シングルマザーを取り巻く環境は、かくも偏見に満ちている
日本における母子家庭は100万世帯以上にもなるらしい。
きっと、あなたの周囲にもシングルマザーがいるのではないだろうか。
『シングルマザー』、『母子家庭』と聞いて思いうかぶのはどんなイメージだろうか。子供がかわいそう? 貧困? 無計画? これらは大して知らない相手から私が言われたことのある言葉だ。
子供がかわいそう? ええ、確かに。否定はできない。
貧困? 別に。
無計画? そりゃ、計画的にシングルマザーになることを選択したわけじゃないから。
大抵の場合においては、実害がないので笑って受け流すようにしている。
もちろん気分は良くないが。
そして我が家が死別による母子家庭だと分かったとたん、「大変ね」「つらいでしょうけどお子さんのために元気出して」などと手のひらを返したように同情されるのだ。
もちろん夫が亡くなったときはつらかったし、大変なこともいっぱいあった。でも今は、娘と猫と一緒に前を向いて楽しく暮らしている。夫と死別したシングルマザーはいつまでも悲壮感を漂わせて日々を過ごさなければならないとでもいうのだろうか。
経済的な問題にしても、各家庭により状況は様々だろう。
母子家庭における貧困率の高さは深刻な社会問題になっているので、多少偏見を持たれるのも仕方がないことかも知れない。それでも「ペットなんて飼う余裕あるの? それよりもお子さんの学費をちゃんと準備してあげて」とか、お節介をやかれるのはあまりいい気分ではない。
我が家の懐事情を他人に言うつもりもないので、曖昧に濁すが、ハッキリ言って大きなお世話。子供の学費も用意が済んでいるし、そもそも我が家は別に困っていないのだ。
ともあれ、そういった偏見は夫の存命中は意識したこともないものばかりだったので、初めはかなり戸惑った。しかしながら三年も経てばそんな対応にも慣れてくる。この頃は動じることもなくなってきたというのに、先日久しぶりに本気で腹が立つことがあった。
夫が亡くなって早三年。精神的にも物理的にもだいぶ落ち着いてきたし、我が家にもう一匹猫を迎えたらどうだろうかと思い立ったのがきっかけだ。
今我が家にいる猫と同様にペットショップで迎えてもいいけれど、保護猫の引き取りというものにも興味が沸き調べてみた。私だって猫を愛する人間として救える猫がいるならば救いたい。
保護猫の譲渡条件というのは保護主や保護団体によってかなりまちまちだったので、気になった猫の譲渡条件を確認の上、さっそく連絡をとってみることにした。
保護猫の譲渡に応募したい旨を伝えると、初めは感じがよかった保護団体の人だったが、我が家が母子家庭だと分かったとたん、あからさまに嫌悪感をにじませ、反論の声を挟む間もないほどの勢いで声高に説教をたれてきた。
「動物を飼うっていうのはお金がかかるのよ。それに一生面倒見なきゃいけないの。子供の学費がかかるようになってお金がないとかって無責任に放り出してもらいたくないのよ!」 知っとるがな。
「だいたいあなたがお仕事してる間、長時間留守にして、何かあったらどうするの? かわいそうでしょ!」 基本的に在宅ワークだし、近くに親も兄弟もいるけど。
「それにお住まいはペット飼って大丈夫なの? アパートの小さな部屋じゃ、かわいそうじゃない!」 戸建の持ち家だし、部屋が余ってるんだけど。
ナニこの決めつけ……。
こちらの話を聞く気もなく一方的にまくしたてる保護団体の方の態度に完全に引き取る気持ちの萎えた私は、適当に話を切り上げて静かに電話を切った。
熱意を持って食い下がっていたら、状況は変わっていたのかも知れないが、そんな気すらも起きなかった。
猫に罪はない。分かってる。そもそも、もっと良心的な保護団体もたくさんあると信じたいし、あたった人が悪かっただけかも知れない。
それに保護団体の人の言いたいことも分からないではない。きっと過去に金銭的な問題で猫を捨てたシングルマザーがいたのだろう。きちんと世話できなかったシングルマザーから保護したのかも知れない。失礼な決めつけや説教も、二度と猫につらい思いをさせたくないという優しさからくるものだっただろうことは承知している。それは分かる。分かるが、だからといって話も聞かずに十把一絡げに決めつけるのはいかがなものだろうか。到底納得できるものではない。
私は二度と保護猫の引き取りを検討することはないだろう。
偏見に立ち向かうにはそれなりにエネルギーがいるのだ。




