聖女見習いは、男が女装していると天敵の悪役令嬢にバレてしまった……?
聖女の朝は早い。
「聖女見習いレニー、今から大聖堂に向かうが準備はできているか?」
「はい、聖女ユーナ様。問題ありません」
深い紺色の修道服を身につけた少女が、俺の手を引いてくれる。
その手は小さく、しっとりとしていて。
聖女ユーナ様の後ろを歩いているだけで花のような甘い香りがして、とても心地がいい。
彼女はベリーショートの金髪、切れ長の目が特徴だ。
一瞬男性と見間違うような凜々しさを兼ね備えている。
だがしかし。
聖女見習いと呼ばれ、聖女ユーナ様に手を引かれて歩く俺は……男だ。
聖女ユーナ様と同い年で十六歳。
修道服もそれなりに着こなしているし、小さい頃から女の子だと間違われるような柔らかい顔立ち。
さらに、女の子らしい声だって出せる。
そんなこんなで、今のところ男だとはバレていない。たぶん。
当然聖女ですらなくて——。
「ん? どうした?」
聖女ユーナ様が突然振り返り、俺は彼女にぶつかった。
一瞬の接触だったけど、聖女ユーナ様の豊かな胸の膨らみを感じる。
ああ、この温もりと柔らかさはやっぱり——本物の女の子なんだなぁ。
などと、ニセモノの俺は思う。
「わっ。ごめんなさい!」
俺は聖女ユーナ様から離れて謝る。
「いや、レニーは華奢だしぶつかっても痛くない。君の方こそ、怪我しないように気をつけて」
「は、はい」
何事もなかったように、彼女はまた俺の手をぐいと引き、歩き始めた。
聖女様の近くにいられる上、こんな役得もあるとは……女の子のフリをするのも悪くはない。
いや、いやいやいや、ダメだろ!
だいたい、親父のやついったい何を考えてるんだ?
俺が癒やしや祈りの魔法が得意だからと、聖女に化けて、上級貴族やあわよくば王族と懇意になれとか。
化粧も強引な手を使って覚えさせやがって……。
だいたい、あのクソ親父……なんとかなると言っていたけど結婚して寝所を共にしたら速攻でバレるだろ!
母さんも母さんで「私、息子もいいけど娘も欲しいと思っていたの」とか言いやがって。
そんな頭のおかしい両親に命令され、俺はここにいる。
女装し、聖女見習いのフリをして。
俺も迂闊だった。
どんなに見た目を整えても聖堂に仕えれば、どこかでバレると思っていた。
そこで、両親の悪だくみと俺の小芝居が終わるのだと。
しかし、両親の下準備が完璧だったのか、何かの間違いか。それとも陰謀か。
あれよあれよという間に大聖堂、そして王城勤めをしている。
いや、どんだけ節穴だよお城の皆さん……この国は大丈夫ですか?
☆☆☆☆☆☆
「聖女ユーナ様に見習いのレニーちゃん、おはよう」
二人連れ添って歩く俺たちに、城のみんなが声をかけてくれる。
「やぁ、おはよう」
「衛士のみなさん、おはようございます!」
聖女ユーナ様は、あっさりと。
俺は女の子らしさってやつを強調して、笑顔を作る。
声色はもちろん、普段の仕草や化粧、そして体格の変化も気をつけている。
修道服も袖を細くしたり胸回りや、腰回りに綿を詰めるなど涙ぐましい努力をしているのだ。
まあ、いくら努力をしたところで中身はニセモノ。
こんな俺に疑問を持たない時点で、たかが知れている。
「レニーちゃんはかわいいなぁ。見ているだけで癒やされる。それに比べ……聖女ユーナ様はもうちょっと……こう女らしくと言うか」
「まったくだ。聖女様のあのボーイッシュな所がいいと侍女たちは言うが、どこがだよ」
すれ違った衛士の声が聞こえた。
お前らの目は節穴だ。
俺を見て可愛いだと?
聖女ユーナ様が、女らしくないだと?
