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クロネコとヤマト  作者: アルパカ
3/5

3.初戦闘

 テクテク。


「にゃんにゃーん♪」


 テクテク。


「にゃにゃにゃにゃーん♪」


 テクテク。


「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ♪」


 ピタッと止まる。


「にゃ? どうしたのかなせー君?」

「……重いよ千歳。後うっさい」

「し、失礼にゃ! レディーに体重の話を振るなんて」

「自分今雌やないかい」


 思わず似非関西弁が出てしまった。


 ヴリトラに教えられた道を歩き初めて約二時間。代わり映えしない草原を歩くのは飽きたし疲れた。

 

 この光景を見ただけでもここが日本じゃないと感じられる。途方も無い脱力感を感じて少し鬱。

 一方千歳は俺の頭の上に乗ってご機嫌に歌っていた。


 人の気も知らないでてめえ……

 

「いい加減自分で歩いてくれよ。『調整』は大体終わってるんだろ?」

「まだ違和感があるけどなんとか。あ、でも尻尾は難しかった」


 そう言うと俺の目の前に黒くて長い尻尾を垂らす。

 

「ええいうっとうしい! 調整できたのなら自分で歩け!」

「でもこの高さはいつもと視界が違って新鮮なんだもーん」

「全く……それにしても猫になってもお前のセンスは恐ろしいな。調整の会得は普通で7年かかるのに」

「え? そうかな? にゃはは……」


 珍しく素直に褒めてやると素直に照れているらしい。

 だけど照れ隠しとして頭に爪を立てるのは止めて欲しい。この年で禿げたら是非責任を取ってもらおうか。

 

