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ラストワン~刻印がもたらす神話~  作者: Pー
第三章 第一部【総合アカデミー】
101/262

31. 変わる時代

 “聖山”内部へ入るための大門に最も近いある場所。


 そこで二振りの刀と一振のガロードサーベルがぶつかり合っていた。


「フッ──!」


「ハッハッ!」


 一人は紅く燃え盛るような髪色の青年。


 もう一人は戦闘が面白くて仕方がないと言った風に笑う青年。


 その正体は──


剣鬼王(けんきおう)』千時剣聖


 反真龍救済連合のカロード=ゴール


 互いにとてつもない腕前の剣士同士。


 “聖山”内部での戦闘が始まり、この場で長く戦い続けている。


 だが、この二人の均衡も崩れることとなる。


「…………分かるか? この“圧”を」


「もちろん分かる。これは桁外れだ。やめだやめだ。ここにいたら俺ら二人とも潰れっちまう」


 互いに最奥で放出された“圧”にいち早く気付き、撤退を決める。


 二人とも高次元に君臨するほどの剣士であるため、最奥に存在する“圧”の正体が簡単には敵わぬ者であると看破していた。


「また会おうぜ? 鬼人」


「楽しみに待っているぞ、我が好敵手(ライバル)よ」


 再戦を誓った剣士二人は、いずれ最高の機会にて再戦することになるのだが、それは未だ“未来”の話となる。






 ❐❑❐❑❐❑❐❑❐❑❐❑❐❑❐






 千花は時雨たちを救出するためにナーラとネメシアの二人を“聖山”最奥へと送った後、ソフィアとイルアの二人へと引き返すように言った。


 ソフィアとイルアの二人は“聖山”内部の道をひたすらに引き戻していた。


 その道すがら──


「邪魔だよ〜〜!」


「キミ、の、方、こそ、ボク、の、前に、立つ、な、!」


 漆黒の大鎌と黒のモヤが激突し、真っ黒な瘴気(しょうき)を上げながら睨み合っている。


『死神』千百合と因縁(いんねん)深い『影の存在』。


 だが、ソフィアたちが“聖山”最奥へと進んだ時には、千百合が『影の存在』に抑えられていたが、今は『影の存在』が千百合に抑えられているように見える。


「あん、な、化け物、の、視界、に、入る、の、は、ゴメン、だ、!」


「だから〜〜、何度も言ってるでしょ〜〜! 化け物って誰のこと〜〜!?」


 千百合が何度も問いかけているということは、既にこの問答は行われているということ。


 二人とも早くこの場から逃げたいと思っていることに違いはない。


 なぜなら、『影の存在』は身にまとっている黒いモヤが小刻みに震え、消失の黒い外套(がいとう)を纏っている千百合も所々に見える素肌には大粒の汗が浮かんでいた。


 二人は完全に感知していた。


 “聖山”最奥にて胎動(たいどう)する()()()()()()()”に。


 だが、二人とも“圧”の正体は分かっていない。


 唯一分かっているのは、このままこの場に留まるとただではすまない、ということ。


 だからいち早くこの場を去りたいが、互いに簡単に敵前逃亡(てきぜんとうぼう)する訳にもいかず、互いに牽制(けんせい)するだけの泥沼(どろぬま)のような戦いが繰り広げられていたのだ。


