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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第四章 たった一人の親衛隊長編Ⅱ(ダンジョンマスターvs魔将王)
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ダンジョンマスターvs大屍竜③

 屍竜の咆哮が響き渡る。

 黒々としたブレスで、空の一帯ごと少女スピアが砕き散らされた―――、

 傍目には、そう見えただろう。


「うるさいなあ、もう」


 黒に染まった空間が引き裂かれる。

 その裂け目から、スピアは飛び出した。

 サラブレッドの手綱を強く握りながら、一直線に空中を駆ける。


 屍竜は虚を突かれたように目を見開いた。

 無防備に滞空している巨体の横を掠めて、スピアはその背後まで駆け抜けた。

 同時に、手刀を払っている。


 ずるり、と腐った肉が滑る音がした。

 切り裂かれた屍竜の翼が、ゆっくりと落下していく。

 一拍遅れて、自身の負傷に気づいた屍竜が叫び声を上げる。


 当然、片翼では巨体を支えきれない。

 空中でぐらりと体勢を崩して、屍竜も地面へと引かれていった。

 そして、ただ地面へ落ちるだけでは済まされない。


「ここで決着をつけるよ。サラブレッドは離れて待ってて」


 サラブレッドを大きく旋回させつつ、スピアは空中へと身を投げ出した。

 真下に屍竜を捉える。

 両手を大きく広げたスピアは、空中へと魔力を流した。


 ダンジョン魔法を複合発動。

 まずは鉄柱を何十本と召喚。本来なら、ダンジョンの建築資材となるものだ。

 その戦端を尖らせ、杭として屍竜へ向けて突き落とす。

 地面に落下した屍竜の巨体を、その直後に鉄杭の群れが張り付けにする。


 その鉄杭に乗って、スピアも着地した。

 並の竜相手だったなら、この時点で仕留められていただろう。

 なにせ身体の中心部や頭部まで、太い鉄杭で貫かれている。

 ほとんど竜の標本だ。


 けれど不死身の肉体を持つ屍竜は、憎悪のこもった重々しい咆哮を上げる。

 張りつけから抜け出そうと、ガリガリと太い爪で地面を掻いた。


「まだまだー!」


 対してスピアは、呑気にも聞こえる声を上げる。


 鉄杭の上に乗ったまま、青白く輝く網を召喚。

 ダンジョンへの侵入者を捕まえる、基本的な罠である投げ網だ。

 それを対屍竜用に、特大サイズで用意した。

 魔法による強化も施してあって、竜の力でも引き千切られはしない。


 さらにはまた特製の鉄鎖も地面から召喚する。

 その鉄鎖で巨体を雁字搦めにして、拘束を重ねていく。

 徹底的に屍竜の動きを封じようと、スピアは続け様にダンジョン魔法を発動させた。


 いくつもの轟音と、屍竜の咆哮が重なる。

 そして、ひとつの“個室”が完成した。


「よし、っと。防腐処理もしっかり効いてるねー」


 透明の天井の上に、スピアは立つ。

 見下ろす先は広大な室内で、屍竜の巨体がすっぽりと閉じ込められていた。


 鉄杭と鉄鎖、網も絡んで厳重に動きを封じられている。

 それでも屍竜は暴れようとする。

 辛うじて動く爪で床を掻く。黒々としたブレスを吐いて部屋を破壊しようとする。

 けれど僅かに傷をつけるだけ。

 壁も床も、すぐに修復されていく。


 大規模なダンジョンを作れるほどの魔力が、部屋ひとつのために注ぎ込まれた。

 いくら竜とはいえ、そう簡単に脱出できるものではない。

 完全に隔離されているので、周囲から生命力を奪って回復するのも不可能だ。


「こうして間近で見ると、本当に迫力ある。いつか生きてる竜にも会えるかな」


 呟きながら、スピアはじっと屍竜を観察している。

 閉じられた部屋では、床の魔法陣が淡い光を放ち続けていた。

 そして、その効果は徐々に現れている。

 ぐずり、と屍竜の胸元の肉が溶けたように崩れて床に落ちた。


 スピアの狙いは、屍竜を徹底的に腐らせること。

 すでに腐肉と化している相手だが、だからといって無意味とは言えない。


 そもそも腐敗とはどういった現象なのか?