「でもせー君の方が『観察』の会得は私より早かったんじゃにゃいの?」

「俺は1ヶ月かかったよ」

「早いじゃん! 普通は5年かかるって聞いたよ?」

「俺は修行する前も日常生活の中で意識させられていたからな……」


 『調整』と『観察』。

 うちの道場に入門した生徒が一番最初に行う訓練である。

 『剣を体の一部のように扱う』という言葉があるが、我が天ノ剣(アマノツルギ)道場では『万象を剣と成す』という理念が存在している。

 無論、剣術道場を謳っているから剣を扱う……と言うか森羅万象を剣に(・・・・・・・)する。木の枝や石や、コンクリート片でも折り紙でも全て。

 物体を『観察』し、重心、射程、切れ味、その他多くの情報を一瞬で把握する訓練を行うのだ。


「そんなの出来るの?」


 と思われるかも知れないが、意外に出来たりする。

 勿論ひたすら行う反復作業を行った先である。訓練の果てにある経験と体験がないと『観察』は会得出来ない。

 これらを一通り修めると表の免許皆伝が与えられる。


 そして裏伝の基礎として必要不可欠な技術が『調整』だ。

 ありとあらゆる物体を剣と見なし、修練と歴史を重ねてきたご先祖様が行き着いた先は自らの体を剣と成す(・・・・・・)ことであった。

 手刀、足刀は当然として虎爪や背刀に至るまで、およそ体を刀に表現できる部位全てを修めれば裏の免許皆伝が与えられる。

 調整とはすなわち『己を完璧に理解すること』。簡単に言えば肉体の完全把握である。

 これぐらいの力を入れたら指はこれぐらい曲がる。これぐらい走ったらこれぐらいの速度が出てこれぐらい疲れる、と言った具合にだ。

 調整を会得するためにはこれまたひたすら地味な反復訓練。

 大体の初心者はこの段階で辞めていく。

 そりゃ剣術道場に入門したのに何年も剣が握れないなら仕方ないと思うが。

 ちなみに俺は表、千歳は裏の免許皆伝だ。調整は会得したが、剣技の完全習得自体は至っていない。


 調整と観察を完全に会得すれば体は意のまま(・・・・・・)になり、初めて扱う武器の重さや長さの把握も一瞬で終わる。

 会得した者同士の組稽古は中々見応えがある。なんせ本気で攻撃を繰り出しているのに絶対に相手に当たることがない。

 それも己の肉体と武器を完全にコントロールし、完璧な寸止めを可能にしているからである。


 そんな無茶な剣術を生み出した開祖は自身を、周囲を剣と成し、やがては天を剣と成した(・・・・・・・)らしい。それ故流派が天ノ剣(アマノツルギ)と言う。

 眉唾100%。もうやるきるしかないよね。


 ちなみに千歳がいきなり四足歩行の猫の姿になってもバランスを崩さないのは調整を行い自身の体を確認したからだ。


「私は調整も観察も2年かかってやっと会得したのに……」

「それでも平均よりも半分以下なんだからいいじゃないか」

「うん! でもやっぱりせー君は凄いよ!」

「お、おう……」


 ちくしょう。逆に照れさせられてしまった。

 千歳が頭の上にいて俺の顔を見られないのが幸いだ。


「にゃ~。それにしても街が遠いね」

「だな。……お前その姿になってから『にゃー』が多いぞ?」

「にゃにゃ?」

「それ! それだよ! お前人間の姿の時は『にゃー』なんて言わなかったじゃないか」


 正確には猫を前にした時だけ言っていた。


「にゃはは……。この体になって影響されているのかも」

「体に思考が調整されてどうするんだよ……。ああこりゃうちの道場破門だな。元の世界に戻ったら爺様に言っておこう」

「にゃー! それは勘弁を!」


 千歳をいじって疲れを癒す。

 猫の姿によって癒し度が心なしか上がった気がする。


「止まってせー君」


 頭上から発せられた緊張感のある千歳の声に足が止まる。

 普段の陽気な声からはかけ離れたエマージェンシー(警告)の響きを含んでいた。


「……どうした?」

「視られてる。数は1つだけど殺意の匂いが強い……いや、これはもっと別の……?」


 山賊だかモンスターだが知らないが身を守らないといけない。

 肩にかけていた俺と千歳の荷物を下ろし、2つの竹刀袋から竹刀を取り出して両手に構える。

 天ノ剣(アマノツルギ)の表伝を修めている俺は武器が多ければ多いほど戦いやすい。


「猫になってからお前の勘の良さに磨きがかかったのかもな。野良犬ならいいんだけど……」

「なんだろうこの感じ……せー君来るよっ!!」


 千歳の叫びと共に前の草むらから飛び出してきたのは予想通りの野良犬ではなかった。

 いや、犬の姿ではあるんだけど……


「……でけえ」

「最強の犬種とも言われているチベタン・マスティフよりも大きいかも……」


 目の前には全長2メートルを超える猟犬と思われる生物が歯を剥き出しにし、仁王立ちしていた。犬種でありながら獅子のような鬣を携えて全身真っ黒。

 その眼はまっすぐにこちらをロックオンして、その口からは涎が垂れ流しになっている。


 ……あいつ俺達を食う気満々!


「異世界で最初の戦闘が中ボスっぽいんだけど……」

「せめてスライムレベルなら助かるんだけどにゃー」


 軽口を叩き合いながらも油断無く猟犬を見張る。

 体をコントロールするには冷静な思考が必要だ。

 だからあえて冗談を口にすることで思考に余裕を作っているのである。

 ……なんてカッコいいこと言ってもさっきのヴリトラクラスになると恐怖に飲まれてしまうが。


「俺の頭から絶対離れるなよ千歳」

「うん!」


 猫になってしまった千歳は戦力として数にいれられない。

 だからここは単騎で突破するしかない。


「ふっ!」


 短い呼気を吐いて息を整える。

 脈拍は正常。緊張もない。全身と竹刀も把握している。


「よしっ!!」


 気合一声。

 俺は千歳を頭に乗せたまま猟犬に向かって走り出した。

 気のせいかいつもより体が軽い。


「ガアッ!!」


 捕食されるべき対象が急に自分に向かって走り出したのに焦ったのか猟犬の初動が僅かに遅れる。

 その隙を見逃す程温い修行はしていない!


「疾っ!」


 飛び掛ろうとしている猟犬の機先を制するように右手の竹刀を突き出す。走った速度を上乗せした竹刀は正確に猟犬の頭部に吸い込まれる。

 狙いは眼球。

 訓練用に作られた竹刀で大型獣を殺すのは至難の技だ。

 だから行動不能に追い込むために急所を狙うことにした。


「グルルッ!」

「ちッ!」


 眼球を突き刺すはずの竹刀は身を低く飛び込んできた猟犬の上空を通過する。こちらの予想した速度よりも猟犬は1枚速かった。

 地に伏せながら飛び掛ってきた猟犬は口を開き、そのギラリと光る牙で俺の下腹部を狙う。攻撃を回避された俺は慌てることなく左手に持っていた竹刀を地面に突き刺し、棒高跳びの要領で跳躍した。

 空を舞った俺の下を猟犬が通過する。

 着地して振り返った俺の眼前には、牙。

 

 さすがは獣。

 反応反射が人間のそれとは違う。

 

 振り返った時に生じた遠心力を利用してわざと(・・・)膝を折って体勢を崩す。猟犬の下に潜り込んだ俺はブリッジに近い姿勢のまま二刀を猟犬の鳩尾に突き刺す。

 切っ先が鞣革で包まれている竹刀に殺傷能力はないが、僅かにめり込んだ。


「ギャアッ!」


 猟犬が苦しげな悲鳴を漏らす。

 そのまま俺は地面に寝転びながら竹刀と足を使って猟犬を投げ飛ばした。


「お見事せー君!」

「これで終われば……って無理かそりゃ」


 瞬時に体勢を起こして猟犬の迎撃体制を整える。やつは獲物に反撃されたのが余程頭に来たのか、先ほど以上に殺気を撒き散らしていた。

 その体はいつ飛び出してもいいように伏せられている。


「窮鼠……じゃなくて窮犬、猫を噛む」

「え? 私噛まれるの?」

「……窮犬って所に注目して欲しかったんだけどな」


 相変わらずの(かぶ)きっぷりである。

 いや、紛らわしい諺を使った俺が悪いか。

 

