ダンジョンマスターvs魔将王③
瓦礫の散らばる礼拝堂に、途切れ途切れの笑声が響く。
低く暗い笑声だ。
愉快そうで、それでいて自嘲も混じっている。
ロマディウスは顔を伏せたまま、しばし小刻みに肩を揺らし続けた。
「くくっ……すべてはレイセスフィーナのため、か。そうであれば、どれだけ誇れたことか……」
スピアの言葉が、ロマディウスの深い部分へ突き刺さったのは間違いなかった。
けれどロマディウスは首を振る。
自分はそんな善人ではない、と。
「むぅ。実はいい人だったんだよパターンは無しですか」
「……本当に、なんなのだ貴様は? 俺の力が一切通用しない……だが、使徒ということもあるまい。そうであれば『聖痕』が反応するはず……」
「またその話ですか。自称神の下僕なんて、頼まれてもお断りです。わたしはセフィーナさんの親衛隊長で、ひよこ村村長なんですから」
スピアは肩をすくめて返答する。
呆れ混じりの口調で、それもまたロマディウスを困惑させた。
ベルトゥーム王国の人々は、とりたてて信仰心が高いということはない。他の国々と比べても平均的なものだろう。それでも誰もが神々への敬意を抱いているし、もしも使徒となれるのであれば喜んで受け入れる。
実際に、様々な恩恵をもたらしてくれる神々が存在するのだ。
それに対して尊崇の念を抱くのは、とても自然なことだった。
だから尚更、スピアの態度は異質に見える。
しかしロマディウスにとっては共感できる部分もあって、そこにこそ驚かされた。
「まさか……おまえも知ったのか? 神どもの本質を」
「本質かどうかは知りません。でもロクな相手じゃないとは思ってますよ。人を誘拐して、殺し合いをさせようとするんですから」
驚愕に目を見開いたのは、ロマディウスだけではない。
この場にいるスピア以外の全員が、息を呑んで言葉を失っていた。
「神々が、人に殺し合いをさせる……?」
「そんな……いえ、スピアさんがこんな嘘を言うとも思えません。兄様が変わってしまったのも使徒になってからで……」
呟くセフィーナの顔には、納得の色が浮かんでくる。
元凶は神の悪意―――、
そう考えると、すとんと胸に落ちてくるものがあった。
「……兄様は、神々に絶望したのですね?」
問い掛けというよりも確認。
その言葉に、ロマディウスは苦虫をまとめて噛み砕いたような表情をした。
頷きこそしなくても、ほとんど認めたようなものだ。
「奴らは、人間を遊び道具としか思っていないのだ。我らがどれだけ祈り、信仰を奉げようともな! ならば、見せつけてやるしかあるまい。人間には意志があるということを! 世界を手中に収め、偽りの信仰を消し去ってやるのだ。すべての人間から存在を忘れられれば、いかに神々とて―――ぶぇっ!?」
濁った悲鳴を上げて、ロマディウスはごろごろと転がる。
飛び蹴りを喰らわせたスピアは、華麗に着地していた。
「長いです。あと、間違っています」
「な、なにを言って……」
「そんなのは相手を喜ばせるだけですよ。剣を向けるなら人間じゃなく、神を名乗る人攫いの方です。直接に殴ればいいじゃないですか」
もはや幾度目になるか分からない沈黙。
しかしそれほどにスピアの言葉は突拍子のないものだった。
馬鹿げている。狂っているのか。
神を殴るなど叶うはずがない―――、
全員がそんな風に考えながらも、言葉には出さなかった。
スピアの言葉が正しいとも思えたから。
「おまえは……人間が、神に敵うと言うのか?」
「当然です」
いつものように自信たっぷりに、スピアは胸を逸らす。
ロマディウスはしばし瞬きを繰り返した。
やがて、その瞳に小さな輝きが宿る。
「くっ……はは、なるほど。これでは俺が敵わないのも当然―――」
愉快げに笑声を零した直後、凍りつく。
ロマディウスの瞳から眩いほどの光が溢れ出した。
『聖痕』もはっきりと浮かび上がる。
しかしそれはロマディウスが意図したものではない。
溢れた光は膨れ上がり、質量を持ち、白蛇の群れのように周囲へと広がった。
「むぅ、邪魔者ですね……っ!」
「な、なんだこれは!? くっ……スピア! セフィーナ様を!」
スピアは強く足を踏み鳴らし、白蛇を払い除けた。
けれどそれはほんの狭い範囲内のみで、広がる群れを抑えきれない。
エキュリアも咄嗟に剣を振り払ったが、すぐに全身を白蛇に絡め取られた。
セフィーナとエミルディットは抵抗すらままならない。あっという間に白色に覆われていく。
「っ、違う! 俺はこんなことなど望んでいない!」
ロマディウスは叫び、顔を覆い、懸命に溢れる力を押さえ込もうとした。
いったい何が起こっているのか? これから何が起こるのか?
