ダンジョンマスターvs大屍竜①
礼拝堂から城の塔へと移動する。
城内ではすでに、大勢の騎士や兵士が慌てた様子で駆け回っていた。
ロマディウスによる洗脳が解けたというのもある。
力を失ったロマディウスを見つけるなり斬り掛かってくる兵士もいた。しかしそちらはシロガネが制圧したり、セフィーナが説き伏せたりと、ひとまず大人しくさせておく。
もっと大きな問題もあって、スピアたちはさして足止めもされなかった。
そう、文字通りに巨大な問題だ。
王都のすぐ近くに、城も押し潰せそうなほどの巨大竜が現れていた。
まだ多少の距離はあるが、襲ってくるのは間違いないだろう。
「迫力ありますねえ」
呑気に述べたスピアだが、その表情は普段よりも引き締まっている。
隣に立つエキュリアも神妙に頷いた。
「恐らくはグルディンバーグが隠していたのだろう。主を失って暴走を始めたというところか……それにしてもまさか、屍竜とは……」
若干、エキュリアの顔色は蒼褪めている。
これまで散々、スピアとともに修羅場をくぐり抜けてきたエキュリアでそれだ。
セフィーナやエミルディットなどは身震いを隠せない。
見据えるさきにいる屍竜は、四肢をついた体勢でも王都の外壁を見下ろせるほどの巨体だ。全身の肉は腐り、動きは緩慢だが、牙を向いて王都へと向かってきている。その腕の一振りだけでも、外壁を紙細工のように打ち壊せるだろう。
どうやら屍竜は、地中から這い出てきたようだった。
エキュリアが述べた通り、グルディンバーグが隠匿していたのだろう。
もしも魔将とともに暴れられたら、どれだけの脅威となったか分からない。早々にグルディンバーグを屠れたのは、スピアとぷるるんの手柄ではあるが、大勢の人々にとっても僥倖だった。
とはいえ、屍竜だけでもとてつもない脅威なのは間違いない。
“竜”の恐ろしさは、庶民でさえ誰もが知っている。
災害級の魔物であり、街や村の戦力ではまず対抗できない。下手をすれば国家ひとつが丸ごと滅ぼされる。
そこまで強力な竜は稀で、熟練の冒険者なら倒せる程度の下級種も存在する。
しかしいまスピアたちが目にしている竜は、紛れもなく災害級だ。
大きさだけでも、かなりの上位種だと分かる。
さらに屍竜となれば、呪術によって様々な禍々しい特性を得ている。
肉体的にも強化され、吐く息だけでも人や土地を腐らせる。
その屍竜に殺された者もまた不死の魔物になると言われている。
「すまぬ……これもまた俺が招いたことだ。もっと早くに奴を始末していれば……」
セフィーナに手を引かれたまま、ロマディウスが悔恨を述べる。
それは事実だが、いまは責めている場合ではなかった。
「殿下、まずは兵をまとめる必要があります。指示をお出しください」
「わ、わたくしが指揮を執るのですか?」
膝をついた姿勢で、エキュリアは静かに頷く。
言外に、もはやロマディウスに従う者はいない、と語っていた。
両眼を失ったロマディウスは、これまでの暴挙の報いを受けたと言える。
けれどもエキュリアはまだ許していない。殺したいほどにロマディウスを恨んでいる者は、他にも大勢いるだろう。
いまは王都存亡の危機故に、ロマディウスの処遇は後回しになる。
ともかくも、早急に屍竜への対処が必要だった。
「わ、分かりました。まずは王都の守りを固めるべきですね。それと……」
「『聖城核』を使え。あれの障壁ならば、しばらくは耐えられる」
動揺しているセフィーナに対して、ロマディウスは落ち着いた声で告げた。
エキュリアから咎められたことも気に留めていない。
その指示も的確なものだった。
「それと、神聖魔法を扱える者で別働隊を作らせよ。他の不死の魔物と同じく、屍竜にも浄化魔法が有効なはずだ。聖職者の多くは排除してしまったが、まだ少しは残っておるだろう。あとは……決死隊が必要になるかも知れん」
ロマディウスは目蓋を閉じたまま、皮肉げな笑みを零した。
その表情の意味を真っ先に察したのはセフィーナだ。
「不死の魔物は、総じて知能が低い。屍竜も同じはずだ。生者の匂いで誘い出せば、街から遠ざけることは可能であろう。その部隊は俺が指揮を執る」
「……死ぬつもりなのですね。兄様、わたくしはそのような結末は認めません」
「王として最後の務めだ。赦せ」
ロマディウスは静かに首を振る。悟ったように爽やかな表情をしていた。
対して妹であるセフィーナは、泣き出しそうなほどに顔を歪める。
決意と、悔恨と、義務感や悲哀―――、
様々な感情が綯い交ぜになり、沈黙となって流れていく。
「よし。丸焼きにしましょう」
その沈黙を、スピアはあっさりと突き破った。朗らかな声で。
隣にいるエキュリアがひくりと頬を歪める。
一言目はツッコミを我慢した。でも、二言目は無理だった。
「汚物は丸焼き消毒だと、昔の格言にもありました」
「どこの格言だ!? あと、少しは空気を読め!」
「むぅ。エキュリアさんは失礼です。わたしほど空気を読める人もいません」
「どこからその自信が出てくるのだ!」
うがぁっ!、とエキュリアが吠える。
手を伸ばし、スピアの頬っぺたを摘み上げようとしたが、するりと避けられた。
スピアはロマディウスと向き合う。
「という訳で、セフィーナさんのお兄さん」
「……なんだ?」
「最後の務めは死ぬことじゃありません。わたしに許可をください」
いつものことながら、スピアの言葉は色々と欠けている。
いったい何を言いたいのか? 何の許可が欲しいのか?
