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27.

 早苗リドルは、今度はカレーライスを運んできた。

「安心して、お食べください、はい」

 まるで、先ほどのコーラは安心できないような口ぶりだが、今のところ問題はなさそうだ。

 カレーには、牛肉、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎが入っている。ごくごくスタンダードな具材だ。スプーンでカレーを口に運ぶ。素朴な味だった。少し懐かしい感じもする。おふくろの味。妻の味。行きつけの食堂の味。どれだったかは判然としないが、とにかくおいしかった。

「ごちそうさま、おいしかったよ」

「うまく脳内麻薬と混ざり合いましたかな、はい」

 太一が、眉をひそめる。

「脳内麻薬!コカインのせいか?」

「問題ありません。私も飲んでますし、はい」

 結局、太一はカレーをきれいにたいらげ、コーラも全て飲み干した。

「太一さんは、少しここで休んでいったほうがよろしいです。はい」

 太一は、おかわりしたコーラを口にする。

「外の世界は情報の洪水で溢れています。 太一さんが、処理できる量を超えてしまっています、はい」

 確かに少し頭も身体も疲れている。満身創痍とまではいかないが、ここで休むのもいいかもしれない。

「太一さんは、トライアンドエラーをして、少しずつレベルアップすればいいのです。焦りは禁物です。はい」

 そうだ焦っても仕方ない。

「太一さんは、幼い頃何になりたかったですか?はい」

 疲れた頭で考えてみる。

「何だったかな……。祖父は警察官で、父が研究者、母は新聞社に勤めていたことがあります。それで小説家を夢見たことがありました」

「小説家ですか?それはまたなぜ?脈絡がなさそうですが、はい」

「家では刑事ドラマとか推理小説を読むことが多くてね。小説なら、刑事も研究者も、新聞記者も登場します。もっといってしまえば、何にだってなれる。だから小説家を目指したのかな」

「全て繋がっているのですね」

 太一は、二杯目のコーラを飲み干した。

「でもさ、生きていると気づくだろ?子どもは成長に従って、『自分はそれほど絵がうまくないのだ』と気づく、だから絵を描かなくなる。子供はみんな絵本が大好きだけど、大人になるにつれ、ほとんど本も読まなくなる。そんなふうに、人は大人になればなるほど、現実からかけ離れていくんだ。空想や妄想も大好きなはずだった。でも、やっぱりしなくなるんだ。それが大人になるってことなのかもしれないけれど」

「太一さん、まだ遅くはありませんよ、はい」

「現実と妄想は全く別物です。あなたが現実でどのような人間であれ、想像の中では、何にでもなれます。できます。世界を救う勇者にもなれるのです。幼い頃、ヒーローに憧れませんでしたか?どんなかたちであれ、ヒーローになればいいんです。人生に遅すぎることはありません。はい」

早苗リドルが熱弁をふるう。

「もっと自分に素直になって、心の声に耳を傾けてみましょうよ、はい」

「でも、人生って走り続けるしかないよね。自転車と同じじゃない?走り出したら、惰性でも走ることができる」

 早苗リドルが反論する。

「いえ、自転車にもブレーキもありますから、立ち止まることはできます。惰性で走行する心地よさだってあります。はい」

「ものは言いようだな」

 太一は、納得したのかしないのか、よくわからなかったが、とりあえず休むことに決めた。

「もっとも大切なものを忘れないようにしてください。はい」

 早苗リドルの言葉を心地よく聞きながら、太一はソファに横になった。


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