22.
「ずっと廊下続くんですね」
太一は、ネムノムネに言った。ネムノムネが太一の方を振り向く。ネムノムネの胸がやはり気になってしまう。ネムノムネは、太一よりも若そうだ。化粧で大人びているが、あるいは十代かもしれない。髪は明るい。赤茶色、いやオレンジに近い。豊満な胸の割に、足首は恐ろしく細い。
「レヴィ・ストロースはご存知?構造主義の生みの親。彼のアイディアを辿ると、どうも遠近法と数学に行き着くらしいのよ」
ネムノムネは何の脈絡があって、構造主義の話をしたのだろうか。太一は、構造主義と今の状況の関連を求めたが答えは出ない。
「西欧近代はさ、知らず知らずのうちに、私たち、東洋や他の地域社会を、劣ったものとして、見なしてきたわけよ。自分たちが一番。自分たち以外より遅れたものだと見なしてきたわ。それがどんなに根拠のないことだったかわかる?それをはっきり示せるのが構造主義なの」
ネムノムネの真意がよくわからないが、それを求めたところで、何も意味のないように思えた。
「理論と実践ってよくいうわよね?理論って、こむずかしい理屈をならべることのように感じてらっしゃるみたいだけれど、それだけが全てではない。本質は、難しい問題に取り組む場合に、あなたの思考の手助けにきっとなってくれるものよ。ゲームでいえば裏技みたいなものよ。知っていれば役に立つし、便利だわ。誰でも理論を知った上で、実践に移すの。だから、結局のところ、理論のありがたみは問題にぶつかってみないとわからないと思うの」
「理論と実践か」
太一は一人ごちる。何だか小難しいことを言われて頭が疲れてきた。
ようやく、廊下の突き当りに、扉が見えた。
ネムノムネは扉の前で立ち止まる。扉には鍵がかかっているようだ。ネムノムネは自分の胸の谷間から鍵を取り出した。
太一はキャバクラ嬢かと、一人脳内でツッコミを入れる。
鍵は、漫画や映画でしか見たことないような鉄製の鍵だ。童話なんかに出てきそうな古めかしい鍵だった。
ネムノムネは開錠した。扉が開かれる。
「要するに世界を主体と客体の関係でつかむのよ」
そういわれて、太一は中に入っていった。
扉の奥には、また扉があった。さらに扉を開けるとまた扉が続く。太一はマトリョーシカを頭に思い浮かべた。何回扉をくぐっただろうか。最後の扉が開かれた。




