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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第四章 たった一人の親衛隊長編Ⅱ(ダンジョンマスターvs魔将王)
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ダンジョンマスターvs大屍竜②


 ひとつの街全体が浮かび上がる。

 そんな事態を素直に受け入れられる人間はそうそういない。

 ほとんどの住民は、地震が起こったと思って混乱するばかりだ。


 地面から離れていると気づけたのは、精々、街の外壁上で警備にあたっていた兵士くらいしかいなかった。

 それだけの異常事態だとも言える。


「ちょっとやり過ぎたかなあ」


 スピアもそう呟いて反省するほどだった。

 サラブレッドに乗ったスピアは、上空から街を見下ろしている。

 事前の指示通りに、サラブレッドとトマホークは王都の近くで待機していた。


 その王都は、いまは削り取られた地面ごと空高くに浮かび上がっている。

 巨大な屍竜を見下ろせるほどの高さだ。

 たとえ屍竜が跳びつこうとしても無理だろう。ほとんど骨しかない腐り落ちた翼では飛ぶこともできない。

 獲物に逃げられたのが悔しいのか、屍竜は上空へ向けて雄叫びを響かせていた。


 とはいえ、王都を守るだけなら他にも方法はあった。

 王都全体を障壁で囲むとか。逆に、屍竜の方を深い穴に落とすとか。

 おどろおどろしい巨大竜の姿を前にして、スピアもけっこう焦っていたのかも知れない。


「まあ、やっちゃったものは仕方ないか」


 同意するように、サラブレッドが嘶く。

 その白い鬣を、スピアはそっと撫でて気持ちを落ち着けた。


 これまでのスピアだったなら、街全体を浮上させるのは不可能だった。

 さすがに魔力が足りない。

 けれどいまは、この国の王から直接に“許可”をもらった。

 王都への脅威を排除できるならば“あらゆる行為”を認める、と。


 まずスピアは、ダンジョン領域の拡張を行った。

 いまや王都全体、さらに衛星都市を含めた広大な範囲がスピアの領域だ。

 そして、そこに住む人々から僅かずつ魔力を徴収した。


 王都だけでも人口はおよそ二十万。

 さらには人間だけでなく、荒野に住む魔物からも魔力を集められる。

 元より『聖城核』に溜め込まれていた魔力もあって、街全体を浮上させるのもさほどの負担にはならなかった。


「一気に魔力を取り込むのは少し辛かったけど……あ、キングエロンも召喚可能になってる」


 要らないけど、と呟きながら、スピアは頭の中でダンジョンメニューを確認していく。


 単純に魔力量が増えただけではない。

 一定量の魔力を注ぐことで、スピアの内にあるダンジョンコアは強化されていく。

 召喚できる魔物や、作り出せる罠も格段に増えた。

 さらには『聖城核』から取り込んだ情報もある。

 すべてを自分のものとするには、まだ時間が必要だが―――。


「ん……あの竜を倒すくらいなら大丈夫そうだね」


 一度深く目蓋を伏せてから、スピアはあらためて屍竜を見据える。

 ぽつんと荒野に残された屍竜は、辺りを探るように首を回している。獲物となる生き物を求めているのだろう。その周囲の地面は黒く染まって、じわじわと腐敗が広がっていた。


 ひとまず王都住民の安全は確保できたが、放っておいてよい魔物ではない。

 スピアは表情を引き締めて、手綱を握りなおした。


「サラブレッド、あいつの真上を目指して」


 嘶き声で答えて、サラブレッドは空を駆ける。

 充分な距離を取りつつ、指示通りに巨体の頭上を取った。

 そしてスピアは、空中に『倉庫』の影を開く。


「喰らえ、聖なる爆弾箱!!」


 一抱えもある大きな宝箱が三つ、屍竜へと投下された。

 すぐにその宝箱の蓋が開く。

 中に詰まっていた大量の聖水が、屍竜へ向けてばら撒かれた。

 数十本の瓶が砕け、煌きながら、聖水を浴びせる。


 それらの聖水はダンジョンの宝物として置かれる物だが、教会でちゃんとした祈りを受けたものと大差ない。

 腐った肉と骨が溶けだして、白煙が立ち昇った。


 屍竜が苦しげに雄叫びを上げる。不死の魔物は痛みを感じないという話もあるが、いまの屍竜は明らかに苦悶していた。

 そこへ、さらに追撃も加えられる。

 三つの宝箱が揃って爆発した。蓋が開けられてから時間差で起動する罠だ。

