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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第一章 さすらいの少女(ダンジョンマスターvsオークキング)
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伯爵家の晩餐と、エキュリアの処遇


 陽が落ちて、壁に掛けられた魔導灯に明かりが灯される。

 食堂の天井にもシャンデリアみたいな大きな魔導灯が吊られていて、広い空間を白々と照らした。贅沢な品だが、この程度は伯爵家にとっては財産とも言えないのだろう。


「……落下するシャンデリア……背負い投げ……」

「おい、なにか物騒なことを考えていないか?」


 隣席のエキュリアから指摘されて、スピアはそっと目を逸らした。

 大きなテーブルを囲んでいるのは二人だけでなく、クリムゾン伯爵と、そしてラスクードも同席していた。さすがにもう勝負を持ち掛けはしないが、不機嫌そうな眼差しをスピアへ向け続けている。

 食事が並べられるのを待ちながら、クリムゾン伯爵が肩をすくめた。


「ラスクードよ、いつまでそのような顔をしている。実力ある相手を認められぬ其方ではあるまい?」

「はっ……申し訳ございません。けっして禍根は抱いておりませぬ」


 直情的なラスクードだが、父の前では自制心が働くらしい。素直に頭を下げると、辛うじて笑みと呼べそうな表情を浮かべた。


「言ったとおり、恨みはせぬ。正面からの勝負だったのだからな。しかしいつかまた挑戦を受けてもらうぞ」

「その時は、もっと簡単なゲームとかでお願いします」

「そんなもので納得できるか!」


 ラスクードがテーブルを叩く。

 けれどクリムゾン伯爵が咳払いをすると、また大人しくなって引き下がった。


 ちょうど食事も運ばれてくる。

 まずは前菜のサラダと食前酒だ。もちろんスピアはお酒なんて飲めないし、テーブルマナーも知らないので、果実水が注がれるのを大人しく見守っていた。

 クリムゾン伯爵が軽くグラスを掲げて、それが合図になって食事が始まる。

 薄味の調味油が掛けられたサラダを口へ運んで、スピアはふと首を捻った。


「トマトにアスパラガス、レタスも……」

「どうした? 苦手な物でもあったのか?」

「いえ。わたしの知ってる野菜が多いなあって思っただけです」


 野菜だけではない。森で拾ったリンゴや、魔物みたいな鹿や猪もそうだった。

 こういうのも異世界の定番なのかな―――、

 漠然とした疑問を覚えて、スピアは難しい顔をする。


「そういえば、シャンデリアとかオークとか、単語が同じものも……」


 いまのスピアは、ダンジョンコアにあった翻訳機能を使っている。二重に音声が聞こえている状態だ。コアを取り込んだ当初から使えたもので、それがなければ、エキュリアとの意思疎通も不可能だっただろう。

 単純に、似通った動植物や名前が存在する世界だとも思える。

 深く考える必要もなさそうだが、なんとなく気になった。


「まるで、遠くの国から来たような物言いだな?」


 エキュリアも首を傾げたが、その口調は軽い。さり気なくアスパラガスだけを皿の端に寄せてもいた。


「えっと……言ってなかったですか? この辺りの出身じゃないんです」

「そうなのか? まあ人攫いに遭ったというなら有り得る話か。そういえば黒髪黒目というのも珍しい……ん? スピアはそんな目の色だったか?」


 エキュリアがスピアの目を覗き込む。

 スピアとしては、今更なにを、という気持ちだった。


「目の色が変わるとか、そんな人いるんですか? カラコンじゃなく?」

「カラコンとやらは知らぬが、少なくとも私は聞いた覚えはないな。しかし……おまえは色々と特殊だからなあ」

「むぅ。酷いです。私は普通ですよ」


 答えながら、エキュリアの皿で余っていたアスパラガスを素早くフォークで刺した。口へ運んで、ついでにトマトも一切れいただいておく。


「黒髪黒目も、わたしの国の人はほとんどが同じです」

「そのような国となれば、限られてくるはずだが……」


 テーブルには次のメニューとなるクリームスープとパンが並べられる。

 それを待ちながら、エキュリアはクリムゾン伯爵へ目線を送った。


「私も聞き覚えがないな。しかし珍しい話だ。そのような国となれば、探すのは難しくあるまい」

「そうですか……」


 スピアは曖昧な表情を作って頷いておく。

 この世界の何処かには、そんな国もあるのかも知れない。だけどそれはスピアが帰りたい場所ではない。

 分かりきっていたことだ。だからスピアに落胆はない。


 ただ、秘密を抱えている罪悪感はあった。

 なかなかに信じ難い事情を、打ち明けたいとは思っているのだけれど―――、

 そうスピアが逡巡したところで、言葉を挟んできたのはラスクードだ。


「しかし話を聞けば聞くほど、その人攫いというのも奇妙だな」


 スープと続けてメインディッシュが運ばれてくる。

 静かに働く侍女長を横目に、ラスクードは顎に手を乗せた。


「そこの小娘……いや、スピアを洞窟に一人で置き捨てたというのが、まず奇妙だ。こやつを一人にしたら逃げるのは確実。人攫いなど愚か者のする行為だが、見張りを置く程度の小賢しさは持っていたはずだ」


