32. エピローグ
バロムアの欲望から始まった地獄のような“天界の決闘”。
それに引き続きバロムアが反旗を翻し反真龍救済連合を率いて始めた戦争。
この二つの戦いに見事勝利し、その名が総合アカデミー中に広がった最強の者たち。
それが『魔王』派閥。
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総合アカデミーが設立した学生寮。
女子の居住棟では複数人が集まり、雑談にふけっていた。
「ねえ、時雨。アンフェアさんたちに報告どうしよっか?」
「あっ! そう言えば…………」
「待ちなさい、ミア。あなたここがどこか忘れていたの?」
千花の何気ない質問によって暴かれた衝撃の事実。
なんと、ミリソラシアが〈聖ドラグシャフ世界線〉にいることを忘れていたのだ。
ミリソラシアが忘れていた理由にも納得する部分はある。
既に“天界の決闘”からの戦争から一ヶ月の時間が経過しているのだ。
半壊した総合アカデミーは魔法の力によってたった二日で全修繕が完了し、バロムアの抜けた魔法科学科の授業は自習という形でなんとか保っている。
つまり、千花たちは総合アカデミーの生徒として充分なほど在籍しているのだ。
しかし、そんなミリソラシアを見過ごせない者が二人。
「あら〜〜? それは不味いんじゃな〜〜い?」
「ああ。自分が何してるか分からねえなんて、やべえってレベルじゃねえな」
「お仕置…………いっちゃう〜〜?」
「お仕置…………いっちまうか?」
「へ……? お二人共……あの、目が怖いのですが……」
千百合とイルアがミリソラシアに向かって滲みよりながら手をうねうねとうねらせる。
二人の思惑に気付いたのか、千花が後ろから同じようにうねうねしだし、時雨とキャンベラは頭に疑問符を浮かべている。
ソフィアとナーラの二人は何が起こるのか大方検討が着いてしまったため、優しい目でミリソラシアを見つめてしまう。
「みんな〜〜、やっちゃえ〜〜!」
「「おー!」」
千百合の号令を合図にうねうね組の三人は一気にミリソラシアへと襲いかかる。
「あははははははっ! ちょっ!? な、何を!? まっ! いひひひひひひっ!?」
自分の立場を忘れてしまったミリソラシアに下された制裁はくすぐりの刑。
三人による無慈悲な責めが幕をあげた。
「あははははははははははっ!? ゲボっ! ごホッ! も、もうっ! 止め…………あははははははははははっ!」
何度も止めてと懇願しようとも三人は止めるどころか勢いを増してしまう。
「失礼する」
しかし、そんな中ノックの音の後返事も聞かずに部屋へと入ってくる者が。
「皆に伝えておきた…………」
「姉貴……!?」
部屋へと入ってきたのはワールド=クレイドール。
騎士として武勲を立てているクレイドール家の一人娘であり、次期当主。
そして、イルアの姉でもある。
だが、この場において最も重要視される肩書きはたった一つ。
総合アカデミー『八大使徒』魔法剣術科ワールド=クレイドール教諭。
「そのだな…………遊び……だよな?」
ワールドがこう聞く理由としては、ミリソラシアが寝巻きを大きくはだけさせ、際どい部位を際どく露出させている上に、紅潮した頬で色っぽい吐息を吐いているからだ。
それに加え、ダメ押しとばかりにビクンビクンッと痙攣しながら、とても気持ち悪い笑顔を浮かべているのだ。
さらに、ミリソラシアに襲いかかっているような構図の千百合とイルアと千花の三人。
確信犯としか言いようがない。
「わたしは妹の教育を間違えたのだろうか…………」
「……! ワールド先生が落ち込んでるわ。心のケアを!」
“天界の決闘”や突発的な戦闘を経てイルアの成長に目を見張っていたワールドだが、現状をよく見るのならば落ち込まざるを得ない。
そんなワールドにケアを要求する時雨に、迅速に答えたのはキャンベラ、ソフィア、ナーラの三人組だ。
同じ騎士同士何かと反りが合うのか、よく話しているところを見かけるキャンベラとワールド。
年上として様々な悩みを共有するソフィアとワールド。
そして何故かよく話してしまうナーラとワールド。
お姉様三人組は暗いオーラを纏ったワールドを部屋の隅へと引き寄せ、親身に話を聞く。
「千百合、悪ふざけはそこまでよ。あなたの責めは拷問に近いもの。ミアに恐怖を植え付けてどうするのかしら?」
「は〜〜い。ごめんなさ〜〜い」
てへぺろっとでも言いたいのか、舌をちょろっと出して笑顔で謝る千百合。
「反省の色が全くないわね…………」
もはや呆れることしか出来ない時雨は、半ば諦めている。
だが、時雨は千百合のこの性格に助けられることが多々あるので強くは言わず、あくまで形式上だけだ。
