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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第4.5章 みんな大好き親衛隊長編(ダンジョンマスターvs最強兵器)
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親衛隊員選抜試験⑤


 地下施設から脱出したエキュリアは、騎馬を駆って王都へ向かっていた。

 他の騎士たちも後に続いている。

 シロガネとクマガネも、サラブレッドの背に乗って同行していた。


「本当に、スピアを待っていなくてよいのだな?」


 横を走るシロガネに、エキュリアが苦々しげな顔で確認をする。

 ちらりと背後を振り返れば、多数のゴーレムがまだ追ってきていた。少女一人を置き去りにできる状況ではないと、騎士でなくとも思うだろう。


 一人だけでも待つ、という選択もエキュリアの頭の中にはあった。

 それでも離れるのを優先したのは、シロガネの言葉を信じたからだ。


「皆様が早急に離れられることを、ご主人様は望んでおられます」


 スピアに対する忠誠心に関しては、シロガネは誰よりも勝っている。

 もはや狂信的と言っていいほどなのは、エキュリアも承知していた。


 とはいえ、やはり後ろ髪引かれる想いは残る。

 またスピアを危地に立たせてしまった罪悪感―――、

 それと同時に、またとんでもないことを仕出かすのでは、という不安もあった。

 あるいは、それも信頼に近いのかも知れない。


「……まあ、こんな荒野では何をしても後には残らんか」


 エキュリアの脳裏を掠めたのは、以前に王都すべてが浮上したことだ。

 さすがにあれだけの真似はもう不可能だと、スピア本人も言っていた。


 けれどその言葉からは、他のことは可能だとも察せられる。

 例えば、 辺り一面を底無し沼に変えて敵を足止めするとか。

 ゴーレム軍団も一掃できる強大な魔物を召喚するとか。

 あるいは大量のプルンを召喚して数の暴力で対抗するとか―――、


 あれこれと想像できたエキュリアだが、軽く頭を振って思考を切り替えた。


「ともかくも、いまは無事に逃げおおせるのが最優先だな」


 エキュリアは手綱を握り締める。

 自分たちが無事でなければスピアも悲しむだろう、というのも察せられた。


 絶え間無く聞こえる馬蹄の音に、いくらか荒い呼吸音が混じるようになっていた。

 周りの騎士も馬も、徐々に疲れが見えてきている。王都まで駆け抜ける程度の体力はあるけれど、このままゴーレムを引き連れて帰還するのも良案とはいえない。


 エキュリアとしては、敵の数を減らす策くらいは打ちたいところだ。

 それに、まだ追いつかれないとは言い切れなかった。


「エキュリア様、あれを!」


「なに……っ!?」


 騎士の声に振り返ると、土煙を上げて異形のゴーレム群が迫ってくるところだった。

 まるで蜘蛛のような形をしている。妙に関節の多い足は六本、体高は低く、それでいて馬以上の速度で追ってきていた。


 奇妙すぎる姿に、エキュリアはしばし絶句してしまう。

 それでも隣を駆けるシロガネは冷徹だった。


「クマガネ、やりなさい。一匹たりとも近づけてはなりません」


「がぅ」


 短い返答とともに、クマガネが肩に担いでいた巨大ハンマーを放り投げる。

 くるくると横に回転するハンマーは、迫り来る蜘蛛ゴーレム群に猛然と襲い掛かった。


 轟音が響く。無数の破片が平原に飛び散る。

 重くとも正確な打撃が、次々とゴーレムの足を破壊していった。

 腕に覚えのある騎士でも愕然とするほどの芸当だが―――、

 単純にクマガネの腕力が桁外れなだけ、という訳でもない。投げ放たれたハンマーには複雑な魔法陣も施されていて、その効果によって打撃力を増していた。


 魔法効果つきの武具を与えられたメイドなど、王族の侍従でもそうそういない。

 いまの状況では、とても頼りになる。

 しかしエキュリアとしては、感心とともに呆れる気持ちも抑えきれなかった。


「またスピアに問い質すべき事柄が増えたぞ」


 そう呟きが漏れる間に、クマガネは強く腕を振るっていた。

 凄まじい破壊力を見せたハンマーだが、さすがにゴーレムを十体も壊せば勢いも落ちてくる。投げ放たれたのだから、あとはそのまま落下―――とはならなかった。


 クマガネの手には細い鎖が握られている。

 投げ放ったハンマーの柄から、その鎖は伸びていた。

 矢も届かないほどの距離まで伸びる鎖だ。それもまた特別製で、淡い光を纏っている。


