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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第四章 たった一人の親衛隊長編Ⅱ(ダンジョンマスターvs魔将王)
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ダンジョンマスターvs魔将王④


 グルディンバーグにとって、人間は実につまらない観察対象でしかなかった。


 肉体的な能力では、そこらの動物にも劣る。

 知能はあっても、とりたてて優れてはいない。

 精霊と感応できる銀霊族のように、特別な感覚を備えている訳でもない。

 とりわけ白人族は、あらゆる面で多種族の劣化版。

 ただ無駄に数が多いだけ―――。

 生命操作に長けたグルディンバーグからすれば、実験材料としても評価できないものだった。


 だが、その人間に、白人族であるロマディウスに敗れた。

 王国を乗っ取ってやろうと城へ踏み入った際に、ロマディウスの“眼”に捕らえられた。心臓を抉り出され、逆らえば死に至ると宣告され、呪いを掛けられた。


 その力が幻覚だと、後になってグルディンバーグにも分かった。

 しかしそれでも心臓に刻まれた呪いは消えなかった。

 実験動物にも劣る相手から駒と見下されて―――、


 グルディンバーグは待ち続けた。いつか訪れるであろう、復讐の時を。

 そして、その時はやってきた。


 グルディンバーグは歓喜の歌でも歌いたい気分だった。

 ロマディウスから使徒の力が失われたいま、魔族であり、六魔将の一人でもある自分を止められる者はいない。奇妙な子供はいたが、所詮は人間、容易く踏み潰せる。

 まずはロマディウスが宝と言っていた妹から殺してやろう―――、

 そう口元を吊り上げると、グルディンバーグは力を解放した。


「くくっ……ははっ、あはははははは! 殺した、殺してやったぞ! 使徒だなんだと思いあがりおって! 所詮は只の人間ではないか!」


 高く積み上がった瓦礫と白煙の前で、グルディンバーグは哄笑を響かせた。


 密かに、ロマディウスの動向を窺っていた。

 礼拝堂の入り口で、隠蔽の魔法を使って潜んでいたのだ。

 そうして服従の呪いが消えると同時に襲い掛かった。


「ふははっ、しかし簡単に殺したのは失敗だったか。私に屈辱を味わわせた分、もっと苦しめてやるべきだったな」


 瓦礫のひとつを蹴飛ばしながら、グルディンバーグは声を弾ませる。

 黒い肌の紅潮が見て分かるほどに、気分が昂ぶっていた。

 金色の瞳も爛々と輝いている。


 不意打ちで放った魔法の矢は、確かにレイセスフィーナの胸を貫いた。

 致命傷だったかどうかは不確かだが、重傷を負わせたのは間違いない。

 続けて発動させた複合魔法によって、いまや礼拝堂は完全に崩れ去っている。城の一角が綺麗に吹き飛んで、もうもうと白煙が立ち込めていた。


 視線を上へ向ければ、天井は消え去り、青々とした空が見える。

 まるで空が自分の勝利を祝福しているようだと、グルディンバーグには思えた。


「どれ、死体が残っていたら回収してやるか。くだらぬ人間とはいえ、あの使徒の眼は研究する価値がある、や、も……?」


 立ち込めていた白煙が晴れる。

