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「ビーフィ?平気か」
ベッドに沈む金糸を梳く。ビーフィは僅かに身動きしてこちらを一瞥したかと思うと、さっと目を逸らして枕に顔を埋めた。
頬が赤かったので、恥じらっているだけだと前向きに思おう。初回の試みは失敗したが、ここで嫌われたとなると先行きが怪しい。しかも上手くいかなかったのは、彼女の所為ではないのだから余計に。
「はー…」
健全なる男児として、健全なる欲求解消はいついかなる状況下でも行うものである。それが暴発する前に。…今日学んだことだ。
「ビーフィ、ここで、休め、な?でぃ、しーった」
ベッドを軽く叩いて一言ずつ区切りながら囁く。ビーフィは少しだけこちらを見た後、再びベッドに沈んだ。よくわからないといった顔だった。俺の言葉は伝わってないのだろうがよしとする、単純に気持ちの問題だ。
残骸の生臭い臭いを追い出してやろう。そうすれば、少しは気も晴れるかもしれない。
「全く何やってんだか…あんなに上手いとか、フツー…思わないだろ」
思わずぼやいたが自分の情けなさを煽っただけだった。やるせなさを紛らわしたくてがりがりと頭を掻く。
本来の目的であった中庭に面したテラス窓を開け放つ。窓枠にもたれながら意味を成さない唸り声をあげていると、中庭の端に亜麻色の髪が過ぎったのに気付く。テインだ。
「テイン?」
「っ…ミツル!」
慌しく駆けてきたテインは詰め寄るように俺の方へ顔を寄せ、すんと鼻を鳴らした後一瞬眉を顰めた。
「あ、いやこれは」
テインの頬に朱が差し、表情が僅かに曇る。俺は見咎められたような気分で、早口に状況を捲くし立てた。むきになればなるほど疑わしい、といつかの恋人に言われた言葉を思い出し、途中で説明をぶち切ったけれど。
「ミツル」
彼女はさらりと流れ落ちた髪をかき上げて、丸い瞳をこちらに向けた。伝わっていないのは明白だ、俺は焦って日本語で弁明していたのだから。
思わず遠い目をしてしまった俺に、テインが胸元にしまっていた一冊の冊子を取り出す。
「リィド」
「…read?読む?」
「リィド、ミツル…ヒッテア」
真剣な表情に気圧されて差し出された冊子を受け取った。
メモ帳を繋ぎ合わせたようなそれを捲り、戦慄する。これを書いた人間は読み手にどうにかしてこれを伝えたかったのだろう、ありとあらゆる言語で書き殴られていた。挿絵も添えてある。
冊子に並んだ文字は、テインに見せてもらった異世界人が書いたという手記で見た文字、だ。
「魂を分ける行為…死に至る」
子種に魂を分ける行為は、死期を早める。異世界人であればその影響は顕著、求められても3度以上事に及んではならない。
まるで取扱説明書のように端的だったが、内容はそんな簡単に流してよいものではない。エルの悠然とした笑みが浮かんだ。アイツは、これを知っていたのか?
大事なところは隠し、彼女は、俺を。
「利用しようとしていた訳だ」
怒りなのか悲しみなのかわからない。激情が腹の底で渦巻いて笑いが独りでにこぼれる。
説明不足を詰ってはいけない、俺は何も聞こうとしなかった。甘んじて何もかもを受け入れようとしていた。彼女の言葉を全て信じ込んだ、流された俺の落ち度だってある。
馬鹿らしい。かつての恋人の姿と彼女を重ねて、自分の罪悪感を和らげようとしていた報いなのだろうか。
「ミツル」
柔らかな体に抱き込まれた。そろりそろりと撫でる手付きは優しい。
「サニィイェンテ、テイン」
返事はぽんぽんと叩く手がくれた。