「千百合様! 今すぐ逃げますよ!」


「早く来ねえと置いてくぞ!」


 黒と黒のぶつかり合いに極力触れないように、“聖山”外部へと逃げるソフィアとイルア。


「……!? は、は〜〜い!」


 なぜ“聖山”最奥まで突き進んだソフィアとイルアが、またこの場所にいるのか。


 そんな疑問は後回しにし、二人の登場に気を取られていた『影の存在』を押し退け、一気に後退する。


「ねえ〜〜! 奥で何があったの〜〜?」


「知らねえよ! ただやべぇ奴がいたってだけだ!」


 やべぇ奴──そんな抽象的(ちゅうしょうてき)な言葉も大袈裟に聞こえないほど、“聖山”最奥から溢れる“圧”は桁違いであった。


「向こうで殺り合ってるヤツらにも伝えなきゃならねえけどな!」


 向こうとはつまりロード・ヴォルダグレイと元主のことだ。


 相当な時間戦い続けているため、二人の怪我の具合は中々だ。


 ロード・ヴォルダグレイは致命傷は避けているものの、右肩、右脇腹、左脚、に弾痕がくっきり残り、血が滲んでいる。


 だが、それは元主にも言えることで、ロード・ヴォルダグレイが(手法は謎だが)人類の護り手(ラスト・ワン)の『空間支配の守護者』であるワールから奪った空間支配の能力を使い、空間ごと元主の左腕を斬っていた。


 元主は何とか【侵犯の刻印魔法(こくいんまほう)】によって左腕を侵犯し、スナイパーライフルに変えることにより止血。


 相棒のチェルキーと左腕のスナイパーライフルにて、ロード・ヴォルダグレイと互角に殺り合っていた。


「どうやら次回にお預けのようだね、多王元主」


「そのようですねぇ、ロード・ヴォルダグレイ」


 ちょうどソフィアたちが向かってくる所を目線は外さずに見ていた元主とロード・ヴォルダグレイは戦闘を辞め、睨み合う。


「また会いましょう」


 元主が口火を切ってから、一瞬でソフィアたちと合流し“聖山”内部にて壮絶な戦闘をしていた二人の決着は付かずに幕を下ろした。


 本人たちは不服であろう。


 決着の付かない勝負ほど虚しいものはない。


 しかし、戦闘を辞めざるを得ないほどの“圧”が二人の決断を早めたのだ。


「追撃は止すことだな、『影の存在』」


「分か、っ、て、る、。ボク、た、ち、も、ここ、にい、た、ら、危な、い、から、ね、」


 黒いモヤに覆われ声も途切れ途切れだが、これが『影の存在』を特徴付けるものであることも否定できない。


「それでは、行こうか」


 ヴォンッ! と空間の捻れるような音がした後には、因縁深い二人の姿は跡形もなく消えていた。


 そんな二人を尻目に見ながら、四人は一気に“聖山”から下山するために走っていた。


 ソフィアは事象干渉能力(テレパス)にて地面スレスレを超低空飛行で浮きながら進み、イルアは“皇竜(おうりゅう)”の強化を最大限活用しとてつもないスピードで走る。


 千百合は『死神』の外套があるので走る必要はなく、飛行。


 元主は【雷帝直伝多王(オプリチニキ)元主専属親衛隊(Ver.元主)】に担いでもらいながら“聖山”から脱出する。


 四人とも第三者が見れば意味のわからない状態で走っている(?)のだが、本人たちはそれをまったく気にせずに本気の逃亡を図っている。


「ねえ〜〜! そろそろ教えてくれても良くな〜〜い!? 中で何があったの〜〜?」


 先程からずっと千百合がソフィアとイルアに投げかけている問い。


 ──“聖山”最奥で一体何があったのか


 この質問の答えは元主も聞きたかったらしく、珍しく口を挟まずに聞いている。


 それを見たソフィアが諦めかけて話そうとしたところ、“聖山”が()()()


