王都侵入
朝早くに屋敷を出て、スピアたちは街の外れにある倉庫を訪れていた。
街が造られた時からある古い倉庫だ。
都市長の管理下になっているが、中央の屋敷から離れているので、収められた品々も埃を被っている。
「建物の補強はされてますけど……」
スピアも口元を押さえて言葉少なになる。
倉庫の中へ一歩踏み込んだだけで、もわっと埃が舞った。
「わたくしも、以前に訪れた際には驚きました」
「申し訳ありません。時間があれば、お掃除もしたいのですけど」
「いや、いくら侍女とはいえ、それはエミルディットの仕事ではないだろう」
セフィーナたちも手にした布で口元を覆って、倉庫の奥へと先導する。
“秘密の出入り口”の場所を知っているのは、セフィーナとエミルディットだけだ。
管理者である都市長にも秘密にされている。
「この壁の奥です。えっと、まずは荷物を退かさないといけないみたいですね」
「姫様はお待ちください。このくらいは私が……」
「力仕事なら私がやろう。そこの壁が通れるようになるのだな?」
積まれていた幾つかの木箱を退けて、セフィーナが壁を探る。
隠されていた仕掛けを押したり引いたりすると、ガコン、と重い音が鳴った。
そうして壁が横へと開いて、奥に部屋が現れる。
「ここから地下へと入ります。暗いので気をつけてください」
「では先頭は私たちが……スピア、どうした?」
やけに大人しいな、とエキュリアが振り返る。
そして顔を引きつらせる。
倉庫の狭い入り口から、にゅるん、と黄金色の塊が入ってきたところだった。
「んん~……やっぱり狭い所だと、ぷるるんが動き難くなっちゃいます」
「……慣れたつもりだったが、やはり驚かされるな」
ぷるるんを見つめながら、エキュリアは苦笑を零す。
王都まで続く秘密通路は、地下にある狭い道だ。
当然、キングプルンのような大きな魔物が通ることは考えられていない。
なので、この街に置いていくことも選択肢のひとつとして挙がっていた。
ちなみにサラブレッドとトマホークは、すでに王都へ向けて出発した。クマガネを乗せて空路を行き、後から合流する予定だ。
いざという時の援軍としての意味もある。
「やはり無理ではないか? 戦力としては惜しいが、今回は隠密行動の予定だからな。ぷるるんはどうしたって目立ってしまうぞ」
ぷるるんはいまも倉庫の天井に頭をつけている。
いやまあ、全身粘液体なので頭と言うのが正しいのかどうかはともかくも。
王城へ忍び込み、『聖城核』を奪う。
それが第一の目的だ。
誰にも発見されず、戦いも起こさずに事を済ませるのが理想だろう。
そういった意味では、ぷるるんはむしろ足を引っ張ってしまう可能性もある。
これまでずっと一緒だった仲間、という意識はエキュリアにもある。
だけど今回ばかりは、別行動が最善だと思えた。
「見たところ、地下への入り口はもっと狭い。通るだけでも難しいのではないか?」
「むぅ。仕方ありません」
渋々といった様子で頷くと、スピアは黄金色の塊をぺしぺしと撫でた。
エキュリアはほっと息を吐く。
もしかしたら通路を広く作りなおす、なんて言いだすのではないかと危惧していた。
でも違った。
スピアだって素直に合理的な考えはできる。
大きいのなら、小さくすればいいのだ。
「この技は、もっと違った場面で見せたかったんですけどね。隠し芸大会とか」
「……待て。何の話だ?」
「名付けて、ぷるるんミニマムです」
スピアが合図を送る。
と同時に、ぷるるんがぎゅむっと縮んだ。
ふわふわのパンを一気に押し潰したみたいに。
あっという間に、スピアの膝丈ほどの高さまで小さくなっていく。
「んなぁ……!?」
「これで狭いところでも活躍できますよ」
得意気に胸を逸らすスピアに同意するように、小さな黄金色の塊が跳ねる。
その途端、ずしんっと重い音が響いた。
小さくなった分だけ比重が増したからだろう。
ぷるるんが跳ねた足下で、石畳が粉々に砕けていた。
地下通路を、小さな黄金塊がゴロゴロと転がっていく。
いつものように跳ねると石畳を割ってしまう。
衝撃を吸収しながらの移動にも慣れているぷるるんだが、小さな身体の扱いにはまだ不慣れだった。
「まあ、灯り代わりにもなってくれているが……」
「ぷるるんライトです」
発光するぷるるんを先頭に、スピアたちは通路を進んでいる。
小さくなれたり、発光できたり、もはやキングプルンの枠をぶち破っているぷるるんに、セフィーナたちは困惑を覚えずにはいられなかった。
それでもひとまずは、頼りになる仲間として受け入れている。
スピアのやることでもあるし、と。
「しかし……小さくなれるのなら、街へ入る際にもそうすればよかったのではないか? 手間を掛けてまで隠れる必要もなかっただろう」
「忘れてました」
「……そうか。うむ。次からは気をつけるように」
そんな大事なことを忘れるな!、とエキュリアは突っ込みたい。
しかしいまは置いておくことにした。
これから城へ忍び込むというのに、余計なことに注意を取られている余裕はない。
そうして狭い通路を進んでいくと、ほどなくして広い場所に出た。
太い水路が中央を流れていて、桟橋が掛けられている。さらに水路には小型の舟も浮かんでいた。
