親衛隊員選抜試験③
薄暗い通路に、硬く重い音が断続的に響く。
石造りのゴーレムに対し、騎士たちが連携して戦っていた。
大型の盾を構えた騎士数名が、ゴーレムの攻撃を引きつけ、受け止める。
その間に、鉄槌を振るう騎士たちが反撃を行う。
淡い魔力光を放つ鉄槌が、ゴーレムの太い足を叩き割った。
「よし、足は止めたぞ! トドメは任せる!」
「任された。奥の奴は一段動きが速いぞ、気をつけろ!」
「っ、また来るぞ! 左の通路から二体、いや三体だ!」
「焦るな。さっきも言った通り、通路の幅を利用して順番に対処すればいい」
早口での遣り取りの間に、また硬い音が響いて石の破片が散らばる。
圧倒とはいかないまでも、騎士たちは着実にゴーレムを打ち倒していた。
そうしてゆっくりではあるけれど、奥へと探索を進めている。
スピアが用意した武具の効果もある。
大型の盾には衝撃緩和、鉄槌には打突力強化と、僅かながら魔法による効果が付与されていた。騎士たちが持っていた剣では不利だろうと、新たに召喚した装備だ。
とはいえ、装備のおかげばかりでもない。
戦闘が優勢に進んでいるのには、士気の高さも影響している。
元より無茶な試験にも屈せず、親衛騎士となるべく固い意志を持っていた者たちばかりだ。実戦となってもそうそう怯みはしない。
加えて、手柄を立てる好機にも恵まれた。
未知の地下施設を発見、情報を持ち帰ったとなれば、その功績は大きい。彼らの働きは、女王代理であるレイセスフィーナの耳にも確実に届く。
あるいは古代遺跡に眠っているような、有益な宝も見つかるかも知れない。
それを思えば、騎士たちが奮い立つのも当然だった。
「ふむ……油断はできんが、ひとまずは順調に進めそうだな」
奮戦する騎士たちを、エキュリアは後方から見守っていた。
ぷるるんに乗ったスピアとともに、奇襲を警戒する役目も負っている。
「それにしても、これだけの数のゴーレムがいるだけでも、放置できるものではないぞ。よくぞいままで発見されなかったものだ」
「隠れて研究を続ける、って命令を受けてたみたいですからねえ」
「命令を……? つまり、それを実行しようとする者が潜んでいるのか?」
「ゴーレムです」
「要領を得んぞ。いや待て、まさかゴーレムが意思を持って……?」
エキュリアはさらに問いを続けようとした。
けれどその前に、スピアが大きな声を上げる。
「全軍、進撃停止です!」
ちょうど十体目となるゴーレムを打ち倒し、騎士たちは奥へ進もうとしていた。
その先にはまだゴーレムが待ち構えている。
怪訝に眉を寄せる者もいた。
けれどこの場では、スピアが最上位の命令権を持っている。
それに良質な装備を提供したこともあって、ひとまず従うくらいの信頼は生まれていた。
「どうした、スピア? なにか気になるものでもあったのか?」
「はい。罠です」
簡潔に返答しながら、スピアはぷるるんの上から降りる。
ひとつ足踏みをすると、床に魔力を流した。
仄かな光が波のように通路の奥へと走る。その光を、騎士たちも目で追った。
奥で待ち構えるゴーレムの手前で、光が弾けて燃え上がるように輝く。
「あれは……魔法陣か?」
呟いたのはエキュリアだが、他の騎士も同じように状況を察した。
もしも通路を進んでいたら、何名かが魔法陣の範囲に捉われていただろう。
「たぶん、転移の魔法陣です」
「なんだと……高度かつ、悪質な罠だな。危ないところだった」
恐らくは、地下施設内の何処かに繋がっているはずだ。
つまりは罠に嵌まれば、集団が分断されてしまう。
もしも騎士たちだけだったら、全滅すら有り得ただろう。
けれどスピアが“領域”を広げていれば、まず罠などは見逃さない。
もっとも、それだって万能ではないけれど―――。
「とりあえず、壊しておきましょう」
