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ラストワン~刻印がもたらす神話~  作者: Pー
第三章 第二部【コアド魔王国】
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44. 影の再来

 コアド魔王国へと進軍して来たギュリアンヌとグラルナルダの軍は千百合の一撃と、最前線での迎撃のために全滅。


 このまま終戦へ向かうと思われていた。


 だが、コアド魔王国へ降りかかる災厄はこれからもが本番だというかのように、勢いを増していった。






 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐





 コアド魔王国最北端の街ミムラノ。


 ギュリアンヌの軍勢を完全に壊滅させたコアド魔王国兵だが、誰一人として気を緩めることはなく、事後処理へ動き出していた。


 千百合の開けた大穴の処理は追々することにして、わざと生き残らせたギュリアンヌの兵の尋問と共に、コアド魔王国作戦本部――特設会議室への報告へと動いていた。


「……! ソフィアか。ミムラノに攻めてきたギュリアンヌ軍は殲滅した。警戒はしてるが、そっちでも見ていてくれ」


「承知致しました。殲滅お疲れ様です。ごゆるりとお休みください」


 魔導式インカムを使用して遠く離れた中心街サザワンティノープルの特設会議室まで現状報告しているイルアだが、その表情に浮かれた様子は欠片も存在しない。


「(弱すぎる。こんな簡単に終わるわけがねえ。幾ら油断していたつっても限度があるだろ)」


 今回の進軍には千百合の広範囲殲滅魔法の援護が大きく貢献したのだが、それにしても簡単に終わり過ぎた。


 ギュリアンヌ側は満を持しての攻撃だったのだから、相当数の戦力を用意しているはずだ。


 曲がりなりにもコアド魔王国は新興国に躍り出た国家であるため、ギュリアンヌ王国もそれ相応の準備をしているはずだ。


 イルアが最前線の簡易拠点のために設営されたテントの中で数十分ほど唸っていると、ものすごい勢いで入ってきた者が現れた。


「イルア様! ギュリアンヌ王国から第二波です! その数、約十万!」


 イルア専属の執事であるウィクリフではないが、一番隊の中でも有望とされている隊員が緊急性の強い口調でまくしたてるように伝える。


「やっぱりな。あっけなさ過ぎると思ってたんだ。本部に連絡を入れる。ウィクリフに「臨界体制を引け」と伝えろ。十万はオレらだけじゃ無理だ。後衛部隊のディオクと連携して迎え撃つ!」