ふと、窓ガラスに映る俺の顔を見ると……確かに俺でもかわいいと思うし分からんでもない。
だが聖女ユーナ様が時々見せる仕草は、女性そのものだ。
気遣いも、男にはできない繊細な所をちらりと覗かせる。
笑うと俺なんかよりもずっとずっと、女の子らしく可愛いことを知っている。
はにかんだりするところなど、ドキッとする。
お前らがそれを知らないだけだ。
とはいえ、普段の凜々しい姿はカッコよく、なかなかのもの。
俺が女だったら惚れるだろう。
いや、男の俺でも実際惚れている。
「どうした? さっきから……具合でも悪いのか?」
しまった。
聖女ユーナ様の後ろ姿を呆けた顔をして眺めていたのがまずかった。
「いいえ、大丈夫です。気を遣って頂きありがとうございます」
「いや、月に数日くらい調子の悪い日もあろう。遠慮せずに言うのだぞ」
「はい」
なんとなく言おうとしていることは分かる。
ん? 絶好調の俺ではあったのだけど、聖女ユーナの手のひらがしっとりと汗で濡れていることに気付いた。
今日はそんなに暑くはないのだが。
聖女ユーナ様の方が無理をしているんじゃないのか?
☆☆☆☆☆☆
俺たちは、そうこうしながら王城内の大聖堂に辿り着いた。
いつも毎日二人、ここで祈りを捧げる。
そうすることで、魔物が国内に侵入しないための国境防壁を強化することが出来る。
しかし、その日は少し様子が違っていた。
派手なドレスを着た女が腕を組み、ドヤっという面立ちで大聖堂の前に立っている。
「聖女ユーナ、聖女見習いレニー。おはようございます」
「おはようございます。……シルヴァーナ様。どうされましたか?」
公爵令嬢シルヴァーナ様。
性格が「蹄鉄よりひん曲がっている」ともっぱらの噂だ。
コイツは時々、聖女ユーナ様を虐めている。
そのたびに、俺が助け船を出しているのだが……なかなかの性格の悪さだ。
整った顔立ちとはいえ、少しつり上がった目など、その風貌は悪の令嬢という言葉がとてもしっくりくる。
「ちょっと噂を聞きまして」
「噂ですか? それは、私たちのことでしょうか?」
「そうね」
令嬢シルヴァーナ様は、頷くと聖女ユーナ様の手首を乱暴に掴んだ。
その力がかなり強いのか白い肌に指がめり込み、聖女ユーナ様の顔がわずかに歪んでいる。
「おい……あの、その手を、離して頂けませんか?」
俺はついイラッとして地が出そうになった。
令嬢シルヴァーナ様への言葉遣いは気をつけなければ……。
でも、どうしてこんなことを?
「ふん、あなた聖女と呼ばれているけど、本当に女なのかしら?」
「な、何を仰るのですか?」
「女として振る舞っているけど、中身は男だという噂です——」
ああ、令嬢シルヴァーナ様の目も節穴だ。
聖女ユーナ様はちゃんとした女性。
男は俺だっての。
「今すぐ確かめてみましょう」
そう言って、令嬢シルヴァーナは、ユーナ様の修道服に手を伸ばす。
たぶん、服の前を開き、胸をはだけようとしているのだろう。
「やめろ!」
頭に血が上った俺は叫ぶと、聖女ユーナ様を庇うように間に入った。
令嬢シルヴァーナ様の手のひらが、盾になった俺の胸に触れる。
「あなた、私の邪魔をしてただで…………ん?」
やばっ。女にしては、胸がないこと気付かれたか?
