5.ギルド
「おー建物!」
「大きいにゃー!」
足が棒に、腹が背中とくっ付きそうになりながら到着した街。王都、と言うか城を見上げる。
テレビで見たことがあるような立派な城だ。街の入り口から城に繋がる道の周囲には様々な店が広がっている。城下町というやつか。その周囲も頑強な壁で覆われていて、街に入るには目の前にある入り口しかない。雰囲気はまんま中世ヨーロッパだ。
異世界ってどんな感じ?
と聞かれたらイメージするであろう街並みが広がっている。
「おおぉ、おおお……おぉぉぉぉっ!!」
「ちょ、ちょっとせー君急に走らないで!」
夢にまで見た異世界に調整の根幹である技術、『冷静である』ことを忘れて走り出した。
このまま街に入って冒険者ギルドに向かって金髪美人の受付嬢とお近づきに……っ!! そして気付いたら俺の周りに魅力的なお姉さんがいっぱいに……っ!!
この妄想を終えるまでの所要時間僅かに0.1秒。そして突如横合いから突き出された槍を視認して身を引いてかわすまでの間に興奮と冷静が脳内で入り混じる。突き出された槍は2本。左右から俺の侵入を防ぐように交わっていた。
左右に目をやると、そこには白銀の甲冑に身を包んだ獣の耳と鋭い牙を持った人間――人狼達が立っていた。
ギラリと鋭い瞳を輝かせながら、耳近くまで引き裂かれた大きな口を開いた。彼らは矛先を下ろしていたが油断は出来ない。
問答無用で槍を突き出してくるような連中だ……何を考えているかわからない。何が起きても千歳だけは守れるように体勢を整えようとしていると――
「「いきなり走ると危ないですよ? ようこそ! 王都『ランドイル』へ!」」
「……へ?」
人狼達は大きな口を耳まで開くと、喜色に顔を歪めた。
「「急に静止をかけてごめんなさい。驚かせたでしょう?」」
静止――確かに冷静に思い返して見ると突き出された槍はかわすまでもなく俺に刺さることはなかった。
興奮状態で間合いに突起物が侵入してきたから大袈裟に反応してしまった。
「「最近街の外は強いモンスターが増えていて大変ですから、慌てて街に戻ってくる方が多いんですよ。安全な街で転んで怪我したら本末転倒でしょう?」」
左右から同時に発せられる声がステレオとなって脳に響いて思わず眉を顰める。
「「ごめんなさい。私達双子だから考えも同じで同時に話してしまうんです。ほら? よく似ているでしょう? ちなみにこっちが姉のウィル」」
2人が俺から見て右の人狼を指差す。
「「こっちが妹のパスト」」
次いで左の人狼を指差す。
「「そっくりでしょう?」」
そう言われてもわからない。よく似ていると言うか全く同じ顔に見える。と言うか女性だったのか……あ、甲冑の胸部が僅かに膨らんでいる。
「せ、せー君……」
「どうした? 千歳?」
何やら驚いている様子の千歳。震えていることが頭の振動から感じ取れる。
竜のヴリトラは大丈夫で人狼は怖いのか?
「この人達……日本語話してるにゃ!」
「ああそうか、まだ話してなかったな。この世界は魔力とか神様の力によってお互いの言葉が通じるようになっているんだ。おそらく文字も俺達には日本語に見えるようになってると思うぞ」
ヴリトラとも意思疎通出来ていたから予想していたが概ね間違ってないだろう。
ヲタクの妄想力の賜物である。
「神様ね……この世界の神様は優しいんだね。地球ならバベルの塔の件があったのに」
「あれは神話だろうが……」
地球の神様は酷いことをしている神もいる。昔、世界中では同じ言語が使われていた。人々は神に近づこうとバベルの塔を建設し始めたが、神の怒りを買って言語をバラバラにさせられたため意思疎通を欠いて建設を断念したらしい。
それに比べてこの異世界の神様は随分と優しいことだ。
「「ま、まさか……」」
気付くと人狼達が千歳を指差してワナワナと震えて指を差している。
その長く伸びた爪の先を伸ばすとそこには俺の頭上――黒猫の千歳がいる。
「「もしかしてその使い魔、『神様の獣』ですか!?」」
「にゃ?」
指差された千歳が首を傾けたのを重心の移動で感じる。それに合わせて俺の首も傾げてしまった。
俺達の薄い反応を見た 人狼達は訝しげな目線を送ってくる。
「すみません俺達は凄っっおおぉい田舎から出てきて世界の常識がよくわからないんですよ。もしよろしければ教えていただけないですか?」
「「なるほど。確かに奇妙な服装をしていますね」」
奇妙とは失礼な。日本で愛され続けている黒い学生服だぞ。
「せー君、田舎からって何?」
肩車のように乗っかってきた千歳が器用に耳打ちしてくる。
「俺達が異世界から来たって事は隠していたほうがいい。この世界では異世界召喚者がどういう扱いを受けるかわからないからな」
あるかはわからないが召喚者だけが持つ特別な力を狙う輩がいる可能性も否定は出来ないし、そもそも異世界召喚者の存在が認知されているかも怪しい。だからこの世界に関する知識が足りない理由を『田舎出身だから』とこじつけるのだ。異世界転生者の常識だぞ?