(おう)!」


 情報を伝えに来た兵にウィクリフへの指令を渡し、イルアは時雨へ新手の出現を伝えるために魔導式インカムの電源を入れる。


 しかし──


「……! イルア! ちょうどよかったわ! 今すぐヴェネルツィアへ急行してちょうだい! ナーラが抑えているのだけれど敵兵が結界に近づいてきているのよ!」


「なんだと? ヴェネルツィア!? 一体何があった!?」


 あまりにも脈絡のない時雨の要件と本来なら開戦予定地として戦闘の確率が低いはずのヴェネルツィアの名がイルアの緊張を一気に上げる。


「隣りの山から奇襲をかけられたのよ! 相手の所属はわからないけれど、フィーレルンツィルにグラルナルダの艦隊が押し寄せた時と同時刻の点を見ると敵で間違いはないわ」


 ──所属不明


 それは百万の敵兵よりも遥かに恐怖し警戒に値する、戦争において最も聞きたくのない単語である。


「フィーレルンツィルも攻めて来たのか!? クソッ! 悪い報せだがミムラノにもギュリアンヌから十万の兵が来やがった」


 偶然としか思えない不運の連続に流石のイルアも現状の深刻さに歯嚙みしてしまう。


 この事実を知った時雨の反応は予想に難くなかった。


「なんですって!?」


「だが、大丈夫だ。ここには剣聖もコラドグもディオクもいる。オレはヴェネルツィアに行く。ナーラにも伝えといてくれ」


 時雨との通信を切り魔導式インカムをもう一つの連絡先に登録している鬼人へと繋げ、事の重要性と緊迫性を伝えヴェネルツィアへ急ぐ。


「(クソッ! マジでどうなってやがる! 開戦予定地がほぼ同時に攻撃されるなんざありえねえぞ!)」


 降竜秘奥“武竜”の加護を全開にしてコアド魔王国内に張り巡らされた街道を通って全速力でヴェネルツィアへ走るイルア。


 僅かな胸騒ぎを忘れようと必死に脚を動かす。


「間に合えよ…………! オレは死人は見たくねえ!」


 向かう先で応戦しているコアド魔王国の仲間の安否を再確認事項として、ヴェネルツィアは急行する。






 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐






 イルアが時雨に急行指令を受ける数分前。


 研究者で溢れかえっているヴェネルツィアには三番隊隊長のナーラが警戒態勢を解かずに警備を厳重にしていた。


 元来、警戒心の高いナーラの性格によって生じた超警戒態勢だが、今回の場合彼女の警戒心が吉と出た。


「……! ナーラ局長! 隣りの山から大群が!」


 切羽詰まった様相で報告しにきたのはヴェネルツィアの化学薬品の研究所の副局長──リュクルゴス=アウス。


 彼は微力ながら戦闘能力を持っているため、三番隊の正式な副長に就任していたのだ。


「山から!? マズイですね…………完全に虚を突かれましたね。防衛線を意識しながら迎撃を」


 ミムラノに展開されていたものと同じようなテントの中で椅子に腰掛けていたナーラへと緊急報告を行うリュクルゴス。


 ナーラ本人はヴェネルツィアでの戦闘も起こりうることを事前に時雨から伝えられていたため、勝負服である純白の修道服にミニスカート、同じく純白のコーンヒール。


 コアド魔王国三番隊隊長に就任する前はヴァルディード善竜信仰の枢機卿の地位にまで上り詰めたナーラの修道服姿は威厳のある服装となっていた。


「ですが、迎撃に充てる戦力なんてありませんよ! ここは防衛線にしかならないと予想されていたため、余剰戦力なんてありません!」


「分かっています。数人見繕ってわたくしが迎撃に行きます。リュクルゴス、時雨様に援軍要請を」


 元より開戦予定地にはなっていたものの、敵兵の通るルートなど目に見えてなかったため、あまり兵力を滞在させていなかったのだ。


「り、了解しました! ナーラ局長…………必ず帰って来てください」


「リュクルゴス…………もちろんです」


 短い返答だったがリュクルゴスには、必ず帰ってくる気合が感じられた。


 今回の奇襲がどんな意味を持っていようとも、ナーラはコアド魔王国への侵入を防ぐと同時に、時雨の張った結界の内部への侵攻を回避するのみ。


「……! 副官様! 奇襲です! 援軍をヴェネルツィアへお願いします!」


「リュクルゴス!? ヴェネルツィアにも敵襲ですって!? 敵の所属は分かっているかしら?」


「それが…………所属は完全に不明! 数は約二万程です! 迎撃にナーラ局長が出撃していますが、長くは持ちません!」


 監視に当たっている三番隊隊員の報告の通り話しているが、防衛力しか持ちえないヴェネルツィアでは十分持ちこたえれるかどうか不安なところ。


「それが…………現在フィーレルンツィルにグラルナルダの艦隊が攻めてきているのよ。それもほぼ同時に。ミムラノにいるイルアを急行させるけれど少し時間がかかるわ。…………ごめんなさい。私の見通しが甘かったツケが回ってしまったわ」


 魔導式インカムでは時雨がどういう表情をしているかなど到底わからないが、話す声は震え、今回の同時進行に対する責任感を過剰なまでに抱えていることがよく分かる。


『魔王』千花の出撃を抑えるためだけにコアド魔王国全土に兵力を分散させたことがここで仇と化し、時雨の首を締めているのだ。


「副官様、大丈夫です。イルア様が来るまでヴェネルツィアはナーラ局長が守っています! ぼ、僕だって前線にでる覚悟はしています! ですから、副官様は焦らずに冷静に頑張ってください」


 リュクルゴスも時雨がどれほど多忙な状況にいることぐらい理解している。


 最前線を除いたコアド魔王国全土に渡る結界に、各地への指示に加え、ギュリアンヌとグラルナルダ両国の次の行動の予想など、ありとあらゆることを一挙に行っているのだ。


「そう言ってもらえると助かるわ」


 時雨との通信が切れたリュクルゴスの表情は俄然やる気に満ち溢れており、前を向いて歩けるようになっていた。







 ❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐❏❐






 ミムラノにギュリアンヌが攻め入り、ヴェネルツィアへ奇襲がかけられる数分前。


 元主による無慈悲なるテリア艦対空ミサイルの爆撃の集中砲火にさらされたグラルナルダの艦隊は、跡形もなく滅ぼされた。


 しかし──


「ハドルドさん、来ました」


「……! なに!? こんな短時間に出撃してきたのか!?」


 フィーレルンツィルの海を警備していた獣人の報告を受けたディザイアが、未だに警戒態勢を解いていなかったハドルドへ重要報告を入れる。


 その内容こそ、グラルナルダの艦隊が最接近してきたということ。


「予め用意していたのでしょうねぇ。第一軍は様子見の捨て駒艦隊。グラルナルダ側は捨て駒にてコアド魔王国の戦力が知れた上で我々の戦闘能力を損ない、捨て駒と知らない第二軍は第一軍の壊滅に士気を上げる…………一石三鳥ですねぇ。これはこれは、してやられたようですねぇ」


