20.
「やっと会えたな。随分と時間はかかったけどな」
「まるで幽霊でも見た顔だな」
「目を閉じたからといって、世界は変わらない」
「俺たちそっくりだな」
太一が太一に語り掛けている。どちらが本物で、どちらがコピーかわからない。
「世の中には摩訶不思議に満ちている。エドガー・アラン・ポー知っているよな?江戸川乱歩じゃないぞ」
太一は「もちろん」と頷く。
「彼の小説に書かれたことが実際に行ったことがあるそうだ。『アーサー・ゴードン・ピム』という小説の中での話だ。海難事故に遭遇して、食糧がつきたところで、くじ引きをするんだ。当たったやつは、殺されて食べられた。その半世紀後、実際に起こった。しかし、不思議なことに、殺人罪で捕まった犯人は、その小説を読んでいなかったそうだ。タイタニック号の沈没を予言したような小説もあるぞ」
「それは聞いたことがある。もういいよ」
「太一よ。上っ面だけ眺めてるだけじゃ、だめだぜ」
白い部屋に二人が向かい合う。真っ白い部屋だ。それ以外に何もない。どちらかが話していないと、部屋は完全な沈黙になる。殺伐とした空気を肌で感じる。
子供の頃に読んだ本のことを思い出した。魔法使いが登場するシリーズだ。大ベストセラーになり、映画化もされた。魔法を使いたいと思ったものだ。この状態で魔法が使えれば、今のわけのわからない現状を打破できるのではないだろうかと、ぼんやり考えた。
無言で太一が、もう一人の太一を見つめる。
「また会おう」
どこかでまた、あいつと会うことはあるのだろうか。
ふと自分自身がクローンなのではないかと思った。最近、読んだSF小説でも、自分がロボットだったいうオチの小説があった。
あるいは、自分自身が創り上げた存在かもしれない。あやふやになった思考は螺旋階段のように巡り巡っていく。
クローン技術によって、自分の分身を作ることは可能なのだろうか。
クローン技術を駆使して、クローンペットを商売にした企業があったが、倒産した。それは似てないからだ。同じ遺伝子を持っているからといって、遺伝子の働きが同じだとは限らない。遺伝子の働きはランダム。簡単にいえば、遺伝子オンとオフのスイッチがあり、そのオンとオフは、決まっているわけではない。環境要因によって遺伝情報の活性化が変化する。クローン人間の遺伝情報は一緒でも、どのように成長するかはわからないのである。逆説的に考えていけば、たとえ遺伝情報が同じでも、環境によって変わるものだということだ。
頭の中に次から次へと情報が洪水のように流れていく。なぜ、自分はクローン技術のことなど知っている?
「次の訪問客が必ず来る」
もう一人の太一が言う。
意識が朦朧としていく。またか……。




