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クロネコとヤマト  作者: アルパカ
2/5

2.異世界歓迎

「お前が千歳!? なんで黒猫になってるんだ!?」

「い、痛いよせー君……」


 思わず黒猫――千歳を抱く力が強くなっていたようだ。

 

「ご、ごめん! ……本当に千歳なんだよな?」

「うん……」


 黒猫の全身を観察する。外見には千歳要素が一切見られない。

 栗色の髪は黒く染まり、綺麗だった黒い瞳は黄金に輝いている。

 何よりも外見(・・)が違う。

 それでもこの黒猫が千歳だと思ってしまうのは、10年間近くで見続けた仕草と千歳自身の声を発しているからだ。


「は、恥ずかしいからそんなに見にゃいでよ……!」


 俺に両脇を抱えられたまま、器用に両手で胸部を隠す千歳。ご丁寧に尻尾を下半身に巻きつけている。顔は恥ずかしいのか僅かに上気している。

 そんな姿を見た俺の脳裏に、一つの考えが過ぎる。


 ……あれ? おかしいな? 人間の時よりも格段に色気を感じるのだが……


 プスッと一刺し。


「痛ぇぇぇぇっっ!!」

「なんか失礼なことを考えてた気がしたにゃ」


 尖った爪で額を突かれた。

 幼馴染には考えていることが読まれているようだ。


「痛い……」

「ごめんにゃさい! ……そんなに痛かった……?」


 不安げにこちらを見つめる千歳。


痛い(・・)んだ……。……ここは夢じゃない」


 千歳を地面に下ろして考える。

 この異常な事態に遭遇した時にまず考えたのが、ここは夢の中じゃないかということだ。知らない場所に飛ばされて、しかも千歳が黒猫になってしまった。

 そんなのどう考えても現実だと思えない。

 それでも痛いと感じてしまった(・・・・)


「残る可能性は今話題のVRみたいな仮想空間か……異世界に飛ばされたかだな」

「前者はまだ実現してにゃいんじゃないの? かと言ってオーグメント(拡張)ヴァーチャル(仮想)でもないみたいだし」


 この草原からは草の匂いがし、気温も感じる。そして千歳に突かれた額はまだ痛い。感覚全てが体験できるVRというのは知る限りでは実現していないはずだ。

 そして一陣の風が草原を通り過ぎた。


「うう……少し寒いにゃ」


 千歳も寒いという感覚を味わい、身を震わせた。

 主観である俺自身が感じた痛覚は紛れもないもので、ここが現実だと知らされた。目の前にいる千歳は俺が見ている幻覚の可能性が残るが、それはありえない(・・・・・)。理由も根拠もない。だけど目の前の黒猫は千歳だ。その彼女が寒いと感じている以上、俺達は同時に違う場所へと飛ばされたのだ。


 器用に鞄の中からスポーツタオルを取り出した千歳がそれを羽織る。しかし前で結ぼうとしたが上手くいかないみたいだ。


「にゃにゃにゃ……せー君これ結んで……」

「はいはい」


 結んであげるとまるでマントのようになった。

 しかし本人……本猫は気に入ったらしく喜色満面だ。


「……となると異世界トリップが濃厚かね。現実的に考えて」


 異世界なのに現実的とはこれいかに。


「宇宙人に攫われたってことはにゃいのかな?」

「アブダクションの可能性も確かにあるな。そもそもここが地球かどうかだ」


 辺りを見渡すと変わらない草原。北海道や海外ならばこれだけの空間は確保できそうなものだが。


「――?」


 明るかった周囲が突如闇に覆われる。

 先ほどまでは明るかったのになぜ?


