親衛隊員選抜試験②
騎士とは、己の命に代えても主君を守るもの。
王族を守る親衛騎士となれば、その役割はけっして失敗など許されない。
たとえ何時でも、何処でも、何者が脅威となろうとも。
守るべき主君に傷ひとつとて負わせてはならない。
それに関しては、選抜試験に集まった騎士の中からも異論は出なかった。
だからスピアが言い出した試験内容にも納得した。
実戦を想定して、襲ってくる敵から主君を守り通せるかどうか。
守られる主君役はエキュリア。敵役はぷるるんが務める。
広い練兵場の各所に、スピアが土壁を立てて道を作った。定められた順路を無事に抜けられれば合格、という一見すると単純な試験だ。
キングプルンが敵役と聞いて、戸惑う者も幾名かいた。
弱い魔物の代表として知られるプルン種だが、なにせ空から舞い降りてきたのだ。
しかもその主人であるスピアは不可思議な魔法を使う。
警戒するのは、まあ当然の判断だろう。
けれど所詮は一匹なのだから、集団で掛かれば―――、
そう騎士たちは意気込むと、三班に分かれて試験に挑んだ。
ちなみに、試験開始時点ですでに三名が脱落していた。
エキュリアの婚約者を詐称した男と、その取り巻きたちだ。
いきなり現れたぷるるんに挑みかかって、あっさりと撃退されていた。その決断力は誉めるべきかも知れないが、ぷるるんは考え無しに挑んで勝てる相手ではない。
最後の言葉は、「エキュリア殿に俺の活躍ぉぶへらっ!?」だった。
ともあれ、試験は開始された。
そしてもうじき終わろうとしている。
「んなぁっ!? ち、地下から現れただと!?」
「くっ……陣形を立て直せ! なんとしてもエキュリア殿を守るんぼぁっ!?」
「け、剣が取り込まれ、てぶぅっ!?」
第三班も、奮闘むなしく全滅した。
ちなみに第一班は―――、
「いいか、プルンとはいえ油断するなよ。相手は得体が知れないからな」
「ああ。特に物陰からの奇襲は要注意……ん? なんだこの影は?」
「っ、上だ! 散開し、ぶぼぁっ!?」
「班長! そ、空からの奇襲だと!? くそっ、隊列ぉどもぁっ!?」
結果、全滅。
第二班は上方にも注意していたが―――、
「ん? なんだ……キングではなく、只のプルンだと?」
「こんなのは聞いてないが、さては陽動か? ともかく片付けでぼらぁっ!?」
「なにをやってる! 相手は只のプルんだらばっ!?」
「ま、まさか小さくなったのか!? くそっ、見た目は弱そうなのにだがぶっ!」
結果、同じく全滅。
そうして三十名余りの騎士がぐったりとして座り込み、項垂れている。
魔法による治療は行われたけれど、其々の装備はもうボロボロだ。
心の傷も深いのはありありと窺える。
哀れみすら誘う惨状を、エキュリアはぷるるんに乗って見下ろしていた。
「……少々、難易度が高かったのではないか?」
「手加減はしましたよ?」
ぷるっ!、と誇らしげに揺れる黄金色の上に、スピアも腰を下ろしていた。
その言葉通りではあるのだろう。
六魔将すら切り刻むような、高圧水流の攻撃などは使われていなかった。
それでも一度に十名以上の騎士を圧倒できるのだ。
もはや常識では測れないぷるるんの強さに、エキュリアも頭を抱えてしまう。
「いや、常識外れだったのは最初からか……」
苦笑を零しつつ、ぷるるんから降りる。
「それで、試験はどうする? このまま全員を不合格にするのか?」
「そうですねえ……」
スピアは首を傾げながら、ぐるりと視線を巡らせる。
座り込んでいる騎士たちの反応は、大きく二つに分かれていた。
さっさと帰りたい。もう親衛隊なんて諦める、というのが半数ほど。
残りの半数は、まだ熱を湛えた瞳でスピアを見つめてくる。
「んん~……希望する人には、次の試験も用意したいです」
だけど、とスピアは腕組みをする。
騎士を選ぶ試験の内容なんて、おいそれと思い浮かぶものでもない。
そもそもスピアは、年齢的には試験を受ける側だ。
「数学と古文は苦手でした」
「よく分からんが、なにやらダメっぽい気配を感じたぞ?」
「気のせいです!」
あからさまな誤魔化しだったが、エキュリアは肩をすくめるだけに留めた。
それよりも、親衛隊員の選抜をどうするか―――。
「そうだ! 地下迷宮です!」
スピアが朗らかな声とともに手を叩く。
果たして問題が解決したのか増えたのか、どちらとも取れる発言だった。
「古文で思い出しました。古いのを発見してたんです」
「うむ。よく分からん。まずは説明をしろ」
「いまから行きましょう!」
まるですべてが解決したかのように、スピアは笑顔を輝かせる。
けれどエキュリアは嫌な予感を覚えて頬を歪める。
他の騎士たちも同じく、冷や汗が流れるを堪えきれていなかった。
その地下施設の存在は、『聖城核』の奥深くに記録されていた。
秘匿され、年月の積み重ねによって忘れ去られたものだ。
始まりは千年以上も前のこと。
現在のベルトゥーム王国になる地域は、別の国によって統治されていた。
その国の王が、ひとつの計画を立てた。
『聖城核』の力を使い、強力な魔導兵器を作ろうという計画だ。
魔法を技術として解明し、確立させるのが魔導。
