屋上
死のうと思って一時間、柵の向こうに立って十分が経過した。
ここに来て私の足はぴくりとも動かなくなってしまったのである。ここまでの道のり、布団の中、洗面台の前、電車の中まで少しも消えなかった自身への殺意がふっと何処かへ行ってしまったのだ。
冷たい冬の風が私の髪をかき混ぜ鬱陶しいことこの上ない。むき出しの頬が冷気に突き刺されて辛くて辛くて堪らないのにまだ死ねない。
あと一歩、あと一歩で終わるのだと自分に言い聞かせる。
なにが終わるというかというと、私の人生が終わるのだ。とんでもなくつまらなくて、とんでもなく退屈なのに止めようも逃げようもない私の人生が終わる。
私は格別貧乏ではなかった。
けっして裕福ではないかったが。
わたしは格別家族仲が悪いわけではなかった。
それなりの小言は言われたが。
私は格別ひどい恋をしたのでもなかった。
そもそも恋とは無縁だった。
そんな私はただ生きているだけの日々の中で死にたくなってしまったのだ。
強いて言えば、積み重ねと言うのだろうか。
臆病な私は大きな間違いはしなかったが、小さな間違いをたくさん犯して来た。
例えば、高校。
特にやりたいこともないくせに、ちょっと文が読めるからといって進学校を選んでしまった。
例えば、大学。
周りが行くからと急かされて金まで借りて入ってしまった。
例えば、運転免許。
周りに、勧められてまんまと何十万もかけて通うことになってしまった。
自身を取り巻く無意味で無価値な流れに押し流された自身に目を向け、それらの結果である現在で息をしていると思うたび、胸の奥の向こうがむかむかして、かきむしりたくてしょうがなくなる。
後悔にまみれ、それでも続いてしまう日々に私はすっかり絶望してここに死にに来たのだ。
この問題の厄介なところは、私がそこそこ社会的に恵まれているところにある。
周りから見れば私は、放牧された牛のごとくのんびりと日々を消化しているようにしか見えないのだろう。
そんな私が辛い死にたいと嘆いてみろ。
無関心な人間はヘラヘラと笑って拒絶する。もっと厄介な周りの不幸が許せない優しい人間は私の恵まれた環境について滔々と語り、もっと貧しい私の知らない国の人々の話を聞かせてくれるのだ。
一度口に出せば、私は絶望することすら許されないのだ。
あれもこれもと思い出しているうちにどんどん悲しくなって来て、どんどん悔しくなって来た。
そうだ、私はそんな奴らだとかなんだ、とかに殺されそうになっている。私は殺されるのだ、悔しいではないか。
いっそ殺してしまえばいいのではないのだろうか。殺したい人間の顔なら親の顔よりもずっと鮮明に思い浮かべられる。
死刑も自殺も、死は死でないか。
そう考え、屋上に戻ろうと柵に体重をかけたとき足音が聞こえた。
誰かがきている。
誰かがここに向かっている。
ぶわりと嫌な汗が溢れ、猛烈に恥ずかしくなった。見られたくない、見られたくない、こんな私を見ないでくれ。
私は柵を突き飛ばした。