「……!? ッ……舌噛んだ………………」


「おいおい今度は何だよ!?」


「も〜〜! いい加減にしてよ〜〜!」


「これはこれは…………」


 四人とも違う反応をしながらも、一番警戒しているのは“聖山”最奥から溢れる“圧”。


 そして、四人が一斉に頭上の土を破壊して逃げるのに、そう時間はかからなかった。


 何故なら──凄まじい量と熱を誇る真っ朱な炎が道となっていた洞窟内を走り回ったからだ。


 轟音に、肌をチラつかせる余剰熱。


 朱以外の色はもはや存在することなど許されない。


 そんな世界が目の前に広がっている。


 この“聖山”内部の道は洞窟となっているため、頭上は“聖山”。


 どれだけ進めば“聖山”外部へ出られるかは分からない。


 だが、あのまま真っ朱な炎に焼かれるほど四人は愚かではなかった。


 どれほどの時間、“聖山”を上に突き進んだろうか。


 数秒か、数分か、はたまた一瞬の内にか。


 “聖山”外部へと突き出た四人の目に映ったのは、衝撃的な情景であった。


「…………何なの〜〜? これは〜〜…………?」


 ようやく絞り出した答えも、疑問を増幅させるような言葉だけ。


 少し年上のソフィアや元主ですら、“聖山”の有様に言葉を失っている。


 “聖山”の半分は真っ黒に焼け焦げ、もう半分はネジを巻くように(ねじ)れ曲がっている。


 総合アカデミーには比較的被害は少ないが、“聖山”が焼けるほどの熱は熱波を生み出し、“聖山”に近かった場所を丸焦げにしていた。


 そこでは、肉と血と生き物の焼ける臭いが鼻を付き、息を吸うことも(はばか)られる。


 ソフィアたちは“聖山”が焼けた半分、つまり総合アカデミーに近い位置に出たため、すぐさま総合アカデミーへと向かう。


 そうすると、見えてきた地獄のような景色。


 そこかしこで生き物だったものが焦げた物体が転がり、死臭が漂っている。


 もし、こんな景色が総合アカデミーでも広がっていたら……。


 そんな考えが頭の中を延々とループする。


 今転がっている何かが、もし自分たちと親しい者であったら……。


 今の四人に気休めは通用しない。


 早く己の目で皆の無事を確認したい。


 その想いが、四人の足を更に速くする。


 そして、四人の目の前に広がっていた光景は──


「……! 千百合! 帰って来たのか!」


 純白に光り、害あるものを弾き、友を護る。


『魔王』の親友が張った結界が神々しく光り輝いていた。


 実は、先程まで“聖山”に近い総合アカデミーのこの場所では、千に届こうかと言うほどの魔獣の群れで溢れかえっていた。


 しかし、何故か急に現れた『最終管制者トップ・オブ・オペレーター』時雨が結界を総合アカデミーにまで張り巡らし、その中にいる魔獣や反真龍救済連合の有象無象を複数のグループに分け、一瞬の内に結界で囲い込み圧縮させ撃破。


 時雨には脳内にギールから渡された【処理能力の複製手引き】が染み込んでいるため、総合アカデミーを覆う結界内に目を付与(ふよ)し、戦況を俯瞰(ふかん)した。


 頭上から見下ろすこととなった時雨は、市街地にて戦っていた反真龍救済連合と、“聖山”近くに溢れていた魔獣を小さな結界で閉じ込める。


 その後は結界を押し潰すだけで事足りる。


 ワールドやヴァルアドルが掃討していた有象無象も、エリトやサウロリアが死を覚悟して戦闘していた千を超える魔獣の群れも、文字通り潰されてしまった。


『八大使徒』が時間をかけて少しづつ減らしていた数多くの敵を(まばた)きの間に全滅させてしまった時雨。


 突如、魔獣の群れの中から現れて一瞬で手を焼いていた有象無象を全滅させた時雨に、付近にいたエリトを始め、栄馬(えいま)ですら目を見開き固まっている。


 そんな中、時雨が放った一言は戦場にいた者に格の違いを教えることとなった。


 その一言とは、「今すぐ被害の確認をしてちょうだい。怪我人の手当てを最優先にしなさい」だ。


 死闘を覚悟していた者たちにとって、時雨の言葉は「この程度の戦闘で焦っているのか?」と遠回しに聞かれたに等しい。


 反論したくとも先に見せた圧倒的な力の前には、黙ることしか出来ない。


 さらに、時雨たちよりも少し前に重症を負った嵐=ボクたちと共に帰ってきたハヴィリアたちの治療もまだだったのだから。


 この状態が数分続いた後に“聖山”から炎が吹き出し、“聖山”そのものが捻れたのだ。


 指揮を執るのが『八大使徒』の誰かから、時雨になっていることにも何の疑問も挟まずに待機していた。


 死臭の香る気味の悪い状況の中、千百合たちが出てきたということだ。


 ()しくも千花以外の全員が揃う展開になり、派閥主(トップ)が欠けている全員は次第に気を引き締め始める。


 そして、遂に()()()()()()