「あ、待て。それは―――!」
罠とはいえ、転移陣となれば価値の高い物だ。
スピアが作り出せるのは、エキュリアも承知している。けれど染み付いた常識から破壊するのは躊躇われた。
それでも止めるよりも早く、スピアは言葉を実行へと移していた。
「ちょうど材料もありますし」
転がっていた上半身だけのゴーレムに手を当てる。
スピアがそこへ魔力を流すと、周囲の石片も寄り集まってきた。瞬く間に変形し、硬く凝縮され、横向きの太い円錐形になる。
それはさながら、巨大な矢尻だ。
薄暗い空間を埋め尽くすように作られた石の塊に、スピアは拳を突き入れる。
「通路ブレイクショットです!」
捻りを加えた拳は、痛烈に石塊を叩き、撃ち出す。
回転とともに貫通力を得た矢尻は、轟音を放ち、一直線に通路を抉っていった。
当然、その奥にいるゴーレムたちも砕き散らしていく。
仕込まれていた罠も諸共に、力尽くで削り取られた。
そうして後には、静寂と、巨大なミミズが通り抜けていったような道が残された。
「ん~……ちょっと軌道が乱れました。膝との連動が甘かったですね」
反省を述べながら、スピアは拳を繰り出して反復練習をする。
ぱしぱしと空気を叩く音が流れていく。
騎士たちは言葉もなく立ち尽くし、エキュリアも頭を抱えて溜め息を落とした。
スピアが貫き、洞窟のようになった道を一団は進む。
ほとんど一直線の道で、ゴーレムにも襲われず、探索は順調だった。
やがて両開きの大きな扉の前に辿り着いた。
扉の脇には何かの魔導装置が備えられていて、それを見てスピアが呟く。
「エレベーターみたいですね」
「えれべぇたぁ? 聞き覚えはないが、危険な仕掛けなのか?」
「ホラー映画だと凶器です」
エキュリアに怪訝な顔をさせつつも、スピアは装置に手を伸ばした。
複雑な魔法陣が刻まれた板に、僅かな魔力を流す。
やや間があって、ゆっくりと扉は開かれていった。
騎士たちは警戒し、身構えながら、暗闇に包まれていた扉の先を覗き込む。
「……空洞? 随分と深くまで続いているようだが……?」
「本当なら、昇降機が使えたはずなんです」
言いながら、スピアがむぅっと唇を捻じ曲げる。
見つめる先の部屋は広く、人が百名以上は入れそうだった。
ただし、床はぽっかりと抜かれている。
「警戒されちゃったみたいです」
「よく分からんが……ここを降りるのは危険ではないか? やはり一旦戻って、正式な探索部隊を編成するべきだ」
「そうですね。ぷるるんでも、全員は乗れませんし」
ぷるぅ、と残念そうに黄金色の塊が揺れる。
騎士たちは強張った苦笑を見せながらも、ほっと安堵を漏らしていた。
「わたしがエレベーターを作っても、安全じゃないかも知れません」
スピアのダンジョン魔法ならば、浮遊する床だって作り出せる。
それに乗って、もっと地下を目指してもいい。
けれどこの地下施設のように、“何者かの管理下にある場所”ではダンジョン魔法は使い難い。スピアの“領域”が乱され、消耗する魔力量が跳ね上がってしまう。
「遠足としては、切り上げ時ですね」
「そんな気軽なものではなかったがな。ともあれ、帰還するのには賛成だ」
エキュリアは頷くと、騎士たちの方へ振り返って指示を送る。
帰還するとは言っても、まだ安心はできない。新たなゴーレムが襲ってくるかも知れないと、騎士たちも気を引き締めなおす。
スピアも真面目な顔をして、隊長らしいところを見せようとした。
「家に帰るまでが遠足ですからね。皆さんも寄り道をしないで……っと?」
言葉を止めて、スピアはなにもない空中へと視線を向けた。
“領域”よりも外、警戒のための探知網を、スピアは広範囲に張り巡らせていた。その探知網のおかげで、すでに地下施設の大まかな構造も把握している。