「何かしらの事情があったのでは? 魔物に襲われて逃げたとか……」


「だとしても、最も不可解なのは、遠くの国から攫われてきたという点だ。気づけば洞窟にいたのだろう? それまでの道程はどうした? まさか人攫いごときが、転移魔法を使ったとでも言うのか?」


 ラスクードとエキュリアが、揃ってスピアへ疑問の眼差しを向ける。

 対してスピアは答えを持たない。

 人攫いという点では嘘ではないけど、複雑な事情をいっぺんに語れる自信がなかった。


「ひとつだけ、訂正があります」

「なんだ? 人攫いに心当たりでも……」

「わたしは逃げたんじゃありません。人攫いを探してる最中です」


 きっちりと報復するために―――、

 そう胸を張るスピアに対して、ラスクードとエキュリアは溜め息を落とした。


「まあ元より、子供から詳しい話が聞けるとは思っていないが……」

「子供じゃありません」

「ふん。そうやって頬を膨らませるのは、どう見ても子供だぞ」


 むぅ、とスピアは唇を尖らせる。

 子供扱いされるのは慣れているけれど、だからといって嬉しくはない。その子供に対して勝ち誇った笑みを浮かべているラスクードにもイラッとする。

 しばし睨み合ってから、スピアは反論しようとした。

 だけど今度はクリムゾン伯爵の言葉に遮られた。


「魔族、か」


 重々しく告げられた言葉に、全員が不意を突かれて黙り込む。

 伯爵は静かに果実酒を口へ運んでから、エキュリアへ目線を向けた。


「以前に、其方も言っていたではないか。あまりにもオークが増えるのが早すぎる。魔族が企みを巡らせているのではないか、と」


「それは、そうですが……しかしどうしてスピアと関係があると?」


「あくまで可能性の話だ。オークどもに何かしらの力を授けた魔族が、近くに拠点を持っていてもおかしくはない。転移魔法陣を置けるような拠点だ。彼女の能力に目をつけた魔族が、その魔法陣を使ってやって来たのかも知れぬ」


 静かだった空気が、さらに冷えて張りつめていく。


 魔族―――、

 正式には暗黒魔族と呼ばれて、魔法を操ることに長け、人類種とは敵対している。魔神を信奉しているが、邪神を信奉する亜人と手を組むこともある。過去にはオークやゴブリンの軍勢を率いたこともあった。


「もしもそうだとすれば、あのオークどもの手強さにも納得できますな。それに……奴らの弱点になるやも知れませぬ」

「その魔族を失えば、オークどもは統率を失うと? しかし……」


 ラスクードとエキュリアが揃って見つめる。

 その視線の先にいるスピアは、ぱちくりと瞬きを繰り返していた。


(あっれぇ……なんか話が妙な方向にいってる? これって私が人攫いとか言ったのが原因? でもそこは事実なんだよね。犯人は魔族じゃないけど。でも疑われちゃうのは、日頃の行いが悪い魔族さんの責任でもあると思うし―――)


 困惑を抱えながらも、スピアは手元の皿へ意識を移す。

 メインディッシュのステーキはまだ熱々で、美味しそうな匂いを漂わせている。早く食べないと料理人に申し訳ない。

 ナイフを入れると、柔らかな肉は簡単にほぐれて肉汁を溢れさせる。

 甘辛いソースもよく合っていて、スピアは自然と頬を緩めていた。


「魔族の拠点を探すため、スピアに協力しろと? そう兄上は仰るのですか?」

「俺とて子供を巻き込みたくはない。だが、案内してもらうのが最も確実だ」


「派手な動きをすれば、オークどもは確実に襲ってきます。まだ魔族が関わっているという証拠もないのですよ」

「だからといって、このまま街に籠もっていても、それこそ確実に負ける。認めたくはないが、他に打つ手もないのだ」


 兄妹二人の口論が加熱していく。

 スピアはお肉を頬張りながら眉根を寄せた。


 喧嘩はしてほしくない。自分がなにか言うべきだろうか、とは思う。

 だけど、どうにも実感が沸かないのだ。

 魔族が危険な存在だというのは知識として把握している。この街が危機にあるのも聞かされたし、森の中ではオークに殺された兵士も目撃した。自分の手でもオークを屠ったし、下品な騎士二人の死にも触れた。