「せー君! 上っ!」


 緊迫した千歳の声に慌てて上を向く。

 そこには太陽を背にした大きな物体がこちらに向けてゆっくりと降りてきた。

 潰されないように千歳を抱えて離脱する。


 地響きと共に空から飛来してきた物体の正体が判明した。


「嘘…だろ?」


 ここが地球ではないのを決定付けると共に、これから訪れるであろう絶望を知った。


 全身を覆う漆黒の鱗。起立した4本の脚部とは別に、肩口から生える翼。そして頭部には鋭利な牙と角。鋭利な牙が覗くその口には、一本の刀が真横に咥えられていた。

 爬虫類に酷似した様相ながら、決定的に異なる。

 それは幻想の中で生きると言われているドラゴンであった。


 漆黒の竜が、翡翠の瞳を持って俺達を見つめていた。


 今まで生きてきた中で最大級の恐怖を感じる。

 歯がかみ合わずガチガチとうるさい。全身を覆う寒気が取れないのに、汗だけが滝のように流れ落ちる。


 ドラゴンは何を考えているかこちらをじっと見つめているだけだ。


「ドラゴンさん、ここはどこにゃの?」


 極限の緊張感を打ち破ったのは暢気な千歳の声だった。


「お前!? 言葉が通じる訳ないだろう!? そんなことより逃げっ――!!」

「……大丈夫だよせー君。だってドラゴンさんの眼が優しいもん」


 俺の怒号を遮るように千歳が喋る。彼女は怖くないと言わんばかりにドラゴンに向かって歩いていく。


 無防備にも程がある!! ここが俺らがいた平和な日本じゃねーんだぞ!!


「お、おいっ!」

「だいじょーぶ。だいじょーぶ!」


 ドラゴンは近づいていく千歳を興味深そうに見守り、その大きな口を開いた。


 恐怖で固まった全身に無理やり気を張り巡らせ、動け!、奮い立たせる。

 ようやく動いた俺の眼の前で


 ドラゴンが千歳を一飲みしようと近づいていき……


「千歳っ!!」

「にゃはは!」


 舌で千歳の頭を撫でたのだ。


「…………え?」

「だから言ったじゃない。このドラゴンさんは良いドラゴンさんだよ」

「…………えー」


 良いドラゴンはおろか悪いドラゴンにも会ったことがないから判断できないでもこのドラゴンは俺達に対して敵意はないようだ。

 警戒心を若干解いてドラゴンに近づく。

 近くで見ると、確かに翡翠の瞳は柔らかな光を湛えていた。


 ……でも良いドラゴンだからと言って、結局俺達はどうすれば良いのだろうか?


『汝らは、異世界からの来訪者で相違無いか人の子らよ?』

「!?」


 突如脳に声が鳴り響いた。


「にゃー! 何か声が聞こえるよせー君!」


 そして何故かはしゃいでいる千歳。そのお気楽な思考を少し分けて欲しい。

 こっちは連続した異常事態にパニック寸前だ。


 ドラゴンは確かめるようにゆっくりと頭を下げた。


『驚かせてすまない。懐かしい匂いがしたのでつい釣られて来てしまった』

「この声はあんた……なのか?」


 目の前に立つドラゴンに話しかける。

 原因がこれ(・・)しか考えられない。


『いかにも。お主は現状をどう捉えておる?』

「……異世界に召還されたとしか」


 千歳の黒猫化、ドラゴン、念話。

 地球では考えられない現象を見るに、ここが異世界であると思うしかない。

 そうでないと辻褄が合わない(・・・・)


