19.
工学部の研究室の前まで来た。古びた研究室の扉を開ける。扉は重たかった。軋む音をたてながら、ゆっくり扉は閉まっていく。
細長い廊下を進むと、総合窓口のようなものがあった。
「す、すみません」
太一は恐る恐る声をかける。
中から、若い女性の職員が出てきた。カウンターを挟むように、女性に話しかけた。
「教員の名簿とかって見ることはできるんですか?」
女性が怪訝な表情を浮かべる。
「名簿ですか?何のために?」
太一は言いよどむ。
「えー、あのー、うちの父が昔ここで働いていたと思うんです。それで、それで色々父のことを知りたいと思って、東京から来ました」
女性は困った様子だったが、奥から初老の男性が顔を出す。
「どうしました?」
若い女性職員は、簡単にその初老の男性に事情を話した。
「名前は?」
初老の男性が穏やかに訊いてくる。
「田島太一と申します」
初老の男性は「田島先生の息子さんか!」と声を上げる。
岡嶋という名のその初老の男性は、懐かしむような表情になる。
「そうか、そうか」と一人ごちている。
「太一くんと言ったね。こちらへ」
言われた突然頭痛が襲ってきた。
父さんは死んだはずじゃなかったか。なぜ、太一は父さんを探そうとしている。頭痛はどんどんひどくなり、頭が混乱し始める。
「父さんって今何しているだろうね」
誰かの声が遠くで聞こえてくる。
気が付くとどこか懐かしい場所にいた。
太一は十歳までこの街で育ったのだと思う。瞬時にそう感じた。中学、高校と青春時代は、東京で過ごしたけれど、この街で確かに育った。
父さんは死んだ?死んでいない?現実と幻の区別がつかなくなったわけではあるまい。