「千歳、降りてくれ。次の技は全力で行く」

「わかったよ。相手がまだ油断してる間に決めないとね」

「そう言う事だ」


 千歳が地面に降り立ったのを確認すると身を屈める。全身に力はまだ入れない。そもそも戦闘中は常に力を入れる必要はない。稼動する瞬間に力を込め、稼動中は力を抜くことによって動きを阻害しないことだ。


 猟犬との間の空気だけが重く緊張感を伴っていく。

 地を蹴ったきっかけはなく、それが逆に相手の虚を突いた。


 俺は深く沈みこんだ体制から一気に地を這うように滑空する。

 猟犬の爪と俺の剣、両方の間合いに入る前から左手の竹刀の柄をギリギリまで握り、前に突き出して半身で突き進む。

 猟犬は自身に飛び込んでくる竹刀の切っ先を視認し、回避行動を取る前に俺が先手を打った。

 左手の竹刀の尻に当たる部分――柄頭に右手の竹刀の剣先を合わせる。見えない正中線を軸に体をグルッと半回転させて、右手で握っていた柄を外し柄頭に掌底を押し込みながら打ち込んだ。左手の竹刀が右手の竹刀に押し出される形で前方へと射出される。

 俺自身の速度と途中で加速された竹刀は猟犬の眼球へと突き刺さり、中ほどまで侵入して停止した。


 天ノ剣(アマノツルギ)流表伝・攻式(なな)番――『虎突』


 完全把握した武具を肉体の制御を持って、最も速度が乗った状態時で武具を突き刺す技だ。

 本来は今回のように武具を重ねる必要も無いが、初めて相対したモンスターだから念には念を入れて奇襲と遠距離技へと変化させた。


「……悪いとは思ってるよ。でもこれは正当防衛だからな?」

「ギャアアアアッ!!」


 猟犬が苦しげな悲鳴を上げて暴れまわる。

 叫び声が小さくにつれ挙動も停滞していき、やがて何も言わずに横たわった。


「……あー終わった」

「お疲れ様せー君」


 千歳が一飛びで頭の上に乗ってきた。彼女の重さが頭に心地良い。

 戦闘で僅かに疲弊した体と精神が、猫になった千歳から発せられるマイナスイオン的な何かで癒されてるみたいだ。

 ……もしかしてこれが魔力か?


「にゃ? どうしたのせー君?」


 頭に乗った千歳を抱きかかえて正面から見つめる。相変わらず庇護欲をかきたてる可愛いにゃんこだ。

 ……決して中身が千歳だからじゃないぞ。

 と思ったけど人間の時の千歳も保護欲をかきたてる何かを持っていた。

 兄心が染み付いていると感じた16の夏。


「そ、そんなに視られていると恥ずかしいにゃ……」


 先ほどの疑念が正しいかを見極めるために眼を凝らして千歳を見つめる。


「……ん?」


 そうすると恥ずかしそうにクネクネしている実体とは別に、体の周りを白い膜が覆っているのが確認できた。

 当たり前だけど地球にいた時はこんな白い膜が張っていることなんかなかった。10年間千歳を見続けた俺が言うのだから絶対だ。

 となればやはりこの白い膜が魔力だろう。

 よく視ると千歳を抱きかかえている俺の腕にも薄く膜が張っていることに気付く。千歳を覆う魔力に比べれば厚さも濃さもないが、確かに魔力を確認できた。

 そう言えばさっきの戦闘開始時にやたら動きにキレがあった気がする。調整によって向上した身体能力も把握し違和感なく戦えたけど今思うとおかしい。

 ヴリトラは『魔力を使えば肉体を強化できる』と言っていたが、さっきの戦闘は無意識に肉体を強化してみたのではないか?

 

「せー君嬉しいの?」

「え?」

「なんかニヤニヤしてるよ」

「……別に」


 思考に陥ってニヤケ面を千歳に見せてしまった。

 いやだって異世界とか魔法とか思春期の男子高校生なら一度は憧れるものでしょう!


「にゃ……せー君、あれ」


 千歳の視線を辿るとそこには事切れた猟犬が横たわっていた。そしてその肉体が驚くべき速度で風化していく。

 物理法則をまるで無視した現象だ。


 風化して風と共に消えた猟犬がいた場所にはある物体が転がっていた。


「……まじかよ」


 それ(・・)を見た瞬間、確信していたはずの異世界説が怪しくなってきた。


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