ダンジョンマスターvs魔将王①
『こんにちは。死ね』
なんていう挨拶に匹敵するくらい、スピアの言葉は鮮烈だった。
王位から退け―――。
ロマディウスが王位に就いて以来、様々な者が諫言を行ってきた。
国のためを考えるべきだとか。神に恥じぬ行いをすべきだとか。
仮にも王に対する配慮もあって、どれも遠回しな物言いばかりだった。
だから、ここまで率直な言葉をぶつけられたことはない。
ある種の感動まで覚えて、ロマディウスは微かに咽喉を鳴らした。
「面白い娘だ。貴様、名はなんと言う?」
「スピアです。ひよこ村村長で、親衛隊長です」
小柄な体を真っ直ぐに伸ばして、スピアはえへんと胸を張る。
そんな仕草にも、ロマディウスは苦笑を零した。
「村長で親衛隊長……よく分からぬが、レイセスフィーナに認められたということか。礼儀は知らぬようだが、子供であることに免じて見逃してやろう」
「子供じゃありません」
片手を腰に当てたまま、スピアは唇を尖らせる。
それに、とロマディウスを指差した。
「礼儀知らずは貴方の方です」
これにはスピア以外の全員が目を丸くした。
王に対して礼儀知らずと言う。完全に上から目線だ。
しかも相手を指差すのは、大陸でも広く無礼な行為として知られている。
「お……おまえは何を言っている!? 矛盾しまくりではないか!」
「エキュリアさん、調子が戻ってきましたね」
「茶化すな! こんな時に、いったい何を考えている!?」
「何と言われましても……んん? 変なこと言いましたか?」
ふざけている表情ではなく、スピアは心底不思議そうに首を傾げる。
非常識な態度ではある。
けれどエキュリアも、ツッコミが上手く言葉にならない。頭を抱えるばかりだ。
「なるほど……」
沈黙を破り、ロマディウスはスピアを睨む。
また苦笑を零したが、その眼光には暗い色も宿っていた。
「つまり貴様は俺を、敬意を払うのに相応しくない王だと言うのだな?」
「違うんですか?」
さらりと返され、ロマディウスの表情が引きつる。
脅しも含めた問い掛けのつもりだった。
自分に王としての威厳が無いのは、ロマディウスも承知している。平凡な顔立ちを嫌悪したこともあった。
しかしまさか、子供にまで侮られるとは思っていなかった。
怒りを覚えるのも当然なのだろうが―――、
「だって、王様だって言い張ってるのは本人だけじゃないですか」
その言葉は、真実を突いていた。
ワイズバーン侯爵、城務め騎士や文官など、ロマディウスに従っている者はいる。
けれどそれは都合が良かったり、仕方なかったりといった理由で、けっして忠誠を誓っている訳ではなかった。
“王様”としては認められていない。
洗脳された近衛騎士などは、元より数に入らない。
つまりは、ロマディウスは独りっきりだ。
自分で王様だと言っているだけ。
「裸の王様です」
子供らしい澄んだ声が、静かな礼拝堂に響く。
「そんな人より、セフィーナさんの方がずっと偉いです」
真っ直ぐに、スピアはロマディウスを見つめていた。
己の非を認めろと。退けと。
そう語る眼差しを、ロマディウスは顔を伏せて避けた。
自身の足下を、暗がりを睨んで―――、
「くっ……」
小さく、笑声を零す。
けれど愉快な笑いではなく、黒々とした自虐的なものだ。
「分かっているとも。俺が、王に相応しくないことなど。そして誰も、俺の言葉に耳を貸さないこともな」
小刻みに肩を揺らしながら、ロマディウスは顔を上げる。
再度、スピアを睨んだ。
ぞっとするほどに歪んだ表情で。金色の瞳に殺意を込めて。
それに真っ先に反応したのは、妹であるセフィーナだった。
「兄様、やめて―――」
声を上げながら、一歩を踏み出す。
以前のセフィーナだったら、ただ震えていただけだったろう。
王宮を出て、旅を経て、セフィーナは確かに成長していた。
怯えながらも、足を止めない強さに憧れ、それに手を伸ばそうとした。
けれど意味はない。
そう吐き捨てるように、ロマディウスが冷ややかに告げる。
「―――黙れ」
氷のような宣言とともに、金色の瞳から淡い魔力光が放たれる。
直後、スピアの足下から影が隆起した。
噴き出すように膨れ上がった影は、そのまま鋭利な刃となる。
影の刃は、容赦無く、スピアの腕を斬り落とした。
エキュリアは蒼白の顔色をして息を呑む。
セフィーナとエミルディットも。
これまでスピアは無茶をしても、傷ひとつ負ってこなかった。
凶悪な魔物の群れにも、正面から立ち向かって屠ってみせた。
尋常でない強さを誇った魔族と相対しても、あっさりと退けてみせた。
そんな非常識ぶりを見るたびに、エキュリアたちは文句をつけていた。
だけど、心の何処かでは思っていた。
スピアならば、どんな敵でも退けてくれる。
敗北など有り得ない、と。
けれどいま、そのスピアの身体から血飛沫が上がった。
真っ赤な鮮血が噴き上がる。
断ち切られた細い腕が、ゆっくりと空中を舞った。
その光景は、やけに鮮明にエキュリアたちの瞳に焼きついた。
子供が王に敵うはずがない、
これが現実だと、そう強弁するように―――。
「酷いことしますねえ」
ぱぁん、と乾いた音が響き渡った。
スピアが手を叩いたのだ。“両手”を、しっかりと合わせていた。
その途端に、エキュリアたちの視界から赤が消える。
まるで幻だったかのように。
斬られたはずのスピアの腕も、ぷにっとした子供らしい瑞々しさを保っていた。
もちろん、しっかりと体に繋がっている。
「なっ……!」
まず驚愕の声を上げたのはロマディウスだ。
エキュリアやセフィーナなどは、声もなく立ち尽くしている。
現実についてこれていない。
しかしスピアは構わず、軽やかに床を蹴った。
「お返しです」
矢のような速度で、スピアはロマディウスの懐へと飛び込んだ。
同時に、肘を叩き込んでいる。
「が、っ、はぁ……!?」
腹部を貫く衝撃に、ロマディウスはぱくぱくと口を上下させて悶絶した。
けれどスピアの“お返し”は止まらない。
ロマディウスの服を掴み、背負うと、頭から床へ突き落とす。
さらには倒れた身体を、ゴミのように蹴りつけた。
礼拝堂の椅子を破壊しながら、ロマディウスは壁に叩きつけられる。
正しく一方的だった。
歴史上、これほど子供に痛めつけられた王はいなかっただろう。
とはいえ、痛めつけた方のスピアはあまり嬉しそうな顔をしていなかった。
「むぅ。頑丈です」
ひとつ息を吐いて、スピアは口元を捻じ曲げる。
その視線の先で、瓦礫に埋まったロマディウスが立ち上がろうとしていた。
頭から血を流して、足下はふらついている。
けれどまだ眼光は鋭く、煮えたぎるほどの殺意をスピアへと向けていた。
「貴様……いったい何者だ? 何故、あれで死なない?」
「それはこっちの台詞です。立ち上がれないくらいにはするつもりだったんですよ」
物騒な言葉をぶつけ合うと、互いに一歩ずつ距離を詰める。
スピアは油断なく自然体で構えていた。
ロマディウスも完全に戦いへと思考を移し、腰の剣を抜いた。
「待ってください! 二人とも―――」
セフィーナは叫ぶが届かない。
神々の像が震えて、両者はふたたび激突した。