 ボロボロになった“聖山”から巨大な“圧”を持った三人の怪物が飛び出てくる。


 三人はそのまま空中に留まり、相手の出方をうかがっている。


「……! 千花ちゃ〜〜ん!」


「な、なんて威圧感ですの…………!」


 三人の怪物とはギペア、ムスペル、千花。


 全員が全員次元の違う化け物じみた力を持っている者同士。


 今も“圧”をかけあい、少しでも相手の集中力を削ごうと睨んでいる。


「………………有り得ないわ」


「……? 時雨さん、何かあったのですかねぇ?」


滞在値(エネルギー)量が…………」


「時雨?」


 ガタガタとその場で震えながら、自分の身を護るように両腕で自分を抱き、崩れ落ちる時雨。


 凛とした雰囲気から急激に変わった時雨に、元主だけでなくキャンベラも何事かと傍による。


 そんな時雨たちの様子を横目で見ながら、千花はギペアとムスペルに向けていた“圧”を緩める。


「……? おい、何のつもりだあ?」


「勝負を捨てたか?」


 つい先程まで自分たちを圧倒する“圧”を放っていた千花が“圧”を消したのだ。


 困惑するのは当然。


「私は別にあなたたちを殺したいわけじゃない。あなたたちがここで退いてくれるのなら、私は深追いはしない」


 最後の撤退勧告。


 これは千花の『魔王』としての最後の慈悲(じひ)であり、ただの女子高生としての優しさでもある。


「ここまで来てお預けってか? そりゃあねえぜ。殺るなら殺るで徹底的に! それによ、俺ら二人と殺り合えるてめぇはここで始末仕切る必要があんだよ」


「右に同じ」


 だが、ギペアとムスペルの二人は千花の撤退勧告を受け入れなかった。


 否、受け入れる必要がない、と言った方が正しい。


 一人の武人として、一人の自由を求める人間として、そして、一人の暗黒の戦士として、千花の申し出を受け入れる訳にはいかなかった。


「…………そう。なら、私も本気で殺らせてもらうね」


「いッ……!?」


「重…………!」


 覚悟を決めた千花の“圧”は先程までとは比べ物にならないほど重かった。


 “圧”は精神的なもので、物理的に作用するはずはないのだが、ギペアとムスペルの二人は身体の芯から震える()()に冷や汗が止まらない。


 そして、一拍──


「【転鐘(リガー)魏天(ミィヴァ)】!」


「【炎天(えんてん)双火(そうか)】!」


 勾玉(まがたま)型の異形刀(いぎょうとう)がギュルギュルッと音を立てながら千花に向かって投擲(とうてき)される。


 ムスペルからは空気すら焼き尽くす熱量の炎の斬撃が続けて飛ばされる。


 どちらか一つをとっても、地形を容易に変えることが出来るであろう。


 そんな異次元レベルの格の違いを見せつける災害を前にしても、千花は全く動じなかった。


「【愛は形は何時でも朧げ(リー・ヴルーモス)】」


 千花はこの場では“実態を持った幻影”が最適解だと分析し、【炎天(えんてん)双火(そうか)】が存在する空間と自分の前の空間を入れ替え勾玉型の異形刀とぶつけさせる。


 ヴォォォン! と炎が撒き散らさせる音により分かる通り、ギペアの異形刀がムスペルの『神焔炎皇(しんかえんおう)』の炎に打ち勝ったのだ。


