幕間 エミルディットとシュミットのもふもふな日常
まずはゆっくりと手を伸ばしてみます。
うん。逃げませんね。撫でても大丈夫みたいです。
長い耳を少し伏せて、シュミットは気持ち良さそうに目を細めます。
ああ。白くて柔らかくてふさふさでもふもふです。
小さな尻尾を嬉しそうに振っています。
これなら……抱き上げても、大丈夫ですよね?
「ふふっ、もう仲良しですね」
「はっ……あ、はい! シュミットのお世話はお任せください!」
いけません。姫様の前なのに、だらしない顔を見せてしまうところでした。
勝手に抱き上げるのも不敬かも知れません。
シュミットだって、姫様の騎士なのですから。
こんなに可愛いのに。可愛いのに!
「シュミットさんも、エミルディットと仲良くしてあげてくださいね」
「きゅっ!」
シュミットは顔を上げて小さく鳴きます。
そんな仕草も可愛らしいです。
やっぱり抱きしめたらダメでしょうか?
ひくひくと動く鼻をつつくくらいは許されるのでは……。
「まずは居場所を整えてあげなくてはいけませんね。どこか部屋を……」
「是非、私の部屋で一緒に!」
こうして姫様の侍女である私に、もうひとつの仕事ができました。
朝、目を覚ますのがとても楽しみになりました。
枕元にシュミットがいてくれるんです。
丸くなって、気持ちよさそうに眠っています。
夜も一緒の布団に入ってくれるので、柔らかな毛並みを堪能できるのです。
お世話係の特権として、好きな時に抱く許可もいただきました。
「シュミット、おはよう」
きゅぅ、と目蓋を重そうにしながら答えてくれるシュミット。
ああもう。ずっと眠らせておいてあげたいです。
だけど、そうもいきません。
私には侍女としての、シュミットには騎士としての務めがあるんですから。
ただのペットでも充分だとは思いますけど。
「ほら、起きて。ご飯に行くよ」
シュミットを抱いて食堂へ向かいます。
城詰めの下級騎士や文官の方々もいるので、小さなシュミットを歩かせておくと危ないんです。けっして私が抱いていたい訳じゃありません。
それに、シュミットのおかげで皆さんとも知り合いになれました。
白いもふもふを抱えていると、自然と目に留まりますから。
男性の方々でも、可愛いものを好きな方は多いみたいです。あまり大っぴらな態度は取りませんけど、皆さんよくしてくださいます。
食堂では、雪ウサギであるシュミット用のメニューも加わりました。
シュミットは何を食べるのか?
最初は私も悩みました。
普通の雪ウサギと同じとも思えましたが、あのスピアさんから贈られた子です。
ただの雪ウサギのはずがありません。
それはもう私も、姫様だって確信しています。
だけど基本的には草食で、野菜の他に牧草や果物などを与えればいい、と。
悩んでいた時に、何処からか現れたシロガネさんが教えてくれました。
そして何事もなかったかのように去っていかれました。影の中へ。
あの人も本当に不思議な方です。
侍女として見習いたい部分はありますが―――と、話が逸れましたね。
ともかくも、シュミットは皆さんに人気です。
ご飯もよく食べて、今日も元気にしています。
「おや? シュミットはいないのか?」
エキュリア様も、白くてふさふさの感触を好んでおられるようです。
姫様の護衛につく際には、必ずシュミットの様子も確認しておられます。こっそりと撫でているのも目撃しました。
「交代の時に、ザーム様の後についていきました」
「そうなると訓練場へ一緒に行ったのか? まあ、ザーム殿が一緒ならば心配はいらないだろうが……」
衛星都市で出会ったザーム様は、洗脳が解けたいま、親衛隊員の一人として姫様を守ってくれています。とても真面目な方なので、エキュリア様からも信頼を置かれているようです。
実のところ、親衛隊長としての仕事もザーム様にほとんど回されています。
スピアさんが捕まらないのです。
ご飯の時や、探していない時には、ひょっこり現れるのですけど。
「訓練場って、シュミットが行っているのですか?」
「ん? エミルディットは知らなかったのか。もう有名だぞ」
むむ。どうやら私の知らないところで、シュミットが可愛がられていたようです。
