ダンジョンマスターvs魔将王⑤
濁った悲鳴を上げて、グルディンバーグは崩れ落ちる。
まるで草を刈るように膝を圧し折られたのだ。
紛れもなく重傷。そのまま泣いて謝ってもおかしくない。
だが、そんな暇も与えられなかった。
「ば、ガ……なっ!?」
剣を持っていた手が捻り上げられる。
そのまま体ごと投げ落とされ、頭から石畳に叩きつけられた。
常に張っている多重の障壁も、何故かまったく役に立たない。
「ダンジョン武闘術初伝―――」
仰向けに倒れたグルディンバーグの視界が影で覆われる。
空中に、重量感たっぷりの石柱が出現していた。
「―――名前はありません」
ないのかよ!、とツッコミを入れる余裕もない。
グルディンバーグは慌てて飛び退こうとした。
けれど膝を折られ、腕も一本捻じり折られて、頭から投げ落とされたのだ。
満足に動けるはずもない。
石柱が落下する。重々しい震動とともに、肉と骨が潰れる音が響いた。
「があああぁぁぁぁっ!」
片腕を磨り潰されながらも、グルディンバーグは辛うじて身を捻っていた。
床を転がりながら、さらに逃げる。
落下する石柱は一本だけではなかった。
二本、三本と、立て続けに出現し、落下してくる。
「むぅ。必殺技にはなりませんか。やっぱり名前がないとダメですね」
呑気に言いながらも、スピアも見ているだけではなかった。
転がるグルディンバーグを睨み、床を蹴る。
直接に追撃を掛けようとした。
距離を詰めるのは、ほんの一瞬のことだ。
しかしそれでも、グルディンバーグには反撃へと移る時間が与えられた。
瞬時に魔法を発動させ、十数発の光弾を放つ。
そのほとんどはスピアが振り払った手刀で、あっさりと散らされた。
けれど数発が、大きく曲線を描いてセフィーナたちへと向かった。
護衛についていたシロガネによって、光弾はすべて防がれる。
ただ、スピアはちらりとそちらを窺った。
一瞬の間が、数瞬へと伸びる。
グルディンバーグは無事な片腕で、力任せに床を叩いた。
そうしてスピアから距離を取ると、さらに飛行術式を発動させて空中高くへと舞い上がっていた。
「くっ……はは、誉めてやるぞ! 確かに接近戦では、貴様に分があったようだ」
スピアだけでなく、城全体を見下ろせる高さまで上昇する。
唇の端を吊り上げたグルディンバーグは、断ち切られた片腕に魔力を流した。
見る間に腕が再生していく。
圧し折られた足も、笑声を零す間に回復していた。
元より魔族として強靭な肉体を持っている上に、グルディンバーグはいくつもの術式を自身に仕込んでいる。放っておいても傷は回復するのだ。
弱点と言えるのは、心臓にある魔石のみ。
そこさえ無事ならば、たとえ頭を潰されても復活できる。
だからいまも、けっして追い込まれたのではない。
人間の小娘ごときに恐怖を覚えたのではない―――、
そう自分を宥めて、グルディンバーグは冷や汗を隠した。
「こうして空に浮かんでしまえば、もはや打つ手もあるまい。私の魔法で一方的に蹂躙してやろう。人間など、所詮は地を這う虫けらに過ぎぬと思い知らせて―――」
キラリ、と。
地上でなにかが輝いた。
「ぷるるん、射出!」
そんな声も発せられたのだが、上空のグルディンバーグには届かない。
直後、小さな黄金色の塊が飛んできた。
正確には、跳ね上がった床によって射出された。
そしてグルディンバーグの横を抜ける。命中はしなかった。
「は……? プルン、だと?」
いったいなにを企んでいたのか?
まさか、プルンを当てて攻撃しようとしたのか?
そんなもので魔族である自分を倒せると? 馬鹿にしているのか?
それにしても黄金色のプルンとは珍しい―――、
などと、しばし困惑してしまったグルディンバーグだが、はっとして振り返った。
大きな魔力を感じた。
たったいま、黄金色の塊が飛んでいった方向から。
「んなっ……!?」
そこには、飛び去っていったはずのプルンがいた。
空中に留まっていた。
魔法によって、空中に足場を作っている。黄金色の塊の下には青白く輝く魔法陣が浮かんでいた。
しかしグルディンバーグが感じた魔力反応は、その足場の方ではない。
ぷるぷると震える黄金色の塊が、下級の魔物とは思えないほどの魔力を励起させていた。
「ぷるるん、フルバースト!」
その声もグルディンバーグには届かない。
けれど目撃する。
小さな黄金色の塊が、一気に巨大な粘液体へと膨れ上がった。
同時に、高圧水流による砲撃が放たれる。
それはもはや人の目で捉えられる攻撃ではない。魔族でも同じだ。
しかも分厚い鉄板を貫くだけの威力がある。
惜しみなく魔力も注がれ、魔法障壁も強引に砕き散らす。
それが、瞬時に、何発もまとめて放たれた。
黄金色の水流が、グルディンバーグの全身を貫く。
そのまま切り裂き、五体をバラバラに散らしていく。
「な゛、ぁぅ、ガ……」
生首となったグルディンバーグが落下していく。
もはや呼吸もままならず、満足な言葉さえ発せられない。
だが意識は残っていた。
そしてそれは、グルディンバーグにとって最後の不運だった。
いったい何が起こったのか?
