チャッキーの旅立ち
その後は、どうにか丸く収まった。
ジュリアが警察に電話をかけ、エリックと二人で証言をする。両親はというと、警察から連絡が入り、仕事をおっぽりだして帰ってきた。子供三人を抱いて泣いていたよ。あれは、俺ももらい泣きしそうになったぜ。涙なんか出せないけどな。
結局、事件は強盗たちの仲間割れということで片付いた。刑事の中には、不審に思った者がいただろうが……いくらなんでも、こんな子供たちが三人のならず者を殺せるとは思わない。
ちなみに強盗たちは全員、ム所を出たばかりのろくでなしだったそうだ。まあ、あれだけ頭が悪けりゃ、裏社会でも出世しないよ。遅かれ早かれ、野垂れ死んでいたろうな。奴らを殺したことに関しちゃ、欠片ほどの罪悪感もないね。
そして今、俺はゴミ捨て場にいる。両親が、子供たちに内緒で俺を捨てたのだ。
ジュリアとエリックは、チラシに書いてやった通り強盗たちの仲間割れを主張した。だが、ミシェルは違っていた。
「チャッキーがやったんだよ! 悪い奴を、全員やっつけてくれたの!」
こんなことを、刑事に言いやがったのだ。もちろん、警察はこんな子供の言うことなど信じないけどな。
両親もまた、ミシェルの言うことなど信じない。彼らは、こう考えた。ミシェルは恐怖のあまり、空想と現実とをごっちゃにしているのだと。
それだけならいいが、両親はこうも考えた。このチャッキー人形が家にいると、ミシェルはまた事件のことを思い出してしまう。
こんな忌まわしい人形は、さっさと捨ててしまおう……とね。
俺は、両親のしたことは間違っていないと思う。
あの三人の健全な成長のためには、俺みたいな不吉な人形など無い方がいいのだ。三人は、俺のことなんかすぐに忘れるだろう。事件の記憶も、薄れていくはずだ。そうすれば、真っ当に生きられる。今回のことが、トラウマにならないことを祈るよ。
それにしてもよう、この雨は何だろうな。やむ気配がありゃしねえ。一晩続きそうだ。
昔、ある詩人がこんなことを言っていたそうだ。空が泣く時、涙が雨になる……と。
もちろん、そんなわけはねえ。低学歴の俺でも、それくらいはわかっているさ。でも今日だけは、空が俺の代わりに泣いてくれてる……そんな気がした。
ジュリア、エリック、そしてミシェル……元気でな。
絶対に、俺みたいな人間のクズになるんじゃないぞ。
あーあ、これから焼却炉で焼かれるのか。
そしたら、どうなるんだろうな。たぶん、それで終わりだろう。
俺の意識は、永遠に消え去る──
まあ、いいか。
動けない生活にも、飽きてきたしな。
そんなことを考えていた時だった。どこからともなく、おかしな声が聞こえてきたのだ。
「やあ、迎えに来たよ」
その声に、俺はハッとなった。ようやく、前にいる者の存在に気づく。
いつからいたのだろうか。目の前に、すっとぼけた格好の奴が立っている。年齢は二十歳くらいだろうか。肌は雪のように白く、髪は黒い。目鼻立ちは彫刻のように整っている。近頃、イケメンという言葉は安っぽい使われ方をしているが、こいつは本物のイケメンだ。俺は、こんな百点満点の顔を見たことがない。
もっとも、カッコイイのは顔だけだ。こいつは、とんでもないクレイジーな格好をしてやがるんだよ。頭には宝石をちりばめた黄金の冠を被っており、紺色のマントを羽織っていた。その時点で、かなりイカレてるが……まあいいよ。コスプレ王子みたいなふざけた格好だが、まだ許せるラインだ。
問題なのは、マントの下だよ。白いパンツを履いているだけなんだ。それも、白ブリーフだぜ。お前はブリーフ王子か。
いきなり目の前でに現れた、罰ゲームみたいな格好をしたイケメン………俺は衝撃のあまり、何も言えなかった。もっとも、最初から声なんかだせないけどな。
ぶったまげてる俺の前で、こいつは恭しい態度でお辞儀をした。
「僕の名は、アマクサ・シローラモ。簡単に言うと、悪魔……いや、魔王さまだね」
てことは、裸の魔王さまってわけか。なんつーアホキャラだ。
「なんつーアホキャラだ」
反射的に言っていた。直後、俺は唖然となる。
声、出てるじゃねえか!