「「てっきり異世界からの来訪者かと思いました」」
「……どうやらカミングアウトしてもいいみたいだぞ千歳」
しまった。一度嘘をついた分実はそうですとは言い難くなった。しかしこれで異世界から召喚されたと公言しても問題ないことがわかった。
「「異世界召喚者は良からぬ事を考える輩に狙われやすいですからね。彼らが持つ特殊な技術や知識はこの世界においてとても有益ですから」」
「ははは……やっぱりカミングアウトは止めよう千歳」
乾いた笑い声しか出てこない。
「せー君……」
横から千歳のジトーッとした目線を感じる。異世界に関することなら任せろと言ってしまった過去が黒い。
疑いの眼差しから逃げるために慌てて口を開く。
「そ、それで『神様の獣』ってなんですか?」
「「神様の獣とはこの世界に存在している神様から祝福を受けた獣の総称です。祝福を受けた獣は人語を操り、巨大な魔力を有しています。彼らはただの獣とは一線を画す存在ですよ。そしてその姿は何よりも美しく気高い……」」
そう話す人狼達の千歳を見る目は恍惚に光っている。
「せー君、私美しいって言われたにゃ」
テレッと嬉しそうに笑う千歳。なんかムカついたから頬っぺたを引っ張っておいた。
「いひゃい、いひゃいにゃせー君!」
その傾き面のどこが気高いんだ。
訳の分からない感情が浮かび上がってくるのを感じて、頬っぺたを引っ張る力強める。
うりうりうりうり!
「にゃめ! ……にゃ……酷いよせー君……」
最後に捻りを加えてやろうと思ったけど、涙で濡れた黄金の瞳が想像以上に俺の罪悪感を刺激したので止めた。むう、猫になった千歳をいじっていると動物虐待をしているような錯覚に囚われる。
「「気高い神様の獣とそこまで心を通わせ、使役している貴方様も優れた人格者なのでしょう。よく見ればその服装も高貴に溢れています」」
「やれやれ、全部お見通しですか。ははは参ったなあ千歳」
この人狼達は人を見る目は確からしい。
「せー君! 私は使い魔なんかじゃないにゃ!」
今度は反対に俺の頬を引っ張ろうとする千歳。
やめろお前は爪が鋭いんだから!
「そ、それはそうと冒険者ギルドに登録したいんですけど、どこにありますか?」
異世界に行ったら冒険者ギルド。これがヲタクの常識であり、実は理に適っている。
突然異世界に償還された俺たちは生活能力が皆無だ。それはこの異世界での歴史や常識といった知識が欠如しているからだ。そこで便利なのが冒険者ギルドだ。創作物の中で出てくる冒険者ギルドは一言で言えば派遣会社のようなものだ。その日暮しの人に様々な仕事を提供してくれる異世界のハローワーク。猫探しから幻想種退治まで幅広く仕事を斡旋してくれる……はずだ。
「「冒険者ギルドですね? それならこの道を真っ直ぐ行った先にありますよ」」
「ありがとうございます。後、モンスターからドロップしたアイテムを買い取ってくれる場所はありますか?」
「「それもギルド内で行っています。依頼外での買い取りですと報酬分が支払われませんが……」」
「あ、それは大丈夫です。色々教えていただいてありがとうございました」
人狼達に丁寧に頭を下げて教えられた道を歩く。千歳は使い魔扱いされたのが不満なのかまだプリプリ怒っていた。
「「貴方達に神様の祝福を! ようこそ! 王都『ランドイル』へ!」」
彼女らの温かい声を背に受けて受けて道を行く。昼を過ぎ、もうすぐ夕方に入ろうとしている街中は喧騒に包まれていた。今歩いている道を挟むように店が立ち並び、賑わいを見せている。
薬屋、武器屋、防具屋……夢にまで見たファンタジーだ。しかし俺にとってそれらよりも目を引く物があった。
「すげえ……本物だ……本物だ!」
ここは異世界なので通りを歩いているのは人間だけではなかった。猫耳や犬耳を生やした獣人。耳が尖っており、顔立ちが整っているエルフ。逆に屈強な体を持ち、顔面も体毛に覆われているドワーフ。空想の中でしか存在していなかった亜人がそこらかしこ闊歩していた。先ほどの人狼や竜種であるヴリトラとの出会いは、恐怖と警戒が先行してしまい素直には受け取ることが出来なかった。
しかし今はありのままの状況を理解できる。ビバ異世界!