ちょっと悔しい。
だけど喜ぶべきなんでしょうね。それにシュミットは素敵ですから、騎士の方々に受け入れられるのも当然です。
「この前は、ぷるるんとも稽古をしていたな」
「は? ぷるるんさんと……?」
「素行の悪い騎士を蹴り飛ばしてもいた。あの脚力は見事なものだ」
「どういうことですか!?」
思わず、声を荒げてしまいました。
うぅ。でも分かっていたはずです。ただの雪ウサギじゃないって。
それに仮にも騎士なのですから、稽古くらいはするのでしょう。
「はぁ。また私の常識が壊された気がします」
「あー……その、なんだ、あんまり悩まぬほうがいいぞ」
ええ。分かっています。
スピアさんに関わっている以上は、常識なんて在って無いようなものだと。
だけど―――。
「正直なところ、シュミットには戦いなんてして欲しくないです」
「そこは本来、我ら騎士の役目だな。シュミットの力を借りるような事態は、そうそう起こるものでも……」
「そ、それ以上は言ってはダメです!」
慌てて、エキュリア様の言葉を遮りました。
最近、分かってきたのです。スピアさんの言っていたフラグという意味が。
「でも私も、考え過ぎかも知れませんね。どれだけ強くなっても、シュミットはシュミットです。元気であってくれれば、それで構いません」
「そうだな。しかし……まるで母親みたいな台詞だな」
エキュリアさんは苦笑しながら、ぽんぽんと私の頭を撫でます。
言葉とは裏腹に、子供扱いされてしまいました。
でも、母親と言われると―――、
そんな風にシュミットから頼ってもらえたら、きっと嬉しいのでしょうね。
その夜―――、
私は真っ白い部屋にいました。ベッドで眠ったはずなのに。
何処までも続くような広い部屋には、私とシュミットだけがいます。
『吾輩は雪ウサギである。名前はシュミット』
「え……し、喋った!?」
しかもなんだか威厳のある声です。
可愛いのに。可愛いのに!
『まずは其方に礼を言おう。日頃、世話になり、とても快適に過ごしている』
「あ、いえ……どういたしまして?」
って、なんで私は丁寧に頭を下げているんでしょう?
もっと他にすることが、疑問を投げる部分がいっぱいあるはずです。
『しかしな、実はひとつだけ不満があるのだ』
「え? 何ですか? もしかして耳をふにふにするのがダメですか? それとも尻尾をつんつんするのでしょうか? でも抱っこするのだけは……」
『いやいや、そうではない。撫でられるのは好んでおる』
シュミットが小さく首を振りました。
そんな仕草も、きょろきょろしているみたいで可愛らしいです。
スピアさん風に言うと、プリティだそうです。
『実はな……我は、野菜が好きではないのだ』
「え……で、でも、いつもいっぱい食べて……」
『皆の好意を無下にするのも忍びないのでな。だが、我の本当の好物は……む?』
急に、シュミットが耳を立てて振り返ります。
白い空間には、私たち以外の姿はありません。
でもシュミットには、なにかが見えているみたいです。
『いかん。もう奴が……くっ、ここまでか……』
急にシュミットが遠ざかっていきました。
あっという間に手が届かなくなって、その姿は白い靄に包まれてしまいます。
混乱しながらも、私は声を上げました。
「待って! 本当の好物っていったい……!?」
『それは……も、ゅ……ま……』
はっと気づくと、そこはベッドの上でした。
いつもの自室です。枕元には、シュミットもすやすやと眠っています。
撫でてみると、やっぱりもふもふです。
とても“吾輩”とか言うようには見えません。
「……夢、ですよね。はぁ、びっくりした」
きっと昼間に、スピアさんやぷるるんの話を聞いたからでしょう。
シュミットが夢に出てきて喋るなんて、そんなの有り得ません。
でも……他にも好物がないか、確かめてみましょうか。
「うん。ふさふさ」
また横になって、小さな額をこつんと合わせます。
今度は良い夢が見れるといいのですが。
ちなみに、シュミットの名前は「白いラビット」からきています。
「喋るラビット」なんていません。
いつものことですが、幕間は連日更新となります。