 そこには数名分の死体が転がっているはずだった。


 しかしグルディンバーグの目の前にあったのは木の板―――いや、大きな箱だ。

 まるで家のように巨大な箱が鎮座していた。


「……宝箱、だと?」


 大きさこそ異常だが、見た目はダンジョンに置かれているような宝箱だ。

 けれどそんな物は礼拝堂には存在しなかった。

 吹き飛んだ城の上階から落ちてきた、なんてことも有り得ない。


「なんだこれは? いったい、どうなっている!?」


 しばし呆気に取られていたグルディンバーグだが、声を上げて宝箱に近づく。

 正面に回ると、なんとなしに蓋の部分へ手を伸ばした。

 押し開けようと力を込める。


 その途端、カッ!、と。

 グルディンバーグの視界は閃光に覆い尽くされた。







 腹の底に響くような音が無数に重なる。

 そのたびに閃光が走り、瓦礫をさらに砕き、爆発が巻き起こっていく。

 ズガン!、ズガン!、ズガン!、と。


 宝箱の罠にしてもかなり派手な部類だろう。

 爆発とともに炎も広がったが、そちらはまた宝箱から溢れた水流によって鎮火していった。


 二重の罠が発動し終えると、宝箱の蓋が開かれる。

 ぱたぱたと、壁となっていた木板も倒れて、中身が姿を現した。


「まさか宝物になる日が来るとは、思ってもみませんでした」


「呑気に言っていられる状況か! おまえはまた、宝箱とか、ああもう! 助かったのも事実だから文句も言えん!」


 宝箱に入っていたのはスピアたちだ。

 困惑混じりの声を上げたエキュリアはもちろん、全員が箱に守られていた。

 胸に深い傷を負ったセフィーナも、治療薬のおかげで傷は塞がっている。身を横たえてはいるが、エミルディットの魔法治療もあって顔色も回復してきていた。


 さらに、シロガネも呼び出されて皆の守りにあたっている。

 守るだけでなく、反撃の準備も万端だ。


 とはいえ、危うい場面だったのも確かだった。

 その危機を作り出したグルディンバーグを、スピアは静かに見据える。


「ぐ……バカな。私の魔法を防いだというのか?」


「宝箱が壊れやすかったら困るじゃないですか」


 正論なようで無茶苦茶な理屈を述べて、スピアは足を踏み出す。


 グルディンバーグは無数の爆発を浴びたはずだった。

 そこらの魔物ならば木っ端微塵にされていたほどの爆発だ。強靭な肉体を持つ魔族だって無事では済まない。


 グルディンバーグも派手に吹き飛ばされていた。

 けれどその黒い肌には傷ひとつない。僅かに埃で汚れているのみだ。


「あなたも壊れ難いみたいですね。誰なんでしょう?」


「ふん、人間如きに聞かせても無意味だがな。まあいい。貴様は少しだけ役に立ってくれた。私の名に恐れおののくのを許してや……」


「まあ、誰でも構いませんか。敵なのは確実ですし」


 スピアは肩や腕を回して、身体をほぐしていく。

 無視される形になったグルディンバーグは、ぱくぱくと口を上下させた。


「念の為に聞きます。反省して謝るなら、殴って捕まえるだけで許してあげますよ?」


「は……反省に、謝罪だと? 貴様、随分と調子に乗っているようだな。ロマディウスには勝てたようだが、それは相性が良かっただけのこと。肉体でも魔法技能でも、貴様が私よりも優れているところなど、ひとつも……」