 簡単に言ってしまうと、“微生物の増殖”だ。

 魔法による効果が加わっても、その事実は変わらない。


 いま屍竜の肉体は、大量の微生物の巣となっている。

 ならば、その巣に収まらないほどに増殖したらどうなるか?

 その答えが、スピアの足下で現れようとしていた。


「…………うへぇ」


 さすがにスピアも顔を顰めてしまう。

 ぐずぐずと肉が溶け落ちていく光景は、けっして気持ちのよいものではなかった。


 けれど屍竜に対して有効だったのは確かだ。

 実のところ、その微生物にこそ屍竜に備わった不死性の秘密がある。

 謂わば、竜の形をした微生物の群体。

 それが屍竜の正体だった。


 群れであり個でもあるから、足や翼を失っても再生できる。

 特定の核も持たない。ある程度の数さえ残っていれば、元の姿を取り戻せる。


 群れが欠ければ、その原因に対処して、耐性を得ようとする。

 個々は単純な生物なので進化も早い。

 そうした結果、驚異的な耐久力を持つ魔物となっていた。


 けれど小さく単純だからこそ、その本質的な部分が弱点にもなる。

 つまりは、“自己の増殖”という生物としての本能は制御できない。


 群れを維持できないほどの増殖に、それを攻撃として認識はしている。

 けれどその攻撃に対して、進化して耐性を得ることは出来ない。

 何故なら、矛盾してしまうから。

 腐敗を否定するのは、微生物としての本質を失うことと同義だった。


 まあ、もっとも―――、

 スピア本人は、そんな難しいことを考えてはいない。

 なんとなく上手くいくんじゃないかなあ、という程度だった。


「まさか、お醤油作りがこんなところで役立つとは思わなかったよ」


 スピアが見つめる先で、屍竜は原形を留められず崩れ去ろうとしている。

 増殖のし過ぎで、肉体を保てなくなっていた。


 加速する腐敗は止まらない。

 ほどなくして、骨までボロボロと砕けて砂のように散っていった。







 荒野の一角で炎の嵐が巻き起こる。

 もっとも、それは密閉された室内で起こっていた。

 屍竜の骨まで焼き尽くされたのを確認して、スピアはほっと息を吐く。


 巨大な密室に、数々の仕掛け、最後には高威力の炎熱陣―――、

 多くのダンジョン魔法を駆使したことで、集めた魔力も随分と使ってしまった。

 連戦だったこともあって、スピアの顔にも微かに疲労が滲んでいる。


「早く帰って、ご飯たべよう」


 魔力供給を切ると、お城のように大きな部屋がぼろぼろと崩れていく。

 数日もすれば跡形も無くなるだろう。

 それを確認して、スピアは上空へ手を振ってサラブレッドを呼ぼうとした。


「っ……!?」


 地面を蹴り、身を翻す。

 一瞬前までスピアが立っていた場所を、黒い靄が貫いていた。


 そこの地面には、まるで大きな爪で抉られたみたいに跡が残っている。

 低く重く、怨嗟の声のように風が鳴いた。

 スピアが振り向くと、黒い靄が集まって膨れ上がろうとしていた。


 黒靄は屍竜の影を想わせる。

 けれど大きさは縮まっていて、精々、人間の倍くらいの背丈しかない。それでもスピアが見上げるほどだ。


「……嫌になるほどしぶといねえ」


 辟易として、スピアは眉根を寄せる。

 屍竜の肉体は、間違いなく滅ぼせた。もはや復活は有り得ない。


 けれどそこに宿っていた、竜の魂は残されていた。

 呪われたまま。ひたすらに生者への恨みを晴らそうと蠢くままに。


 もはや理性すら失ってしまったようだ。

 きっとスピアに滅ぼされたことも理解していないのだろう。

 しかし手の届くところに生きている者がいるから、死の世界へ引きずり込もうとする。

 もはや灰となった肉体の残滓を集め、怨念に染まった声を上げて―――。