「そう言えば、ワールド先生ってなんでここに来たの?」
「待ちなさい、千花。ワールド先生は心に多大な傷を負ってしまったのよ」
「ふーん」
「主様…………もう少し興味を持ちましょう」
危ない痙攣が収まったミリソラシアが子鹿のようにプルプルと足を震わせながら立ち上がり、しっかりと千花へツッコミを入れる。
状況が落ち着いた頃、ワールドも方も一段落着いたのか、千花たちの方へと戻ってくる。
「見苦しい所を見せた…………もう大丈夫だ」
「まったく、しっかりしてくれよ姉貴」
「誰のせいだと…………!」
「……!? 痛てぇ!」
心にダメージを受けた直接的な原因であるイルアにだけは言われたくなかったようで、バコンッ! と音がなるほど強く叩かれる。
「んんッ。話を戻すぞ。ヴァルアドル校長から貴君等に裁定が下された」
その言葉に緩んでいた部屋の空気は一気に引き締まる。
千花たちにそうさせるほどの意味が、ワールドの言葉には力があった。
だがそれもそのはず、千花たちはバロムアの件で〈アザークラウン世界線〉の守護者と『八大使徒』の前で突発的告白をし、堂々と不正入国していますと言っていたのだ。
もはや密入国者、率直に言えばスパイを〈聖ドラグシャフ世界線〉の未来を担う人材が揃う総合アカデミーに置いておく訳にはいかない。
「今回の件は使徒会でも結論が出なかった。故に、〈聖ドラグシャフ世界線〉の全権決定権を持つ『七大選帝侯』に指示を仰いだところ、判決が出た」
思わず身構えてしまうほどの迫力が、今のワールドには存在した。
「だが、盗聴や他の要因を考え一度『七大選帝侯』の前に現れること。これから宣告者の名を告げる」
この事から分かる通り、判決を受けるのは派閥主の『魔王』千花だけでなく大範囲に広がるということ。
「『魔王』千花、華彩時雨、『死神』千百合、ミリソラシア・ディアス、イザベラ、『魔王の付き人』ソフィア、『悪魔の腕』シャーシス・ディアス、『槍姫妃』ネメシア、ナルリード、『禁忌に触れし者』イルア、ハヴィリア=フォン=ギニエルスタ、エンサリア=フォン=シャリド、ベクチャド=フォン=タヴァル、『剣鬼王』、『皇帝』元主、ディオク=シャドリニウス、ミヴァル=クルード、嵐=ボクの合計十八名は三日後王都の王城まで出頭されたし。…………だそうだ」
ワールドの言葉を聞き終わった千花たちは、〈聖ドラグシャフ世界線〉の王が一体何を考えているのかが分からなかった。
何故、わざわざ自分たちの懐へと敵と思われる者を招くのか。
どういった経緯で『魔王』の名や『死神』の二つ名を知っているのか。
疑問は尽きないが、最も千花たちを支配したのは根底の疑問。
「…………多くない?」
そう、派閥主の千花や(踊らされていたとは言え)『ハヴィリア派閥』の派閥主であるハヴィリアたちが招集されるのは頷ける。
しかし、正式に『魔王』派閥へと加入を宣言した訳では無いディオクやミヴァル、成り行き状仕方がなく『魔王』派閥へと加入した嵐=ボクは招集する必要性を感じなかった。
「これは他のメンバーにも通達をする。…………本当に申し訳ない」
少し間を置いて、ワールドが唐突に頭を下げ謝罪を始めた。
「……? なぜワールド先生が頭を下げるのですか?」
「そうですよ! 頭を上げてください!」
あまりに突然の出来事に驚く皆を代表して時雨とミリソラシアがワールドに語るが彼女は一向に頭を上げようとしない。
「総合アカデミー、いや〈聖ドラグシャフ世界線〉を救ってくれた英雄に罪を課してしまう…………そんな我々“大人”を許して欲しい。ただそれだけだ……!」
バロムアが率いた反真龍救済連合、それだけでは無い。
一つの罠として準備されていた大量の魔獣の群れ。
さらに、突如として現れた世界線の王として遜色ないレベルの化け物が二人も乱入してきた。
その全てに『八大使徒』だけでは対応しきれなかった。
「貴君たちは……罪に問われる者ではない! 千花のおかげでバロムアを、あの化け物二人を討伐できた! 時雨のおかげで総合アカデミーにいた数多くの生徒の命が護られた! 他の皆もなくてはならない存在だった!」
この時点でワールドはハッキリと言い切った。
千花たちがいなければ総合アカデミーは、〈聖ドラグシャフ世界線〉が存命することはなかった、と。
しかし、その言葉に納得のいかない『魔王』。
千花はゆっくりとワールドの前まで歩き、【愛の刻印魔法】の支援を使ってまで力を強めて強制的にワールドの上半身を起き上がらせる。
「ううん。そんなことはない。私たちは私たちのために戦ったの。だから、お礼なんていらない」