「反省の色無しですね。叩きのめします」


 淡々と、スピアは述べる―――、

 その様子を横で見ていたエキュリアは、ぞわりと背筋に冷たいものを感じた。


 スピアは表情こそ普段の柔らかさを保っている。

 けれど紅く輝く瞳の奥では、かつてないほどに怒りが煮えたぎっていた。


 エキュリアがごくりと息を呑む。

 と同時に、スピアはグルディンバーグへと肉迫していた。


「なっ……!?」


 驚愕の声を上げたのはエキュリアだ。

 スピアが拳を突き出そうとした直後、その全身が炎に包まれたように見えた。


「ちっ、避けたか!」


 忌々しげに舌打ちをしたグルディンバーグが身を翻す。

 背後を払うように腕を振るい、無数の炎弾を放った。


 一瞬の内に、スピアがそちらへ移動していた。

 しかしグルディンバーグの目には捉えられている。放たれた炎弾も、正確にスピアを狙っていた。


 けれどスピアも黙って焼かれはしない。

 細い腕が振り払われると、炎弾はスピアに届く前にすべて掻き消えた。

 グルディンバーグは目を見開き、眉根を寄せる。


 所詮相手は人間だと、侮っていた。いまもその評価は変えていない。

 けれど仮にも使徒であるロマディウスを、スピアは屈服させたのだ。グルディンバーグも一定以上の警戒心は抱いていた。


 スピアが内包する魔力量が人間離れしていることにも気づいている。

 しかしどれだけ魔力を抱えていても、それを扱う技術は別だ。

 複雑な術式を組み込んだグルディンバーグの炎弾は、あらゆる障壁を焼き尽くす。

 だというのに、スピアはそれを平然と打ち消した。


 有り得ない、なんだこの娘は―――と、

 グルディンバーグの頭には、警戒心以上に困惑が生まれていた。


「また不可解な真似を……貴様のそれは、いったい何の術式だ?」


「炎が消えるのは当然です。熱力学第二法則って言うらしいですよ」


「は? 熱力学……っ!?」


 聞き覚えのない単語に、グルディンバーグは思わず問い返す。

 だが敵と悠長に問答をするつもりは、スピアにはまったくなかった。

 一歩を踏み込み、足下から魔力を流す。

 石畳がすぐさま変形して、尖った石礫となって撃ち出された。


 小さな槍のようなものだ。

 並の人間ならば穴だらけにされるほどの、石礫の弾幕がグルディンバーグへ襲い掛かる。


「無駄だ! この程度、避けるまでもない!」


 少々虚を突かれたグルディンバーグだが、正面から攻撃を受け止めた。

 グルディンバーグの全身を薄い魔法障壁が覆っている。

 その多重障壁が、すべての石礫を防いでみせた。


 スピアは口元を捻じ曲げて、むぅ、と呻る。


「前に会ったバイオリンさんよりも頑丈ですね」


「バイオリン……? まさか貴様がバリオンを倒したのか?」


 問われても、スピアは答えようとしない。難しい顔をして首を捻る。

 けれど睨み合っていたのは短い時間に過ぎない。

 やがて、ぽんと手を叩くと、スピアは晴れやかな顔を見せた。


「挑発します」


「は……?」


「わたしのパンチなら、その自慢の障壁も破れますよ。でも逃げるんでしょうねえ。魔族だとか偉ぶっていてもー、コソコソするしかない臆病者ですからねー」


 棒読みの台詞を投げられて、グルディンバーグは頬を引きつらせた。

 挑発しよう、という意図は分かる。

 魔族の戦闘能力は、どちらかと言えば遠距離戦向きだ。離れた場所から様々な魔法を撃ち込むのを得意としている。

 だから、接近戦に持ち込もうとするのは正しい。


「やーい、逃げ腰ー。へっぽこー。意気地なしー」


 しかしこんなあからさまな挑発は、もはや馬鹿にしているとしか思えない。

 作戦としての体を為していない。

 そもそも「挑発する」と宣言して成功するはずがない。


 けれど、皮肉にも、と言っていいのだろうか。

 相手を感情的にするという意味では、スピアの言動はその目的を見事に果たしていた。


「ふざけおって……いいだろう、この手で直接に、貴様の首を刈ってくれる!」


「えー、そんなこと言ってー、本当は逃げる気ですよねぇ?」


「その棒読みをやめろ! さっさとかかってこい、小娘が!」


 グルディンバーグは魔力で剣を作り出すと、その切っ先をスピアへ向けた。

 僅かに腰を落とし、迎え撃つ構えを取る。


 近接戦闘が得意でないとはいえ、そうそう人間相手に遅れを取るつもりはない。

 ましてや相手は非力そうな少女だ。

 ただの子供でないのは承知しているが、それでも圧倒できる自信はある。


 望み通り、敢えて攻撃は受けてやろう。

 それを弾き返した上で、一撃で葬ってくれる―――、

 そうグルディンバーグは歯軋りをして、剣を持つ手に力を込めた。


「じゃあ行きますよ、っと」


 宣言して、スピアは軽い足取りで進む。

 グルディンバーグの真正面に立った。

 まるきり無防備のような自然体のまま、金色の瞳を見上げる。


「本当に逃げないんですね。意外です」


「ふん。貴様ごとき、恐れる必要も―――」


 ない、と告げられるよりも先に、スピアが蹴りを放った。

 パンチじゃなかったのか、と突っ込む者はいない。


 グルディンバーグも言葉を失う。突如として襲ってきた激痛に悶絶する。

 スピアが放った回し蹴りは、グルディンバーグの膝を圧し折っていた。



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