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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第四章 たった一人の親衛隊長編Ⅱ(ダンジョンマスターvs魔将王)
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ダンジョンマスターvs魔将王③

 瓦礫の散らばる礼拝堂に、途切れ途切れの笑声が響く。

 低く暗い笑声だ。

 愉快そうで、それでいて自嘲も混じっている。

 ロマディウスは顔を伏せたまま、しばし小刻みに肩を揺らし続けた。


「くくっ……すべてはレイセスフィーナのため、か。そうであれば、どれだけ誇れたことか……」


 スピアの言葉が、ロマディウスの深い部分へ突き刺さったのは間違いなかった。

 けれどロマディウスは首を振る。

 自分はそんな善人ではない、と。


「むぅ。実はいい人だったんだよパターンは無しですか」


「……本当に、なんなのだ貴様は? 俺の力が一切通用しない……だが、使徒ということもあるまい。そうであれば『聖痕』が反応するはず……」


「またその話ですか。自称神の下僕なんて、頼まれてもお断りです。わたしはセフィーナさんの親衛隊長で、ひよこ村村長なんですから」


 スピアは肩をすくめて返答する。

 呆れ混じりの口調で、それもまたロマディウスを困惑させた。


 ベルトゥーム王国の人々は、とりたてて信仰心が高いということはない。他の国々と比べても平均的なものだろう。それでも誰もが神々への敬意を抱いているし、もしも使徒となれるのであれば喜んで受け入れる。

 実際に、様々な恩恵をもたらしてくれる神々が存在するのだ。

 それに対して尊崇の念を抱くのは、とても自然なことだった。


 だから尚更、スピアの態度は異質に見える。

 しかしロマディウスにとっては共感できる部分もあって、そこにこそ驚かされた。


「まさか……おまえも知ったのか? 神どもの本質を」


「本質かどうかは知りません。でもロクな相手じゃないとは思ってますよ。人を誘拐して、殺し合いをさせようとするんですから」


 驚愕に目を見開いたのは、ロマディウスだけではない。

 この場にいるスピア以外の全員が、息を呑んで言葉を失っていた。


「神々が、人に殺し合いをさせる……?」


「そんな……いえ、スピアさんがこんな嘘を言うとも思えません。兄様が変わってしまったのも使徒になってからで……」


 呟くセフィーナの顔には、納得の色が浮かんでくる。

 元凶は神の悪意―――、

 そう考えると、すとんと胸に落ちてくるものがあった。


「……兄様は、神々に絶望したのですね?」


 問い掛けというよりも確認。

 その言葉に、ロマディウスは苦虫をまとめて噛み砕いたような表情をした。

 頷きこそしなくても、ほとんど認めたようなものだ。


「奴らは、人間を遊び道具としか思っていないのだ。我らがどれだけ祈り、信仰を奉げようともな! ならば、見せつけてやるしかあるまい。人間には意志があるということを! 世界を手中に収め、偽りの信仰を消し去ってやるのだ。すべての人間から存在を忘れられれば、いかに神々とて―――ぶぇっ!?」


 濁った悲鳴を上げて、ロマディウスはごろごろと転がる。

 飛び蹴りを喰らわせたスピアは、華麗に着地していた。


「長いです。あと、間違っています」


「な、なにを言って……」


「そんなのは相手を喜ばせるだけですよ。剣を向けるなら人間じゃなく、神を名乗る人攫いの方です。直接に殴ればいいじゃないですか」


 もはや幾度目になるか分からない沈黙。

 しかしそれほどにスピアの言葉は突拍子のないものだった。


 馬鹿げている。狂っているのか。

 神を殴るなど叶うはずがない―――、

 全員がそんな風に考えながらも、言葉には出さなかった。

 スピアの言葉が正しいとも思えたから。


「おまえは……人間が、神に敵うと言うのか?」


「当然です」


 いつものように自信たっぷりに、スピアは胸を逸らす。

 ロマディウスはしばし瞬きを繰り返した。

 やがて、その瞳に小さな輝きが宿る。


「くっ……はは、なるほど。これでは俺が敵わないのも当然―――」


 愉快げに笑声を零した直後、凍りつく。

 ロマディウスの瞳から眩いほどの光が溢れ出した。


 『聖痕』もはっきりと浮かび上がる。

 しかしそれはロマディウスが意図したものではない。

 溢れた光は膨れ上がり、質量を持ち、白蛇の群れのように周囲へと広がった。


「むぅ、邪魔者ですね……っ!」


「な、なんだこれは!? くっ……スピア! セフィーナ様を!」


 スピアは強く足を踏み鳴らし、白蛇を払い除けた。

 けれどそれはほんの狭い範囲内のみで、広がる群れを抑えきれない。


 エキュリアも咄嗟に剣を振り払ったが、すぐに全身を白蛇に絡め取られた。

 セフィーナとエミルディットは抵抗すらままならない。あっという間に白色に覆われていく。


「っ、違う! 俺はこんなことなど望んでいない!」


 ロマディウスは叫び、顔を覆い、懸命に溢れる力を押さえ込もうとした。

 いったい何が起こっているのか? これから何が起こるのか?