だから深層への入り口にも、真っ直ぐに辿り着けた。
帰り道で迷う心配はない。
残っているゴーレムも数体で、出口まで向かうのも問題ないはずだった。
けれど、最下層まで含めたすべてを把握していた訳ではなかった。
「増えました。下から、百体以上です」
「っ……なに? まさか、それだけの数のゴーレムが来るのか?」
「まだ距離はあります。道を塞がれる前に、外へ出ましょう」
珍しく真剣な口調で述べながら、スピアは手元に影を浮かべた。
『倉庫』の影は足下に落ちて、ぬぅっと膨れ上がる。
現れたのはシロガネとクマガネ。
いきなりの増援メイドさんの登場に、またも騎士の列から驚きの声が漏れる。
けれどシロガネたちはいつもの冷淡な表情のまま、静かに一礼した。
「御召しにより参上いたしました。皆様の警護に当たればよろしいのですね?」
「うん、お願い。クマガネは悪いけど切り込み役をやって」
「がぅ」
巨大ハンマーを肩に担いだクマガネは、丸っこい耳を嬉しそうにピクピクと揺らす。そうしてすぐに出口へと繋がる通路の方へ足を向けた。
シロガネも、まだ立ち尽くしている騎士たちへ一礼して挨拶を交わす。
「それじゃエキュリアさんは、皆さんの指揮をお願いします」
「……おまえも、一緒に脱出するのだろう?」
「すいません。こんなに危ない場所だとは思ってませんでした」
言外に否定して、スピアはぺこりと頭を下げる。
子供っぽい仕草なのに、まるで戦場へ向かう騎士のような決意を漂わせていた。
「念の為に、ここのボスに会って攻撃をやめるように説得してきます」
「待て。まさか、一人で行くというのか?」
「大丈夫です。ぷるるんも一緒です」
にっこりと微笑んだスピアは、ぷるるんをぺしぺしと撫でる。
黄金色の塊は、誇らしげに揺れてみせた。
エキュリアだって、スピアとぷるるんの戦闘力の高さは承知している。
けれどやはり、こんな場所に残しておくなんて認められない。
「そうだ、転移陣だ。おまえの『倉庫』に収めていないのか? あれで脱出すれば……」
努めて明るい口調で、エキュリアは問い掛ける。
けれどスピアは静かに首を振った。
「ここだと危ないんです」
施設を覆う形で、転移を阻害する結界が張られている。破ることも不可能ではないけれど、その結界が再生しないとも限らない。転移中に何かしらの干渉を受ければ、それこそ取り返しのつかない事態になる―――、
といったことを、スピアは一言で表した。
相変わらず、説明というには不足している。
けれどエキュリアには、なんとなく理解できた。
自分の提案は解決策にはならないということ。
それと、スピアと同行しても足手纏いにしかならないことも―――。
「……約束しろ」
苦々しく歯噛みしながら、エキュリアは真剣な眼差しを見せる。
「帰ってきたら、私に稽古をつけると。怪我でもしたら許さんからな」
「約束はしません!」
あっさりと、スピアは深刻な空気をぶった切った。
満面の笑みをとともに、続けて述べる。
「だってそんな約束したら、変なフラグが立っちゃうじゃありませんか」
「意味が分からん! だから、そのフラグというのは何なのだ!?」
「エキュリアさんには、運命を変える力があるってことです」
「壮大な言葉にしても誤魔化されんぞ!」
ぎゃあぎゃあと騒がしい声が、薄暗い通路に響いていく。
だけどそれも、ほんの短い間だ。
スピアはまた柔らかな笑みを浮かべて、身を翻した。
「それじゃ、ちょっと寄り道してきます」
「ああ。先に帰って待っているぞ」
小さな背中を、エキュリアは手を振って送り出す。
スピアは軽やかに床を蹴った。
黄金色の塊とともに、底の見えない暗い穴へと身を投じた。
四章を過ぎて、ようやくまともなダンジョン探索です。
ダンジョンマスター物なのに、なにかがおかしい。