「……追っ手の迎撃は任せてよさそうだな。皆、落ち着いて走ることに集中しろ!」


 騎士たちへ指示を送る声に、重々しい破壊音が混じる。

 クマガネが腕を振るうたびに、砕かれるゴーレムが増えていった。


 他にも空を飛ぶ球体や、鳥型のゴーレムも現れたが、脅威にはならなかった。

 シロガネが炸裂する光弾を放ち、広範囲に破壊を振り撒く。

 いつの間にかやって来ていたトマホークも、空中から雷撃の雨を降らせていった。


 ゴーレム側からすれば、手酷すぎる反撃だろう。稀に魔法による光弾や炎弾も騎士たちを狙ってきたが、すべてシロガネが浮かべた障壁によって防がれている。


 そうしてエキュリアたちは草原を走り続ける。

 ひとまずは追っ手を返り討ちにすることができた。

 騎士たちの中には安堵を漏らす者もいたが、エキュリアはずっと眉根を寄せたままだった。


「こちらはなんとかなりそうだが……」


 やはり、残してきたスピアのことが脳裏を掠める。

 無事だと思える材料はたくさんある。信頼だってしている。

 それでも、ほとんど味方もいない状況で、圧倒的な数のゴーレムと相対しなければならない。


 あるいは、もしかしたら―――そうエキュリアが唇を噛んだ時だ。

 ズゥン!、と重い衝撃が足下を揺らした。


「っ―――何事だ!?」


 一拍遅れて、腹に響くような轟音も響いてくる。

 何頭かの馬が驚き、嘶いて足を止めた。

 エキュリアも咄嗟に振り返る。突風も吹いて、僅かに視界を遮った。


 振り返った視界に映ったのは、まず立ち昇る土煙。

 ちょうど地下施設のあった丘陵地帯の中心あたりから、土色混じりの煙が立ち昇っていた。よく見れば、その辺りの風景自体も違っていると分かる。


 ほんの少し前まで、なだらかに膨れた草原が広がっていたはずだ。

 いまは土砂が噴出したように乱れている。

 なにか派手なことが起こったのは、エキュリアにも察せられた。

 しかし理解が追いつかない。


「……丘が、消えた?」


 目の前の光景をそのまま、ぽつりと言葉にする。

 丘陵のひとつが、巨大な陥没地へと変わり果てていた。







 パカリ、と宝箱が開く。

 そこから現れたスピアは、舞い散る土埃を払いながら左右へ視線を巡らせた。

 一緒に飛び出したぷるるんも、辺りを窺うように小刻みに震える。


 周囲は、半球状の洞窟になっている。

 貴族の屋敷が丸ごと入るくらいに広い空間だ。

 荒い土壁や天井には、所々に魔法陣が刻まれて光源となっている。視界を遮る物はほとんどない。けれど所々に、人工物だった石や鉄の破片が埋もれていた。


「よし。大深度崩壊アタック、成功だね」


 にんまりと笑みを浮かべて、スピアは平坦な胸を逸らす。

 ぷるっ!、と黄金色の塊も嬉しそうに揺れた。


 いまスピアが居る場所は、地下施設の最下層―――そのさらに地下だ。

 ダンジョン魔法は、基本的に他者の“領域”には干渉できない。大量の魔力を注ぎ込めば不可能ではないけれど、硬い氷を指先の熱だけで溶かしていくようなもの。

 つまりは、巨大な地下迷宮をいきなり作り変える、なんて真似はできない。


 今回の地下施設にしても同じこと。

 施設を支配する主の意思によって、しっかりと領域が張り巡らされていた。

 ただし、施設そのものに関しては、だ。


 その張り巡らされた領域の、さらに地下へスピアは狙いを定めた。

 最下層まで直接に乗り込めば、そこからより深い位置へ対してはダンジョン魔法で干渉を行える。何故なら、最下層より下はもう誰の領域でもないのだから。


 そして、地下をくり抜いた。

 巨大な構造物は、必然、自分の重みで落下して潰される。

 どんな建物でも、たとえ地下施設だろうと、足場を崩されれば耐えられない。

 もちろんスピアも巻き込まれるが、そこは頑丈な宝箱に入って難を逃れた。


 そして崩壊した後なら、そこはもう誰が支配するものでもない。

 土地の権利などとなれば話は違うが、“領域”の支配には実態と意思が必要だ。

 誰のものでもなければ、スピアは自在に作り変えられる。

 周囲を洞窟にしての脱出も簡単だった。


「それにしても……初めて地下迷宮ダンジョンっぽいものを作ったかも」


 これまでも壁とか落とし穴とか、ダンジョンに関わるものは使っていた。

 だけど、どれも部品に過ぎない。

 地下深くに構造物を作ったのは初めてだし、やはりダンジョン“らしい”と思える。


 まあ感覚的なものだし、いまはどうでもいい事柄で―――、

 スピアは思考を切り替えて、足を前へ進めた。