その答えを、ロマディウスは知っていた。
己の意志に因らぬ力の暴走―――兄王を殺した時も、同じことが起こっていた。
しかし止まらない。
無数の白蛇はさらに数を増し、セフィーナたちの悲鳴まで飲み込もうとする。
どれだけロマディウスが叫ぼうとも、懸命になろうとも、無為。
魂からの訴えにも、神の力は耳を傾けようとしない。
「あ、ぅ……」
「ひめ、さま……!」
セフィーナやエミルディットはもがくが、すでに全身を捕らえられていた。
手足だけでなく、首筋にも蛇体が絡まる。
ぎりぎりと絞め上げていく。
「やめろ、神よ! 貴様はどれだけ奪えば気が済むと―――」
「ちょっと失礼します」
白蛇の群れを、スピアは一直線に裂いた。
まるで薄紙を裂くように容易く。
そのままロマディウスとの距離を一瞬で詰めて、手刀を振り払う。
「がっ……!?」
悲鳴とともに、ロマディウスの顔から鮮血が散った。
その両目が横一線に斬り裂かれる。
途端に、白蛇の群れは消え去った。
縛り上げられていたエキュリアやセフィーナたちも解放されて、どさどさと床に落ちる。
「く、は……助かったのか……?」
「姫様! 姫様、ご無事ですか!?」
「ええ、大丈夫です。エミルディットこそ……」
それぞれに怪我がないのを確認して、ほっと安堵する。
ただし、ロマディウスだけは蹲って顔から血を零していた。
その前に立つスピアは、僅かに表情を曇らせて告げる。
「断ち切りました。緊急手段です」
「っ……いや、神を侮るな。俺も一度は目を潰そうとしたのだ。しかし勝手に再生を始めて……」
「再生は、しないはずです」
宣告を受けて、ロマディウスはしばし自分の顔をまさぐっていた。
血が流れ続けるのも気に留めない。
完全に視界が塞がったまま、やがて恐る恐る顔を上げた。
「本当に……消えた、のか? もう聖痕からの力は感じない。そうだ、レイセスフィーナ! 無事なのか!?」
「はい、兄様。わたくしは怪我もありません」
呼吸を整えたセフィーナは、静かにロマディウスへと歩み寄った。
そうして血に濡れた兄の手を優しく掴み止める。
「もう心配は要らないのです。兄様は解放されたのですよ」
「……そう、なのか? 終わったというのか?」
「はい……ええ、間違いありません」
本当のところは、セフィーナにも分からない。
実際に何が起こったのか、把握しようとするだけでも混乱に囚われそうになる。
けれど不安を口にする場面ではないと、それくらいは判断できた。
「いまはお休みくださいませ。これまで守られてばかりでしたが、わたくしも少しは支えになってみせます」
優しく諭されて、ロマディウスはふっと笑みを浮かべた。
床に座り込むと肩の力を抜く。
両目は完全に断ち切られていたが、出血はほどなく治まりそうだった。
ただ、全身に青痣ができていて疲労もある。
スピアから散々に痛めつけられたのだ。
「待ってくださいね。いま、治療を―――」
一筋の光が、薄暗い空間を貫いた。
攻撃的なその光に気づいたのはスピアだけだった。
咄嗟に弾こうともしたが間に合わなかった。
「セフィーナさん!」
「え……?」
珍しく焦ったスピアの声に、セフィーナは振り向こうとした。
けれどその身体が、ぐらりと傾く。
力無く床へと倒れ込んだ。
魔法による光の矢が、セフィーナの胸を貫いていた。
赤々とした血が床に広がっていく。
「ひ、姫様!? しっかりしてください!」
「落ち着け、エミルディット! 下手に動かさずに……っ!?」
異変はそれで終わらなかった。
ズン、と重々しい震動が礼拝堂全体に響く。
一拍の間を置いて、天井に亀裂が走った。
その亀裂は瞬く間に広がる。無数の大きな瓦礫が落下してくる。
崩壊の音が悲鳴を呑み込んでいく。
さらには、崩れる天井の上に赤黒く輝く魔法陣が浮かんで―――、
「くははははっ! まとめてくたばれ、脆弱な人間どもが!」
高笑いが響くとともに、凄まじい爆発がスピアたちを包み込んだ。
シリアスさんは死なん!
何度でも蘇る!(倒されるために