いや、多分大丈夫だろう。今日もちゃんと詰め物をしている。
俺はさっと身を引き、守るように聖女ユーナ様の肩を抱いた。
「…………っ」
その時、聖女ユーナがふらっとしたかと思うと……片腕に抱いている彼女を急に重く感じる。
見ると聖女ユーナ様の顔色が悪く、汗をかなりかいている。
その上、意識を失いかけているようだ。
「シルヴァーナ様。聖女ユーナ様にいったい何を?」
俺は、少しきつい口調で彼女に問いかける。
「私は何も……何もしてないわ」
彼女はそう言って踵を返すと、立ち去ってしまった。
とりあえず、危機は脱したようだ。
俺は胸をなで下ろす。
☆☆☆☆☆☆
聖女ユーナ様を両腕に抱き医務室兼に連れて行った。
凜々しく大きく見えても、俺より背は低いし重いとは思わなかった。
——どうやら貧血らしい。
侍女が甲斐甲斐しく聖女ユーナ様の世話を始める。
聖女とは世界でも特別な存在だ。
このようなときには、何人かの侍女が、聖女の世話をすることになっている。
かなり汗をかいている様子で、全身の肌をこれから拭くのだそうだ。
侍女達の手によって、聖女ユーナの服が緩み、肌が露わになっていく。
うーん。このまま見ていたい気もするけど、とてつもない罪悪感が俺の心を埋めていく。
俺は一旦部屋の外に出ようと立ち上がった。
すると——。
「レニー、私はもう大丈夫だから……一緒にいてくれないか……ませんか?」
聖女ユーナ様は、俺を引き留めたのだった。
「はい、私は構いませんが……」
「よかった。さっき、ちょっと怖くなって……色々思い出してしまって」
いつも聞いている聖女ユーナさまの口調が変わっている。
凜々しい声色はなりを潜め、か弱い女の子の声。
何か、昔にあったのだろうか?
聖女ユーナ様と出会って半年。まだまだ、知らないことも多い。
それにしても、目のやりどころに困る。
侍女達の姿で全てが見えるわけではないものの……白い肌が見え隠れしていた。
——女の子のような言葉遣いになると、一層可愛く……って俺は……馬鹿だ。
そんな状況じゃねーだろ。
俺は、その白い肌から目を背けつつ、ベッド脇の椅子に座った。
しばらくして一通り拭き取りが終わったのか、衣服を整え侍女達が去って行く。
その結果、部屋には聖女ユーナ様と俺だけ、つまり、二人きりになってしまった。
俺は彼女と目を合わせないまま、ただただ椅子に座ってじっとしている。
こういう時、どうやって間を保たせたらいいのか?
不安がっている彼女に話しかけたらいいのか?
男としての経験値が少ない俺はとてつもなく悩む。
「あの、できれば、こっちに、ベッドに座ってくれないか……ませんか?」
「は……はい」
俺は、聖女ユーナ様の反対側を向きつつ、ベッドに腰掛けた。
「…………えっ?」
背中に温かく柔らかいものが触れるのを感じる。
俺は突然のことに、ビクッとしてしまった。
「レニー。あなた……触れると分かる。背中は思ったより広くて——」
聖女ユーナ様は俺に抱きついているようだ。
えっと……。いったい俺はどうしたら?
金縛りに遭ったように動けない。
そうしていると、こともあろうに聖女ユーナ様は俺の胸を手のひらで包んだ。
「やっぱり……」
何か確かめるように俺の胸に触れていた手の動き。それが意味しているところは……。
うわぁぁぁぁぁぁぁ。
「な……何か?」
「あなた、男の子でしょう?」
聖女ユーナ様が、すっと身体を離す。
男性に触れることを気にしてなのだろう。
はぁぁぁぁ。
さすがに、触れれば分かるか。
バレた。これは……マズい。
俺が男だと言うことはイコール、聖女になれるような人間ではないということだ。
すぐ城から叩き出されるだろう。
いや……ひょっとしたら正体を偽っていたとして……処刑か?
今度は俺が冷や汗をかき始める。
「あの、いつから……ご存じだったのですか?」
「確信したのは、今よ——」
さっきからずっと、ユーナ様の口調が、艶のある女性のものになっている。
彼女の地の口調は……これなのだろうか?