「まあ、いきなり家を壊しちゃったのは、ちょっぴり悪い気もするけど」


 僅かに目を細めたスピアは、緊張感を纏いなおす。

 ほとんどのゴーレムは崩壊する施設とともに、まとめて破壊できた。

 頑丈な作りをしていたものも、土砂に埋もれて身動きはできない。

 だけどスピアの正面には、まだ中枢となっていた巨大ゴーレムが残っていた。


「エキュリアさんの安全には代えられないからね。攻撃してきたのはそっちだし」


 ギギィ、と歯軋りにも似た音が洞穴の中に響く。

 虫みたいに細長い顔をした異形のゴーレムが、スピアを見下ろしていた。

 すでにその胴体は地に落ちている。けれど妙に長い腕で自身を支えて、起き上がろうとしていた。


「ん……外のもまだ動いてるんだ。完全に停止させないとダメかな」


 シロガネを介して、いまもスピアは外の状況を把握している。

 だから傷ついたゴーレムに対しても容赦しない。

 静かな足取りで距離を詰めて、手刀を振り払おうとする。


 けれどほぼ同時に、異形ゴーレムの目が光を放った。十個もある眼球は、其々が人間の頭ほどに大きい。複雑な魔法陣が刻まれて攻撃能力も備えていた。

 放たれた光は、人の体くらいは簡単に貫いて焼き尽くせただろう。


 それでもスピアが手刀を払う方が早かった。

 空間が斬り裂かれ、衝突する光をあっさりと散らす。

 十個の目から放たれた光の内、いくつかは斬撃の範囲から逸れていた。

 しかしスピアに届く直前で、弾かれたように散って消える。


「むぅ。意外と熱い?」


 無傷だったスピアだが、不機嫌そうに眉根を寄せた。

 散った光が壁や床を焼き、熔解させて、白煙とともに熱気を立ち昇らせた。


「暴れられる前に片付けよう。ぷるるんも、腕の二本くらい頼めるかな?」


「ぷるっ!」


 任せろ!、とでも言いたげに、黄金色の塊が跳ねる。

 そうしてスピアとともに異形ゴーレムへと速度を上げて向かっていく。


 対する異形ゴーレムも、ただ待ってはいない。

 巨大な腕を振り上げて、今度はスピアたちをまとめて押し潰そうとする。

 妙に関節の多い腕は、その巨大さに似合わず素早く動いた。

 さながら落石でも起こったかのように、一人と一体を影が覆う。


「腰が入ってません」


 上半身だけのゴーレムには無茶な要求だが―――、

 駆ける足を一旦止めると、スピアは僅かに身を屈め、拳を突き上げた。


 迫ってきた巨大な掌を殴り返す。

 金槌を叩き合わせたような轟音が響き渡った。

 小さな拳が押し勝ち、巨大な金属腕が跳ね上げられる。

 そのまま異形ゴーレムはぐらりと体勢を崩した。


「ぷるるん、フルバースト!!」


 高く跳ねたぷるるんが、凝縮するように震える。

 次の瞬間、輝く高圧水流が何本も放たれた。

 鋼鉄板すらも貫く水流は、異形ゴーレムの太い腕も綺麗に斬り裂く。

 片側二本の腕が根元から断たれた。支えを失い、異形ゴーレムは派手に横転する。激しい土埃が舞い上がり、虫が鳴くように耳障りな声が洞穴に木霊した。


 断末摩にも似た悲鳴だけでも、人を威嚇する効果はあっただろう。

 けれどスピアは構わずに、さらに踏み込む。


「ダンジョン武闘術、初伝―――」


 小さく告げた言葉に、破壊音が重なる。

 スピアが踏み込むと同時に、洞穴の天井から鉄柱が突き下ろされていた。

 この場はすでにスピアの領域で、自在に作り変えることができる。しかも鉄柱のように単純な構造物なら、瞬時に何本でも扱えた。


 先端の尖った槍のような鉄柱は、異形ゴーレムの巨体に対しても充分な凶器だ。

 深く食い込み、貫き、地面に縫い付ける。


「―――鉄骨粉砕拳です!」


 跳躍したスピアは、異形ゴーレムの顔に拳を叩きつけた。

 小さな拳に凝縮された衝撃は、巨体の中心部を一直線に貫く。

 一瞬の間を置いて、内部から爆発したように硬い体は砕け散った。


「よっ、と。怖い顔の割には呆気なかったね」


 くるりと空中で身を翻し、硬い破片を払いながらスピアは着地する。

 ぷるるんも、呑気そうに跳ねながら近寄ってきた。


 スピアはあらためて周囲を見渡す。

 もはや洞穴の中は静寂に包まれている。動く無機物は存在しない。

 ひとまず警戒を解いても問題はなさそうだったが―――。


「んん~……一応、ゴーレムの核くらいは持って帰ろう」


 スピアは首を捻りつつ、がそこそと足下の瓦礫を掻き分けていく。

 小さな輝く石を拾い上げると、『倉庫』の影へと放り込んだ。



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