『理解が早いな』


 ただの現実逃避とも言う。


「……まあ漫画とかアニメとか好きですし」

「せー君は修行無い時はずっと部屋に篭っているからね」

「運動とサブカルチャーの両方を極めてこそ意味がある」


 やってて良かったヲタク文化。ちなみにレトロタイプのヲタクではなく、リアルも充実したヲタクを目指している。


『……続けてもよいか?』

「あ、すんません」


 幻想種に気を遣わせてしまった。

 元の世界に戻ったら皆に自慢しよ。……戻れたらね。


『お主達は異世界からこの世界に召還された。我が予想するに、元いた世界には魔法という物が存在しないのではないか?』

「……ない」


 魔法。

 まあドラゴンがいる時点で予想しなかった訳ではない。


『左様か。この世界は、生きるもの全てに魔力が備わっている。その魔力を持って肉体を強化することや、魔法を使用することも可能だ』

「いいね。ファンタジーっぽくて」


 やべえ少しテンション上がってきた! ……が、疑問も生まれた。


『お主達がこの世界で生きていくには魔力を操る技術が必要不可欠であろう。まずは魔力の扱いを学ぶがいい』

「……なんであんたは色々教えてくれるんだ?」


 疑問だらけの今の現状で、これだけはしっかりと考えられる。


『都合が良すぎないか?』


 ということである。

 突然の異世界。そして狙ったかのようにアドバイスをくれる謎のドラゴン。これが漫画やゲームの中の話であるのならば理解は出来る。

 このドラゴンは物語のアドバイザー(・・・・・・)なのだと。

 だけど今俺が感じている感覚は、ここが『現実』だと理解している。だから今の状況は都合が良すぎると考えてしまうのだ。


 この状況は『誰かによって作り出された状況』であると。


 俺が聞くと、ドラゴンは遠い眼をした。その瞳には嘘や虚構は感じられない。

 感じ取ってはならないと思わせる強い瞳だった。


『昔、そう気が遠くなるほど遠い過去だ。我は異世界から召還された者達に育てられた。だからこれはその恩返しと言った所だな。ただ、懐かしい匂いに惹かれてやってきた、哀れな竜というだけだ』


 そう語るドラゴンの瞳は哀愁に満ちている。

 空想上のドラゴンは無機質な存在かと思っていたが、実際は違うらしい。

 感情があり、どこはかとなく人間臭い。


「そっか……。誰か分からないけどその人達に感謝しないとな」


 混乱は以前継続中だが、このドラゴンの言うことは本当だと感じた。何もわからない異世界に投げ出されたからこそ、自分が感じた直感だけは信じないといけない。おっとあと千歳のことも。


『……全くだ。この先を進んでいくと大きな街――王都がある。そこに拠点を構えて、今後を考えるといいだろう。我が案内出来ればいいのだが……』


 そこでドラゴンは少し考える素振りを見せた。


『……生憎この身は目立ち過ぎるのでな。済まぬ』

「十分過ぎるよ。あんたには感謝してる。ああ一点だけ聞きたいことがある。この黒猫は元いた世界では人間なんだ。でもこっちに来た瞬間に黒猫になったんだけど、どうすればいいかな?」

変身能力(トランスフォーム)の一種か? そうであれば本人の意思で変身が可能だが』

「だってさ千歳」


 呼ばれた千歳は握りこぶしを作って震えている。


「にゃにゃにゃにゃにゃ~!! ……どう?」


 変化なし。


『異空間を越えた時に魂と肉体の間に不備が起きた可能性がある。現状では何とも言えんな』


 そもそも地球からこっちに来るときに黒猫と一緒に来たのだから、そこで肉体と魂とやらが混ざり合ったのかも知れないと。

 魂とか言われてもねー


「とりあえずその街に着いたら元の世界に戻る方法と、千歳を人間に戻す方法を調べないとな」


 地球に帰れても千歳が猫のままだったら意味が無い。彼女が五体満足で戻ることも俺の使命だ。


 ドラゴンは笑みを作ると翼を広げた。


『さて、我には追っ手が迫っているのでここまでだ。再度邂逅できる日を楽しみにしている』

「ありがとうドラゴンさん。私の名前は千歳。こっちはせー君です」

「ちょっ!? 俺の名前は……」

『……千歳とせー君か。この胸に刻んでおこう』

「ちょっ!?」


 ドラゴンに不名誉な名前を覚えられてしまった!


『我の名はユ……いや、我の名は天王竜・ヴリトラ。運命の交差路でまた会おう』


 そう言うとヴリトラは飛び去る。

 悠然と飛び去るその姿を見て、改めてここは地球とは違うと思い知らされた。


 それより……

 

