17.
太一は、まだ残されたままの自分の部屋に入った。八畳あるので、東京の下宿よりも広い。高校生まで使用していた机やベッドもそのまま残っている。本棚には、受験用の参考書と並んで、哲学や心理学系の本も多くある。中学、高校と自分に自信が持てず、哲学の方をたくさん読んだ。「人間とは何か」という根源的なテーマについて考えを巡らせ、やがて哲学から派生した心理学に興味を持つようになった。
大学では心理学という領域と密接に関係のある、比較的新しい学問のキャリアデザイン学についても学んでいる。「自分探し」や「ありのままの自分」というけれど、人間はそんな単純に答えが出るものではない。
アイデンティティーについて考え始めた。一体自分はどこから来て、どこに向かうのだろうか。アイデンティティーを考える上で自分の父親のことは欠かせない。父は今どこで何をしているのだろうか。果たしてまだ生きているのか。生きているのならば、何をしているのだろうか。
母に遠慮して、父のことは気にかけないように努めてきた。
「まるで台風一過ね。今度はいつ戻ってくるんの?ゴールデンウィーク?それとも夏休み?」
「夏休みまでには帰って来る」
「幅が広すぎるわね。ちゃんとご飯食べるようにね。何かあれば、いつでも帰ってきなさいよ。就職だって、こっちでしてもいいのよ。何人か知り合いにお願いすることできるんだから」
「ありがとう」
就職活動も大事だが、太一にはもっと大切なことがあるような気がした。
母は駅まで見送ってくれると言ってくれたが、太一は断り家を後にした。