「——なんとなくね……時々そうかなって思うときはあった。でも、女の子にしか思えなかったけどね」
「時々疑問を持たれていた……んだね。まあ、一緒にいたらバレるか……」
彼女の口調が変わったのに合わせて、俺も地を出すことにした。
幸い、ここには俺と聖女ユーナ様だけなのだし。
いずれにしても、前から違和感を持っていたとは……聖女ユーナ様はさすがだ。
「そうね。でも不思議。私男の人苦手なのに……レニーは全然そんな感じしなくて。
だから男の子かなって思っても、気にしないことにしたの」
「ははっ。それは喜んでいいのかな……?」
少しだけ複雑な心境。
でも、それだけ信頼されていたということなら嬉しい。
「たぶんね。でもね、こうやって触るとやっぱり男の子だなって思う。
それに、男だって分かっても、レニーを苦手だと思わない。
何より、私のことをずっと守ろうとしてくれていたことが嬉しい。
さっき、重いのに私を抱えてきてくれたでしょう?」
俺は何かの本で読んだセリフを口に出す。
「いいえ……ユーナ様は鳥の羽より軽いと思いました」
「ふふっ」
そんな俺のキザな言葉に、聖女ユーナ様が笑ってくれた。か、可愛い……!
どうやら男であることがバレても、聖女ユーナ様にとってはたいした問題ではないらしい。
とはいえ……。
「でもバレたなら……もう城から出ないと」
「ううん、私が黙っていればいいじゃない? 女の子として過ごせばいい。いざというときは、私も力になる」
聖女ユーナ様が、再び身体を寄せて来て……ウインクをして最高の笑顔を見せてくれた。
ああ、俺はやっぱ彼女を好きなんだなぁ。
一緒にいたいから——女の子であるフリをして城にいてもいいかもしれない。
さっきの令嬢シルヴァーナ様みたいな敵から守らなくてはいけないし。
もしバレたら、俺がみんなを……聖女ユーナ様も含め騙していたということにすればいい。
ここに来た目的をすっかり忘れているような気がするけど、きっと気のせいだ。
「そうですね」
「じゃあ……これからも、よろしくね」
聖女ユーナ様はそういって、片手を差し出された。
俺は、その手をしっかりと握り、握手をして——。
「おや、元気になられましたね」
くそっ。いいところなのに邪魔が入った。
令嬢シルヴァーナ様。
彼女はノックもせずにこの部屋のドアを開けた上に、ズカズカと入ってくる。
本当に令嬢か?
「では、先ほどの話の続きをしましょう」
「続きも何も……聖女ユーナ様は間違いなく女性ですよ。先ほど身体の清拭を行った侍女に聞けば分かるでしょう?」
俺は反論する。
「いえ、聖女ユーナではなく、まず……」
そう言って令嬢シルヴァーナは、あっという間に俺に近づき、服に手をかけた。
そしてビリッという音と共に、修道服の胸の辺りが破かれた。
なっ。
服を破くなんて……なんてことを。
などと考えていると……令嬢シルヴァーナは一瞬驚いた表情をしたかと思うと、すぐに口角を上げて笑い出した。
「ははははは! やはり!」
しまった。
急いで隠せばよかった……。
どう見ても、男の肌と乳首が、破れたところからこんにちわと挨拶をするようにのぞいていた。
「きゃっ!」
今さら遅いものの、とりあえず隠して……ちらっと令嬢シルヴァーナを伺う。
「もう遅い。あなたは……男だったのですね」
「くっ」
「ふふふ。否定しないのですね。いや、できないのでしょう? まあ今認めなくても、捕らえ身ぐるみ剥いでしまえばすぐ分かることですが」
うう、なんということだ。
しかし、この場から急いで逃げれば……もしかしたら……。
「今の、見ましたか?」
令嬢シルヴァーナ様は開いたままの扉の方向に顔を向け言った。
ん? 誰かいるのか?