 それでも、元の世界の常識と違いすぎるからだろうか。

 魔族と言われても淡い危機感しか抱けなくて、スピアは沈黙していた。


「そこまでにしておけ」


 クリムゾン伯爵に睨まれて、兄妹二人は口を閉じる。


「私も考えなしに話を振ってしまった。食事の時にする話ではなかったな」

「いえ……領主であられる父上の苦悩、お察しいたします」

「私こそ浅慮でした。お恥ずかしいところを見せて、申し訳ございません」


 親子が互いに頭を下げあう。堅苦しい遣り取りにも見えるけれど、流れる空気が緩んだのは確かだった。

 食事が再開されて、スピアもほっと胸を撫で下ろす。


「このお肉、とっても美味しいですね。飲めそうです」

「ははっ、それはまた斬新な表現だな。しかしこのクルム牛は、確かに美味として知られている。存分に味わってほしい」


 そのクルム牛、昼食の際にもスピアは味わっていた。だけど少し味付けが変わっているので飽きることもない。ボリュームはあるのに、いくらでも食べられそうな美味しさだ。


 ハンバーグにしてもいいかも知れない。チーズと合わせたら、もっと―――、

 あれこれと調理法を考えながら、スピアは柔らかな肉を切り分けていく。


「それにしても……やはり子供とは思えん食べっぷりだな。テーブルマナーもそれなりに出来ているではないか」

「だから、子供じゃありません」

「ふむ、子供でないなら、騎士の誇りも理解できるであろう? 貴様に負けた私の挑戦、いつでも受けてもらうぞ」

「それとこれとは話が別です」

「スピア、諦めた方がいいかも知れんぞ。兄上のしつこさは筋金入りだ」


 ラスクードが鋭い眼差しを見せると、エキュリアが呆れて肩をすくめる。

 そんな談笑もまじえながら、食事は和やかに進んだ。

 最後に冷やした果実がデザートとして出されて―――。


「さて、スピア殿。あらためて礼を言おう。よくぞ我が娘を救ってくれた」


 厳かに、クリムゾン伯爵が言葉を切り出した。

 空気が引き締まったのを感じて、スピアも果汁で濡れていた口元を拭う。


「わたしは通り掛かっただけです。美味しいご飯をいただいて、ベッドも貸してもらって、こちらこそありがとうございます」

「この程度、命の礼には安すぎるくらいだ。エキュリアもそう思うであろう?」


 話を振られて、エキュリアが苦笑混じりに頷く。

 まだまだ恩を返しきっていない、と。

 その返答を待っていたかのように、クリムゾン伯爵が眼差しを鋭くした。


「ならば、恩は返さねばならんな。エキュリアよ、彼女が家に帰り着くまで面倒を見てやるのだ」

「え……?」


 ぽかん、と口を開けて、エキュリアは父親を見つめ返す。

 スピアもいまひとつ会話の意図が飲み込めず、二人の顔を交互に眺めていた。


「まずは北のアルヘイス領へ行くとよかろう。アルヘイス殿は先代より書物の収集を趣味としておられるからな。遠い国についての知識も持っておるだろう」

「お、お待ちを、父上! それは……」

「彼女を送り届けるまで、この街に帰ることは許さぬ。これは家長としての命令だ」


 つまりは、エキュリアを街から逃がそうというのだ。

 スピアはその計画に利用される形になる。でも怒りを覚えるでもなく、オレンジに似た果実に手を伸ばしていた。


「私は街に残ります! ここで皆とともに戦わなければ、一生後悔する!」

「其方一人が残ったところで何も変わらぬ。また勝手をして、同じ過ちを繰り返すつもりか?」

「で、ですが、それでも私は―――」


 エキュリアは顔を顰めて食い下がろうとする。

 しかしクリムゾン伯爵は冷然とした態度を取ったまま相手にもしない。口論では、エキュリアに勝ち目はなさそうだった。


 ラスクードも難しい顔をしたまま目蓋を伏せている。

 妹の心情は理解できるが安全な場所にいてほしい、といったところだろう。


 やがてエキュリアも言葉が尽きた。

 肩を落とした娘を一瞥して、クリムゾン伯爵はスピアへと目を向ける。


「騒がしくしてすまんな。スピアよ、其方もそれで納得してくれるか?」

「はい。分かりました」


 酸味の強い果実を味わいながら、スピアは軽く頷く。

 だけど、と人差し指を立てて付け加えた。


「明日は、街を見て回っても構いませんか?」

「うむ……そうだな。旅をするにも用意は必要か。案内もつけるので、好きに見て回るとよい」


 スピアは屈託のない笑みを浮かべる。


 伯爵からの提案に、「分かった」とは告げた。

 だけどそれに素直に従うとは、一言も口にしていなかった。



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