21.
完全なマニュアルもなければ、明確な答えもない。頭ではわかっている。自己探索は、生きている以上ずっと続く。
私は、自らの一番内側にある領域に耳を傾ける。人間の運命は「遺伝」と「環境」からは逃れられない。人生は選択の連続だ。ただ、その選択が正しいものかどうか決して、自分自身で確かめることはできない。
太一は自覚的に気づく。
目の前に、扉があり、吸い込まれるように中へ入っていく。扉の中に足を踏み入れると、薄暗い廊下が続いている。湿り気をまとった淀んだ空気が流れていた。奥に誰かが立っている。暗くてよく見えない。性別は判然としないが、直観で女性だと感じた。
さらに奥へと進むと、女性が立っていた。純白のドレスを着ている。真っ白なドレスは暗闇で光ったような気がした。女性は長身で、長い髪は床までつきそうなほど長い。ただでさえ、長身なのに、白いハイヒールをはいていた。まるで結婚式のようだ。
女性が近づいてきた。
「太一ね」
女性が言った。
太一は自分しかいないのにもかかわらず、思わず後ろを振り返る。そして、おもむろに自分の鼻のてっぺんを指さし、頷いていた。
「私はネムノムネ。上から読んでも下から読んでも同じ」
「そりゃ、変わった名前ですね」と言いながら、太一はネムノムネの胸が気になり始めていた。ドレスから胸の谷間が見える。
太一は頭を振る。今はそんなことはどうでもいい。でも、気になってしまう。もう一度、頭を強く振った。
「こちらへどうぞ」
ネムノムネが踵を返し、大きな胸を揺らしながら廊下を歩いていく。太一は、有無を言わさずついていくしかない。廊下を歩きながら、子細にこの建物の内部を観察していく。遠い昔に来たような、見たような……。太一は、この場所を知っている?
ネムノムネが歩きながら、マックス・ウェーバーについて語り始めた。
「マックス・ウェーバーの逆説の発見への着眼点には、学ぶべきところが多いと思わない?」
太一はどうでもいいと聞き流しながら歩く。
「意図せざる結果とは何だと思う?」
ネムノムネが突然、太一に質問した。それまで適当に聞いていたため、一瞬返答に困ったが、頭をフル回転させる。
「意図に反して、別の結果を生み出してしまうという論理の逆転だ」
逆説の発見、つまりパラドックスが参考になる。人間の常識を覆して、新しい視座でものごとを見る。どこかで誰かに言われたことだ。誰に言われたかは覚えていやしないが。




