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「テイン、ティータイム」
「ナンニィ、Sir」
あれから2週間。
テインは異世界人の言語について造詣が深いらしいことがわかってきた。エルが寄越したのはそういう理由もあってのことだと、テインが身振り手振りで話してくれた。無論、推測9割なので合っているかは不明だ。
断片的に聞き取った英語からテインは言語習得の取っ掛かりになるかもしれないと思ったのだろう、異世界語というくくりでまとめた文献をティーの意味を合致させたその翌日に持ち込んだ。そこには見たこともない文字もあったが、英語も見受けられた。
それから、少しばかりの意思疎通ができるようになった。こちらの世界の単語や文法も多少は覚えた。まぁ発音が酷いらしいので単純な単語だけで成立しない会話は殆ど通じないのだが。そして文字が難解過ぎて書けないという二重苦、どうしようもない。
文献だけでなく手記等異世界人が記したものの写しもテインは持って来てくれた。2、3冊程度は所々読むことができた。状況としては俺と同じだと思われる。子種を撒いて帰れと。つまりは男ばかりを呼んでいるのか、と思ったところで随分と昔は女も呼び寄せていたという一文を見つける。ただし、女性は出産までの期間があること、子を手放したがらないこと、エルのように意思疎通を図れる人間が稀であることから自害するケースが多いこと等々。読めない部分を憶測で補ってわかったのはそれくらいだ。
エルとはしばらく会っていない。どうやら相当に高位な人間であるらしく、多忙を極めるようだ。今後会えるかどうかは不明。俺を呼んだときに傍にいたということは呪術師とか召喚師とか、巫女だとかそんな類の役職なのだろうか。何にせよ、詳細は不明である。
「ミツル」
テインがやんわりと俺の手を取った。時折考え込み過ぎるらしい俺の手を握って彼女が呼ぶ、最近よくそうされる。心ここにあらずな様子に見え、儚く消えてしまわないか心配なのだそうだ。故郷を恋しく思う異世界人はこの時期にいなくなってしまうということがあるという。多感な時期であればわからなくもないが、もういい大人だ。そんな細やかな神経は持ち合わせていないので大丈夫だと何度も言ってはいる。多分伝わってはいない。
「えーと、Don't worry、だ。無問題」
重ねられた手をぽんぽんと軽く叩くと蕩ける様な笑みを浮かべた彼女にティーテーブルへと誘われる。どうやら今日もまた伝わらなかったようだ。最近はそこはかとない母性をテインから感じるようになった。年下である彼女から向けられるそれに俺は戸惑うばかりである。
「パーサシェルニー」
「さにえんて」
机上に置かれた陶器を一瞥し、お礼の言葉を口にした。テインはノンノンと言い出しそうな表情で、人差し指を振る。発音の訂正が入りそうだ。
「サニィイェンテ、ティッツ。ン…ドゥ、イタマ、シテ」
「Do?いや、どういたしまして、だな」
「フィーテル。ドウ、イタシマシテ」
したり顔でテインが返礼するので俺は苦笑するしかない。
テインの語学に関する情熱はすさまじい。家庭教師と最初は思っていたが、彼女の熱意の質は言語学者に近いのではないだろうか。こちらの言葉を理解したときの嬉々とした様子たるや…何といっていいのやら。とにかく嬉しそうだ。ちなみに、英語とフランス語、ドイツ語の単語を僅かばかり理解しているようだ。その次は日本語を学びたいらしい、その知識欲には恐れ入る。
「ミツル?」
カップに口をつけないことを不審に思われたらしい、テインのアンバーの瞳がこちらをじっと見つめていた。何処かあどけない表情で、隙だらけに見えると考えたところで俺は突っ伏した。その先何を考えようとしたのかは、この際気にしてはいけない。
「何も、あ、こら…待て、えっと、ヴァデーカ。くすぐったい」
突っ伏したせいで余計不安にさせたのか、そろそろと背を撫でられた。だけれども恐る恐るといった風なので心休まるどころではなくむず痒い。身を捩って上体を起こすとテインがほっとしたように笑った。
しかし、こうやって見目麗しい女性と種付けに呼ばれた男が二人きりなわけだが、旦那は嫉妬に駆られないんだろうかと今更ながら心配になる。親身になってくれる異性、例え言葉が通じずとも何かあってもおかしくないだろうに。
「君の旦那は心が広いんだろうな」
「?」
通じはしないが、テインの想像上の旦那へ何もしないと誓いを立てた。多少不埒な考えが頭を過ぎるかもしれないが、そこは許容して欲しい。