16.
「ただいま」とだけ言って、リビングに向かう。母は嬉しそうな表情を浮かべている。自由に生きているとはいえ、息子の帰りを楽しみにしているようだ。
「久しぶりの我が家だけど、やっぱり落ち着くなあ。母さんも元気そうでよかったよ」
母が緑茶を淹れてくれる。太一は電車に乗る前に買ったマカロンの詰め合わせを出した。
「あら、おいしそうなマカロンね。紅茶の方がよかったかしら」
母が台所に戻ろうとしたので「いいよ。いいよ。いいってば」と声をかけて太一はお茶を啜った。
「母さん、ドッペルゲンガーって知ってる?」
「ドッペルゲンガー?詳しくは知らないけど、自分の分身か何かじゃなかったかしら。世の中には自分に似た人間が三人はいるっていうよね。それがどうかした?」
「あ、いや、サークルでちょっと調べたりしてるんだ」
「哲学だが心理学だかの?私は心理学とか、あんまり好きじゃないんだよね」
母はマカロンを口に運ぶ。
「このマカロン本当においしいわね。東京のは違うね。この辺じゃ、なかなか食べられない味。上品な甘さって言うのかしら」
「太一も食べれば?私が全部食べちゃうわよ」
母は笑いながら、マカロンを積み上げている。