異変はそれだけではなかった。いつのまにか、俺の目の前に人形がある。あの不細工なチャッキー人形が、ゴミ捨て場に横たわっていた。
そう、俺の体は元に戻っていたのだ。処刑される直前の、人間の体に戻ってる。
ただし、処刑された時の囚人服を着てるのはいただけないが……この際だ。贅沢は言っていられないわな。
混乱しながらも、俺は自分の体のあちこちを触っていた。久しぶりの感覚に戸惑っていたのだ。すると、シローラモはこんなことを言いやがった。
「君の戦いぶり、見せてもらったよ。人形の身でありながら、実に見事だった。これからは、その力を僕の為に使ってくれたまえ」
えっ……わけがわからず混乱する俺に、シローラモは微笑む。
「まさか、忘れてしまったのかい。君はね、僕と契約したんだよ。これから君は、魔界に行き僕の部下として数々の化け物どもと戦うことになるからね。嫌とは言わせないよ」
ようやく俺は理解した。ミシェルが襲われていた時、聞こえたのはこいつの声だ。この変態魔王があの時、俺の体を動けるようにしてくれたのだ。
ならば、言うことを聞かないわけにはいかないよな。
「わかったよ。あんたの期待は裏切らない。どんな化け物だろうが、必ず仕留めて見せる」
俺の返事に、シローラモは満足そうに頷いた。
「では、行くとしようか」
言った途端、またしても不思議なことが起こる。ゴミ捨て場から数メートルほど先の道路の真ん中に、木製の扉が出現していたのだ。言うまでもなく、先ほどまでは無かったはずのものだ。
「さあ、この扉をくぐるんだ」
恭しい態度で、シローラモは扉を指差す。小洒落たデザインの扉だが、俺にはわかっていた。隙間から感じられる空気は、暗く淀んでいる。さらに、強烈な気を感じた。伝説上の化け物どもだけが発するものだ。ビッグフットやチュパカブラが可愛いく見えるような怪物がいる世界に、これから足を踏み入れるのだ。
この扉をくぐれば、地獄ですらバカンスに思えるような世界で、果てのない戦いの日々が待っているんだろうな……へっ、上等じゃねえか。やってやるよ。
その時、シローラモのとぼけた声が聞こえてきた。
「あっ、忘れてたよ。まだ、名前を聞いてなかったね。君の名前はなんていうの?」
俺の名前? チャールズ・レイだよ……と言おうとした。が、すぐに思い直す。
「俺の名は、チャッキー・ノリスだよ」
そう、マフィアの殺し屋だったチャールズ・レイは死んだ。幹部に裏切られ、電気椅子に座らされて死んだのさ。
今の俺は、チャッキー・ノリス。これから魔界で、伝説になる男さ。
チャック・ノリスにも負けない、チャッキー・ノリス・ファクトを作ってやるぜ。
「では、チャッキー・ノリスくん。今後とも、よろしく頼むよ。では、魔界に行くとしようか」
シローラモに促され、俺は魔界への門をくぐろうとした。が、立ち止まりゴミ捨て場を振り返る。
チャッキー人形は、雨に打たれていた。雨が顔を伝い、泣いているかのように見える。
この人形も、一緒に連れていってやろうか……一瞬、そんな考えが浮かんだ。だが、ここからは戦場だ。人形なんか持っていけねえ。魔界なんぞに行って化け物の餌になるよりは、このまま燃やされた方がこいつも幸せだろう。もう充分、働いたしな。
ただし、これはいただいていくぜ……俺は、奴の胸についていた名札を外し、自分の胸元に付ける。
ジュリア、エリック、ミシェル、元気でな。
お前らの人生に、幸多からんことを祈る。
胸の中で呟いた時だった。俺は、最初のチャッキー・ノリス・ファクトを思いつく。
チャッキー・ノリスは決して涙を流さない。
なぜなら、彼の一生分の涙を、空が代わりに流してくれたからだ。
・・・
それから、二十年後。
とある家にて、母親が幼い子供を寝かしつけようとしていた。
「まま、おばけこわい! いっしょにねて!」
ベッドの上で、駄々をこねるステファニーに向かい、母親のミシェルは優しく微笑みかける。
「大丈夫だよ。おばけなんか、チャッキーがやっつけてくれるから」
そう言って、ミシェルは椅子の上を指差す。そこには、可愛いげのない人形が座っていた。赤いボタンのオーバーオール、赤いスニーカー、赤い髪、青い目、そばかすのある縞模様のセーター、薄ら笑いを浮かべた顔。はっきり言って、幼い娘に人気のあるデザインではない。
おまけに、近くで見るとあちこち汚れている上、片腕がもぎ取れていた。仮にゴミ捨て場に捨てられていたとしても違和感がないだろう。
だがミシェルは、違う印象を持っているらしい。
「チャッキーは、とっても強いのよ。どんな怖いおばけでも、必ずやっつけてくれるから」
チャッキー・ノリスが魔界へと旅立っていった数分後。
ジュリアとエリックとミシェルが現れ、ゴミ捨て場から人形を拾っていったのだ。
その後、チャッキー人形はミシェルの娘へと受け継がれた──




