身の意思で補佐をしているのだ。


 タレスはドルモと同じような次縹の軍服に、スタイルの良い好青年感を醸し出している。


 その爽やかっぷりは世の男どもがこぞって羨むような完璧な身体のパーツ。


「……! 姉さん! プリアモスからの連絡です!」


 タレスへと緊急連絡を入れた者は、六番隊隊長補佐のプリアモス=ミュケーライ。


 タレスとは同時期にコアド魔王国の隊長補佐へと就任し、そこから一瞬で打ち解けた二人。


 現在も、タレスはプリアモスの声を聞いただけで戦争特有の緊張感が解れた。


「…………なんと言っていますか?」


「「なんとか遅滞(ちたい)戦闘に持ち込ませたが、突破は時間の問題だ」とのことです」


「あの状況下で遅滞戦闘に? 流石はミヴァルくんの防衛技術ですね…………」


 六番隊はコアド魔王国門下省付属の全十番隊の中で最も防衛戦を得意とする部隊であり、それは六番隊隊長であるミヴァルの性格によるものでもある。


「タレス、ここは任せます。私は前線にて敵を屠ります」


「……!? 何言ってるんだ! 姉さんは七番隊隊長だろ! 前線に出るなら隊長補佐の俺だ!」


 タレスは御三家と呼ばれるリニグア家の次期当主として教育を受けてきたが、本来はタレスではなくドルモが次期当主をつぐはずであった。


 その原因はドルモが女性であるから。


 リニグア家は実力至上主義の家系であるがために、男であることを大前提としている。


 故に、ドルモは実力があろうとも女性と言うだけで酷い差別を受けていた。


 だからこそ、タレスはドルモにだけはリニグア家を離れて幸せになって欲しかった。


 どうにかドルモをリニグア家から引き離そうと四苦八苦しながら思考していた矢先に、コアド魔王国への隊長就任が決まったのだ。


 さらに、タレスにとって唯一の懸念材料であった差別だが、そもそもコアド魔王国を統治する『魔王』が女性だと知ってからは頭の片隅にも置いていなかった。


 リニグア家から離れることも出来て、順調に出世もできる。


 ドルモは確実に幸せになれると、そう思っていた最中の戦争。


「タレス。私は大丈夫です。………………だから、ここは任せます」


 慈愛深い聖母のような微笑みを、弟のような存在であるタレスへと向けるドルモ。


「……ッ! 姉さん!」


 その微笑みに一言も発することが出来なくなったタレスは無言で頷き、その場に崩れ落ちることしか出来なかった。


 愛する人の頼みというものは簡単には断ることのできないものである。


 そして、タレスの静止を振り切ったドルモは最前線まで一気に前進し、そこで敵方の攻撃の八割を受けきっているミヴァルのもとまで駆けつける。


「降竜秘奥“水神竜”!」


 総合アカデミー在学中は“水竜”の段階で止まっていたが、コアド魔王国の七番隊隊長の就任してから鍛錬を重ねたことによって“水神竜”まで底上げされたのだ。


「【水は波と化し渦と化す(エリア・リンド)!】」


 頭上に水でできた巨大な渦を“水神竜”の加護によって得た操作術にて制御し、敵方の有象無象を後方に下がらせる。


「ミヴァルくん! 怪我は大丈夫ですか!?」


「……! ドルモか……! 怪我は大したことねえよ。ただ…………」


 ドルモが心配するように、ミヴァルの怪我は酷く、“凱竜”の加護により人一倍のタフネスを誇るが、敵の猛攻を前に、戦闘前に着用していた鎧は完全に破壊され、上半身の防御力はゼロだ。


 そこまでミヴァル及び、防衛線に特化して六番隊が追い詰められるには、大きな原因がある。


 それは──


「ふーん。君たちってさ、仲間思いだよね。もう人でもない()()()()()のために命かけちゃってさ」


 フィーレルンツィルの一角にて、ミヴァルが相対していた敵だと思われた群れを、()()()()()()()者。


 濁った金髪を粗雑に切り揃え、服装もあちらこちらに泥が跳ねている不潔さ、そしてその青年の表情はまるで子どものよう。


 その青年は魔力を練り、人を作っていた。


 いや、この言い方には語弊がある。


 正確には()()()()()()