「名前を訂正する暇がなかった……」


 思わず両手膝を着いていると頭に重みを感じた。


「綺麗だったねヴリトラさん。そしてなんでせー君は凹んでいるの?」


 千歳の声が頭の上から聞こえる。俺の髪は少し癖毛だから爪が引っかかって痛い。

 さっきの件と併せて今度マタタビがあったら死ぬほど与えてやる。


「覚えてろよ……」

「!? にゃ、にゃにをするつもりなのかなせー君!?」

「内緒だ。それよりも綺麗(・・)?」


 確かに美しいとは思ったけど、どちらかと言えば格好良かった気がするが。

 男と女の感じ方の違いだろうか。


「だって女性(・・)だったよ? ヴリトラさん」

「え!? マジで!? 雌っ!?」

「うん。なんとなくそう思った」


 千歳の勘は俺と違ってよく当たる。

 彼女が女性と言うならヴリトラは女性であろう。


 異世界、黒猫、ドラゴン、魔力、街、地球に戻る方法……色々考えることはあるけど。


「あーとりあえず街に向かうか」

「そうだね! なんかワクワクしてきたにゃ!」

「ほどほどにな」


 そう千歳を諌めつつも、俺も零れる笑みを抑える事が出来なかった。

 異世界に来て、ドラゴンに会って、魔法の存在を知った。

 それだけでワクワクを抑えられない。

 ……何よりも傍に千歳がいる。


 こうして初めての異世界接触は終了したのであった。

 千歳を頭に乗せて旅路を行く。



■□■□■□■□■□■□■■■□■□■□■□■□■□■■■□■□■□■□■□■□


「いたぞー!! 黒色ランクモンスターのヴリトラだ!! 逃がすな!!」

「回り込むんだ! 確実に仕留めろ!! 魔法準備っ!!」


 眼下で冒険者達がうるさく騒いでいる。

 この人達のせいで、先ほどの素晴らしい出会いが台無しになりそうだった。

 追われてなければもう少し2人と一緒にいて私は……いや、何をするつもりだったのだろうか?

 とりあえずこの人達を追っ払おう。


『消え去るがいい』

「!? 頭の中で声が聞こえたぞ!?」

「こんなモンスター見たことねえ!」


 ……もう嫌だ。

 威厳を出すための尊大な言葉遣いもどうやらマイナスに働いているらしい。

 ただでさえ竜形態(・・・)の時は迫力があるらしいので、それに合うように意識した言葉は冒険者を恐怖に落とすのには十分のようだ。

 いっそ人間の姿に戻って「モンスターじゃないよ(・・・)!」と言ってしまおうか?


「殺せ! あいつを倒したら俺らのチームの名が大陸に響き渡るぞ!!」

「おお! あいつを殺すのは俺達『火山口』だ!!」


 ……やっぱやめよう。話を聞くような人達じゃなさそう。

 私が冒険者だった(・・・・・・)時はもう少しまともな人達がいたと思うんだけどな。


 このまま彼らを追い払うのは容易だけど、変に禍根を残すようなことはしたくない。

 だから逃げることにした。

 翼を今まで以上に広げ、高度を上げる。

 冒険者の騒ぎ声が聞こえてくるが、他の事を考えていた私は脳に入ってこなかった。


 脳裏に映るのは先ほどの千歳とせー君。……そして2人に重なるように見えたのは私と弟……そして父様と母様の姿だった。


 思わず涙腺が緩む。

 両親がいなくなってから150年。そして弟がいなくなってから120年。

 長い時間を1人で生きてきた私は寂しかった。

 だからこの世界には干渉しないというルールを破ってでも、懐かしい異世界の匂いに惹かれて2人の元につい行ってしまった。


 ……そろそろ自分を許しても、許されてもいいのかも知れない。

 無意識に繋がりを求め、2人に会いに行ったのが何よりの証拠だ。

 両親を殺してしまった(・・・・・・・)自らの罰として人との接触を絶った。

 そのまま竜の姿で月日が流れ、気付いたら最上級危険モンスターの証である『黒色』を冒険者ギルドから指定されて、『天王竜ヴリトラ』なんて名前も付けられた。

 私には両親からもらった立派な名前があるというのに。


「王都かぁ……」


 千歳とせー君に教えてあげた街はこの国の王都だ。

 異世界に来たばかりの2人は生きていくためにおそらく冒険者を始めるだろう。

 2人からは武道を嗜んでいると思われる特有の匂いがしたが、血の香りはしなかった。

 冒険者になったばかりは苦労したと父様が言っていたし、多少動けるだけなら難しいだろう。

 

 ……決めた。

 私も王都に行こう。

 そして2人を……助けられなかった両親の代わりに助けよう。

 それが出来て初めて自らの罪を許してあげよう。


「守ってみせる……今度こそ……今度こそ……っ!」


 誰に聞かれるでもない私の決意は、空に溶けて霧散した。


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