「はい、はっきり見ました。……男だったのですね」
そこに現れたのは、先日、王子殿下と結婚された外国の姫……イラリア妃殿下だ。
まずいぞこれ……。
さらにもう一人の姿が——。
「ふん、なるほどな」
なんと王子殿下が姿を見せた。
まずいまずいまずいまずい。
「王子殿下も見られましたよね? 男が……よりにもよって聖女身ならいだと偽って王城に勤めていたのです」
令嬢シルヴァーナ様が王子殿下とイラリア妃殿下を呼んだのだろう。
王子殿下の鋭い視線が俺の身体に向く。
服がやぶけ、肩が露出している俺に。
「本当に男か」
「先ほど男の胸が露わになっておりまして。捕らえて、調べましょう」
「そうだな……」
何だこの王子は?
俺を男だと知ったはずなのに……俺の身体を足下から頭の先まで嘗め回すように熱い視線を走らせた。
背筋がゾクッとする。
「さらに、あの聖女も……見るからに男でして。早速確かめてみましょう」
令嬢シルヴァーナ様は、聖女ユーナ様を指差した。
こいつら……まさか俺にした事を聖女ユーナ様にするつもりじゃないだろうな?
俺は、彼女を守るように立ち上がる。
自分のことは最早どうでもいい。
聖女ユーナ様を守る。それだけだ!
「おい……お前ら……この方に決して手を触れるな」
聖女ユーナ様が背後に隠れ、俺の修道服の裾をつかんだ。
その手は、かすかに震えている。
絶対守らなければ。
「ふん、本当に男かどうかを確かめるだけですわ。そこをどきなさい!」
令嬢シルヴァーナ様が、ガッと俺の肩を掴む。
負けじと俺は抵抗し……二人で絡み合う。
そのあまりに強い力に負けそうになるが、踏みとどまる。
聖女ユーナ様だけは助けよう。俺がどうなっても……彼女だけは。
「この男……そこをどけ!」
「嫌だね!」
どんと、令嬢の肩を押しやると思った以上に力が入ってしまった。
後ろに倒れ、尻餅をつく令嬢シルヴァーナ様。
「く……わたくしに、こんなことをしてタダで済むと思うのですか?」
……ん?
俺は、気付いてしまった。
後ろに倒れた拍子に、長いスカートがめくれ、令嬢シルヴァーナのすねの部分が露わになっている。
そこは、男のように毛深く、ごつごつしていて、明らかに女性の足ではないものがあった。
まさか……?
そういえば、俺の修道服を破くなんて力……女性ではなかなか出せないだろう。
「おい、令嬢シルヴァーナ……あんた、その足……どう見ても男なんだが?」
「えっ?」
俺が指差すと、そこにいる全員の視線が集中する。
集まっていた野次馬もざわつき始めた。
「こ……これは……!」
「迂闊だったな。確かに転びさえしなければ見られないから手入れは不要だったろうが……俺が毎日どれだけ苦労していたか!」
俺は自らの足を晒した。
そこにはつるんとした、女性にしか見えないすべすべの足がある。
「そうか。貴方は面倒くさがらず毎日手入れを——」
妙に感心されてしまったけど……これほぼ令嬢シルヴァーナ様の自白だよな。
俺も迂闊だが……この男も迂闊すぎる。
とはいえ、足を見なかったら俺も気付かなかったくらい、女性らしい身体と声をしていた。
案外俺の目も節穴なのかも。
おっと、女装のコツを言い合っている場合ではない!
突破口を探さなければ——。
「お・ま・え・ら……」
王子殿下がぷるぷると震えている。
一方、イラリア妃殿下は驚きのせいなのか、完全に固まっていた。
「聖女ユーナ、聖女見習いレニー。シルヴァーナ——今すぐ……この城を……出ていけ! さもなくば、剣の染みにしてくれる!」
王子は、なぜか帯剣しており抜刀までしてしまった。
相当混乱しているのか……何か思惑があるのか?
