カエルの精霊
紀元前の日本、青森あたりに集落があった。
50人ほどの人々が暮らしている。
村には質素ながら穏やかな雰囲気がある。
「ピリカ、食べ物を取りに行くぞ。ついて来い」
ピリカと呼ばれた男の子は、父の元にやってきた。
「母は何処にいるの」
「母はクリ集めの為、森に行っている」
「わかった」
父とピリカは、川のほうに歩いていく。
大きな川に出る。
「今の季節、鮭は海のほうにいる。時々季節を間違えた鮭がいるかもしれないので、よく川を見とけ」
そうピリカに言うと、川上のほうに歩いていく。
ピリカは川の岸を見ながら、父の後を歩いていく。
「父、蟹を見つけたぞ」
「よし、もって来た袋に入れとけ」
父もピリカも、食べられる貝や川海老をつかまえては袋に詰め込んでいく。
「ピリカ、今日は食料が少ない。精霊の場所に行くぞ」
「わかった。先に行っとくよ」
ピリカは元気に駆け出す。
森の中の沼に着いた。
ピリカは父を待っていた。
二人は沼のそばに立ち、静かに目を閉じた。
「偉大なる沼の精霊よ。私たちに命をわけてくれ」
父はそう祈ると、ピリカも頭を下げる。
「必要なだけしか捕ってはならぬ」
厳しい声でピリカに話す。
「私たちは、カムイと共に生きている。
生きるために必要な食べ物をカムイから分けてもらうのだ。わかったな」
ピリカは大きくうなづく。
父とピリカは、袋を抱え沼の周りで食べ物を探す。
ゲロゲロと蛙が鳴く。
「父、精霊を見つけた」
そういうと、すばやく蛙に袋をかぶせる。
父も大きな蛙を何匹か捕まえる。
「よし、これくらいでいい。父と母とピリカの分は精霊からいただいた」
父とピリカは、沼の精霊に感謝のお辞儀をして村に帰った。
母が家の前にあるかまどで湯を沸かしている。
父とピリカを目ざとく見つけ、手を振る。
ピリカは食べ物の入った袋を抱えながら、母の元に駆けつける。
「ピリカ、食べ物をこの壺に入れておくれ」
「うん」
ピリカは貝や海老をお湯を沸かしている壺に入れる。
母も集めてきた野菜を入れて煮込み料理を作る。
父は、蛙を大きな葉にくるみ、火のそばに置く。
蒸し焼きである。
父と母とピリカは、藁で葺いた家に入り、食事を始める。
ピリカは家の隅に並べている、蛙の精霊の像を見て父に尋ねる。
「父、なぜ精霊の像を壊して、穴に埋めるの」
「うむ、我々はカムイと精霊たちのおかげで生きている。
私たちの命と精霊たちの命は同じなのだ。
だから、父の爺の命が終わった時、蛙の精霊の像の足や手を壊して、土に埋めるのだ。
爺は、蛙の精霊の手や足を食べて生きてきたのだ。カムイにその事を報告しなければならないから、一部を壊すのだ。
そうすると、カムイは了解し、手も足もない蛙の子を産ませる。
あの黒くて尻尾しかない蛙の子供たちだ。
やがてカムイは手や足を生やしてくれて、精霊をよみがえらせるのだ。
ここにある蛙の精霊の像は、私たち家族と同じ3つ作った。
精霊の像は、いつも四つんばいでいる蛙を立ち上がらせて作ったものだ。
精霊の世界では、蛙も私たちと同じように着物を着て存在している。
着物の模様は地上に現れたとき、蛙の模様となっていると長老から聞いた。
蛙の精霊は私たちの傍にいつもいてくれる。そして食料となって命をわけてくれるのだ。
だから蛙の精霊は大切にしなくてはいけない」
父も母もカムイを想い大きくうなづいた。
1887年。青森県西部、津軽半島岩木川左岸の丘陵で、縄文時代の遺跡を発掘していた。
この場所は現在は亀ヶ岡という。
発掘現場から、土偶が発見されたという知らせで研究員が飛んできた。
2人の研究員は、発掘された像をしげしげと見つめる。
「変な像だなあ。この顔を見て見ろよ。メガネみたいな物をつけているぞ。手足も壊されている。不思議だな。
この土偶の顔には、エスキモーたちの遮光器メガネに似ている物をつけているように見える。
そうだ。この土偶を遮光器土偶と呼ぼう。
大発見だ!!。もしかしたら宇宙人の像かもしれないな」
縄文の心は、現代人には伝わりにくいものなのである。
このストーリーは自説の「アートワークス時間探偵 縄文の心-2 遮光器土偶はカエルの精霊」より創作しました。
http://artworks-inter.net/ebook/?p=1492