25.
「まずはお疲れ様です、はい」
「登山は疲れる」
太一は、ふぅーと息を吐く。
巨木の中は、研究所のような場所だった。パソコンやモニターなど機器が設置してある。
「頂上に行くまでには、道は険しいです、はい」
ここの富士山には、危険がたくさん潜んでいるという。ここの富士山とはどこの富士山だと思ったが、無視した。富士山は富士山しかない。
「ここは何かの研究所かい」
「こうみえて、私は研究者なのです。はい」
外見は研究者には、全く見えない。でも、頭は人間で脳もはっきりしてそうだ。
「私は脳の研究をしています。はい」
「具体的には?」
「脳科学というものです。ミラーニューロンやシナプス、脳内麻薬などが主な研究対象です。はい」
「ミラーニューロンは聞いたことがある」
「ミラーニューロンのおかげで私たちは他者の行為を自分のことのように捉えることができるのです。はい」
ミラーというくらいなので、鏡ということか。ニューロンは脳の神経回路か何かだっただろうか。
「私たちは他人がこう思っている、願っている、期待している、意図しているなどと、何となく感覚で決め込みます。私たちの社会行動も、他人の心の中にあるものを理解する能力や、その結果決断して選んだ行動によって決まるのですよ。はい」
早苗リドルが、パソコンの電源を入れる。
画面には脳の断面図が映し出された。
「今のところ、このような心を読むプロセスを説明する神経メカニズムは存在しないのです。はい」
部屋の中には、脳の模型や標本がたくさんあった。脳に囲まれて、脳の話を聞くと、なんだか気分が滅入ってくる。
「なぜ、脳の研究を?」
「脳科学の解明が人工知能の発展にもかかわっているからです。はい」
「人工知能?AIってやつか」
「はい、そうです、はい」
はいは、一回でいいだろうと心の中で思うが口には出さなかった。
「人間同士が会話をする際には、特に関係ないことが、ロボット同士では成り立たないのです。会話を交わすためには、相手の心を読み取らなければなりません。相手がどのようなことを考えているのか、把握しなければ会話が成立しません。このような当たり前の能力を『心の理論』と呼びます。『心の理論』は大変高度な脳の働きです。現在のところ人間にしか備わっていないと考えられています。面白いですよね。生命は多様なのに、人間にしかないわけですから。チューリング・テストに合格するようなコンピュータ・プログラムを作るためには、『心の理論』を解決するためには、ロボットにもなんとかして『心の理論』を実装しなければならないのです。はい」
早苗リドルが長広舌を奮っているが、何となく専門的なことも理解できている。
早苗リドルが話しているあいだ、太一は「人間こそ風変わりな生き物」だと思った。




