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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第四章 たった一人の親衛隊長編Ⅱ(ダンジョンマスターvs魔将王)
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ダンジョンマスターvs魔将王①


『こんにちは。死ね』


 なんていう挨拶に匹敵するくらい、スピアの言葉は鮮烈だった。


 王位から退け―――。


 ロマディウスが王位に就いて以来、様々な者が諫言を行ってきた。

 国のためを考えるべきだとか。神に恥じぬ行いをすべきだとか。

 仮にも王に対する配慮もあって、どれも遠回しな物言いばかりだった。


 だから、ここまで率直な言葉をぶつけられたことはない。

 ある種の感動まで覚えて、ロマディウスは微かに咽喉を鳴らした。


「面白い娘だ。貴様、名はなんと言う?」


「スピアです。ひよこ村村長で、親衛隊長です」


 小柄な体を真っ直ぐに伸ばして、スピアはえへんと胸を張る。

 そんな仕草にも、ロマディウスは苦笑を零した。


「村長で親衛隊長……よく分からぬが、レイセスフィーナに認められたということか。礼儀は知らぬようだが、子供であることに免じて見逃してやろう」


「子供じゃありません」


 片手を腰に当てたまま、スピアは唇を尖らせる。

 それに、とロマディウスを指差した。


「礼儀知らずは貴方の方です」


 これにはスピア以外の全員が目を丸くした。

 王に対して礼儀知らずと言う。完全に上から目線だ。

 しかも相手を指差すのは、大陸でも広く無礼な行為として知られている。


「お……おまえは何を言っている!? 矛盾しまくりではないか!」


「エキュリアさん、調子が戻ってきましたね」


「茶化すな! こんな時に、いったい何を考えている!?」


「何と言われましても……んん? 変なこと言いましたか?」


 ふざけている表情ではなく、スピアは心底不思議そうに首を傾げる。

 非常識な態度ではある。

 けれどエキュリアも、ツッコミが上手く言葉にならない。頭を抱えるばかりだ。


「なるほど……」


 沈黙を破り、ロマディウスはスピアを睨む。

 また苦笑を零したが、その眼光には暗い色も宿っていた。


「つまり貴様は俺を、敬意を払うのに相応しくない王だと言うのだな?」


「違うんですか?」


 さらりと返され、ロマディウスの表情が引きつる。

 脅しも含めた問い掛けのつもりだった。

 自分に王としての威厳が無いのは、ロマディウスも承知している。平凡な顔立ちを嫌悪したこともあった。


 しかしまさか、子供にまで侮られるとは思っていなかった。

 怒りを覚えるのも当然なのだろうが―――、


「だって、王様だって言い張ってるのは本人だけじゃないですか」


 その言葉は、真実を突いていた。


 ワイズバーン侯爵、城務め騎士や文官など、ロマディウスに従っている者はいる。

 けれどそれは都合が良かったり、仕方なかったりといった理由で、けっして忠誠を誓っている訳ではなかった。


 “王様”としては認められていない。

 洗脳された近衛騎士などは、元より数に入らない。

 つまりは、ロマディウスは独りっきりだ。

 自分で王様だと言っているだけ。


「裸の王様です」


 子供らしい澄んだ声が、静かな礼拝堂に響く。


「そんな人より、セフィーナさんの方がずっと偉いです」


 真っ直ぐに、スピアはロマディウスを見つめていた。

 己の非を認めろと。退けと。

 そう語る眼差しを、ロマディウスは顔を伏せて避けた。

 自身の足下を、暗がりを睨んで―――、


「くっ……」


 小さく、笑声を零す。

 けれど愉快な笑いではなく、黒々とした自虐的なものだ。


「分かっているとも。俺が、王に相応しくないことなど。そして誰も、俺の言葉に耳を貸さないこともな」


 小刻みに肩を揺らしながら、ロマディウスは顔を上げる。