 大気を震わせる轟音とともに、屍竜の手足や翼が吹き飛ぶ。


「よし。大ダメージだね」


 サラブレッドを旋回させながら、スピアはぐっと拳を握った。


「この分なら、あと一発くらいで……?」


 倒せる、と言い掛けて口を閉じる。

 スピアが眉根を寄せて見つめる先で、屍竜に変化が起こっていた。


 損壊した巨体の各所から黒い靄が溢れ出る。

 失われた箇所を補うように黒靄が集まると、尋常ではない早さで屍竜の体は修復されていった。


 それどころか、以前よりも強靭になっているように見える。

 腐臭を放つ肉体なのは変わらない。けれど腕は以前よりも太さが増して、根元から折れたはずの翼も、しっかりと再生している。おまけに翼膜まで張られていた。


「……そういえば魔族の配下って、しぶといタイプばかりだったね」


 スピアは神妙に呟く。

 体の内にいくつもの核を持っていたり、やたらと硬い表皮を持っていたり―――、

 スピアが遭遇した魔族は、どの相手も生命体として奇異な特徴を持っていた。

 まあ、すべて打ち倒したのだが。


「今回は核があるタイプじゃないね。だけどあの不死身っぷり……んん~、最初から死んでるにしても変だよね。全身をミキサーにでも掛けないとダメかなあ」


 けっこうエグい作戦を考えつつ、スピアはまた聖水を一瓶落としてみた。

 命中し、屍竜の頭から白煙が上がる。

 けれどその煙の勢いは、先程よりも衰えていた。苦悶の雄叫びも上がらない。


「むぅ。同じ攻撃は効かない? 進化してるっぽい?」


 スピアは口元を捻じ曲げる。

 もしも相手が人間大なら、さしたる問題にはならなかった。

 鉄球でも落として磨り潰してから、完全にバラバラにも出来ただろう。

 だけど城ほどもある巨体では、潰しきるのも難しい。

 ぷるるんフルバーストでも、きっと決定打にならない。


 そもそも、ぷるるんも消耗していた。少し萎んでしまうくらいに。

 なので、いまはエキュリアたちとともに城で待機している。


「丸焼き消毒は決定なのに……どうしようかな」


 珍しく真剣に悩むスピアの眼下で、屍竜が翼を広げた。

 強い風が起こって灰が舞う。

 屍竜の影響によって腐った地面は、さらに生命を絞りつくされたように灰と化していた。


「サラブレッド、距離を取って」


 白々と舞う灰の中から、屍竜が飛び立つ。一気に上空へと向かってくる。

 ほんの少し前までは、腐り落ちた翼しか持っていなかった。

 けれど回復とともに肉体が強化され、飛行能力まで得ていた。


 高々と空へ舞い上がった屍竜は、咆哮を上げながらスピアを睨む。

 その眼光には敵意が漲っていた。


 自分を狙ってくる屍竜を誘導するべく、スピアは王都とは逆方向へと駆ける。

 屍竜が加速し、大きな口を開ける。その牙がスピアを捉えようとした。

 歪に曲がりながらも鋭さを保っている牙は、少女の体くらい簡単に砕くだろう。

 けれど、そうはさせまいとサラブレッドも加速する。

 一気に引き離す。


 まだ屍竜は飛び始めたばかりで、翼の動きもぎこちない。

 サラブレッドの速度なら距離を取るのは簡単だった。


 もっとも、進化を続ければどうなるか分からない。

 それに加えて、屍竜はいくらでも飛び続けられる可能性が高い。不死の魔物というのは、まず疲労など感じないものだ。


 絶対におまえを喰らってやると、屍竜の眼光は語っている。

 でもスピアだって、悠長に追いかけっこを続けるつもりはなかった。


「あんまり時間を掛けると、エキュリアさんが飛び出してきそうだし……よし!」


 攻勢に移るべく、スピアは空中で馬首を巡らせる。

 だけど行動を起こすのは、ほんの少しだけ屍竜の方が早かった。


 スピアが方向転換をする直前、屍竜が大きく息を吸い込んだ。

 腐肉に包まれた咽喉が膨れ上がる。

 そして吐き出されたのは、黒々として破壊力を持った息吹ブレスだ。


 まるで黒い流星が現れたようだった。

 一瞬にして空の景色が描き変えられる。

 空気そのものが粉々に砕かれていって、広範囲への破壊が広がる。


「む……ちょっと、マズイかも……!?」


 呟きも掻き消される。 サラブレッドの機動力でも避けきれない。

 その黒の中に、スピアの小さな体も呑み込まれた。


 辺り一帯が黒に染まり、屍竜は勝利を確信したかのように雄叫びを轟かせた。



少しくらいは心配してくれてもいいんですよ?

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