自分は、敗北したのか? 細切れにされた?
しかも相手はプルン? 六魔将である自分が、下級な魔物であるプルンに?
いやしかし、あんなプルンがいるはずがない。
黄金色というだけでも珍しいが、巨大化するなど―――、
そう混乱し、空中を落下しながらも、僅かに残った冷静な思考を巡らせる。
そのグルディンバーグの目に、ひとつの硬い輝きが入ってきた。
赤黒い、見覚えのある輝きだ。
それは魔石。グルディンバーグの心臓にある、自身の核となるもの。
凄まじい威力の水流撃の中でも、まだ無傷で残っていた。
小さな物なので、たまたま攻撃が逸れたのだろう。
核さえ無事ならばいくらでも再生できる―――、
そうグルディンバーグが思った直後、魔石は黄金色の粘液体に包まれた。
「ぷるっ!」
それが、グルディンバーグが最後に聞いた声?となった。
赤黒い魔石がゆっくりと溶けていく。
黄金色と同化していく様子を、まざまざとグルディンバーグは見せつけられた。
自分の命が消えていく。
魔物に喰われて、次第に小さくなっていく。
絶望的な光景に、グルディンバーグは堪えきれず声を上げようとした。
しかしもはや咽喉を震えさせることも叶わない。
意識も朦朧として、魔力を練ることも出来ない。
ゆるゆると揺れる粘液体を見つめるしかなくて―――、
「結局、この人は誰だったんでしょう?」
どうでもよさそうな声も耳に届かず、グルディンバーグは完全に消滅した。
重々しい音を立てて、ぷるるんが着地する。
珍しい魔物であるキングプルンだが、けっして特別に強い訳ではない。
そもそも、魔法という弱点もある。
だから魔族と戦うのは、あるいは自殺行為かも知れなかった。
しかしぷるるんは、その魔族の中でも最強格とされている六魔将を屠った。
正しく大金星と言ってもいい。
だからといって勝ち誇るでもなく―――、
「うん。これまでの特訓の成果だね」
ぷるっ!、と嬉しそうに震える。
強力な敵を仕留めたことよりも、スピアに誉めてもらえるのを喜んでいるようだった。
「さて、それじゃあ……」
ぷるるんをひとしきり撫でると、スピアは振り返った。
辺りには瓦礫が散らばっている。
破壊しつくされた礼拝堂は、晴れやかな陽射しを受けながらも静けさに包まれていた。
「『聖城核』を探しましょう」
「ちょっと待てぇっ!」
大声でツッコミを入れたのはエキュリアだ。
その手には剣が握られている。
セフィーナたちを守りつつ、スピアの手助けをするべく切り込む隙を窺っていた。
もっとも、ただ眺めている間に戦いは終わってしまったが。
「おまえは、いったい何をしたのか分かっていないのか!?」
「敵を倒しました!」
「さらりと言うな! いや、確かに胸を張って誇れることだが、相手は六魔将だったのだぞ! それを、おまえは、ああもう! 何を言えばいいのか分からん!」
「落ち着いてください」
「おまえは落ち着きすぎだ!」
結局、グルディンバーグは名乗ることすらなかった。
しかし相手が魔族であったのは明らかだし、何者なのか、スピアが戦っている間にロマディウスが語っていた。
六魔将の一人、『生命』のグルディンバーグ―――、
その名はエキュリアも聞き及んでいた。恐るべき、人類の敵として。
だから死をも覚悟していたのだが、そのグルディンバーグはあっさりと屠られた。
スピアと、そしてぷるるんによって。
「まったく……この目で見ても信じられん。まさか六魔将を破るとは……」
「ぷるるんフルバーストです。相手は死にます」
「それも訳が分からん! なんなのだ、あの技は!?」
「改良技として、ぷるるんアルティメット・バーストも予定してます」
「そうか! 楽しみだな!」
もはや理解するのを諦めて、エキュリアは自棄気味に声を投げた。
セフィーナやエミルディットも唖然としている。
状況を受け止めることすら出来ていない。
「あー……ともかくも、脅威は去ったと考えていいのか?」
「そうですね。あの魔族の人は仕留めましたし―――」
ズン!、と重量感のある音が、スピアの言葉を遮った。
微かな震動が足下から伝わってくる。
その震動は徐々に大きくなって、セフィーナなどは膝をつくほどだった。
「な、なんだ、これは!? 地揺れか!?」
エキュリアが慌てた声を上げる。
他の面々も蒼褪めた顔をして、咄嗟に身を寄せ合った。
地震に慣れているスピアにとっては大した揺れではない。
けれど、もっと別の脅威を感じ取っていた。
「……まだ終わらないみたいですねぇ」
外へと目を向けながら、スピアはうんざりした様子で呟いた。
今更ですが、魔将+王で魔将王でした。単独じゃありません。
次回はイベントをおかわり。
ある意味では、お約束です。