「なるほど……これなら王都までの距離も行き来できるという訳ですな」
舟を軽く押して確かめながら、エキュリアが頷く。
王都と衛星都市との間は、人の足では最低でも数日は掛かる。
それだけの距離を歩くのは王族でなくとも厳しい。
いざという際にこの通路へ逃げ込んだとして、食料を持っていなければそのまま空腹で倒れることも有り得る。
かといって、馬車が通れるほど広い通路を造るのも手間が掛かる。
そこで用意されたのが、舟という移動手段だ。
「魔力を流せば、船底の装置によって進むようになっています。およそ半日ほどで到着するはずです」
そう説明をしてから、セフィーナは視線を斜め下へ向けた。
窺うような眼差しを感じ取ったのか、ぷるっ?、と黄金色の塊が震える。
「えっと、あまり頑丈には作られていないので……」
ぷるるんの重さには耐えられないかも知れない、とセフィーナは言外に述べる。
もっともな意見だった。
けれどスピアは不思議そうな顔をする。
「ぷるるんは泳げますよ?」
「え……まさか、泳いでついてきてもらうつもりですか?」
「はい。折角ですから、この舟も引いてもらいましょう」
言うが早いか、スピアは『倉庫』からロープを取り出す。
ぷるるんもまったく躊躇することなく、水路へと飛び込んだ。そうしてすぐにまた水面から黄金色を覗かせる。
「きっとこの方が早いです」
エキュリアやセフィーナは困惑顔を向き合わせる。
ぷるるんの能力が高いのは承知している。
泳げるのも、エキュリアは実際に海で目撃していた。
馬車のような物だと思えば、早く目的地へ着くのは歓迎できる。
ただ、どうしても不安を覚えて仕方ない。
なにせスピアがやることなのだ。
きっと平穏な結果にはならないと、妙な信頼感があった。
「ですが、急ぐのも確かですし……」
「そうですね。もしもの時は、私がすぐに止めましょう」
「私もしっかりと見張ってます!」
そうして四人を乗せたぷるるん舟は出航する。
いきなり最高速度で。
「んなぁ―――!?」
激しい水飛沫を上げ、小舟が突っ走る。
制止の言葉を出す余裕もなく、地下通路には三人分の悲鳴が響き渡った。
◇ ◇ ◇
地下通路に、四人の騎士が腰を下ろしていた。
帯剣こそしているものの、壁に背を預けて、完全に気を緩めている。
四人が受けた命令は、この地下通路の見張りだ。侵入者が現れた場合は、何者であろうとも殺さず、生かして捕らえるよう命じられている。
王から直々の命令を、騎士たちは忠実にこなすつもりでいた。
とはいえ、何時間もずっと緊張を保っていられるものでもない。
しかももう何日も薄暗い通路ばかりを見ているのだ。他の騎士とも交代で休憩を取っているとはいえ、退屈を覚えるのも仕方ない。
「……今日も、何事も起こりそうにないな」
騎士の一人が呟く。
また別の騎士が、溜め息混じりに頷いた。
「このような場所に侵入者など、そうそう来るものか。我慢するしかあるまい」
「しかし、ここはいったい何なのだ? 地下だというのは分かるが……」
「どうでもよい。それよりも、このままでは王命が果たせぬ。なんとしても侵入者を捕らえねばならんのだぞ」
本来の命令は、この通路の安全を守ることだ。
しかし誰も間違いを指摘しない。気づいてもいない。
明らかに判断力が低下しているのは、洗脳による副作用だ。
それでも死すら恐れず命令を実行しようとするのだから、駒としては役に立つ。
非常時の戦力として使うだけならば、並の騎士より有用だろう。
「このまま待ち続けても変わらぬ。辺りの見回りもしてはどうだ?」
「だが陛下の命令ではこの場で……待て、何か聞こえぬか?」
気を緩めていた騎士たちだが、それでも最低限の警戒は保っていた。
すぐに立ち上がり、身構える。
水路の奥からバシャバシャといった音が流れてきた。次第に大きくなる。
しかも、小さな明かりが揺れ動いていた。
「なにか来るぞ! 網を用意しろ!」
「分かってる。確実に捕まえて―――」
「ぷるるんダーーーーイブ!!」
地下通路には不釣合いな子供っぽい声が木霊した。
直後、「ぶぐぇっ!?」と騎士の一人が濁った悲鳴を上げる。
その騎士の脇腹に、黄金色の塊がめり込んでいた。
小さな粘液体が凄まじい勢いで突撃してきたのだ。
身体をくの字に折られて悶絶した騎士は、そのまま通路を転がり、動かなくなる。
「なっ……なんだコイツは!? 新種の魔物か!?」
「いや、見たところただのプルンだぞ。光ってはいるが……ぶへっ!?」
「バカな、プルンがこんなに素早、ぐもはぁっ!?」
凝縮されたキングプルンの戦闘力に、騎士たちは瞬く間に叩きのめされる。
そうしてすぐにまた、地下通路には静寂が訪れた。
ほどなくして、スピアたちを乗せた小舟がゆっくりと到着する。
「目撃者は無し。侵入成功です」
「侵入って、おまえは、ああもう! 何処から突っ込めばいいのか分からん!」
うがぁっ、とエキュリアは頭を抱える。
けれどその顔にも声にも、いつもの覇気がない。
セフィーナやエミルディットも蒼い顔をしていて、船酔いを堪えるだけで精一杯だった。
お風呂回の代わりに、ぷるるんの水浴シーンでサービスを……。
ともあれ、ようやく王都へ着きました。
次回はひっそりと、誰にも見つからないように、お城の中を探索します。