そのあまりの剣幕に、俺はかえって冷静になる。
彼の怒りの沸点がよく分からないが……まずいぞ。
急いでここを離れなければ。
そう焦っていると、俺の手を柔らかい手のひらが包んだ。
「ふん……出ていくとも! 今すぐな!」
聖女ユーナ様がそう言うと俺を引っ張り、ずかずかと歩いて行く。
彼女には何の落ち度もない。
そもそも女性だし、俺たちの巻き添えを食らったようなものだ。
「聖女ユーナ様、事情を話せばあなたは残れるのでは?」
「なんか……ムカつくから私も出ていく。好きじゃなかったけど、シルヴァーナ様もちゃんと王国に尽くしていたのに……レニーだってそうよ。それをこんなことで追い出すなんて」
こんなこと……こんなことどころじゃない気もする。
王子があそこまで激昂しているなら、正論は通じないかもしれないけど……。
今は逃げるが勝ちかもしれない。
ユーナ様の迅速な行動により、俺たちは王城を脱出することができた。
一息ついたユーナ様は、随分スッキリとした表情をしている。
「ということで、その、レニーは……責任を取ってくれないか……ますか?」
少し頬を染めているユーナ様。
繋がりがよく分からないが、責任って何だ?
どさくさに紛れて……何か願いをねじ込もうとしているように見えるけど——でもそんなところも可愛いしなんでもするぜ!
とりあえず頷いておく。
「う、うん、それは構わないけど」
「よかった!」
そう言って、彼女は俺の頬に唇を近づけた。
俺は、避ける気は毛頭無く、彼女を受け入れ——。
頬にやわらかくて温かいものが触れる。
「えっ……ユーナ様?」
「これは、お礼とかじゃないけど……これからもよろしくってことで。さっき守ろうとしてくれてたし、ずっと私を守ってくれてたこと、感じたから」
そういって、真っ赤な顔をする聖女ユーナ様がとても可愛らしい。
今までと百八十度違う様子に、俺は益々惹かれていく。
厩舎に向かい、二人で馬に乗った。
俺は乗馬の経験があったが、彼女はなかったようで二人乗りになる。
今までの働きを考えたら、馬の一頭くらい拝借しても構わないだろうという、聖女ユーナ様の言葉だった。
もっとも、すぐに追っ手がかかるだろうから急ぐ必要がある。
よいしょ、と聖女ユーナ様を鞍の前に座らせる。
意外と……ユーナ様お尻大きいな……などとは間違っても口に出せない。
「じゃあ、行きますよ」
「はい」
返事をするユーナ様は、いつもの口調は完全に消え、女の子っぽい感じで会話をしてくれた。
やっぱり、これが彼女の地なのだろう。
☆☆☆☆☆☆
馬を走らせていると、一台の馬車が近づいてきた。
追っ手かと思ったけど、手綱を握るのは令嬢シルヴァーナ様だ。
もう令嬢ではないか……令息?
そうだ、彼も追い出された身だ。
少し仲間意識が湧く。
もっとも、今までの聖女ユーナ様に対するイジメのケジメはつけないといけないけど。
改めて……シルヴァーナ令息が、声を張り上げ話しかけてくる。
「二人とも……行き先はあるのですか?」
「うーん、俺の故郷でも行こうかなと二人で話してたけど」
「——じゃあ、私の国に来なさいよ。うちは聖女がいないから、歓迎するわ」
馬車の窓から顔を出したのは、なんとイラリア妃殿下だ。
「え? どうして? イラリア妃殿下?」
「いや……実は……私も……男でして」
「え゛えーーーーーー?」
「朝にバレてさ。王子があんなに怒るとは……あなた達の騒ぎがあって助かったわ」
いや、外国からお嫁さんを受け入れて男だったとか……そりゃ怒るだろ。
戦争になってもおかしくない。
王子が激昂した真の原因はこれか……!
どんな事情があるか分からないが、まあ、全部この男のせいということにしておこう。
もうどんな可愛らしい女性も、男だと疑ってしまうであろう王子に……幸あれ。
聖女一人、そして男三人。
ちゃんとしていれば、女四人にも見える俺たちの旅はこうして始まったのだった——。
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