「うるさいです」


 スピアは手刀を払った。その斬撃が飛ぶ。

 真っ白い光を纏った一撃によって、黒靄はあっさりと両断された。


 そうして散り散りになっていく。

 反撃も防御もする暇はなく、問答無用で成仏させられた。


「どうせなら、ドラゴンステーキになってから来てください」


 もはや聞く者もいない注文を零して、スピアは今度こそ帰ろうと手を振った。

 上空からサラブレッドが降りてくる。

 白馬の嘶く声は、戦いの終わりを祝うように響いていった。








 王城のバルコニーに立って、エキュリアはじっと腰の剣に手を置いていた。

 セフィーナやエミルディット、ロマディウスもいる。

 ぷるるんやトマホーク、護衛役として急遽呼び出されたシロガネも同じく。

 全員が静かに同じ光景を見つめていた。


 スピアと屍竜との戦いだ。

 遠くの光景だったので、何が起こったのかハッキリとは分からなかった。

 けれど息を呑む場面もあった。

 空中戦で屍竜の牙がスピアを捉えようとした時は、エキュリアも声を上げた。

 そこからはまた理解不能な出来事ばかりが続いたが―――、


「……また救われてしまったな」


 エキュリアの呟きには、若干の悔しさも滲んでいた。

 けれど上空へ向けた顔には爽やかな笑みが浮かぶ。

 やはりここは賞讃と感謝で迎えるべきだろう、というのが素直な気持ちだった。


「ただいまです」


 ちょっと買い物にでも行ってきたみたいに述べて、スピアは白馬の背から降りた。

 とても災害級の魔物と戦ってきたようには見えない。

 だけどその黒髪は、ほんの少し乱れていた。


 エキュリアは手を伸ばして、自分の胸くらいの高さにある小さな頭をそっと撫でる。


「おかえり……というか、なんだ、その……感謝の言葉が尽きそうだぞ」


「わたしが勝手にやったことです」


「そうか……しかし本当に無事でよかった」


 なんとかするだろうと、信じてはいた。

 けれど、だからといって心配せずにはいられない。

 子供にしか見えない少女が竜を打ち倒すなんて、奇跡みたいな話だった。


 いったいこれで何度目だろうか?

 彼女スピアに驚かされ、そして救われたのは―――、


 そう表情を綻ばせたエキュリアは、自然と口にしていた。


「……私の命は、おまえのものだ」


 言ってから、自分でも驚く。

 エキュリアが目を見開いていると、正面に立ったスピアも呆気に取られた顔をしていた。


「えっと、気持ちだけで結構です?」


「む……まあ、おまえならばそう言うか。しかし騎士の言葉に偽りはないぞ」


「ん。覚えておきますね」


 エキュリアは真剣な眼差しとともに微笑を零す。

 対してスピアは、照れくさそうに目を細めていた。


 普段とはすこし違う、大人びた艶も含んだ表情。

 けれどそれも短い間で―――、

 はにかんで、そっと目を伏せると、スピアはまた子供っぽく頬を緩める。


「スピアさん……心からお礼を述べさせていただきます。わたくしはもちろん、この国に住む大勢の者が救われました」


「あの、怪我とかはないですか? 手当ての準備もしてあります」


 セフィーナとエミルディットも駆け寄っていた。

 礼を述べ、気遣う二人に、スピアは柔らかく手を振って返す。


「大丈夫です。親衛隊長ですから」


 さっぱり理屈になっていない。

 それでもスピアは自信たっぷりに胸を張って、笑顔を輝かせた。



巨大敵に完勝。一件落着。

皆さんが心配してくれたおかげです?


次回は、四章のエピローグになります。


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