 その答えを、ロマディウスは知っていた。


 己の意志に因らぬ力の暴走―――兄王を殺した時も、同じことが起こっていた。


 しかし止まらない。

 無数の白蛇はさらに数を増し、セフィーナたちの悲鳴まで飲み込もうとする。


 どれだけロマディウスが叫ぼうとも、懸命になろうとも、無為。

 魂からの訴えにも、神の力は耳を傾けようとしない。


「あ、ぅ……」


「ひめ、さま……!」


 セフィーナやエミルディットはもがくが、すでに全身を捕らえられていた。

 手足だけでなく、首筋にも蛇体が絡まる。

 ぎりぎりと絞め上げていく。


「やめろ、神よ! 貴様はどれだけ奪えば気が済むと―――」


「ちょっと失礼します」


 白蛇の群れを、スピアは一直線に裂いた。

 まるで薄紙を裂くように容易く。

 そのままロマディウスとの距離を一瞬で詰めて、手刀を振り払う。


「がっ……!?」


 悲鳴とともに、ロマディウスの顔から鮮血が散った。

 その両目が横一線に斬り裂かれる。


 途端に、白蛇の群れは消え去った。

 縛り上げられていたエキュリアやセフィーナたちも解放されて、どさどさと床に落ちる。


「く、は……助かったのか……?」


「姫様! 姫様、ご無事ですか!?」


「ええ、大丈夫です。エミルディットこそ……」


 それぞれに怪我がないのを確認して、ほっと安堵する。

 ただし、ロマディウスだけは蹲って顔から血を零していた。

 その前に立つスピアは、僅かに表情を曇らせて告げる。


「断ち切りました。緊急手段です」


「っ……いや、神を侮るな。俺も一度は目を潰そうとしたのだ。しかし勝手に再生を始めて……」


「再生は、しないはずです」


 宣告を受けて、ロマディウスはしばし自分の顔をまさぐっていた。

 血が流れ続けるのも気に留めない。

 完全に視界が塞がったまま、やがて恐る恐る顔を上げた。


「本当に……消えた、のか? もう聖痕からの力は感じない。そうだ、レイセスフィーナ! 無事なのか!?」


「はい、兄様。わたくしは怪我もありません」


 呼吸を整えたセフィーナは、静かにロマディウスへと歩み寄った。

 そうして血に濡れた兄の手を優しく掴み止める。


「もう心配は要らないのです。兄様は解放されたのですよ」


「……そう、なのか? 終わったというのか?」


「はい……ええ、間違いありません」


 本当のところは、セフィーナにも分からない。

 実際に何が起こったのか、把握しようとするだけでも混乱に囚われそうになる。

 けれど不安を口にする場面ではないと、それくらいは判断できた。


「いまはお休みくださいませ。これまで守られてばかりでしたが、わたくしも少しは支えになってみせます」


 優しく諭されて、ロマディウスはふっと笑みを浮かべた。

 床に座り込むと肩の力を抜く。

 両目は完全に断ち切られていたが、出血はほどなく治まりそうだった。


 ただ、全身に青痣ができていて疲労もある。

 スピアから散々に痛めつけられたのだ。


「待ってくださいね。いま、治療を―――」


 一筋の光が、薄暗い空間を貫いた。


 攻撃的なその光に気づいたのはスピアだけだった。

 咄嗟に弾こうともしたが間に合わなかった。


「セフィーナさん!」


「え……?」


 珍しく焦ったスピアの声に、セフィーナは振り向こうとした。

 けれどその身体が、ぐらりと傾く。

 力無く床へと倒れ込んだ。


 魔法による光の矢が、セフィーナの胸を貫いていた。

 赤々とした血が床に広がっていく。


「ひ、姫様!? しっかりしてください!」


「落ち着け、エミルディット! 下手に動かさずに……っ!?」


 異変はそれで終わらなかった。

 ズン、と重々しい震動が礼拝堂全体に響く。

 一拍の間を置いて、天井に亀裂が走った。


 その亀裂は瞬く間に広がる。無数の大きな瓦礫が落下してくる。

 崩壊の音が悲鳴を呑み込んでいく。

 さらには、崩れる天井の上に赤黒く輝く魔法陣が浮かんで―――、


「くははははっ! まとめてくたばれ、脆弱な人間どもが!」


 高笑いが響くとともに、凄まじい爆発がスピアたちを包み込んだ。



シリアスさんは死なん!

何度でも蘇る!(倒されるために


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