 そう語る元主の表情は語る内容ほど深刻に捉えておらず、舌なめずりしながらグラルナルダの艦隊を眺めている。


 その不敵な笑みは剣聖が強敵を見つけた際に見える笑みと酷似していた。


「ディザイアさん、艦隊数は?」


「海上艦隊約一五〇隻、空中戦艦約七十隻だ」


「むふふふふふ。ようやく本気でかかってきたようですねぇ」


 何が面白いのか気味の悪い笑い方にハドルドとディザイアは困惑することしかできない。


「今は海上艦隊は無視しましょう。空中戦艦を第一の殲滅対象としましょう」


「……! 何を言っているんだ!? 海上艦隊は一五十隻もあるんだぞ!」


 元主の立てた作戦に驚愕を現にして、叫ぶハドルドだが、ディザイアも彼女と同じように信じられないといった表情で元主を見ている。


「目先の数に翻弄されてはいけません。いくら一五十の艦隊と言えども所詮は舟。それも大元はガレオン船と大差ありませんねぇ。空からの援護がなければ話になりません。殲滅はそこからでも遅くはありませんねぇ」


 釈然と語る元主に焦りの感情は皆無であり、目の前の大戦力を前にしても勝利が見えているが如く冷静である。


「空中戦艦は今すぐにでもテリア艦対空ミサイルの爆撃の餌食となってもらいましょう。海上艦隊はある一定の地点を超え次第、こちらも海上艦隊にて善竜騎士団の皆様と【雷帝直伝多王(オプリチニキ)元主専属親衛隊(ver.元主)】の勢力で視線を釘付けにしてもらいます」


「……! そうか! 二大勢力で叩いている間に我々獣人が背後から奇襲をかけるのか!」


「ええ。その通りですねぇ。獣人の方々は本来戦闘に参加してもらう気はありませんでした。ですが、獣人の方々を索敵だけに使うのは実に損。前線に出てもらいます」


 いくら狂人と言われている元主と言えど、仲間の血を見たいわけではない。


 外敵は何があっても確実に潰すが、背を合わせて共闘する仲間は何があっても守り抜く。


 それが、多王元主という名の怪物だ。


「だが、空中戦艦を攻撃している間の海上艦隊はどうするのだ? まさか放置するとは言うまいな」


「ハドルドさん何だか当たりが強すぎませんか?」


「知らん。さっさと答えて頂きたい」


「え、ええ…………まあいいでしょう。海上艦隊の相手ですよねぇ? そんなもの私一人で事足りますねぇ」


「……!? 正気か!? 一五十の大戦艦だぞ!? たった一人で抑えるのは不可能だ!」


 ハドルドが頑として認めない理由にも頷く点が多々あり、そもそも元主が一人で前線に出ていく根本的理由が見つからない。


「あのですねぇ、ハドルドさん。()()()一五十の艦隊に恐れてどうしましょう? それに、私は貴女方善竜騎士団の皆々様、獣人の方々に最前線での絶望的戦闘を命じているのです。そんな上に立つ者が指示だけで終わって良いと思いますか? 仲間に絶望を押し付けるのならば、私はさらに大きな絶望を持ってようやっと帳尻が合うのですねぇ」


「な……!?」


 ハドルドやディザイアからすれば意味の分からない事であろう。


 上に立つものはそのまま上に立って安全なところで指令を出していればいいのだ。


 わざわざ己から前線に飛び出て命を危険に晒す必要などあるはずがない。


「ハドルドさん、ディザイアさん。作戦を皆様に伝えてください」


「「し、承知!」」


 もはや畏怖の念すら抱いている二人に指示を出し、元主自身も腹をくくる。


「時雨さん、フィーレルンツィルにグラルナルダの艦隊が現れました。援軍は結構。こちらはこちらで対処します」


 時雨の反応を聞かずに手前勝手に通信を切る元主だが、悪いと思っている様子は皆無であり、それどころか安心感に浸っていた。


「私は先輩。後輩の重荷にはなりませんねぇ」


 元主は〈NEVERヴァード世界線〉での戦争から時雨と千花を見てきた。


 だからこそ、元主にはよく分かっている。


 時雨や千花に限った話ではなく、千百合を始め、ミリソラシア、キャンベラの成長スピードがコアド魔王国建国から伸び続けていることに。


 人の命を背負うということは日常生活ではそう簡単には経験できないことであり、〈アザークラウン世界線〉でのうのうと暮らしてきた時雨と千花ならば尚のこと。


 コアド魔王国を建国するに当たって初めての作業を、慣れない中急ピッチで行っていた。


 そんな後輩の姿を見せられては元主は頼ることをよしとしない。


「では、本当の戦争を始めますかねぇ」


 フィーレルンツィルでの開戦がコアド魔王国全土に火の粉をまき散らしたかの如き戦火の発端となるのだが、皆は知る由もなかった。

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