ロマディウスにはさっぱり理解できなかった。
けれど無視するのも、声色に混じった微かな真剣味が許さなかった。
「ちょっと手強そうです。街を守るのにも、いまのわたしだと準備不足なんです」
「……屍竜と戦おうというのか? まさか、一人で?」
「一人じゃありません」
スピアは自信たっぷりに胸を張る。
そうしてエキュリアやセフィーナ、エミルディットへと順々に視線を巡らせた。
ぷるるんも自己主張するみたいに寄ってきたので、ぺしぺしと撫でてやる。
その様子は、ロマディウスには見て取れない。
けれど言いたいことは伝わっていた。
「……分かった。何をするつもりか知らんが構わん。どうせ悠長に話し合っている暇も無いのだ。王都への脅威を排除できるのならば、この国の王として、あらゆる行為を許可しよう」
「ありがとうございます。セフィーナさんも、それで構いませんか?」
「え……あ、はい。元よりスピアさんを信頼していますから……」
許可します、とセフィーナは頷いた。
それがどんな結果をもたらすのか、深く考えもせずに。
とはいえ、けっして無責任という訳でもない。
これまでのスピアの行動から、ある程度は非常識な事態を覚悟しての発言だった。
派手な魔法が撃ち放たれたり、
街の外に大穴が開けられたり、
あるいはパンチ一発で屍竜が沈められる、なんて事態もセフィーナは想像できた。
けれどまだ甘かった。
スピアにとっての“あらゆる行為”というのを理解していなかった。
「よかった。それじゃあ、“これ”も使わせてもらいますね」
何気なく挨拶でもするように述べて、スピアは『倉庫』へ手を伸ばした。
そうして影の中からひとつの輝く石を取り出す。
両手でなければ持てないほどに大きな、七色に輝く宝石だ。
目を失ったロマディウス以外、場の全員が“それ”へ視線を注いだ。
「あの……スピアさん、それはいったい……?」
「『聖城核』です。拾っておきました」
はぁっ!?、と素っ頓狂な声が上がる。
まあ驚くのも当然だろう。セフィーナなどは完全に言葉を失っている。
「ひ、拾ったとは、どういうことだ!?」
代わりに問うたのはエキュリアだ。
やはりここ一番でのツッコミ信頼度は高い。
「そもそも何処にあった? 礼拝堂でも見つからなかったはずだぞ!?」
「礼拝堂にありましたよ。天井の絵画に、装飾に紛れてました」
「んなっ……!」
その天井は崩れてしまったが、『聖城核』自体は無事だった。
グルディンバーグを倒した後、移動する前にスピアが拾っておいたのだ。
そしていま、“許可”も得た。
本来なら、言葉の許しだけで『聖城核』は使用できない。
しかしダンジョンマスターであるスピアは別だ。
“許可”にはもっと大きな意味があって―――。
「まずは領域拡張、と」
キィン、と。
まるで一気に空気が冷えたような感覚を、その場の全員が覚えた。
直後に、目の前にある光景も変わる。
淡い光粒が浮かぶ。青白い、魔力粒子だ。
はじめは数えられるくらいの光粒だったが、あっという間に増えていく。
そもそも目に見えるというだけでも高濃度の魔力だ。
それがいまは、目も眩むほど。
とてつもなく膨大な魔力が、光粒となり、スピアへと集まってくる。
青白い光の中で、紅い瞳の輝きも力強く増していった。
「ふむぅん。やっぱりダンジョンコアと似てますね。だけど機能は限定的で、作られたのは古くて……プロトタイプみたいです」
他の者には理解できない言葉を並べながら、スピアは『聖城核』を掲げる。
両手でしっかりと握って、紅い瞳で見つめ続ける。
「でも古い分だけ残されてる機能も……ん、神域へのアクセスも完了っと」
呟くスピアを、エキュリアたちは息を呑んで見つめていた。
これから確実に何かが起こる。
きっと、想像もつかない何かが。
非常時とはいえ、早まっただろうか? 選択を間違ったのだろうか?
あるいは、今からでも止めた方が―――、
そんな戸惑いを抱えている内に、スピアが顔を上げた。
と同時に、足下が揺れる。
「とりあえず、まとめて避難してもらいましょう」
王都が浮上した。
最後に巨大敵登場からの、禁断の?パワーアップイベント。
そして、王都浮上。
バ○スはありません。