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10.

 教場の大半は学生で埋め尽くされていた。効き過ぎた暖房と学生の熱気で息苦しさを感じる。必修科目の授業ではないので、様々な学部学科の学生も混ざっている。

 受講している学生たちは、熱心に教員の講義に耳を傾けている。太一を含めて、就職活動を控えている三年生にとっては、単位修得以上に重要な授業だ。

「キャリアは点ではなく、線です。キャリアとは、すなわち人生そのものです。キャリアの語源を知っていますか?」

 受講生はあまりピンときていないようだ。太一も考えてみたが、わからなかった。

「キャリアの語源は轍です。わ・だ・ち、です。轍とは車輪の跡。舗装されていない道を馬車が走り出すところを想像してみてください。その馬車は走り続ける限り、後が残りますよね。つまり、人生すなわちキャリアも生きている限り、続いていくということです」

 太一は、今二つの人格を持ったような気分だ。過去を生きる自分と、今の自分が同居している。これがタイムトラベルのようなものなのか、パラレルワールドのようなものなのか判然とはしない。ただ、俯瞰して自分を見つめている。

 もう一人の自分が問いかける。

「太一、おまえの轍はどうなんだ?」

 太一は、大学の研究では常識に飲み込まれないことを念頭に生きてきた。人間は、その人が「何ものであるか」ではなく、「何ごとをなすか」によって決定されるとも思うが、どちらも大切なことだと今は思っている。人間は本当に面白い生き物だ。自分が生きている意味を確認せずにはいられない。特異な生物といっても過言ではない。

「自分が生きている意味を知ろうとする」

 自分がどこからやってきて、どこへ向かうかなんてわかりもしないのに。太一は、授業そっちのけで頭の中に色んな思いが駆け巡り始めた。

 そんなことを考えていると、この客観視できる人生を生きなおしてみても面白いと思った。この世界にもう少し浸ってみよう。


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