 しかし、ムスペルの狙いは【炎天】にはなかった。


「そうだろうと思ったよ! 【炎王(えんおう)】!」


 ムスペルはこれまでの戦闘との戦闘で、“実態を持った幻影”は、いや、“実態を持った幻影”に限らず、現実世界に干渉出来る範囲は極めて小さいと予測していた。


 彼の予想は的を射っており、千花の“実態を持った幻影”はあくまで幻影なのであって、人の生死をそう易々と決められる訳では無い。


 今まで使って来たように、空間を入れ替えて間接的に打ち倒すことは出来ても、“死”という直接的な幻影を現実世界に対応させることは出来ない。


 故に、一度“実態を持った幻影”に対応仕切れば、千花を打破することは容易と考えたのだ。


 だからこそ、【炎天】よりも火力や熱量が桁外れの斬撃を飛ばす【炎王】を二の太刀に選択したのだ。


「【愛の形は何時でも朧げ(リー・ヴルーモス)】」


 だが、千花の持ちうる手札は“実態を持った幻影”だけでは無い。


 “未来を視る眼”も千花が常時発動させている立派な手札だ。


 “未来を視る眼”にてギペアの【転鐘(リガー)魏天(ミィヴァ)】が【炎天】に勝つことを視通し、その上でムスペルが背後から【炎王】を放つことも視えた。


【炎天】を打ち破っても勢いが消えないギペアの異形刀と千花自身の空間を入れ替え、一つの固定された位置から脱する。


「ギペア!」


「わーてるよッ! 【転衝(リガー)拳武(ブロー)】!」


 千花は一対一の正々堂々(タイマン)をしている訳では無い。


 彼女の敵は世界線の守護者や王に届く最高峰レベル。


 そんな者を二人も相手にしているのだ。


 簡単に倒されるわけが無い。


 ムスペルの【炎王】ですら囮。


 本命はギペア。


 それも勾玉型の異形刀ではなく、己の拳による体術。


 拳に『万物廻転(リィンカーネーション)』を付与し(かい)(てん)する拳を作り上げ一撃を放つ。


 廻る拳の威力はただの拳を軽く凌駕(りょうが)する。


 ただでさえ、拳は空気を斬る音がするというのに、ギペアの廻転する拳は空気を捻じ曲げる奇怪な音を立てながら振るわれる。


「【想いは紡ぎ成就したり(リー・エール・セイズ)】!」


 ギペアの拳が目の前に迫る一歩手前、千花は【愛の刻印魔法(こくいんまほう)】にて昇華させた()()()()を使用する。


「想いの色は赤! 鮮血に埋もれる呪縛の願い!」


 詠唱(えいしょう)を終えて直ぐに、ギペアの【転衝(リガー)拳武(ブロー)】は千花の目の前で()()()しまった。


 言葉を詠唱の媒体として使用するのは、どの魔術であっても共通だ。


 だが、千花は元主やシャーシスと違って魔術を教わる場所も時間もなかった。


 ならば、何故千花は魔術を使用することが出来るのか。


 答えは単純明快(たんじゅんめいかい)


 千花が知っている魔術はたった一つ。


 かつて死闘を繰り広げた『女神』フレイヤが扱った【セイズの魔術】のみ。


 己の記憶の中にしか存在しない【セイズの魔術】を感覚で会得(えとく)し、不器用な【セイズの魔術】を【愛の刻印魔法(こくいんまほう)】の支援によって無理矢理(むりやり)実戦で使えるほどに()ぎ付けたのだ。