千花たちが戦った最も重要な理由は、時雨たちの救出と仇討ち。
あの時の千花に〈聖ドラグシャフ世界線〉を助けようとした考えは完全にゼロであった。
たまたま時雨たちの救出が〈聖ドラグシャフ世界線〉の命運を決めただけ。
「私は『魔王』なんだよ? 自分のしたいことを全力でする。それだけなんだよ」
満面の笑みを年相応の可愛い顔に浮かべ、にいぃ! と笑う『魔王』。
その様相は決して『魔王』などという悪に染まった存在の名は似合わない。
実際、ワールドは目の前で笑う千花に『魔王』の印象は受けなかった。
感じたのは全てを包み込むような抱擁感、千花の笑顔は分け隔てなく万人に与えられる救済の光。
そしてこの感覚に名前を付けるのならば、そう──『女神』
「…………恩に着る」
故に、ワールドが言えることはこの一つにつきる。
言葉を弄しない一言の感謝。
「うーん…………まあ、いっか」
折れたのは『魔王』千花、いや、今はこちらの方が正確であろう、『女神』千花。
ワールドの簡潔だが、筋の通った感謝に困ったような表情で受け取る千花には、きっと少しの照れくささがあったのだろう。
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暗く、暗く、暗黒に支配されたこの場所は──
〈聖ドラグシャフ世界線〉王都のシンボルである“聖なる三柱”と呼ばれる、白亜の三本の柱。
その先は天を突き、“聖なる三柱”の付近に立ち寄る者は皆首がもげるのではないかと思うほどに頭上を見上げる。
この三本の柱が意味するのは、征統教、ヴァルディード善竜信仰、我心論者の三つの象徴。
そんな〈聖ドラグシャフ世界線〉にとって重要となる謂わば聖地の地下。
そこは、〈聖ドラグシャフ世界線〉どころか全世界線の脅威となるであろう怪物たちが秘密裏に幽閉される監獄。
この世の地獄のようなここについ一ヶ月前に収容された者が二人。
彼らはあまりの危険度に魔法を封印する魔抗石の鎖で何重にもまかれ、その上から大量の魔封呪符が張られている。
「(クソッ…………あの『魔王』、やってくれるぜ。この俺をこんな辛気臭い地下に押さえつけるなんてな)」
その者はかつて『国堕し』と呼ばれた化け物──ギペア=サリエン=ドーヴェル。
“聖山”での戦争にて千花にギリギリで敗北を喫した暗黒旅団の一員。
しかし、敗北したというのに彼の心の中には悔恨の念などは一切存在しなかった。
「(ハハハ……ハハ…………ハハハハハハハッ! 最高じゃねえか! この俺を上回る人間なんざ八百年前にも少なかった! まさかこの現代に、この廃れた時代に、あれほどの戦士がいるなんてな! ハァハハハハハハハッ!)」
その心中の笑いは身体にも作用し、ガチャガチャと魔抗石の鎖が擦れる騒音が響く。
「(うるせぇな…………ギペアの野郎か)」
ギペアの騒音に迷惑しているこの男も、同じく『魔王』千花に破れた存在。
その者はかつて『煌天』と呼ばれた化け物──ムスペル=ヴレイザー。
「(にしてもあの『魔王』…………小娘だって油断してたら余裕で殺られたな。もう少し本気で殺り合えば良かった…………)」
ムスペルは『神焔炎皇』の名を持つ神の焔使い。
その炎は愛刀でもあり名刀でもある陽ノ加具土命と兄弟刀燈ノ加具土命の二刀によって真価が発揮される。
しかし、今回ムスペルが使用したのは陽ノ加具土命のみ。
早々に二刀流のスタイルへと変えていれば、もしかしたら勝てたかもしれない。
そんなたらればの仮定がグルグルと頭の中を回っている。
「(ああ! ガチャガチャうるせえな!)」
思考の合間を縫うように、ギペアが魔抗石の鎖を鳴らす音が耳に挟まる。
だが、ムスペルが苛立っていた鎖の音が急激にピタッ──と鳴り止んだのだ。
「(……?)」
すると、バキッ! バキッ! と続けて鉄に日々が入る音が規則的に響く。
「(まさか…………)」
そう、そのまさかである。
十数回目の音の後、遂にギペアが魔抗石の鎖を全て外したのだ。
「ふぃー。縛られるのは慣れねえな。おい、ムスペル。早く来い。うるせえのが集まってきてる」
「(まったく…………あんたって人は!)」
自由の身になったギペアの声を聞き、ムスペルも魔抗石の鎖を砕き自由になる。
「両勾刀どこにあるか知ってるか?」
「知らねえよ。まあ探せば出てくると思うぜ? 陽ノ加具土命と燈ノ加具土命の二刀も探さなきゃならねえけどな」
“自由”を愛する暗黒の人間がこの世に降り立った。
二人はいや、彼ら暗黒旅団は千花たちの旅に関わりのある人物なのだが、それは“未来”の話。
ただ唯一分かることは、ここから先の“未来”は怪物たちが跋扈する危険な世界になるということ。