それが兵器でも、小規模な道具でも、新たな魔導具を作り出すのは難しい。緻密な設計が要求され、製造まですべてが試行錯誤の繰り返しになる。
だから当時の王は、それらを自動化させようと考えた。
自立型魔導具の製造は、『聖城核』さえあれば可能だった。
まずはそのゴーレムに、自己の思考能力を強化するよう命じる。
最初は簡単な命令しか受け付けなかったゴーレムも、やがて魔導技術まで理解できるようになっていった。
あとはそのゴーレムを量産し、任せればいい。
必要になる物資は、地下を掘って集めるように命じた。
大量の魔力も必要だが、そちらは『聖城核』から送り込める。
国民から僅かずつ集めた魔力の一部が、自動的に施設へ送られるよう設定された。
そうして魔導兵器の開発、改良、製造は行われていった。
国を守るため。あるいは、何者をも屈服させる力を得るために。
命令を受けたゴーレムたちは働き続ける。
延々と。施設も、自分たちすらも改良を続けて。
ただひたすら、すでに存在しない主人の意志を実現させるために―――、
といったことを、スピアが言葉にすると次のようになる。
「すごく古いんです」
「少しは説明する努力をしろ!」
地下施設への入り口となる大きな穴を、スピアとエキュリアは見下ろしていた。
場所は王都の外、馬で一刻ほど走った丘陵地帯だ。
二人の後ろには、親衛隊員候補である騎士たちも控えている。
人数は十五名となって、半数以上が脱落していた。
過酷かつ行き当たりばったりな試験内容を思えば、よくこれだけ残ったものだと感心するべきだろう。
「それにしても……確かに、奥には石造りの通路があるな。明らかに人工物だ」
大きな穴は、例によってスピアがダンジョン魔法によって空けた物だ。
土に干渉する魔法を使えば、同じようなことは他の人間にも出来る。
けれど辺りは緩やかな丘陵が広がっているだけ。
一点を狙って隠された施設を掘り当てるなんて、スピア以外の誰にも真似できないだろう。
「これは一度、王都へ戻って報告した方がよいのではないか?」
「あ」
スピアが思い出したような顔をする。
怪訝にエキュリアが眉根を寄せると、スピアはそっと目を背けた。
「……そういえば、以前から知っていたようなことを言っていたな?」
「忘れてました!」
「こんな大事なことを忘れるな! 真っ先に報告しろ!」
当然の指摘に、スピアはしょんぼりとして項垂れる。
うっかりしていたのは間違いない。だけどスピアにだって言い分はある。
この地下施設に関するものの他にも、『聖城核』には様々な情報がたっぷりと詰まっていた。それらを把握するだけでも手一杯だったのだ。
「でも報告なら大丈夫です。いまシロガネに伝えて、頼んでおきましたから」
「シロガネに……? そうか、念話のようなものが使えるんだったな」
「はい。セフィーナさんにはいまから……っと?」
言葉を止めて、スピアは地下への入り口へ目を向けなおした。
何気ない動作で足を開く。僅かに腰も沈めた。
静かに張り詰める空気をエキュリアも察して、腰の剣に手を伸ばす。
「なにか、出てくるのか?」
「そうみたいです。けっこう大きいですね」
スピアの言葉を肯定するように、ずんっ、と重々しい音が響いてきた。
断続的で、近づいてくる音だ。
なにか重い物が迫ってくるのを感じさせる。
スピアたちの背後にいた騎士たちも、異常を察して其々に身構えた。
「総員、まずは深呼吸をしろ! 落ち着いて防御陣を組め!」
エキュリアが声を張り上げる。
以前は、領地で兵士たちの指揮を執っていた。それを思えば騎士をまとめるのも大して違わない。
そうして警戒する一同の前に、無骨な影がのっそりと姿を見せる。
地下から現れたのは、石造りの人型だ。背丈は大人の男を見下ろせるほどに高い。全身が太く、剣で斬りつけた程度では傷すら付かなさそうだ。
「ゴーレムか。こんな物に守られているとは、なかなかに厄介な―――」
「とりあえず挨拶してみます」
身構えるエキュリアの横から、スピアがするりと歩み出た。
まるっきり自然な動作で。家の廊下を歩くみたいに。
こんにちは!、と元気一杯に手を振ってみせる。
エキュリアも騎士たちも呆気に取られていたが、ゴーレムは驚いた様子もなく的確に反応した。接近しようとするスピアに対し、大きな拳を打ち下ろす。
人間一人を丸ごと叩き潰せそうな拳だ。
小柄な少女など一溜まりもないはずで―――重い音とともに、土煙が上がった。
「むぅ。敵対的ですね」
振り下ろされた拳を、スピアはあっさりと回避していた。
それどころか、すでにゴーレムの懐に入っている。
「意識も無いみたいだし、壊して進みましょう」
言いながら、とんっ、と掌をゴーレムの胴部分へと当てる。
そのままスピアは背後へと飛び退いた。
直後、ゴーレムの胴体が弾け散る。
まるで腹の内側に爆弾でも仕込まれたみたいに、背部へと派手に吹き飛び、石造りの体は真っ二つになって倒れ伏した。
重い音に続いて、ばらばらと石片が転がる。
あっという間に終わった戦いの様子に、他の面々は唖然とするばかりだった。
「それじゃ、探索を進めましょう」
服についた土埃を払うと、スピアは笑顔を輝かせた。
選抜試験、第一弾は全員不合格でした。
そのまま敗者復活に挑戦。
次回から、地下迷宮探索です。