 その才能(センス)、その魔術に対する相性(シンギュラリティ)は目を見張るほど。


 メキメキッ! と手の骨が全て砕ける音が響き渡る。


 しかし──


「……!? クソ野郎! 【転衝(リガー)連撃(エクス)拳武(ブロー)】!」


 ギペアは拳の破壊に目もくれず、先の拳の連撃を放とうと構えをとる。


「これで終わりだ、『魔王』! 【炎焔(えんか)】!」


 さらに、ギペアに気を取られている千花の背後からまた、ムスペルが刀を二度振るい十字の炎の斬撃を作り飛ばす。


 まさに万事休す。


 既に“実態を持った幻影”にて空間を入れ替えようとも、時間が間に合わない。


 先の【愛の刻印魔法(こくいんまほう)】と()()()()の統合技もインターバルが必要。


 もはや千花に打てる手はない。


 このままギペアの災害級の拳の連撃を受けてぐちゃぐちゃになるか、ムスペルの神焔によって骨も残らず燃えるかの二つに一つ。


「はあ…………仕方ないね。どうしても()()だけは使いたくなかったんだけど」


 目の前に当たれば確実に死んでしまうであろう拳と、背後に神の炎で構築された斬撃を背負っていても、千花の余裕の表情は崩れなかった。


 少し口惜(くちお)しそうな感情を表に出したのみで、笑顔は決して崩さない。


「【刻印は胎動し(リー・アル・)世界を覆す(ロック・エア)】」


 その瞬間、ギペアとムスペルの身体の中ではある一つのことが起きた。


「──グブッ!?」


「な……ッ!」


 二人の身体から純白の光が溢れ出したと思えば、急に二人が光った部位のみ大量に出血したのだ。


 本人たちからしてみれば意味の分からないことだ。


 千花を追い詰めていたはずだというのに、何故自分たちの方がダメージを受けているのか。


「どう? 驚いた? これが私の奥の手」


 ギリギリ空中にて滞空出来ているギペアとムスペルの二人に、『魔王』として最後の言葉をかけるため声を発する。


「詳しい原理は省くね。でも、薄々分かってるでしょ?」


 優勢であったギペアとムスペルに一瞬で致命傷にあたる怪我を負わせ、動くことすらままならないほどに追い詰めた魔法の正体。


 それは、“刻印の復元”にある。


 千花はギペアとムスペルとの戦闘が始まってから永遠と二人の身体に()()()ように立ち回ってきた。


 千花はただ触れていた訳では無い。


 触れる瞬間に【愛の刻印(こくいん)】の片鱗を埋め込み、【愛の刻印(こくいん)】へと強化版【セイズの魔術】を重ねがけし詠唱と共に発動させるようにした。


 しかも、千花が仕込んだものはそれだけではなく、“実態を持った幻影”により身体の内部から魔力が暴走するように仕向けたのだ。


 魔力の暴走による自滅は、直接的な死に繋がらず、尚且(なおか)つ敵の魔力量によって得られる効果は変動する。


 今回の場合、ギペアとムスペルの両名は世界線の王と見間違えるほどの魔力量を誇っていたため、“実態を持った幻影”の効力は充分に発揮された。


 千花が『魔王』として覚醒した際に得た新たな力をふんだんに使用した魔法が【刻印は胎動し(リー・アル・)世界を覆す(ロック・エア)】なのだ。


「(強すぎる…………いや、そんな次元にはいねえ本物の化け物かよッ…………! 対象に気付かれずに【魔力刻印】を刻むなんざ、団長にも出来ねぇんだぞ……!)」


 ギペアは心の中で千花に向かって毒を吐くが、事実として毒を吐くことしか今のギペアには出来ない。


 ムスペルは炎の噴射によって滞空していることがやっとの状態。


 と言うよりも、常人ならばまともに思考すらできていないレベルの致命傷。


 ギペアとムスペルだからこそ、未だに意識が保てているのだ。


 たかが一撃、されど一撃。


 最早(もはや)二人に反撃する余裕などなかった。


「後は全部〈聖ドラグシャフ世界線〉の人たちに任せるよ。じゃあね、二人とも」


 抵抗力を失っているギペアとムスペルには少しだけ枠を超えた“幻影”を付与できる。


 故に最後の一言の後、意識を刈り取る“幻影”を使用し二人の意識を奪った。


 後はギペアとムスペルを空中に固定して、全て終わる。


「ふぅ…………終わったね」


 千花が感じた通り、ギペアとムスペルが動くことはない。


 つまり、ようやく終わったのだ。


 “天界の決闘”から始まった数々の戦いに終止符(しゅうしふ)が打たれたのだ。


 それと同時に、今回の“聖山”が大きく崩壊したこの戦闘、いや戦争には後に固有の名が付けられるほどに大きいものとなった。


 (いわ)く──“『魔王』生誕(せいたん)象徴(しょうちょう)聖戦(せいせん)”と。

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