「にゃにゃにゃ……猫さんでも結構違うものだね。あっち見てせー君」
千歳が指差す方を見るとそこはテラスを構えるカフェのようだ。少しこじゃれた雰囲気を持つテラスには2人の女性がお茶をしていた。
1人は人間の顔立ちに猫耳をつけた女性。コスプレと言われても納得できる。もう1人は人間の体をしているのに猫の顔をしているおそらく女性。どちらも人間と猫の要素を持ちながら、外見に偏りを見せていた。
「種族の分類として人間、人間よりの亜人、亜人ってところじゃないか? さっきの人狼なんかは亜人だと思うけど」
「にゃるほど。……私は?」
千歳が首を傾けたのに合わせて俺の首も傾げてしまった。
「あの人たちは神様の獣って言ってたけど、本当は人間だから何だろうな? とりあえずこの世界にいる内は神様の獣で通して行こう。そうじゃないって言うとどんな厄介事に巻き込まれるかわからないしな」
「了解~」
種族に関して考察してる内にそれらしい建物にたどり着いた。西部劇に出てくるような開き扉に、盾をバックに剣が突き刺さっている看板。そして何よりも「冒険者ギルド」という文字が見えていた。
「ほえー本当に日本語で見えてるんだね」
千歳の言うとおりに看板に書かれている文字を俺達は読めていた。アラビア語のような図形めいた文字に浮かび上がるように日本語が読み取れる。これで会話、読み取りは問題がないことが判明した。問題は書き取りだな。
「覚悟はいいか千歳? ギルド内に踏み込むぞ」
「踏み込むってせー君警察じゃないんだから……」
少し呆れ混じりの千歳の声を無視してドアを開け放つ。幾分緊張していたせいか予想以上に勢いのついた扉は大きな音を立てて反対側にぶつかった。中のバーらしきスペースで飲食していた何人かが音に反応して振り向く。
傷だらけの鎧を纏い、長剣を背負っている男性。はたまた水着のような露出度の高い服を着ている女性。全身を包帯で包んだような奇妙ななりの者。その誰もが地球では滅多に見ることの出来ない負のオーラを纏っていた。武道に身を置くものだけが感知できる気配……殺気が見て取れた。眼光も鋭く冷たい。
彼らの視線を出来るだけ感じない振りをして受付を探す。ああいうのは目が会ったら絡まれてしまう。こちとら異世界に来てまだ初日なのだ。無用なトラブルに巻き込まれたくない。
「えっと……」
辺りを見回すとギルド内は酒場と兼用で使われているようだった。入って右半分が酒場エリアで、左半分のエリアは依頼書が張られているような掲示板とカウンターらしきものが見える。
そこに向かって歩き出す。
「……せー君、心なしか早歩きじゃにゃい?」
「やだなぁ、ははは気のせいだよ」
踏み出す一歩を速くして、蹴りだす一歩を強くする。
「って走ってるじゃにゃい!?」
「待ってろ金髪巨乳美人エルフの受付嬢!!」
「せ、せー君の浮気者っ!!」
よくわからんことを言いながら千歳が頬に爪を立てたけど俺の走りを止められない。
異世界にトリップしたらお近づきになりたい人ランキング1位の受付嬢がそこに待っているっ――!!
人を掻き分けて辿り着いたそこに座っていたのは――っ!?
「――慌てるなよ小僧? 黄泉には行きたくないだろう?」
銀髪糞ジジイだ――――っ!?