 再度、スピアを睨んだ。

 ぞっとするほどに歪んだ表情で。金色の瞳に殺意を込めて。

 それに真っ先に反応したのは、妹であるセフィーナだった。


「兄様、やめて―――」


 声を上げながら、一歩を踏み出す。

 以前のセフィーナだったら、ただ震えていただけだったろう。

 王宮を出て、旅を経て、セフィーナは確かに成長していた。

 怯えながらも、足を止めない強さに憧れ、それに手を伸ばそうとした。


 けれど意味はない。

 そう吐き捨てるように、ロマディウスが冷ややかに告げる。


「―――黙れ」


 氷のような宣言とともに、金色の瞳から淡い魔力光が放たれる。


 直後、スピアの足下から影が隆起した。

 噴き出すように膨れ上がった影は、そのまま鋭利な刃となる。

 影の刃は、容赦無く、スピアの腕を斬り落とした。







 エキュリアは蒼白の顔色をして息を呑む。

 セフィーナとエミルディットも。


 これまでスピアは無茶をしても、傷ひとつ負ってこなかった。

 凶悪な魔物の群れにも、正面から立ち向かって屠ってみせた。

 尋常でない強さを誇った魔族と相対しても、あっさりと退けてみせた。


 そんな非常識ぶりを見るたびに、エキュリアたちは文句をつけていた。

 だけど、心の何処かでは思っていた。

 スピアならば、どんな敵でも退けてくれる。

 敗北など有り得ない、と。


 けれどいま、そのスピアの身体から血飛沫が上がった。

 真っ赤な鮮血が噴き上がる。

 断ち切られた細い腕が、ゆっくりと空中を舞った。


 その光景は、やけに鮮明にエキュリアたちの瞳に焼きついた。

 子供が王に敵うはずがない、

 これが現実だと、そう強弁するように―――。


「酷いことしますねえ」


 ぱぁん、と乾いた音が響き渡った。

 スピアが手を叩いたのだ。“両手”を、しっかりと合わせていた。


 その途端に、エキュリアたちの視界から赤が消える。

 まるで幻だったかのように。

 斬られたはずのスピアの腕も、ぷにっとした子供らしい瑞々しさを保っていた。

 もちろん、しっかりと体に繋がっている。


「なっ……!」


 まず驚愕の声を上げたのはロマディウスだ。

 エキュリアやセフィーナなどは、声もなく立ち尽くしている。

 現実についてこれていない。

 しかしスピアは構わず、軽やかに床を蹴った。


「お返しです」


 矢のような速度で、スピアはロマディウスの懐へと飛び込んだ。

 同時に、肘を叩き込んでいる。


「が、っ、はぁ……!?」


 腹部を貫く衝撃に、ロマディウスはぱくぱくと口を上下させて悶絶した。

 けれどスピアの“お返し”は止まらない。


 ロマディウスの服を掴み、背負うと、頭から床へ突き落とす。

 さらには倒れた身体を、ゴミのように蹴りつけた。

 礼拝堂の椅子を破壊しながら、ロマディウスは壁に叩きつけられる。


 正しく一方的だった。

 歴史上、これほど子供に痛めつけられた王はいなかっただろう。

 とはいえ、痛めつけた方のスピアはあまり嬉しそうな顔をしていなかった。


「むぅ。頑丈です」


 ひとつ息を吐いて、スピアは口元を捻じ曲げる。

 その視線の先で、瓦礫に埋まったロマディウスが立ち上がろうとしていた。

 頭から血を流して、足下はふらついている。

 けれどまだ眼光は鋭く、煮えたぎるほどの殺意をスピアへと向けていた。


「貴様……いったい何者だ? 何故、あれで死なない?」


「それはこっちの台詞です。立ち上がれないくらいにはするつもりだったんですよ」


 物騒な言葉をぶつけ合うと、互いに一歩ずつ距離を詰める。

 スピアは油断なく自然体で構えていた。

 ロマディウスも完全に戦いへと思考を移し、腰の剣を抜いた。


「待ってください! 二人とも―――」


 セフィーナは叫ぶが届かない。

 神々の像が震えて、両者はふたたび激突した。



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