「まさか、あの『魔王』の部下がこんなに仲間思いとは思なかったよ。その努力に涙が出そう」


 思いっきり相手の嫌だと思うことを率先してやるその姿勢は、親に怒られることを知らない小さな子どもの姿を彷彿させる。


「俺の“遷神(せんしん)”はねえ、人を思いのままに変えるんだ! すっごいでしょ!」


 聞いてもいないのに、ベラベラろ喋べら出す、青年はそれでも手の動きを止めることはない。


 “遷神”の効力は見る限り、人の形を変えるものだとわかる。


 主にその理由こそが、自らの手札を開示しているろ気付いていない青年が、六番隊と七番隊所属の隊員の死体を気味の悪い四足歩行の妖怪擬きに作り変えているからだ。


 その妖怪擬きは、幼い養生テープが粘土を使って作り上げる意味不明なオブジェによく似ている。


 しかし、唯一違う点が命があるかどうか。


 青年の作り上げた妖怪擬きは死体が媒体と言えど、命が吹き込まれており、言わばゾンビのような理性の欠片も感じられない出来の悪い人間のようだ。


「何という醜悪さ…………!」


「どうにかあいつらを助けたいんだが、元が死んじまってるから蘇らせることはできねえ。でもよ、ここで俺が殺しちまうと、あいつら二回も殺されたことになるんだよ……」


 ミヴァルは“凱竜”というとげとげしい降竜秘奥を持って戦闘を行うが、本来の性格は他人を慮ることのできる心優しい者なのだ。


 キツイ鍛錬を共に乗り越えた隊員をその手で殺すことができないのだ。


 それは、他の六番隊隊員も同じであり、誰一人として妖怪擬きを殺そうと殺意を放っている者はいなかった。


 しかし、この場は戦場である。


 剣聖や千百合ならば、殺害こそが妖怪擬きの救いとなることを重々理解し、後悔はあれど顔色一つ変えることなく、刃をふるったであろう。


 この決断力は一朝一夕で身につくものではない。


 数多くの命のやり取りを理解した剣聖や千百合であるから、できること。


 それを、未だに戦場に出たことが少ないミヴァルとドルモに要求するなど、到底できることではない。


「…………ミヴァルくん、どうにかこの人たちを抑えてください。私が大本を叩きます」


「……! 無茶だ! 多すぎる! 仮にあの狂人のもとまで辿り着いたとしても、奴が強かったらどうするんだ! ドルモは近接戦闘が苦手だろ!」


 彼の言う通りであり、数か月間共に鍛錬してきた上で分かっていることが、ドルモは殴る、蹴るといった近接戦闘の基本である型すら、身体が震えてままならないのだ。


 そんなドルモが多くの妖怪擬きを突っ切った先にいる青年を攻撃、そして殺害など到底できることではない。


「分かってる。でも、こんなの許せない。人の尊厳を踏みにじるこんな残虐なこと、私は許せないんだよ」


 その言葉を最後に、ドルモはミヴァルの必死の静止を振り切って突き進む。


 この惨劇の根源である、あの青年を止めるために。


「【水は竜に牙は刃と化すエリア・トゥルー・アリ】!」


 ドルモの頭上に大きな水でできた球体が生成され、球体から複数の竜の首が生まれる。


 その水でできた竜は、まるでドルモの怒りを表すかのように、暴れ狂い妖怪擬きを蹴散らしていく。


 だが、水の竜は決して妖怪擬きを殺すことはなく、殺さないように細心の注意を払いながらドルモのために道を広げる。


「見えた! いける……! 確実に倒せる!」


 この時点で、ドルモの運命は決まっていたのかもしれない。


「殺す」ではなく「倒す」


 この二つの言葉の間に大きな、大きな、絶対的な溝があることを知らずに走ってしまった。


 響くのはミヴァルの絶叫、水の竜に食われるはずだった青年の嘲笑。


 その二つを、ドルモは今際(いまわ)(きわ)で聞いていた。


 いつの間にか、地面に倒れ腹部からの大量出血を見つめながら、ドルモは心中で悟ってしまった。


「(ああ…………失敗したんだ。タレス、ミヴァルくん、ごめんなさい…………)」


 本人には届かない後悔と無念を抱き、ようやく掴んだ幸せの存在にすら気付くことなく、ドルモ=リニグアは十七年の短い人生の幕を閉じた。


 しかし、ドルモの最期の表情は苦しみに歪むことなく、笑顔で飾られていた。


 その姿を最も近い位置で見たミヴァルの心中は想像すら出来ないほどの苛烈な後悔と自責の念に埋め尽くされていた。


「己の不甲斐なさがドルモを殺した」「己の弱さがドルモを殺した」「己の油断がドルモを殺した」


 その心の中で渦巻く言葉は()()となり、それと同時にミヴァルの理性(リミッター)を外すこととなった。


「降竜秘奥“凱神竜(がいしんりゅう)”!」


 降竜秘奥は【刻印魔法(こくいんまほう)】とよく似ており、心に秘めた覚悟によって、その強さを変える。


 ハヴィリアの屈辱を晴らすために怒りに支配されたイルアが“武竜”の壁を破ったように。


 ドルモを己のせいで殺してしまったミヴァルが抱いた怠惰を戒める鎖となるように。


 “凱竜”の一段階上、“凱神竜”の段階に足を踏み入れたミヴァルは、一切の躊躇なく青年へと渾身のタックルを決める。


 その速さは今までの比ではなく、その身を覆っていた“凱竜”の鎧がミヴァルの速さを後押しした。


 ミヴァルの覚醒を見抜くことの出来なかった青年は軽く数十メートルは吹き飛ばされ、ただの肉塊となり果てた。


 そのおかげか、妖怪擬きはその動きを止め、二度目の屈辱的な命に終止符を打った。


 合計七十人の隊員、そして一人の隊長の多大な犠牲をもって、フィーレルンツィル街頭の戦闘は終息したのであった。

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